7歳 -土の陽月2-
「名は鬱金で、歳は……24か。
大和に来た理由は行商か?」
今まで通ってきた関所の割印が押してある通行証と、金属製の身分証を確認した検問所の衛士は、叔父上の顔をじっと見ながら質問をしてきました。その対応はマニュアルでもあるのか、今まで通った関所の衛士と全く同じ質問と行動です。
「いえ、商いも確かに致しますが、
一番の目的は姪の七五三で大和の神社に詣でる事です」
そして叔父上も関所で繰り返し言っていた事を、もう一度ここでも申告します。そうなるとこの先の展開が読める私です。今までも叔父上がこう返答すると高確率で
「七五三? その子は女児だろう?
5歳の七五三は男児のみのはずだが?」
と返ってくるのです。ここの衛士さんも関所の衛士さんと全く同じ反応で、同時に「この子が7歳?」と言わんばかりに訝しげにこちらを見てきました。私の身体ってそんなに小さいのかなぁと最初の頃は思っていたのですが、途中の村や町で見かけた同じ年齢の子供と比べると確かに小さいようです。
「生まれた時から病弱で……。あまり発育が良くないのです。
なのでせめて七五三は大和の大社で……と思いまして」
と何度も聞いたお馴染みの説明を叔父上がすれば、
「そうか、少しでも丈夫になると良いな」
なんて言いながら、人の良さそうな衛士さんは優しい目で私を見て頭を撫でてきました。私は決して病弱ではないから!と訂正したいところではありますが、5歳にしか見えない7歳は心配になる発育状況だという事は今回の旅で理解できました。なので愛想良く笑顔を返しておきます。こうして笑顔で印象良くしておけば、叔父上の審査もすんなり進みますからね。泣きわめいている子供を連れた成人男性は、やはり審査が厳しくなるようで……。例えそれが「もう疲れた」とか「お腹がすいた」といった理由だったり、単なる子供の癇癪であったとしても人攫いの可能性を考えて審査するんだそうです。
この世界では13歳を過ぎるまでは仮戸籍という扱いなので、身分証や通行証が発行されません。その為に子供が誘拐や犯罪に巻き込まれる事もあるのだとか。そういった事を防ぐ為に都市部に連れてこられる女児と、農村部に連れてこられる男児は特に厳しく審査されるんだそうです。
13歳になれば十三詣りを経て、本戸籍を手に入れる事ができます。そうすれば身分証も通行証も作れますし、ついでに納税の義務も発生します。納税とは言っても13~18歳までは仮成人という扱いで、納める金額も役所が手配する子供にも出来るお手伝いを2日~3日受ければ稼げる程度の金額です。そうやって社会の仕組みを実地で習うんですね。確かに大人になった途端に「はい書類作って納税してね!」と言われてもやり方が解らず困ってしまいます。この世界、前世の現代日本と比べると識字率が低いので、こういう方法で教える期間が必要なのです。ちなみに識字率が低いとは言っても碧宮家前当主が私塾を開いていたように勉強する場所はそれなりにあり、幕末の識字率と同程度の70~80%ぐらいはあるそうです。
ちなみに身分証の金属板もそれなりに高価なモノなのですが(最初の1枚は無料で支給)、通行証は紙製な上に初回から有料な為、ある程度稼げるようになるまでは通行証がいらない場所にしか大人でも出かけられません。
検問所を出ると大きな広場がありました。そこでは私達より先に検問所を通過した人たちが再び馬車に乗り込んだり、迎えの人と合流したりしています。ふと見ると広場の目立つ場所に、簡略化された地図が描かれた大きな案内看板がありました。小説版「未来樹」では大和が舞台になる事が殆ど無くて描写されなかったので、興味をひかれた私は叔父上に頼んで少し見させてもらう事にしました。
ヤマト国は基本的に一つの山が一つの都市圏となっていると小説で読んでいたのですが、私はそれがどうにも今一つ想像しきれていなかったのです。ですが、地図を見てようやく理解できました。
そもそも1合目や2合目といった〇合目の意味をきちんと理解できていなかったようです。てっきり山の高さを10等分に別けて下から一合目と名付けているのかと思っていたのですが、どうも到達難易度や様々な事情を考慮したうえで決められているらしく。かなり極端な例を出せば、高さ1000mの山の下500m部分までが1合目なんて事もありえる訳ですね。
それを踏まえた上で、平民が気軽に行ける範囲(到達難易度)は3合目ぐらいまでで、そこには中級平民が暮らす住宅街があります。その先の4合目には上級平民が暮らす地域がありますが、その手前にも簡易検問所があるようです。それ以降は5合目に高級商店地域→検問所→6合目に下級華族住居→検問所→7合目に上級華族の豪邸→検問所+三重の城壁を経て8合目から上が王宮のようです。
逆に3合目より下はというと、2合目には平民向けの商店があり、1合目は下級平民の住む場所のようです。とはいえ全ての場所に共通で言える事ですが、その〇合目全部が宅地だったり商業地だったりする訳ではなく、1合目などは7~8割は森林や畑を表す色で塗られています。また、全ての区域で南側は王家が所有する施設や国営農場、北側には日差しを必要としない工場や倉庫が割り当てられているようでした。
それ以外に目立つモノといえば、5合目と6合目の境界線上にある土の神を祀る神社です。王宮と比べるとグッと規模が小さくなるとはいえ、かなりの敷地面積があります。
大和には土の神を祀る神社の大御所みたいな大社と呼ばれる神社があります。地方の小さな村のお社よりは町の神社、町の神社よりは都の大社で七五三をはじめとした神事を行いたい人たちは多いので、土の極日を前にしたこの時期は、七五三の為に訪れた親子連れをあちこちで見かける事ができます。三太郎さんが言うには何処で参拝しても一緒とのことでしたが、少しでも大きな所で少しでも強い守護を我が子にと思ってしまうのが親心というものなのでしょう。
「櫻、この先にある駅に寄らなくてはならないから
そろそろ馬に乗ってくれるか?」
私があまりにも熱心に地図を見ていたので、荷物の整理を終えた後も叔父上は待ってくれていたようなのですが、そろそろ出発しないと5合目にある宿に着く前に暗くなってしまうから行こうと促されました。
ある程度、知的好奇心が満たされた私はそれに頷くと再び黒松の背中に乗せられて出発しました。広場を出てすぐの場所にある駅では、イカルガで叔父上が出した物と同じような形状をした竹簡を受け取り、その場で開封してサッと目を通した叔父上。その途中からみるみる眉根が寄っていき、難しい顔になってしまいます。しかも周囲には解らない程度に、そっと溜息までついてしまいました。
「叔父上?」
何かあったのだろうかと不安になった私に、
「いや、何でもないよ。櫻が不安に思うようなことは何もない。
ただ私の昔の友達が……ちょっとね」
と叔父上は苦笑するだけで詳しくは教えてもらえませんでした。叔父上の友達で大和に居る人と言えば双子の王子ですが、第一王子の茴香は真面目な堅物で、第二王子の蒔蘿は人を揶揄うのが好きなちょっと困った性格だったと記憶しています。ただそれらの描写があったのは未来樹第一部なので、さすがに10歳の頃とは違い、24歳の今では年相応に落ち着いた性格の可能性が高いと思います。……ちょっと不安が残りますが、24歳ですからね、大丈夫……。
それにしても私が思っていたよりも人通りが多いです。大和で一番大きな通りという事もありますし、七五三直前で親子連れが多いという事もあるのでしょうが、もう一つ気になる物があります。
「叔父上、あの横断幕はなんですか?」
黒松の左前方で手綱をひきながら歩いている叔父上に質問を投げかけました。大通りの上部には等間隔に横断幕が幾つも掲げられ、それぞれに「歓迎」だとか「ようこそ」的な文章が赤い文字で書かれているのです。
「私もすっかり失念していたんだが……。
アマツ三国は3年に一度、天都から使節団が来る慣わしがあるんだ。
今年はその年で、どうやら大和には緋色宮の方が来られているようだ」
つまり朝廷の外交使節団が大和に来ていて、彼らを歓迎するための横断幕って事のようです。しかも緋色宮と解るという事は文字の色にも意味があるって事なんだと思います。そうやって叔父上の説明に納得していたら、叔父上が極小さい音量で「あいつらめ……」と少し珍しい表情で愚痴をこぼしていました。
使節団は極日の神殿行事や王宮行事にも参列するので、大和には2日前に到着していたようです。その為、通りはいつも以上に掃き浄められているのですが、それでもちょっとした瞬間に臭いが鼻につきます。なので私は首まで下げていた防風・防塵の為の布を鼻の上まで引き上げて、顔の下半分をすっぽりと覆い隠しました。周囲に立ち込める臭いを100%カットは出来ませんが、こうする事で少しはマシになります。叔父上も同じように首元の布を引き上げると、後は黙々と5合目に向かって歩き出しました。
4合目を過ぎたあたりから、周囲の臭いはかなり楽になりました。道を行き交う人や建物もどんどん綺麗になり、装飾や造りにも気を使っている事が解るようなモノばかりになっていきます。更には花壇なんかも路肩にあって、見栄えに気を使っている事が解ります。
そんな4合目を越えて5合目の関所を抜けると、要所要所に番所が設けられていました。前世でいう交番のような番所には、武具を身につけた警備兵が立っていました。
(随分と雰囲気が違う……)
この辺りまで来ると長旅で薄汚れてしまった私達の方が周囲から浮いてしまっているぐらいで、警備兵や周りの目がちょっと厳しいです。そんな視線にどうにも落ち着かず、ついでに疲れから眠気も襲ってきていたので、眠気覚ましも兼ねてもぞもぞと姿勢を変えていたら
「もう少しだから、我慢できるか?」
と叔父上に宥められてしまいました。そんな叔父上に返事をしたりして眠気と戦っていたのですが、疲れからくる眠気の猛攻が凄まじくて、何度も何度も意識が飛びそうになってしまいました。とうとう馬上でガクンッと身体が傾いでしまった私に、叔父上は慌てて身体を支えて黒松から降ろすと片手で抱き上げ、もう片方の手で手綱を引いて歩くスピードを一気に上げて目的地へと向かいました。
宿にようやく辿り着いたのは、日が沈んで辺りが薄暗くなってからの事でした。ですが私は既に夢の中の住人となっていて、叔父上に抱っこされながら宿屋の暖簾をくぐったのでした。




