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17歳 -土の極日2-

「お……かぁ……さん」


自分の口からこぼれ落ちた言葉に私自身が驚いてしまい、思考が停止してしまいました。眼の前の女性は確かに母上に似たところもありますが、間違えるほどではありません。なのにどうして?と自分でも混乱してしまいます。幼い頃はこの世界の何処かに私を産んでくれた母親がいるのかもしれないなんて思っていましたが、今は自分がこの世界に転移してきた事を知っています。つまり育ての親である母上こそが私の母で、私を産んだ母はこの世界には居ないのです。


(はぁ……。病み上がりだからなぁ)


数日前には平熱に下がったものの、落ちた体力はまだ戻っていません。先ほどから激しい頭痛が続いていて、これは今日一日朝から母上たちと再会してテンションを上げてしまったり、無尽蔵の体力を持っているんじゃと常々疑っている青・赤両部族の子どもたちとコミュニケーションを取ったりと、落ちてしまった体力と気力を使い切ってしまったからでしょう。その結果判断力までもが落ちてしまい、母上や叔父上が「母」と呼んでいたのにつられてしまったのだと思います。


私はそうに違いないと結論付けると、いきなり「お母さん」なんて呼んでしまって困惑させてしまった申し訳無さと、先生をお母さんと呼んだ時と同じような恥ずかしさを感じつつ、謝罪をする為に相手を改めて視界に収めました。


途端にギュッと胸が苦しいほどに圧迫される感覚に見舞われます。同時に相手の女性の表情がクシャと歪んだかと思うと、今にも泣き出しそうな表情へと変わりました。そのすぐ後ろにいる男性も眉根を寄せ、まるで涙を堪えているかのような表情です。二人のその表情に言葉が出ず、痛い程に胸が締め付けられるのですが、その理由にまったく心当たりがありません。


感極まった女性が戸惑う私に向かって一歩前へと足を踏み出した時、私と女性の間に叔父上がサッと割り込みました。私を左手だけで抱えて大きく飛び退き、その叔父上の前に山吹と橡(つるばみ)が武器を構えて入り込みます。


「貴様たちは誰だ!」


叔父上の厳しい誰何の声が辺りに響き、母上も兄上といっしょになって距離を取りました。急に警戒しだした叔父上たちに困惑しますが、どう考えても原因は私です。


「お、叔父上。言い間違っただけで……」


「いや、良く見るのだ!」


叔父上の言葉に山吹の向こう側にいる二人をじっと見れば、確かに何か違和感があります。その違和感の正体を確かめようと更に凝視し、ようやくその違和感に気づきました。


(若返ってる?)


さっきまでは母上と同年代、おそらく40歳前後だと思われた年齢が今では10歳は若く見えます。女性は20代後半から30代前半、男性もどう上に見ても30代半ばにしか見えません。ただその若返った二人の姿を見ると、心が痛いのです。心が破裂してしまうんじゃないかと思うぐらいに辛いのです。


「龍様、これはどういうことでしょう?!」


母上が珍しく語気を強めて龍さんへと詰め寄ります。


「櫻に何かあやしげな術でもかけたのでは?」


母上を押し留めつつ兄上も問いかけます。どうやら私が何かしらの術にかかって、二人を親だと思い込むように仕向けられたと母上たちは思ったようです。そんな修羅場に龍さんは周囲をぐるりと見回してから大きく溜息を吐き出しました。


「はぁ……。

 三太郎たちと儂(わし)とでは付き合いの長さも濃さも違うのは解るのじゃが、

 もう少し信用してくれても良いのではないか?」


どうやら疑われた事がかなり不本意だったらしく、いつも飄々とした龍さんらしからぬ苦り切った表情です。


「その者たちはおぬしらの親、その魂で間違いない。

 命を落とした後、訳あって儂の手伝いをしてもらっていた。

 当然ながら妖などではない」


ぶっきらぼうな言い方なので拗ねているように聞こえますが、精霊は嘘をつかないので事実なのは確実です。ちなみに嘘は言いませんが、あえて勘違いさせるような言い方はするので注意は必要です。


「ならば何故、櫻の様子がおかしいのですか?」


叔父上の警戒はなおも続き、少しでも相手に動きがあればすぐに行動に移れるようにジリジリと間合いを測っています。


「ふむ、どうやら櫻もその者たちと縁があるようだ」


今まで黙っていた金さんが、碧宮家元当主夫妻の魂を見定めるように見つめながらそう言います。その言葉に浦さんも桃さんも頷きますが、当事者である私は頭が割れそうな頭痛に顔をしかめるだけで心当たりの一つも浮かんできません。


いえ正確には一つだけ……

本当に小さな小さな可能性には気づいていました。

母上たちの手前、それに口にして良いのか迷っていただけで……。


「お母さん、お父さん?」


私がそう呼びかければ、若返った姿の碧宮家元当主夫妻は更に泣きそうな顔になります。心の中にある記憶フレーム。そのフレームに映っていた祖父母や両親の顔は真っ黒に切り抜かれていて、今まで一度も思い返す事はできませんでした。


だからこそ、眼の前の二人が違うとも言い切れないのです。


「櫻? 櫻の母は母上だよ、しっかりして!」


兄上が母上を支えながら、不安そうにに私を見てきました。その兄上に支えられた母上も泣きそうな顔をしながらも何かを言おうと口を開くのですが、何も言葉にならないまま口を閉じてしまいます。


(あぁ、母上にあんな顔をさせたかった訳じゃないのに……)


私は自分を庇うように抱きしめている叔父上の腕に手を添えると、


「叔父上、私は大丈夫だから……」


そう言って腕に力を籠めて叔父上から離れようとします。当然のように叔父上はそれを許してくれませんが、私は覚悟を決めて叔父上の顔を見上げます。


「叔父上……ううん、鬱金さんというべきなのかな? それとも令法(りょうぶ)さん?

 ごめんなさい、私は家族じゃないって、本当は母上の娘じゃないって、

 ずっと、ずっと知っていたの」


そう言うと叔父上の目がみるみるうちに見開いていきます。少し離れたところから母上の「ヒュッ」という息を飲む声が聞こえたかと思ったら、


「三太郎様!! どうしてですか!? 

 どうして櫻に伝えたのですか!!!」


と泣きながら抗議を始めました。


「違うの! 母上、違うの、私は最初から知っていたの!

 だって叔父上に拾われた時の事も全部覚えているから……」


その言葉に叔父上は私を見つめたまま固まってしまい、その腕をもう一度押せば今度はゆっくりと叔父上が離れていきます。離れていった温もりが悲しくて……。


「叔父上と一緒に泉の傍にある桜の木の下で野営をしたよね。

 そして連れ帰った私を見て、母上も橡も叔父上の隠し子だって勘違いしたよね。

 私……全部、覚えてるの……」


「な、何故だ……どうして……」


叔父上の呟きが聞こえるけれど、叔父上の顔を見上げる事ができません。その瞳に嫌悪の色が浮かんでいたらと思うと、怖くて仕方がないのです。


「ま、待ってよ! じゃぁ櫻は僕の妹じゃないって事?!

 おかしいよ、僕の一番古い記憶だって櫻なんだよ?!」


この場で何も知らなかったのは兄上だけです。だからこそ混乱も一際大きく、訳が解らないと頭を左右に振りながら「そんなはずない」と声高に主張を続けます。


「山吹は最初、私のことを視界にすら入れてくれなかったよね。

 今なら山吹の気持ちも解るけれど、あの時は寂しかったよ」


「お、お嬢……」


泣き笑いのような表情で普通の赤ん坊だったら覚えていないであろう事を告げる私に、山吹は膝から崩れ落ち「そんな……」と呟きながら呆然としています。


「もっと早くに私は覚えてるって、知っているって伝えるべきだったのに、

 ごめんなさい、ごめんなさい……ずっと騙していてごめんなさい」


ここで泣いてしまうのは卑怯な気がして、涙を見られないようにうつむきます。私は涙をこぼして良い被害者ではなく、母上や叔父上たちの厚意に甘え続けた加害者です。


ところがそんな私の両頬をガッと掴んで、むりやり顔を上げさせる大きな手がありました。


「櫻は謝るような事は何もしていないし、騙してなどいない。

 櫻は誰が何と言おうと、今までもこれからも私達の家族だ。

 もし櫻が騙していたというのなら、

 私達も櫻や槐を騙していたと糾弾されてしかるべきだ」


涙に滲む視界でも叔父上の力強い顔は解り、そこに嫌悪どころか戸惑いすら無いことが見て取れました。と、横からもう一つ腕が伸びてきたと思ったら、母上が私をギュッと抱きしめ


「櫻は……貴女は私の娘です! 槐と同じく大事な我が子です!」


そう何度も繰り返し告げます。私はこみ上げる嗚咽をこらえるのに必死で、伝えたい言葉が上手く言葉になってくれません。でもここで自分の気持をちゃんと伝えなかったら、絶対に後悔します。なのでグッと嗚咽をこらえると


「母上、叔父上……。私、母上の娘で、叔父上の姪で……

 本当に……本当に、幸せです、ありっ、ありがとう」


顔を上げることすらできず、母上と叔父上に抱きついて嗚咽の合間に必死に言葉を紡ぎます。私の腕の長さでは二人をまとめては難しいのですが、それでも精一杯抱きしめれば、同じように二人も抱き返してくれました。



「えっ、ちょっと待ってよ。

 じゃぁ櫻は妹じゃなくて僕の叔母ってこと???」


兄上はまだ混乱しているようで、誰に言うとでもなく疑問を口にしては首を振ったり傾げたりしています。兄上の疑問の全てには答えられませんし、私自身まだ半信半疑です。それでも可能性の一つとして呼びかけた「お父さん、お母さん」という言葉が、妙にしっくりとくるのも事実です。


なので母上と叔父上の手を握りながら、自分の今の立ち位置を明確に意識いしつつ、もう一度だけ呼びかけてみることにしました。それも心に湧き上がった気持ちのままに、疑問形ではなく確信を持って……。


「お父さん、お母さん!」


「「……さくら!」」


碧宮家元当主の二人が私の名前を呼んだ途端、パンッと頭の中で何かが弾け飛びました。それと同時に今まで黒く切り抜かれていた場所が、次々と埋まっていくような感覚に襲われます。


幼稚園の帰り道、おしゃべりしながら繋いだお母さんの手……

動物園の虎が怖くて泣いてしまった私を抱き上げたお父さんの手……


わずか数年の思い出しかないというのに、次から次へと溢れ出る記憶に目眩がします。間違いなく眼の前の二人は前世の両親で、理由は解りませんが私より先にこちらの世界に来ていたようです。まぁ……確実に龍さん絡みでしょうが……。


そんな思いで龍さんの方を見れば、顎をポリポリと書きつつ渋い顔をしています。


「本来であれば儂の口から全てを話すべきなのじゃろうが、今は時間が惜しい。

 酷な事を言っている自覚はあるのじゃが、この世界が最後の砦で次は無い。

 すまないとは思うのじゃが、理解してほしい。


 二人とも全てを話す許可を出す。そなたの息子たちに説明しておいてくれ。

 櫻には彼の地に向かいつつ、儂が事情を話す」


決定事項を伝えるかのように言われた事に兄上はちょっと納得できないという風情でしたが、世界の崩壊を防ぐための最後の一仕事が残っている事を思い出して渋々受け入れます。


私としても20数年前に死に別れた両親と再開できたというのに、もう別れなければならないことに後ろ髪を引かれてしまいますが、何事にも優先順位があるってことも理解できます。なので仕方なく母上や叔父上と繋いだ手を離し、風の門へと向かうと扉の前でくるりと後ろを振り返り、


「母上、叔父上、兄上。それから橡に山吹、行って参ります。

 ……そしてお父さん、お母さん。行ってきます!」


と、とびっきりの笑顔で告げたのでした。






扉の向こう側は、龍さんの守護がなければ人の身では生きていけない世界でした。目にも耳にも何か見えたり聞こえたりする訳ではないのですが、全身を襲う猛烈な重圧に目を開けていられませんし、意識して呼吸していないとソレすら止まりそうです。なので龍さんの事情説明は、重圧をほんの僅かではあるものの忘れさせてくれるのですが、同時に息苦しくもありました。





そもそも事の起こりはウン十年前。


ようやく土の神の支配から逃れられた龍さんは、世界の崩壊を防ぐための対策をアレコレと取り始めました。幾つもあった策の中には実現が困難なものや、実現が不可能になったものもありました。なにせ刻一刻と状況は悪化していて、この世界の周辺の世界(葉)も次々と枯れ落ちてしまっていたのです。


結果、龍さんは自分だけではどうにもならないという結論に至りました。

そこでこの世界に一番近い、別系列の木(世界の集合体)の葉に飛び移ったのです。風の神(精霊)といえで別系列の世界への移動は禁じ手らしく、すぐさま飛び移った先の風の神が警告の為に現れました。そこで龍さんは自分の世界の現状を訴え、助太刀を願ったのです。


願われた方の風神も最初は戸惑っていたそうですが、すぐ隣の別世界という事は万が一にもそちらが倒れた場合、自分たちの世界にも影響が発生する可能性が高く。何かしら手を打たないと共倒れになる可能性がある事に気づき、助太刀をしてくれることになったそうです。


ただ先ほども言ったように、風の神といえど別系列の世界への移動はご法度です。なので龍さん側の世界に適正が高いと思われる人間を、1代限り転生させるということで手を打つことになりました。魂に前世の世界の神の守護を持ち、身体に今世の精霊の守護を持てば多少のことは乗り越えられるだろうと。


ただ前世の世界はほぼ完成された世界だった為、1代限りの転生といえど魂を間引くことは世界に何かしらのトラブルが起こす可能性が高かったのです。


そのトラブルをどうやって未然に防ぐか二柱の風神が頭を悩ませていたところ、ある男性が自宅の桜の木によじ登っている姿を見つけました。その下では赤子を抱いた女性が頻りに降りるように訴えています。何事かと思った風の神たちの眼の前でその男性は


「足元に落ちた名前をその子の名前にする!」


と高らかに宣言し、文字が書かれた紙を2枚宙に放り投げたのです。どうやら生まれた赤子の名前を2つまで絞り込んだものの最後がどうしても決められず、男親は自分たちの元に残った名前にすると決めたようでした。


その途端二柱の風神は文字通り風となり、龍さんはそのうちの一枚を奪い取り、風神はもう一枚を桜の木の根元へと導きました。こうしてその赤子の名前が決まりまったのです。



……ここで世界の分岐、あるいは分裂が起こりました。



二柱の風神の介入により、葉の根本に小さな別の葉が生えたのです。そこでも同じように男親が桜の木によじ登っているところを見つけると、今度は先程とは逆の紙を飛ばしました。


その赤子はどちらの世界で短命な運命でした。

その赤子が6歳になった頃、両親といっしょに外出中に事故に合う事が決まっていたのです。そこで子どもだけが命を落とす……はずでした。


ところが子どもを迎えに行った龍さんに、大怪我を負った両親は息絶えそうな子どもを助けてほしいと懇願しました。ですが事情があって目をつけていた子どもです、役目があるからと断ると「その役目を自分たちが代わるから、子どもだけは助けてほしい」と何度も何度もすがりついたのだそうです。


目に見えないはずの風神にすがり付ける両親に驚いた龍さんは少し考え、


「おぬしらでは役目は果たせないじゃろう。

 じゃからいずれはおぬしらの娘を連れて行くことになる。

 ……じゃが、おぬしらが先に行く事で娘の生きやすい下地は作れるかもしれん」


そう伝え、前世の風神の許可を取って両親をまずは転生させたのだそうです。

言うまでもなくそれが私の両親で、残された子どもが私です。



そうやって両親をまずは転生させた事で、解った事も色々とあったそうです。

まず転生では土の神の影響を受けてしまい、世界の崩壊を防ぐ手助けは難しいだろうということも解りました。魂は前世産でも肉体が今世産だと、どうしても因果に縛られてしまうそうです。なので私は転移という形を取ったのだとか。


ちなみにどうして赤ん坊にしてから転移させたのかと尋ねたら、大きい物の転移は抵抗が大きすぎて、龍さんや私への負担が甚大なんだそうです。今のように……。


今は龍さんも力の大部分を取り戻しているので大丈夫ですが、当時の龍さんでは赤子サイズでもギリギリで……。私を転移させた直後から、長い長い眠りに着くことになってしまったのだそうです。





他にも色々と聞きたい事はあったのですが、話しは唐突に打ち切られました。


「金、浦、桃。そして櫻、覚悟は良いか?」


龍さんは土の神と対峙する時以上に張り詰めた空気を漂わせてそう言うと、スッとなにもないように見える空間へと目を向けます。


「アレに見えるが数多の世界を管理する神、大御神(おおみかみ)じゃ」


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