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17歳 -無の月2-

急速に私達から離れていく土の精霊(元土の神)を止めろと龍さんに言われた金さんですが、その言葉が言い終わるよりも先に行動に移していました。金さんが腕を勢いよくそちらに伸ばした途端、金さんの周囲に浮いていた小さな精霊たちは姿を消してしまいます。おそらく金さんが周辺の土の精霊力を吸収したのだと思うのですが、なぜか離れていく精霊は動きが若干鈍りはしたものの他の精霊と違って姿を消すどころか引き戻されもしません。どうやら問題の精霊のところまで金さんの力が及んでいないようなのです。


「くっ、何故(なにゆえ)この距離で届かぬ!」


ここ神界は私の常識や理屈が全く通用しない世界ですが、どうやら精霊にとっても完全には理解できない世界のようです。何でも龍さんが言うには「人間たちが言う幸運や偶然といったものにもきっちり法則があり、すべてが計算できる世界」らしいのですが、何度説明を受けても未だに理解しきれません。その中でも一番理解できなかったのは3次元じゃないって事でした。私たちが住む世界は縦・横・奥行の3次元だと言われていますが、神界はそれら3つに加えて時間や運や光といった様々な要素で成立している世界らしいです。ただその説明を受けてもなお、時間が逆行している流れというのも理解しがたいですし、光がまっすぐに進まずに螺旋を描いたり直角に曲がったりするのも理解できません。ほんと、意味わかんないと何度思ったことか……。


龍さんが神界でのルート選びに慎重になるのはこの点も影響しているらしく、神界に長く居れば長く居るほど3次元の存在である私たちは魂に負荷がかかっていくのだそうです。お役目の関係か風の神はその負荷に対する耐性が高いので他の神に比べれば余裕がありますが、それでも限界はあります。ちなみに負荷というのも正確な表現ではないそうなのですが、私にわかるように説明するにはそう表現するしかない……と龍さんが悩み抜いて見つけた表現です。


この負荷が溜まると量に応じて選びたい道がどんどん見つけづらくなり、時間や空間が大きくずれた所に戻ることになってしまいます。浦さんの名前の元となった、おとぎ話の浦島太郎の結末を彷彿とさせる話です。そして負荷が限界以上に溜まれば、元の世界に戻ることができなくなってしまうのだそうです。もし戻れなくなったてしまったらどうなるのかと龍さんに尋ねたら、知らない方が幸せな事もあると言われてしまいました。そう言われると小心者の私は好奇心よりも恐怖が勝り、何があっても絶対に寄り道はしないと心に固く誓います。


そんな私が持つ常識や理屈が一切通じない空間を、元土の神は私が元居た世界へと一直線に向かって行きます。自分の世界へ戻ることを考えていないんじゃ?と思ってしまいますが、それ以前にまともな判断力や思考力が残っていないのかもしれません。今もアレから放たれているのはどこまでもどす黒い怨嗟の声で、途切れ途切れに私さえ居なければと呪詛めいた事を言い続けています。


今すぐにでも追いかけて捕まえたいのですが、アレと違って私たちはやみくもに直進するわけにはいきません。そんなことをすれば二度と家族に会えなくなってしまいます。なので距離はじりじりと離されていくのですが、一気に近づくことのできる流れを龍さんが見つけてくれるまでの我慢です。


というかアレを土の神と呼ぶのは金さんに失礼だなと思い始めたので、今後はアレを狂神と呼ぼうかと思います。


不幸中の幸いなのは狂神も思うように進めていないということです。狂神は龍さんのように流れを読める訳ではないようで、私の元居た世界へ近づこうとしているのですが、以前の私のように急に上下左右へ移動し、このままではどの時点へたどり着けるか全く不明です。


一番被害が少ないのは、狂神が私が既に未来樹世界へと飛んだ後の時間軸へと到着することです。次点で私が生まれる前でしょうか。そうなれば私が襲われる事はなく、両方の世界への影響は最小で済みます。龍さんも目的地とは時間軸が大きくずれそうだと判断したようで、引き続き全力で狂神に近づこうとはしていますが、どこか少しホッとした様子です。


「あの時、確かに倒したはずなのじゃが……」


龍さんがこぼした愚痴に三太郎さんも同意のようで、


「震鎮鉄(しんちんてつ)の槍で確かに貫いたよなぁ??」


「えぇ、間違いなく……」


と口々に言い始めます。ただその視線は鋭く、浦さんと桃さんは周囲を確認し続けていますし、金さんと龍さんは狂神の動向を注視し続けています。金さんだけは沈黙を貫いていたのですが、少し逡巡してから


「…………可能性があるとすれば……」


と話し始めました。あくまでも一つの可能性だと前置きしてから、金さんは


「あの時、あの場に集まった精霊は我らと同様に自我があるものが大半だっだ。

 だが中には我らが使っていた膨大な精霊力に惹かれてきたと思われる、

 個を自覚できぬほどに小さな精霊もいた……」


思い返してみれば、あの時の金さんたちのまわりには無数の精霊の光が乱舞していました。17年前に教えてもらった事ですが、精霊は同種の精霊は同じであることが当然という認識を持っています。長い長い年月の間に三太郎さんたちのように個を持つ存在も増えてきましたが、それでもまだ少数派なんだそうです。あの時の三太郎さんたちの周りに集まっていた光の量は、とても少数派とは思えないほどの量でした。つまりあの無数の光の中には、個を持たない同一規格の土の精霊がそれなりに居たという事になります。それは元土の神にとって恰好の隠れ蓑となったのではないかと、金さんは言うのです。


「もともと土の精霊は土の神の力の欠片だ。

 ならば土の神が力を失えば、精霊と大差無い存在になるのではないか?

 もしそうならば個を持たぬ精霊の中に入り込み、

 以前の龍のように休眠状態になれば外からは認識できぬのではないか??」


「成程……。確かにその可能性はありそうですね」


「何にしても俺様たちがやる事は変わらねぇ。

 あそこにいるアイツをぶちのめす! 世界と櫻を守る! ただそれだけだ!」


桃さんは相変わらず思考がシンプルです。でもおかげで自分たちがやらなくてはならないことや、優先すべきことがはっきりとしました。


「そうだね、まずはアレが向こうの世界に渡る前に捕獲しないと!」





狂神は別世界系樹(元の世界)へ向かい続け、何度も想定外の方向へと流されながらも私が存在していた時間軸へと進み続けます。対し私たちは流れを読みながら進んでいる為に何度かは大きく離されたり、その直後には急速に近づいたりを繰り返しながら徐々に距離を縮めてきました。ところが……


「クソッ、あと少しじゃというのに!」


龍さんの声に苛立ちが混じり始めます。三太郎さんも言葉には出さないものの全員が焦りを感じ始めているようで、周囲の空気がピリピリとしてきました。できることならあちらの世界へたどり着く前に対処してしまいたいのですが、どうしてもあと一歩が届かないのです。


何か打開策を考えなければと悩み始めた私の耳に


「あっ!!」


と何かに驚いた龍さんの声が聞こえました。何があったのかと顔を上げれば、先を行く狂神も私たちもいきなり速度が上がっていて、今までとは違って高速で元居た世界へと向かっているのです。しかもまっすぐに!


「お、おい、どうなってんだ!!!」


慌てた桃さんが周囲を確認しますが、これといって目新しい何かがある訳ではありません。ですが龍さんは原因に心当たりがあるようで、


「待て、シナトベ!! 今は駄目じゃ、やめろぉ!!!」


と強い言葉と心話を進行方向に向かって飛ばします。ですが龍さんの言葉もむなしく、狂神が向かう少し先にいきなり光の環が出現しました。その光の環は私たちが神界へと入るときの風の門とよく似た気配をまとっていて、そのことに気づいた私と三太郎さんの顔から血の気が引いていきます。


「まさか……」


金さんが絶句し、桃さんは一瞬だけポカーンと口を開けて固まりましたが、すぐに行動に移しました。


「金、浦、結界はお前らだけでどうにかしろ!!」


「桃さん!!!」


「安心しろ、アイツにお前はやらせねぇから!!」


そう言うや否や、一人結界から飛び出して狂神に向かって行きます。これでは桃さんだけが過剰な負荷を負うことになり、最悪元の世界へ戻れなくなってしまうかもしれません。慌てて手を伸ばして引き留めようとするのですが、人間の私の反射速度が本気になった火の神の速度に敵うわけがありません。突然の、そして最悪の事態に血の気が引くどころか目の前が真っ暗になります。


「少しの負荷は仕方ないって諦めて、桃さんを助けて!!」


私を抱えて飛んでいる龍さんの服を掴み、今すぐに桃さんを追って!と必死の願いを口にします。三太郎さんは3人いるからこそ三太郎さんなのです、桃さんに限らず誰かが欠けてしまうなんて考えたくもありません。


それに桃さんだけでは絶対にアレには追い付けません。

最初の飛び出しで距離を縮める事はできますが、桃さんも流れを読めない為にそれ以上距離を縮める事はできないのです。なので少し離れた場所から霊力を練って火の槍を作り出してそれを投げつけますが、なにせ相手も不規則に動くために致命傷を与えることができません。


「桃さん、戻って!!!」


『んー?? なんだ、異界の風が来たんじゃないのか?』


「ジャ……マだ………… ド……ケええぇェェ!!!」


その時、三者三葉の言葉が同時に周囲に響きました。一つは私、一つは狂神ですが、もう一つの声に全く聞き覚えがありません。ただその覚えのない声は、日本語を喋っていたのです。


遠く、狂神の先を見れば深緑色をした光が浮かんでいました。


「シナトベ! それを吹き飛ばせ!!」


「お、おう!」


相手を確認した途端、龍さんが全力で叫びました。相手は一瞬戸惑ったようですが、龍さんの切羽詰まり具合にひとまず従うことにしたようで、返事をした途端に龍さんとは少し違う風の力がいきなり吹き荒れます。その風は狂神の横っ面を殴りつけるように吹き荒れ、ドンッ!!!という風が出して良いとは思えない音を立てて、狂神をはるか遠くへと吹き飛ばしてしまいました。


『なんだ、アレ……』


反射的に吹っ飛ばしてから改めて自分が何を吹っ飛ばしたのか確認する深緑の光の玉さんですが、結局何か解らなかったようで首を傾げてからこちらへと向き直りました。


『久しいな、異界の風よ。ずいぶんと遅いので心配したぞ』


「いろいろと事情があったのじゃよ」


シナトベと呼ばれた深緑色の光の玉はどうやら龍さんが出会った風神のようで、近くまで龍さんが来ている事に気づいて門を開いてくれたのだとか。流れを見極めて移動する必要がある神界ですが、実は一つだけ抜け道があるんだそうです。神々が新しい世界へと移動する際、真っ先に風の神(精霊)が新世界へと入って後続の神を導くための門を開くのだそうです。別世界系列の神に使った事は今まで無かったそうなのですが、今回はその力を使って私たちを迎えに来てくれたようです。その心遣いはありがたいのですが、せめてこちらの状況を確認してからにしてほしかった……。


『そこのは火の神か? 無茶をしたなぁ』


風神さんは桃さんへと風を送って自分の元へ引き寄せると、光の環へ入るように促してきました。この門の向こうは私が崖下へと落ちた直後に繋がっているはずです。そこで私は祖父母へ気持ちを届けたい事と、私自身の魂を三太郎さんたちのいる世界へと移したい事を相談しなくてはなりません。神様相手に直談判をしなくてはならない状況に、喉がカラカラになるぐらい緊張してきてしまいます。


「そうじゃな、ここは長居すべき場所ではない」


龍さんの言葉に私も頷きます。神界に留まり続ければ負荷が溜まりますし、何より万が一を考えて私は常に龍さんに抱っこされっぱなしなんです。風神さんにお願いをするにしてもこの状態では不敬すぎます。


(それにしても、風神さんなのにあの姿じゃないんだ……)


深緑色の肌に金色の髪、それから頭部には鬼っぽい角。筋骨隆々の腕で風の入った白い袋を持った有名な風神雷神図屏風の姿を脳裏に思い浮かべますが、目の前にいるのは深緑色のシンプルな光の玉です。


『ははは、わかるぞ。この姿は有名だもんなぁ』


私の視線が露骨すぎたのか、それとも思いが強すぎて心話となって相手に届いてしまったのかは謎ですが、風神さんはカラカラと不思議な笑い声を響かせながらその光をモニョモニョとゆがませると、美術の教科書で何度も見たあの風神へと姿を変えました。


「あっ、櫻。貴女はまた!!!」


『あぁ良い良い。この姿はワシらの国では有名な姿でな。

 ワシも時々この姿で過ごすことがあるくらいだ』


慌てて私を叱ろうとした浦さんを、風神さんがとりなしてくれます。悪意もなければ故意でもなかったけれど、私には前科があるからなぁ……。


そんなことを話しつつも風の門へ入ろうと全員が移動を始めた時、周辺の流れが一気に変わりました。幸いにも私のそばには龍さんも三太郎さんもいますし、風神さんもいてくれたので大きな損害はなく驚いただけですみましたが、その次の瞬間


『何だ?!』


とっさに風神さんが風の防壁を張り、その内側にあった結界を三太郎さんと龍さんが強化します。ごうごうと音をたてる風の壁に次々とぶち当たっていたのは巨大な岩槍で、その先には遠くへと流されたはずの狂神がいました。


「我らの敵だ!!」


風の神同士で素早く心話で情報を交換したようで、風神さんの眉間に皺が何本も刻まれます。そのまま風神さんは風が渦巻く槍を岩槍へとぶつけて相殺することにしたようですが、なぜか徐々に視界が悪くなっていきました。


『あいつ、岩槍のほかに砂塵を周囲にばらまいてやがる!』


風神さんがそう言ったとき、その砂塵と複数の槍に隠れていた細く小さな針のようなものが風の門へと打ち込まれました。普通ならばその門を通れば向こう側へと抜けるだけです。ですがその針はその門の中央で止まると、周囲の砂塵を巻き込んで大爆発を起こしました。


『ぐぅ……』


門が負ったダメージはそのまま風神さんへのダメージとなるようで、苦し気な声が漏れ出ます。さらに砂塵という砂塵を巻き込んで連続で起こる爆発に、三太郎さんと龍さんが風神さんを巻き込むようにして全力の結界を張り、どうにか五感全てが馬鹿になってしまいそうな猛烈な爆発を耐え抜くことに成功しました。


……成功はしましたが……。


静まり返った神界にあった門はその場所がズレており、そして狂神の姿はどこにも見当たりませんでした……。


年内の更新はこれで最後となります。

今年もお付き合い頂き、ありがとうございました。

来年もどうかよろしくお願い致します。

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