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0歳 -土の極日3-

「あ゛ぁ゛ぁぁぁ……」


1歳未満児が出しちゃダメな声を出しながら温泉に入って空を見上げます。


(あぁ、空が綺麗だなぁ……)


見上げた空は澄み切った青空で、ミルキーブルーのお湯の色が夜に入る時よりも更に青く綺麗に見えます。その青空を一文字で切り裂いている光の帯が微妙に滲んで見えるので明日は天気が崩れるかもしれません。まぁ、私の視力がまだまだ低い所為かもしれませんが。それでも最近は少し遠いところの物もちゃんと見えるようになってきたので、空や景色を見ることが楽しくて仕方がありません。


それにしても温泉に入ってゆっくりしたいと思った直後に、ここが温泉だったと気付いた時の気まずさったらないですね。思わず自分にツッコミたくなりましたよ。


そんな私を見ていた母上や(つるばみ)が温泉に入ってきて


「「あ゛ぁ゛ぁぁぁ……」」


と恥ずかしそうにしながらも真似をして声を出しています。それ、禊の一環じゃないから真似しなくて良いんだけど、説明する気力が私にはもう残っていません。


なにせ身体を洗っている途中ぐらいから母上たちの指先がふやけて皺ができてしまって。そりゃぁもう大騒ぎで大変でした。身体が溶け出した訳じゃないから大丈夫なのだと、舌っ足らずな私が説明してもなかなか安心してもらえなくて、最終兵器の「精霊さんの力で大丈夫」でどうにか乗り切ったのです。


そんな母上たちの全身を洗い、最難関だった洗顔も何とかこなして、今や母上も兄上も橡も頭の天辺からつま先まで綺麗さっぱりとしています。まぁ母上たちは綺麗にできなかった期間が長いから数日かけて全身をケアしていく予定ですが、それでもこの後に家へと入っても大丈夫なぐらいには綺麗になったはずです。



綺麗な青空の下の入浴タイムは私にとってはリラックスタイムですが、母上たちにとっては恐怖の時間でしかないようです。ですがそれが時間経過と共にみるみる変わっていくのが傍目からも判ります。


1分後:緊張で全身に力がガチガチに入った状態で辺りを何度も見渡す母上と橡


5分後:ちょっと緊張が溶けたのか相変わらず辺りを見渡すものの、

    胸元までしっかりお湯に入る母上と橡


10分後:穏やかな表情で脱力している母上と橡


といった感じで、あっという間に三太郎さんと同じように温泉の虜に。そんな大人組とは違うのが兄上で、まだ幼い所為か妖に対する恐怖心が無いらしく、大はしゃぎでお湯の中をザブザブと歩き回っています。元気だなぁ兄上は。


「何だか随分と身体が軽く感じるわ。

 頭の……いいえ、全身の不快感が無い所為かしら?」


そう母上が不思議そうに自分の手を見ています。その手は当然ながら指先がふやけて皺が出来ているのですが、勿論ガタロの所為ではありません。


「姫様もですか? 私も何だか身体が楽で……。

 それに精霊様のご加護のあるお湯だからでしょうか、肌の調子も良いようです」


そう言いながら二人して肌の調子を見せあっているようです。極力肌に負担をかけないように液体石鹸はかなり薄めて使いましたし、洗い方も泡でマッサージするようにしか洗っていないのですが、それでも今までに比べれば十分綺麗になっているはずです。


そんな二人にやり取りを見ていたら、


<金太郎と桃太郎が戻ってきたようですよ>


と私の中から浦さんの心話が聞こえてきました。


<母上たちが作っていた新しい布と裁縫道具は脱衣場の入口付近へ。

 残りは家の前に大まかに分類して置いておくようお願いしてください。

 あっ、土汚れが付かないように何か対策してからよろしく……と>


<えぇ、解りました>


私の中に万が一の守りとして残ってくれていた浦さんに、金さんと桃さんへの伝言を頼みます。金さんと桃さんの二人は岩屋の中の荷物を此方に運んでもらっていたのです。岩屋には塩や油や保存食、まだまだ使える道具がありましたから。


それらの品々を家の中にまで運んでもらえたら楽なのですが、三太郎さんから一度綺麗にしてからでないと家の中に入れたくないと言われているのです。後で母上たちに必要なモノを取捨選択してもらい、使うものは綺麗にしてから家の中に、直ぐに使わないモノは綺麗にしてから倉庫へ、全く使わないモノは処分する予定です。



それにしても温泉に入りながら思ったのは、やはり売り物となる何かをこの無の月の間に作らないとダメだなぁという事。油と酢は自作できるようになりましたが、塩が此処では作れないしお砂糖もやっぱり欲しいのです。そうなると買う為のお金なり物々交換用の品物なりが必要になります。手持ちの中の何なら売っても大丈夫か三太郎さんと後で相談しなくては……。





脱衣場の手前、ちょうど入る時に使ったかけ湯用のアレコレがある反対側に私の背丈ほどの石柱があります。その石柱の天辺には霊石がはめ込まれていて、そこに手を乗せれば「撥水」が発動して体表面の水分をパンッという感じで弾いてくれます。


これまた試行錯誤の賜物です。


何せ綺麗な布が手元には僅かしかないのです。昨日までなら母上たちが少しずつ織っていた布がありましたが、大半は叔父上たちが売り物として持って行きました。手元に残った布は少なく……。その少ない布は新しい服や寝具に回したいので、タオル代わりに使う事はできません。


そもそもタオルがこの世界では無理なんです。あのパイル地! どうなってるの?と本気で首を傾げたくなります。三太郎さんにも記憶フレームの映像の中のタオルを見せたのですが


「なんだ、この糸があっちこっちにピコピコ飛び出した布は!

 どうやって作ってるんだ?!」


と三太郎さんたちも首を傾げてしまい、再現できそうにありませんでした。布に余裕があれば手拭いとして使って身体を拭く事もできたでしょうが、現時点ではその余裕が無い。となればもうこれしかないでしょうと撥水で体表面の過剰な水分を飛ばすことにしたのです。


何度か全身をカラッカラにさせながら撥水の強度を調整しましたともっ!


この撥水に限らず、基本的にこの拠点に作られた様々な道具や施設は私が何度もテストしています。流石に使う前から危険そうだと思われるものは三太郎さんからストップがかかりますが、技能の強弱の調整にはやはり一度自分で使ってみないと解らない事が多いのです。なのでカラカラだったりビショビショだったりと色々と経験することになりましたが、その甲斐あって技能強度の調整具合はバッチリです。


「凄いわ……これ。一瞬で髪まで乾くなんて」


「全くです。それに姫様の御髪(おぐし)がキラキラと輝きサラサラと流れて……。

 天都のどんな高位の方よりも今の姫様の御髪の方がお綺麗です」


二人で自分の髪の触り心地を何度も何度も確かめながら、そんな事を言い合っています。実物を見ていないので何とも言えませんが、小説の描写などから察するにこの世界の上流階級や華族の人たちは髪に油を塗る習慣があるようです。その為に髪はツヤツヤに輝きますが、ベッタリと重たい感じになってしまうようです。それに対し今の母上や橡の髪は、油が出す艶やかさには劣るかもしれませんが、軽やかに流れる煌めく髪になっています。


そうやって母上たちが驚きから足を止めている背後で、不可視状態の金さんが私の中へと戻ってきました。そして逆に浦さんが不可視状態のまま出ていきます。運んできた新しい布を川の水に浸して「浄水」技能で綺麗にする為です。作られたばかりで一度も使っていない布ではあるのですが、あの岩屋にあった為に臭いがしみついていて……。そのままでは身に纏いたくないのです。





兄上は髪の水分まで一気に飛ばしてくれる「撥水」のパンッ!がとても楽しかったようです。4回ほど頭からお湯をかぶる→乾かすを繰り返して母上に「めっ!」と怒られてちょっとしょげてしまいました。まぁ、母上たちだってどうなっているのかが気になったようで、もう一度温泉に入ってからパンッってしていたので強くは怒れなかった訳ですが……。そんなこんなで予定より少し時間がかかりましたが脱衣場へと戻ります。壁際の机の上に畳んで置かれていた布に真っ先に気づいたのは母上でした。


「この布は私達が織った布では……?」


畳まれた布を手に取った母上に橡が


「姫様、此方には裁縫道具があります」


と裁縫道具の入った小さな木箱を手に取って答えます。その二つから導き出される答えは「ここで服を作って着てね」という事です。


「はーうえ、あえ(あれ) もういちろ(いちど) きるの らめ(だめ)


「でもね櫻。着物はすぐには作れないわよ?」


はい、それも解っています。なので前もって対策を考えてありますよ、母上!





前世で経験した文化祭の衣装づくりがこんな所で役立つとは思いませんでした。


布を裁断したり縫製したりする手間を極力抑えておきながら、母上たちにも着てもらえそうな服として思い出したのが、「走れメロス」を演じた際に作った古代ギリシャの「ドーリス式キトン」と「イオニア式キトン」の二つです。特にドーリス式キトンは布を折りたたんでから両肩で1カ所ずつピンで留め、腰を紐だったりベルトだったりで締めるだけだけというお手軽さでした。


もっともピンとなるような物がここには無いので、そこに一工夫加えます。湖で採れる巨大ハマグリの貝殻を加工して、金さんにボタンを作ってもらいました。何度も洗う事を考えたら水に強い貝殻が現状ではベストだと思ったのです。ボタンの種類としてはダッフルコート等で見かけるトグルボタンか足つきボタンかで悩んだのですが、貝殻の強度や金さんの加工のしやすさなどからトグルボタンに決定。後は貝殻ボタンの大きさに合わせた紐を用意して、ループ状に縫い付けた紐にボタンをひっかけるようにすれば、小さい私でも自分で着替えができる……かもしれません。まぁ、まだもう少しの間は母上たちに着替えさせてもらう事になりそうですが……。



これが単なる小説や漫画といった創作物で、それを私が読んでいるだけなら思わずツッコミを入れただろうなぁと思います。


「なんで和風ファンタジーに古代ギリシャをぶっこむのっ!」


と、裏拳付きで突っ込んだと思います。

でも現実問題、そこで暮らしていかなくてはならない身としては


「はぁ? 世界観? そんなんで寒さも飢えもしのげんわっ!」


とツッコミ返し炸裂ですよ、えぇ。

まぁ確かに、ここが街中だったりして他人の目があるのなら私だってここまでの無茶はしませんが、幸いなことにここに居るのは三太郎さんと私達だけ。なら、快適でお手軽なのが一番です。



「こーして、こうして、ここ ちくちく」


言葉だけでの説明が難しいので、布を広げてからドーリス式キトンになるように上を少し折り返し、そこにボタンを置いて此処に縫い付けてほしいと身振り手振りで説明します。


ですがボタンの使い方がよく解らないようで……。

これ、私じゃ説明しきれないやつですね。もうこうなったら仕方がありません。幸いなことに此処にある布は3枚。うち2枚を母上と橡の身体にかけてから


<浦さん、ごめん。ちょっと私の説明では無理っぽい>


と浦さんに登場願いました。一応少し離れた場所に背中を向けて実体化してもらったのですが、母上たちが悲鳴を上げるのは仕方がない事ですね、はい。


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