17歳 -土の陰月1-
私の両手の間にはバスケットボールより少し大きい光の玉があり、その光の中には葉が一枚だけ付いた枝がありました。それに重さはなく、それどころか実体があるのかすら解りません。ですが確かに手のひらに伝わる圧があり、今以上に手を近づけることはできません。光の中の枝はゆっくりと回転しているのですが、その回転のせいで今にも葉が落ちてしまうんじゃないかと心配になってしまいます。
今、私達は真っ暗闇の中を龍さんの案内で元いた世界へと戻っています。三太郎さんたちは再び私の中へと戻り、結界は最低限+αといった省エネモードへと戻しました。
「おぬしには驚かされる……。いったいソレをどうする気じゃ??」
「上手くいくかは解らないけれど、試したい事があるの」
龍さんは進行方向を見たまま問いかけてきます。私はそれに答えますが、心の中に湧き上がる不安に声が少しだけ震えてしまいました。そんな不安を三太郎さん感じ取ったようで、次々に言葉をかけてくれます。
<成功するに越したことはありませんが、
失敗しても気にすることはありませんよ>
<浦の言う通りだ。あの場で滅ぶか、我らが世界で滅ぶかの違いでしかない。
それでも、もし……世界が滅ぶことなく続くのであらば……
その時は我はそなたと何時までも共にあろう。今世も来世も、その次も……>
<おっ、ソレ良いな!! 俺様もずっと一緒って決めた!
櫻と一緒だと退屈しねぇからなぁ。俺様もお前と一緒に居たい!>
<仕方ありませんね。では私も一緒に居ましょう。
桃と貴女では暴走する未来しか見えませんからね>
<そんな事ねぇよ!!>
「そ、そんな事ないよっ!!」
私達が何も行動を起こさねば世界が滅ぶのは確定でしたが、行動したことで僅かでも世界が滅びの道筋から外れました。もちろんこの道の先にも滅びがあるのかもしれませんが、その時はまた少しでも道筋から外れるように努力するだけです。
それでも駄目なら……、
その時は家族と最後まで一緒に居られると思うことにします。誰かを置き去りにすることもなく、誰かに置き去りにされることもなく……。
そんな思いで居た私に三太郎さんたちは「ずっといっしょだ」と言ってくれたのです。精霊である三太郎さんは不老長寿で、そんな彼らのずっとがどれぐらいの長さを指すのか、私では想像もできません。でも金さんの言う通り今世でお別れをしたとしても、来世でも一緒に居られるのなら……少しだけ来世が楽しみかもしれません。
不安以外に目を向けたことで、気持ちが少し浮上します。顔を上げしっかりと前を見据えた時、ズッと身体が横へとぶれました。よろけたという感じではなく、真横に身体が1m弱スライドしてしまったのです。結界を張っていた龍さんが慌てて駆け寄って私の腰へと腕を回して引き寄せてくれましたが、突然のことに心臓がバクバクとしてしまってすぐには言葉が出てきません。
足元を確認してから再び視線を上げれば、そこにはキラキラと光り輝く光の集合体がありました。その一つが視界の中央に入った時、心に凄まじいほどの孤独感と帰らなくてはという気持ちが沸き上がってきます。
「もしかして、あれが……」
「そうじゃ。おぬしの元居た世界じゃな」
青白く輝くその葉は宇宙から見た地球のような青い光を纏っていて、言葉では言い表せないほどに綺麗です。
「おぬしは身も魂もあちらに属する存在じゃからな。
あちらに惹かれてしまうのも当然じゃろう」
浦さんの力を借りてしっかりとその光を見れば、巨樹が無数の光の葉を茂らせている姿が見えます。その中には色が悪くなっているも葉もありましたが、大多数の葉はキラキラと輝いていて、私の手の中にある葉との違いに驚いてしまいました。ですが私が目指すのはアレなのだと、母上たちが住む世界をあんなふうに光り輝く世界にしてみせると気持ちを新たにします。
「今なら簡単に帰ることも可能じゃぞ?」
龍さんの言葉にちょっとムッとしてしまいました。
「龍さんって、実はかなり意地悪だよね」
思っていた返しでは無かったのか、龍さんは目を丸くしてしまいました。常々思っていましたが、龍さんは大事な時ほど反対の提案をしてきます。こちらの気持ちを試すつもりなのか、そちらを選んだら駄目だろうという提案をしてくるのです。おかげで選択を間違える事はありませんが、イラッとさせられてしまうのも事実です。
「儂が……意地悪??」
どうやら無意識の言動だったらしく、龍さんは愕然としてしまいました。
「まだ帰れないよ。
……でも、ちょうど良い機会だから今後のことを話そうよ」
私がそう言って龍さんを見上げれば、龍さんはしっかりと目を合わせ返してきます。
「私は……もうすぐ死ぬんだよね?」
私の言葉に龍さんも三太郎さんも沈黙してしまいました。三太郎さんはともかく、龍さんは知っているはずです、私をこの世界につれてきた龍さんなら……。
「何故そう思う?」
「叔父上の時に、みんながそう言っていたじゃない。
命は巡るものであり、死は人に定められた運命だって。
私は元々は小学校に上る前に死ぬ運命だったけれど、両親の希望で伸びた。
でもこれは両親の残りの寿命を私に移しただけじゃない??」
両親の記憶を取り戻した時、同時に思い出したことがありました。前世で事故にあった日、急速に薄れゆく意識に微かに聞こえてきた「私達の命をこの子に!」と誰かに願う両親の言葉……。願った相手が龍さんなのは明白で、龍さんはそこで両親の寿命を私の寿命へと変化させたのでしょう。
龍さんとしてはすぐにでも私を連れていきたいところを邪魔された訳ですが……
「龍さんからすれば願ったり叶ったりだったんじゃない?
魂を異世界へ移動させた際の、損失や不都合を見極めるの丁度良かったから。
世界の滅亡を防ぐ為に大きな失敗は許されないから、龍さんの気持ちは解るよ」
龍さんが教えてくれた経緯から察するに、まだまだ寿命のある人を無理やりこちらの世界に連れて来る事は出来ないという事が解ります。正確には元の世界での寿命が尽きないと連れてこれないのです。世界のバランスとか理とか、そういった神々のルールなのでしょう。つまり私はあの時、バスから崖へ放り出されて死ぬ運命だったのです。
「……儂を恨むか?」
「うーーーーん、恨みより感謝かな」
「感謝じゃと?」
龍さんは私に責められると思っていたようで、訝しげに問い返します。ですが私の心の中を隅々まで探しても、龍さんを恨む気持ちはありません。確かにイラッとすることはありましたが、それを恨みとは言いません。そもそも両親も私も龍さんによって殺された訳ではありません。それどころか龍さんは両親の最後の願いを叶えてくれた恩人で、そこに恨む要素なんて欠片もないのです。
「だって龍さんのおかげで、三太郎さんに会えた。
母上に、叔父上に、兄上に、橡や山吹に、会えないはずの家族に会えた。
だからありがとう……。私を連れてきてくれてありがとう、龍さん」
目を丸くした龍さんは俯いたかと思うと、ぐっと顔を上げて私を抱きしめようとします。ですが私が両手で光の玉を抱えていた為に行動を急停止し、仕方なくといった風情で私の頭を髪がぐしゃぐしゃになるまで撫でてから、くるりと私の身体を回れ右させて背後から抱きしめ、耳元で
「儂の方こそおぬしに感謝しかない。すまない、本当にすまない。
そして、ありがとう……おぬしの魂に未来永劫、風の護りを……」
と囁かれてしまいました。耳元で男性に囁かれたことなんてない私は恥ずかしさにワタワタとしてしまいますが、それを悟られたくないのでンンッ!と咳払いをしてから
「その御礼はこの枝が無事に根付いてから聞きたいかな。
まだまだやることは残ってるんだから」
「そうじゃな。じゃが最後に一つ……。
酷な事じゃと自覚はあるが、おぬしに聞いておきたいことがある。
最後は……おぬしの最後はどちらで迎えたい?」
<何を言うのですか!!>
それまでことの成り行きを静かに見守っていた浦さんが、我慢の限界とばかりに声を上げました。
「大事なことじゃ。儂はできる限り櫻の希望を叶えたい。
そして当人も既に感じ取っているようじゃが、櫻に残された時間は長くない。
ならば最期の地ぐらい選ばせてやりたい」
龍さんがそう言えば浦さんは言葉に詰まってしまいました。どうやら金さんや桃さんも何も言えないようで、ただただ私を気遣う気配だけが伝わってきます。
「今すぐには決められない……かな。
それに何よりまずはこの枝を持ち帰って、根付かせないと。
全てはそれから……だと思ってる」
「そうじゃな。儂とて今すぐに答えを聞こうとは思っておらん。
じゃが少し考えておいてくれ。先程も言ったが儂はおぬしの希望に沿いたい」
「うん、解った。ありがとう」
自分の寿命が残り少ないと明言されたというのに、変に冷静だなぁと自分でも思ってしまいます。ついこの間までは死が怖くて龍さんに質問できなかったというのに、今はなんだかすんなりと自分の短い人生を受け入れてしまいました。
(たぶん、来世もその次もずっと私の傍にいるって……
三太郎さんたちにそう言ってもらえたからかな?)
風の門をくぐり抜けると、周囲は焚き火の明かりで辛うじて明るさを保っているような真夜中でした。母上や橡、山吹はどこからか持ってきた外套にくるまって寝ているようで、私を出迎えたのは心配そうな顔をした叔父上と兄上でした。
「おかえり、櫻」
「ただいま叔父上、兄上」
いつものやり取りなのですが、少しだけ言葉にぎこちなさがあって距離を感じてしまいます。
「何日経った? 変わりはないか?」
「8日経っておりますが、大きな変化はございません」
私達の横では龍さんが両親の魂とそんな会話をしていたのですが、その内容に吃驚してしまいました。
「8日?!」
ぎゅんっ!と勢いよくそちらを向けば、私の驚きっぷりに苦笑いしている龍さんがいました。
「あそこは時の流れが人知を超えた場所じゃからなぁ。
8日で済んだのは最良といえる範囲じゃぞ」
龍さんによるとあそこは時の流れが私の理解の範疇を超えていて、時の流れの早い場所や遅い場所があるそうなのです。それどころか稀にではあるものの停止している場所や、逆行しているところまであるそうで……。龍さんはそれを踏まえて移動ルートを決めていたんだとか。だからこそ私が横に大きくズレた時は慌ててしまったそうで、アレがなければもう少し早く戻ってこれたのだと言います。改めてあの地は、人間の常識とか知識が通用しない世界なんだってことを思い知りました。
「龍さん、いますぐ私を浮遊島へ連れてって。そこで試したいことがあるから」
精霊の時間感覚では8日なんて瞬きの間かもしれませんが、私からすれば8日も過ぎてしまったことに焦りしかありません。私の要請を受けて龍さんはすぐさま私を抱えると、トンと地面を蹴って宙へと浮かび上がります。私は遠くに見える浮遊島を見つめる視線を一度下へと落としてから、改めて叔父上へと向けました。
「叔父上、後で話したいことがあるの。
だから母上やみんなが起きたらで良いから、これで連絡してください」
自分の耳についているイヤーカフをトンッと指でつついて、母上たちがゆっくり休んでからで良いからと伝えます。
「あぁ、私からも話がある。
櫻の好きな朝食を用意してもらっておくから、気を付けて行ってくるんだよ」
叔父上の口が優しく弧を描き、にこりと笑いました。そんな叔父上の笑顔につられて、私も思わず笑顔を返します。今まで色々と悩んだりしましたし、恐れや躊躇いは今も完全に消えた訳ではありません。でも何かが吹っ切れた感じがします。
「はい。 じゃぁ行ってきます!」
暗闇に浮かぶ浮遊島(上)の巨樹の根本へと来た私達は、静かな戦いを開始することになりました。巨樹を囲むように東に龍さん、西に金さん、南に桃さん、北に浦さんが立ち、それぞれ片手を木の幹へと触れさせています。
<じゃぁ、行くよ>
私は変化を司る龍さんのすぐ近くに立ち、みんなに心話で声を掛けてから光の玉を巨樹の幹へと押し付けます。巨樹すぎて反対側にいる人に声が届きづらいとは思いませんでしたが、幸いにもイヤーカフの力で複数の精霊と同時に心話が使えます。今まで多種多様なものを作ってきましたが、この通信アイテムも必須アイテムへ仲間入りかも……なんて思ってしまいます。ちなみに他の必須アイテムには、大きなものではトイレや浴場、冷蔵庫があり、小さなものでは歯ブラシなど日常品があります。
巨樹の幹に押し付けられた光の玉は微かな抵抗すらなく、すぅーと溶けていくように消えていきました。途端にグラリと巨樹が傾いたような錯覚を受けますが、実際に傾いたのは巨樹と地面の両方のようで
<金!!!>
誰かが金さんの名前を呼ぶのと同時に地面の傾きは治りました。慌てて地面を見れば、あちこちで巨樹の根がボコボコと地表に顔を出していて、それらが不気味に蠕動しています。
<龍さん、全力で巨樹とあの枝を同じになるように変化させて!!
浦さん、変化させたものを連結して一体化!>
今回の作戦はこの二人がメインで、あの光の小枝を巨樹と一体化させる事で、今後はこの地で守り育てるという作戦です。この浮遊島は今のところ世界で一番安全な場所です。人間では到達することのできない高度に浮かび、龍さんと三太郎さんによる結界に守られて妖が入り込む事はできません。また全ての精霊力に満ちたこの島は、将来的には新しい精霊が生まれる聖地となる可能性すらあります。
<駄目です、枝の霊力が強すぎる!>
<金さんと桃さん、巨樹の力を増幅して!!>
浦さんの報告に、即座に金さんと桃さんにも助太刀を請います。この巨樹は桜の木が元となっていますが、浮遊島の大地を守る役目を与える為に金さんが特別に力を込めたものです。なので金さんによって補強が可能なはずで、それを補助する為に桃さんにも手伝ってもらいます。
そうすると今度は
「いかん!! 葉が落ちそうじゃぞ!!」
と龍さんが慌てます。急激に強まった巨樹の力に枝が圧され、葉の根本が不自然なほどにひしゃげてるのが浦さんの力を目に集めた私にも見えます。
<桃さん、もう少し力を抑えて!!>
<くそっ!!! 苦手なんだよっっ!!!>
思いっきり愚痴る桃さんですが、それでも力をセーブしてくれたようです。葉の根元が元へと戻りました。
そんな事を続けること数時間。一進一退だった進捗が、次第に三歩進んで二歩下がるような状態になり、少しずつではありますが巨樹と光の枝の一体化が進んでいきます。
ここまでくると私ができるのは祈ることだけ……。
少しでも三太郎さんの力になるために、跪いて指を絡めるようにして手を合わせ、ひたすら名前を呼びながら祈りを捧げます。
一心不乱に祈り続けてどれくらい経ったか……。
不意にポンと肩に手を置かれ、
「櫻、もう大丈夫じゃよ」
と声を掛けられ、いつの間にか閉じていた目をゆっくりと開けていきます。眼の前の巨樹の幹は全く変わりがなく、恐る恐る視線を上へと上げていきました。そこには登り始めた太陽の光を受け、虹色に輝く大量の葉が茂っていました。
「これは……」
「成功じゃ。今やこの巨樹がこの世界。
この葉1枚1枚がこの世界に息づく一つ一つの命。
あの小枝はこの地にて、世界を表す木へと変化したんじゃ」
そう告げる龍さんの言葉を待っていたかのように、巨樹を風が通り抜けていきました。その風は優しく流れて私をくるりと一回りしてから、遠くへと流れていきます。
「世界は守られた」
「よく頑張りましたね」
「おらっ、よろこべっ!!」
いつの間にか近くに来ていた三太郎さんたちも口々にそう言い、桃さんなんて私の腰を両手で掴むと、小さい子供にするように桃さんの背よりも高く持ち上げてくるりと一回転します。
「ちょっ、桃さん!!」
思わず「止めて」と言いそうになりましたが、心底うれしそうな桃さんの顔を見て思いとどまります。そして逆に桃さんへと腕を伸ばして、桃さんの頭を抱え込むようにして抱きしめ、一言
「良かった……」
とだけ呟きました。怖かった。本当に怖かったのです。仕方がない事だと三太郎さんたちは言ってくれていましたし、私自身もそう思っています。でも世界中の命が私の行動次第で失われるかもしれないなんて、どれだけ目を逸らしても考えないようにしても怖くて仕方がなかったのです。
桃さんの頭に抱きついた私に
「仕方ねぇなぁ」
と桃さんは言いながら抱き方を変え、小さい頃のように左腕に私を座らせると、右手で強く抱きしめてからポンポンと背中を撫でさすってくれます。
それは幼い頃と全く同じ暖かさで……
「お前は良く頑張った。
すげぇよ、俺様が今まで見てきた人間の中で一番すげぇ。
お前の頑張りのお陰で、俺様もお前の家族もみんな幸せだ」
ポンポンと背中を叩かれているうちに、徐々に涙が溢れてきてしまいました。安心して気が抜けてしまったようで、止めようと思っても涙は止まってくれません。
「だから、もう大丈夫だから……」
桃さんの優しい声は子守唄のようで、私の心と体に染み込んでいくのでした。




