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1歳 -水の陽月5-

きょろきょろと周囲に視線を彷徨わせながら浴場に入ってきた叔父上たち。その不審と不信が溢れだして止まらない様子に苦笑いしたくなりますが、この世界の常識を思えば仕方のない事です。


ですが仕方がない事だとは解っていても、これからここで暮らすのなら綺麗になってもらわないと困ります。


なのでまずは母上たちが此処に来た時と同じように、かけ湯をしてから「浄水」の霊石が仕込んである浴槽で表面上の落ちやすい汚れを綺麗にしてもらおうと思ったのですが、かけ湯はともかく浴槽には予想通りすんなりとは入ってはくれません。


母上たち女性陣の時も大変でしたが、それ以上の大変さです。男性陣は慎重派と言えば良いのか……。うーん、良くも悪くも保守的なのかもしれません。


対し母上たちは思い切りが良いというか、度胸があるというか……。

何より母上が三太郎さんが精霊である事を直ぐに見抜いて、驚きつつもちゃんと対話が可能だった事が大きいのかもしれません。



結局、入る必要のない私と兄上がまず入ってみせる事で、叔父上たちに安心してもらう事にしました。兄上にコショコショと耳打ちしてからジャポーンと一緒に浄水機能付きの浴槽に入ります。大慌てで叔父上が私達をぬるま湯から引き上げようとしますが、


「だいじょうぶです、おじうえ!」

「らいよーーぶ!」


と兄上と声を揃えて笑顔でその手を拒否します。私達が入った事で「浄水」の霊石が発動したようですが、直前にしっかり全身を洗っているので昼の明るい浴場で目視で判る程にお湯が眩しく光る程ではありませんでした。


しぇーれーしゃんがね(精霊さんがね) きれー(綺麗) してねって」


「ぼくたちも まいにち きれいにしてるんだぞ」


と、拒否されてもまだ私達をお湯から出そうとしていた叔父上の手を、逆に兄上と二人で掴んで引っ張ってみます。そうやって今度は叔父上の番だよと行動で伝えてみますが、私と兄上の力を合わせても叔父上は動かせません。ただ、三太郎さんが精霊である事は叔父上も解っているので、


「精霊様が……そう仰っているのだな?」


と、叔父上が私と兄上の目を交互に見詰めながら、念には念を入れた確認をしてきました。それに対して私と兄上が元気よく頷きます。


では……と叔父上が入ろうとしたところで山吹が止めに入り、最初に入るのは山吹となりました。山吹も三太郎さんが精霊だって事は解っているのに、こういった安全確認は御役目の関係で譲れないんでしょうね。恐る恐るといった感じで浴槽に山吹がつかります。水の妖の恐怖はこの世界の人の骨身に染みているようです。そして山吹がしっかり肩までつかると、母上たちの時よりもずっとずっと強い光が浴槽から放射されました。そのあまりの光の強さに山吹が取り乱して立ち上がり、拍子に腰布が落ちかけたりしましたが、なんとか山吹に「浄水」の霊石を仕込んだ浴槽に入ってもらう事ができ、続いて叔父上にも入ってもらう事が出来ました。


その後は何だか疲れてぐったりとした二人を、兄上と二人がかりで油まみれにして汚れを浮かしたり、泡まみれにして汚れを落したりしました。その度に「貴重な油がぁぁ!」だとか「何だ、この泡は!!」だとか叔父上たちが大騒ぎするので大変でした。それでなくても身体の大きな叔父上たちの全身や髪を綺麗にするのには、とんでもなく時間と労力がかかるというのに……。


ですが、兄上の協力もあってどうにか任務完了です。

その間私はずっと


(アレは斬新な水着、アレは最新のモード系海パン……)


と、一心不乱に心の中で唱え続けて平静を保つ努力をし続けたのでした。





「撥水」の霊石を使ってパンッと全身の水分を飛ばしてから、脱衣場に戻ります。目を丸くして言葉も出ない叔父上たちの前で、兄上が何故か胸を張って誇らしげにしています。なんというか……小さい男の子がお気に入りの玩具を自慢しているような感じです。


何にしても大仕事を終えた私は大きな疲労感と中くらいの達成感に、小さな溜息をついてから脱衣場へと入りました。すると何時の間にか全員の着替えが用意されていて、兄上と私にはドーリス式キトンが、叔父上と山吹には着慣れた形状の簡素な直垂(ひたたれ)括袴(くくりはかま)脛巾(はばき)、下着が置いてありました。


それらの着物の元となった布は、無の月の間に母上や(つるばみ)が一生懸命に織ってくれた艶糸(つやいと)の布です。色々と試してはいるのですが相変わらず糸に色が入らないので白い布しか作れない事が悩みのた種ではあるのですが、その艶やかな透明感のある白色は、これはこれで良いのかもと思わせるぐらいに綺麗な布です。


その叔父上の着物の目立たない端には黄色い糸で小さく葉っぱの刺繍が、同じように山吹の着物には茶色の糸で小さく葉っぱの刺繍がしてあります。なにせ着物の形状や色で見分けがつかないので、こうでもしないと洗濯したが最後、誰の着物か解らなくなってしまうんですよね。


「この着物は……なんて、手触りだ……」


真っ白で綺麗な着物に叔父上は、まずは手触りを確認しています。


「私がこんな綺麗な着物を着て良いのでしょうか……」


なんて声が山吹から聞こえてきました。本来なら宮家直系の叔父上や、ヤマト国に戻れば華族階級になる山吹なのですが、今までは贅沢ができるような境遇ではありませんでした。着物は基本的に古着を貰ったり買ったりしていたそうです。


母上が天女と判明した以降は色々と環境が変わったようなのですが、余程の場合を除いて贈り物は送り主に礼状を添えて返していたそうで……。真新しい布で作られた綺麗な着物に袖を通すなんて、もしかしたら二人とも今までの人生で1・2回もあれば良い方だったのかもしれません。


自分たちの着物に驚いていた叔父上たちでしたが、その横で兄上が一人でキトンを着れたうえに、私がキトンを着るのを手伝った事にも驚いたようです。


「槐はもう一人で着物が着れるのかい?

 それに、その着物は見た事のない形だが……。

 誰が作ってくれたんだい??」


「母上ですっ! 

 これは せいれいさまが おかんがえになったきものなのです。

 かんたんなので ぼくひとりでも きれますっ!」


と、笑顔で答える兄上。

ですが兄上が一人で着れるようにするためには、母上たちの努力が必要でした。着方を教えるという努力もありましたが、何より帯です。簡単な形状のキトンを着る事が出来る兄上も、流石に自分ひとりで帯を締める事はできません。


そこで私の記憶と三太郎さんの技能、母上と橡の経験と技術で兄上がひとりで締められる帯を作りました。材料は使い道に困っていた伸糸(のびいと)です。強度が低く切れやすい伸糸も、組紐にすれば使えるかもという橡の発言から全てが始まりました。


試しにと母上と橡が機織りや家事の合間に少しずつ進めてくれた伸糸の組紐作り。最終的には伸糸3本を撚ってから組紐にする事で、日常で使う分には困らない程度のゴム紐が作れるようになりました。流石に金さんや桃さんが全力で引っ張ったら切れてしまいますが、そこまで力いっぱい引っ張る事なんてないと思うので大丈夫なはずです。


そして兄上のベルトには巾4cm程の平打ちの組紐を使い、その組紐の両端に金さんが作ってくれた前方後円墳型と言えば良いのか……そんな形の金具を付けました。前世で見かけた小さい子供用のベルトを参考に、金属の輪を絡ませる事で子供が一人でも締められる帯の試作品の完成です。


もう一つ、同じく伸糸を撚ってから丸打ちで作った組紐の試作品があります。それは母上たちの髪を結う為のゴム紐です。実は母上たちはずっと困っていたんです。今までは紐や布きれで髪を結っていたのですが、髪を綺麗にしたことにより紐や布では結えなくなってしまったんです。布に至っては、立ち上がっただけでボトリと髪を滑り落ちてしまう始末。サラッサラの髪になった事の弊害です。


ヘアゴムを知っている私としては、ならそれも伸糸の組紐で作ってしまえば良いじゃないとなるのは当然でした。なので三太郎さん経由で母上たちに伝えてもらい、組紐ならぬ組ヘアゴムが完成したのです。ただ伸び縮みする度に髪が巻き込まれてしまうという問題が発生した為、更なる改良としてシュシュの作り方も教える事になりました。


これらの伸糸作品はあくまでも試作品なので、全員に1つずつしかありません。母上たちの機織り作業が一段落したら、本格的に色々と試してみる予定です。





新しい着物に身を包んだ叔父上たちを案内するように渡り廊下を通って居間に行けば、橡が飲み物を用意して待っていてくれました。大人が10人で囲んでも大丈夫そうな大きなテーブルに私と兄上がつくと、その前に林檎ジュースが入ったマグカップが置かれました。そして叔父上たちの前には小さな盃が3つ並んだお盆が置かれます。匂いから察するに、それぞれに別のジュースが注がれているようです。


「湯に入った後は水分を忘れずにとった方が良いそうです。

 その3つの盃の中から、あなたたちの好みの味のモノを教えてくださいね。

 改めてそれを入れますから」


と台所から母上が叔父上たちに声をかけます。


ちなみに林檎ジュースも最近は摺り下ろして絞った果汁を水で割るのではなく、果実を甘葛煎に漬けて出来たシロップを水で割るようになりました。前世とは違い、新鮮な林檎を一年を通して何時でも入手出来る訳ではないので、次の林檎の旬までずっと林檎ジュースを楽しもうと思ったらそうするしかないのです。


その林檎シロップは私と兄上、桃さんのお気に入りで、

柚子の果肉を甘葛煎に漬け込んだ柚子シロップは浦さんと母上、橡のお気に入り。

そして柚子シロップに柚子の皮も一緒に漬け込んだ、甘味や酸味に加えて苦味もあるシロップは金さんのお気に入りとなっています。


3つの盃を順に飲んだ叔父上たちは、


「甘い?!」


と驚きの声を上げていました。母上たちもそうでしたが、飲み物が甘いというのはかなりの衝撃のようです。そして叔父上は金さんと同じ皮入り柚子シロップを、山吹は普通の柚子シロップを頼んだのでした。


「姉上、この飲み物もですが……何よりこの建物はいったい?

 どうして床がこんなに暖かいのです?

 あの蔀戸(しとみど)に使われている透明な物はいったい??」


ジュースを半分程飲んで人心地ついた叔父上は、まるで小さな子供が「なぜ?」「どうして?」と聞きまくる、なぜなぜ期になってしまったかのようです。それに対し母上は


「全て、精霊様の御知恵と御力です」


とニコリと笑顔を浮かべて答えます。そう言えば質問が続かない事は私自身知っていますから、良い手だなぁなんて思ってしまいます。まぁ母上にしてみれば嘘でも方便でもなく、ただただ真実を告げているだけなんでしょうけども。


「精霊様が人と同じ御姿を取られるなどとは今まで聞いた事がありません。

 何より土・水・火の精霊様が一堂に会されるなど、

 今まで皆目聞いた事がありませんが……。

 姫様の境遇に、守護なさっておられる精霊様が御姿を現されたのですか?」


と、山吹は周囲の状況もさることながら、三太郎さんの素性の方が気になって仕方がないようです。


「私も精霊様が人の姿を取られる事を、

 ここに住まわせて頂く際に初めて知りました」


と母上は山吹の質問に答えたあと、一拍おいてから


「それから……

 金様も浦様も桃様も私を守護してくださる精霊様ではありませんよ?

 皆さま、櫻を守護をなさっている精霊様です」


と言った瞬間、ブーーーーと叔父上が口に含んでいたジュースを吹き出し、山吹は持っていたマグカップを落しました。


「「は?!!」」


と叔父上と山吹の乳兄弟が仲良く盛大に驚きます。あぁ、三太郎さんを母上を守護する精霊だと思っていたのかぁ。それも仕方がないのかもしれません。普通は一人につき一柱の精霊が守護する訳ですから。


天女や天人はそうそう生まれないので、天女の母上を守護する精霊+1だと思うのも当然かもしれません。そんな思い込みが強かった分、驚きが増してしまったようです。お行儀が悪いと橡に怒られる叔父上たちでしたが、暫くは呆然自失のままでした。





その後、三太郎さんが戻ってきて皆で一緒にお昼ご飯となりました。メニューは最近橡の得意料理の一つとなった米粉うどんです。その際にもちょっとした騒動があったりもしたのですが、以前と違って今は全て母上たちが対応してくれるから楽なものです。


そして食後のお茶の後、再び金さんと浦さんは水力ケーブルカーの点検に向かいました。トラブルらしいトラブルは無かったようなのですが、少し気になる事があるらしいです。


そして


「桃様、大変申し訳ないのですが……

 子供たちを連れて外で遊んでいただけませんか?」


と畏まった表情で切り出したのは母上でした。金さんや浦さんが作業に戻ったのと同様に、桃さんも樹液の回収や今日からは使用量が上がるであろう竹炭の補充に向かおうとしていたところを母上が呼び止めます。


「そりゃぁ、かまわねぇが……」


と桃さんは口で言うと同時に


<おい、金か浦を呼び戻して同席させるか?>


と私に心話を飛ばしてきました。母上が子供たちを遠ざけて叔父上たちと話したい事なんて考えなくても解ります。


<……呼ばなくて良いよ。話し合いの内容はだいたい解るから。

 山吹が私を施薬院へ入れろと言って、母上たちに決断を迫るんだと思うよ>


<まぁ、十中八九そうだとは思うが……。良いのか?>


その桃さんの「良いのか」という言葉には色んな意味が籠められているようでした。以前の私なら自分の処遇が気になって、心配で心配で三太郎さんの誰かに同席をお願いしたと思います。ですが……


<山吹と仲良くできないのは、もう仕方がないって思ってる。

 血の繋がった親兄弟でも気が合わない事はあるらしいし、

 お互いが傷つけあわないように適度な距離を保つしかないよ。


 それに母上が私を大切に思ってくれている事はこの1年で良く分かったから。

 その母上が私を施薬院に入れた方が良いと思うのなら、

 それが私の幸せにつながると判断しての事だろうし……。

 だから、もう良いんだ……>


<おまえがそう言うのなら、構わねぇが……>


そう心話を飛ばしてきた桃さんは、一つ大きく溜息をつくと


「おら、槐。滑り台に行くぞ!

 そろそろ滑り納めだからな!」


と右腕に兄上を座らせるように抱き上げ、左腕には私を座らせるようにして抱き上げると外へと向かいました。そんな桃さんの首にしがみつくようにしてギュッと私は抱き付いたのでした。


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