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俺の過ち 俺の幸せ :山吹

どうして解ってくださらないのか……


そんな思いが胸の中で渦巻くようになったのは、何時からだっただろうか。

今になって思えば、何とも自分勝手な思いだった。

だが、あの頃はそんな思いが呪いのように俺の中で常に燻り続け、しかもそれが正当なものであるとすら思っていたのだ。


俺が姫様を守り、若様を助け、坊ちゃまを導かなくてはならない。

父上に常々言われ続けたその言葉は俺の根幹となっていて、俺はその為に生まれてきて、育てられ、今ここに居るのだと信じて疑わなかった。


だというのに肝心の姫様や乳兄弟である若様は、俺の思いとは裏腹に一人の赤子を身近に置くことを決められた。それだけでも納得できないというのに、その赤子を姫様の子供として……坊ちゃまの妹として育てるという。


「姫様、御考え直しください!」


何度そう姫様に訴えたか解らない。俺だってこんな生まれたばかりの赤子が、姫様たちの命を狙う刺客だとは思っていない。姫様たちに災いをもたらす可能性は0ではないが、現時点ではただの赤子だという事も理解している。


ただ万難を排し姫様たちを守りたい、その一心なのだが俺の気持ちは理解されなかった。何故だ、何故解ってくださらない!


当の赤子とて、このような人が寄り付かぬ山奥の岩屋で育つより、町の施薬院で育つ方が良いに決まっている。母上は赤子があまりにも小さい事から、秘密裏に間引かれる可能性があると言っていたが、定期的に寄付金を納めるなどすればその心配は解消されるはずだ。


何より姫様たちはお忘れなのだろうか?

姫様の血を受け継いだ子ともなれば、敵に命を狙われる対象となる事を。


坊ちゃまと同じ年だった甥が、坊ちゃまの身代わりとなって倒れたように……。





俺の一家は全員が碧宮家の方々の随身だった。父上は当主様の、母上は奥方様の、そして俺は若様の随身だ。例外は姉上で、本来なら姫様の随身となるはずだったのだが、色々あって戦闘力の無いただの侍女だった。


そうなった理由は単純明快で、碧宮家が当主様……若様たちの御父上の代を最後に取り潰しになる事が決まっていたからだ。なので高位華族のみが持つことができる随身を、姫様につける必要が無かった。なので姉は姫様の侍女として、傍仕えに必要な知識と技能だけを習得していた。


今になって思えば、姉上も戦う(すべ)を持っていれば……

いや、そんな仮定は意味が無いか……。


敵は幼い子供であっても容赦無く殺すような奴らだった。ここで姫様の子供として育てられるよりも、施薬院に預けられた親が解らぬ子供という生い立ちの方が長生きできる可能性がある。少なくとも姿の見えぬ敵を恐れて逃げ回る必要も無く、夜の闇に、跳ねる水音に、木々を揺らす風の音に脅える事も無くなる。これは大きいと思うのだが、姫様も若様も首を縦には振ってくださらない。


どうしてなのだっ!!


姫様たちや赤子の為を思えば、赤子が俺達に懐く前に手放すべきなのだ。親兄弟の温もりを覚えた後に引き離しては、流石に赤子が可哀想すぎる。


「姫様、皆の為にも赤子を手放してください!」


そう何度も何度も訴えた。それと同時に赤子が決して俺達に懐く事がないように、心を鬼にして赤子の存在を極力無視するようにした。だが、俺一人が赤子を遠ざけても姫様や若様、それに母上が赤子を可愛がるのだ。全く以て俺の努力が報われない。



この時の俺は、自分が誰からも理解されない被害者であるかのような錯覚にすら陥っていた。



色々と思うところがあったものの、無の月は天都へと出かけて塩や米といった生活必需品を買い求めなくてはならなかったし、天都で襲撃犯たちの情報を集める必要もあった。なので出かける前に赤子を連れていく許可を得ようと、何度も姫様や若様と話し合ったが結局姫様たちに頷いては頂けなかった。


となれば、施薬院に掛け合って間引かないという安全を確保した上で、姫様たちに話を持ち掛けるしかないと思った俺は、いつも以上に馬を飛ばして天都に向かい、そして天都に着いて早々に施薬院で孤児の相談をしたのだ。もちろん素性は偽って、天都に来る途中に寄った小さな村で、赤子が捨てられていて村の者が困っているとう事にしておいた。


幸いな事に、ここ数年は天候が安定していた上に大きな災害も無く。食べる事に困って孤児になるような子供も、様々な事情で喰い詰めた大人も少なかったようで、施薬院には僅かではあるが空きがあるという事だった。ならば大急ぎで赤子を連れてこなくては!と、去年ならギリギリまで働いて金を稼いでいたのだが、今年は通行料が無料になった途端に馬を走らせ続けた。


そうして駆け付けた岩屋は無人で、うっすらと埃すら積もっている状態だった。


「な……何があった?!

 姫様!! 坊ちゃま!!!」


慌てて家の中を探し、周囲を探し、もう一度家の中を探した時、家財道具が一切ないことに今更ながらに気づいたのだ。それこそ貴重な油や塩や保存食は元より、糸一本すら落ちていない状態に、何か岩屋を離れなくてはならない事情ができ、貴重品を床下に隠して必要最低限の保存食だけを持って移動したのではないかという事に思い至った。流石に姫様と母上の二人で子供の手を引きつつ、あの荷物の全てを持って移動する事は不可能だろう。


なので、まずは保存食をどれぐらい持って移動したのかを確認しようと、床板を剥がしてみた。その下にあったのは真っ黒い炭。炭。炭……。


「あ……あぁぁぁ!!!」


自分でも何故そんな声が出たのかは解らない。見覚えのない炭が床下に敷き詰められていた事に驚くよりも先に、なぜかその中に姫様たちが埋められているのではないかという想像で頭がいっぱいになってしまったのだ。


手どころか全身を真っ黒にしながら炭をひっくり返し、隅々まで確認したが姫様や坊ちゃまの姿は見つからなかった。


「姫様……坊ちゃま……。はは……うえ、母上っっっっ!!!」


天都を脱出し隠れ住んで以来、こんな大声を出したのは初めての事だった。

もう、訳が解らない。どうして母上も姫様も居ないのだ。


どうしてっ!


どうしてっっっ!!


もしやあの赤子の所為なのか?!

やはり無理にでも連れて出るべきだったのか?!


そんな考えが頭の中でぐるぐると渦を巻き、気が付いたら外をふらふらと彷徨っていた。


(確かこの辺りで何時も母上は山菜を取っていたはずだ……)


と思いつく限りの場所を探すが、母上の姿も姫様の姿も見つからない。俺は全身から力が抜け落ち、がっくりと地面に膝をついてしまった。


「どうして……母上……。」


ふと、自分が母上の事ばかりに気を取られている事に気付いて、慌てて頬を叩いて喝を入れ、改めて姫様を探しださねばと気合を入れた。


「姫様!! 姫様!!!!」


大声を出しては敵に見つかる可能性がある。だが大きくなければ姫様に聞こえないかもしれない。なので自分の中で大きすぎず、小さすぎずといった音量で姫様を呼び続けた。



何度呼び続けても、聞こえるのは鳥の声ばかり。どんどんと絶望が押し寄せてきて不覚にも目尻に涙が浮かび始めた時。


「山吹? そこにいるの?」


と、俺の耳に懐かしい母上の声が聞こえてきた。


「母上?! 私はここです!!」


慌てて目尻に浮かんだ涙を拭って周囲を見渡せば、少し離れた場所の岩陰から母上が現れた。


(良かった……良かった……)


と心に安堵が広がっていくが、次の瞬間激しい違和感が俺の心に警鐘を鳴らした。確かに姿は母上に似ているのだが……違うのだ。決定的に何かが違うのだ。何が違うのだろうと目を凝らして良く見てみると、そこに居るのは母上ではなく、姉上ではないかと疑いたくなるほどに若い女だった。正確には記憶している姉上が、あと5~10年もすればこんな感じの姿になるだろうと思われる姿だ。


「貴様は誰だ!!」


慌てて腰に佩いていた剣を抜き、身構えた俺だった。





その後、母上に拳骨を落され、見知らぬ男に投げ飛ばされて地面に叩きつけられ、その男を含めた若い3人の男が精霊である事に驚愕する同時に、土下座して謝罪する事になった。その後は驚きの連続で精霊様が作られた動く床に乗り、姫様や母上が住まわせていただいている家という場所に案内された。そしてまずは身を清めろと言われて湯に入った後、姫様には懇々と諭されて若様には慰められ……。


俺も姫様たちもみんな余裕が無かった所為で要らぬ諍いを起こしたと、互いに謝りあった。


俺はいちいち言葉として口に出さなくても、姫様や若様、それに母上なら俺の気持ちを分かってくれると思っていた。そして平時ならば、そんな俺の考えも間違ってはいなかったとも思う。何せ俺たちは生まれた時からずっと一緒だったのだ。姫様や若様がお考えになる事が(平時なら)手に取るように分かったように、姫様たちから見た俺もそうだっただろう。


姫様も赤子の姿が自分の幼少時に似ていると伝えれば、そこに籠められた意味を俺なら解ってくれると思っていた……と。山吹を追い詰めてごめんなさいと俺に頭を下げられた。色々と落ち着いた今なら、確かに「ならば施薬院に預けても、姫様の姿を知る者が見れば無関係とは思われない。危険が付きまとう事になるな」と直ぐに推察出来る。


姫様は俺達に心配をかけぬよう、体調が優れぬことを隠していた。母上はそれに気付いて手助けをしていたが、その為に他の事にまでは気が回らなくなった。若様も同様で皆が皆、それぞれが平時に比べて視野が狭くなり、手いっぱいになっていた。


そう……そんな全員の余裕の無さが元凶だったのだ。



なので、俺は改めて赤子……いや、1年経って既に幼子(おさなご)となった櫻と関係の改善を計ろうと思った。相手はまだまだ小さい子供だ。簡単に関係の修復は出来ると思っていた。


ところが、出稼ぎに行く前は何かと俺の方を見ていた櫻が、一切俺の方を見なくなっていた。俺の傍に来ようとすらしなくなっていた。


「お嬢ちゃまは人見知りが始まってしまったようだから

 少しずつ慣れてもらいなさい」


と母上は言うが、慣れてもらおうにも全く近づいてきてくれないのだ。

いったい、どうしたら……。



その時の俺は全ての問題は余裕の無さが原因であり、

今はもう大丈夫なのだと……、そう錯覚していた。



その錯覚に気付かされたのは、坊ちゃまに「だいっきらいだっっ!!!」と言われた事から始まった水の極日の騒動の時だった。俺はただただ必死だった。父上の言葉通りに姫様を守り、若様を助け、坊ちゃまを導く為に全力を尽くした。父上の言葉通りに……。


なので坊ちゃまに「嫌い」と言われても、子供が勉強を嫌うのは世の常たし、自分が間違っているとは思わなかった。



明確に、そう……逃げようがない程に俺が間違っているのだと突きつけてきたのは、おかしなことに坊ちゃまではなく櫻……お嬢様だった。


飛び出した坊ちゃまを探し雨の中を彷徨い、洞窟に入った先で坊ちゃまを見つけた時。坊ちゃまは崖から落ちかけていて、それを支えているのがお嬢様だった。その情景が目に入った瞬間、一気に血の気が引いていった。それと同時に助ける為に駆けだしたのだが、二人の幼子に止められてしまった。俺が近づく事で崖が更に崩れそうだというのだ。如何したら良いんだ!!


必死に頭を巡らした時、お嬢様が俺の後ろを見て金様の名前を呼ぶと同時に「助けて」と……俺ではなく、金様に助けを求めた。


当然だ。当たり前だと思う。

これが今まで俺がやってきた事の結果であり、報いなのだ。


だが、そうは思っても心がズキリと痛んだ。

心を痛める資格など俺には無いというのに……だ。

俺の方が近くに居たのにもかかわらず……。

俺ではなく、精霊様とはいえ別の者に助けを求められた事が辛かった。


だから、次の瞬間。

お嬢様がお坊ちゃまを助けながらも自身は真っ暗な地底に落ちていく姿を見て、俺は何の躊躇いも無く駆け寄って腕を伸ばした。


「お嬢!!」


そう叫びながら崖から身を乗り出した俺の視界に、目を真ん丸に見開いたお嬢様が映った。そしてその驚いた顔が次の瞬間、とても……そうとても嬉しそうな笑顔に変わったのだ。


俺はその笑顔を見た途端、自分がいかに愚かであったかを思い知った。

俺は今までお嬢からこの笑顔を取り上げていたのだ。悲しませていたのだ。

そして同じように坊ちゃまの笑顔も、最近は見ていない事に気が付いた。


俺は愚かだ。愚か過ぎた。


ならばせめて……せめて俺の命でお嬢様が僅かでも助かる可能性があるのなら!!

そう考えるのと同時に足は地を蹴り、俺は崖から飛び降りたのだった。





精霊様が作った御帳台には水が使われているらしく、横になっているとまるで水に浮いているかのような揺蕩う感覚が味わえる。それはあの日、地底湖で意識を失う直前に感じた感覚にとても良く似ていた。


まるで「己の罪を、愚かさを決して忘れるな」という教訓が籠められているかのようで、正直に言えば落ち着かない。母上たちにとっては寝心地が良くて疲れがとても取れる素晴らしい御帳台らしいのだが、俺には己の罪を何度も何度も自覚させる罰のような御帳台だ。そんな御帳台に体を横たえながら、あの日の事を思い出した。


あの騒動の直後、母上からは父上の言葉はもう忘れろと二人きりの時に念を押されて言われた。父上は碧宮家の取り潰しに最後まで反対していたと聞いている。その為に若様や坊ちゃまに宮家としての教育を続けさせたかったのだという事も……。


だが、それらはもう教えなくて良いことだと姫様や若様が決められた。


正直な所、では俺は何のために此処にいるのだろう?と思った事も確かだ。

俺は姫様や若様を守り助け、坊ちゃまを導く為に生まれてきたのではないのだろうか??


そう言ったら母上は、ぎゅっと俺を抱きしめてきた。


「山吹、あなたはあなたの大切な人を幸せにするため生まれてきたのです。

 そしてあなた自身が幸せになるために生きていくのです。

 そして決して忘れてはなりません。

 私は、母は……あなたの母で幸せだという事を」


そう言いながら俺を抱きしめてくる母上。俺の肩よりも低い場所に母上の頭があって、俺を抱きしめてくるその腕は俺の背中の真ん中でギリギリ手のひらが重なるぐらいだ。


母上は何時からこんなに小さくなってしまったのだろうか……。


18歳となった今でも母上に得意な武器を使われると、手合わせの勝率は五分五分といった感じだ。そんな強い母上が、こんなにも小さくなっていることに全く気付かなかった。


「私の……幸せ?」


そう言葉にした時、思い浮かんだのはお坊ちゃまとお嬢様の笑顔だった。その二人の幼子の後ろには姫様や若様。そして母上が居た。


(あぁ……俺は、俺は守りたいんだ。

 それが俺の役目だからではなく、俺の幸せのために)


二度と坊ちゃまやお嬢様から笑顔を取り上げるような事はしない。そして姫様や若様、母上……そして何より俺が、何の屈託もなかった幼い頃のような笑顔でいられるように、みんなを守りたい。だが……


「母上、私は……いや、俺はみんなに笑顔でいてほしい。

 だけど俺は幾度も間違ってしまった。お嬢様やお坊ちゃまを傷つけてしまった。

 それでも……まだ……やり直せるかな?」


そう問いかければ、母上はニコリと優しく笑ってくれた。幼い頃から何度も見たその笑顔を見た途端に、不覚にも涙がこみ上げてきそうになって、慌てて上を向いて誤魔化した。


「大丈夫、山吹は真面目な努力家さんだから。

 ちょっと頑固者で融通がきかないけれど……。

 それも裏を返せば、一度決めた事はやり遂げるという事だもの。

 それでもまた間違えそうになったら、母上がちゃんと叱るわ。安心なさい」


そう言って背中をポンポンと優しくたたくのだ。俺が幼子だった頃と同じように……。


「母上、俺はもう幼子じゃありませんよ」


と、苦笑しつつも


「ありがとう……母上。俺も母上の子で良かった」


そう言うと再び母上にぎゅっと抱きしめられたのだった。


あぁ、もう間違えない。俺の大事なものはここにある。

皆の笑顔こそが俺の幸せ。その幸せを守るのだと心に誓ったのだった。


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