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11歳 -水の陽月9-

ふっと意識が浮上した感覚がありました。11年ですっかりとお馴染みになったこの感覚は、実際の目覚めとは違って意識だけが復活するといった感じなのですが、そうする事で私は自分の精神世界に作られた部屋にある大きな丸テーブル(ちゃぶ台)の傍で目が覚めるのです。


眠っているのに目が覚めるというのも変な表現ですが、どうも前世知識でいうところのレム睡眠とノンレム睡眠と同じようなサイクルがこちらの世界の人にもあるようで、私はレム睡眠の間はこの精神世界で記憶フレームの整理などの活動をして、ノンレム睡眠になると精神世界でも深い眠りにつきます。


「目覚めましたか? 心配しましたよ」


私が顔を上げた事に気付いた浦さんが、金さんとの会話を中断して私の方へとやってきました。それに金さんも続きます。


「まったく……。そなたは粗忽が過ぎる!」


溜息をついたと思ったら叱ってくる金さんですが、目覚めた私を見て安堵したようで、あまり表情を変えない金さんにしては珍しく眉尻も目尻も優しく下がっていました。


「私……どうなったんだっけ?

 って、あっ!!! 神事は?! 呪詛犯は見つかったの?!」


意識が浮上したばかりの時は寝起きと同じような感じで、意識や記憶がぼんやりとしています。なので私は「何時寝たんだっけ??」とか「火の舞の練習をしなくちゃ」なんて事を考えていたのですが、その途端に自分が既に神事で火の舞を踊った事や、その直後にハプニングがあった事を思い出しました。


「貴女に石を投げつけた男はその場で取り押さえられましたし、

 火の舞が一番最後でしたから神事は一応無事に終わりましたよ」


「あの大きさの石ならば、そしてあの軌道ならば

 鳥面に当たって大きな怪我を負う事は無いだろうと踏んで静観致したが、

 そなたが狼狽えた余り自分の(ほう)の後ろ身頃を踏んでひっくり返るとは……。

 10年に渡る付き合いの我でも流石に予想できぬわ」


浦さんの言葉にホッとしたのも束の間、金さんの言葉に全てを思い出して顔が赤くなってしまいます。同時に金さんの「粗忽が過ぎる」の意味を理解しました。



あの時……。

頭部に強い衝撃を感じたのは確かなのですが、鳥面に当たっていたので倒れてしまう程ではありませんでした。ところが狭い視界の所為で完全に不意打ちを喰らった状態だった私は、頭部を襲った衝撃にパニックになって基本のすり足を忘れてしまったのです。その結果、異様に長い後ろ身頃を踏んづけて転んでしまい、しかも運悪く回廊の欄干に側頭部をぶつけてしまいました。


ただ欄干にぶつかったのも鳥面越しだったので、本来ならば意識を失う程の衝撃ではありませんでした。ですが母上たちが倒れた以降はあまり良く眠れず……。しかもここ数日に至っては眠ってからもここ(夢の中)で舞の練習をし続けていた為に心身共に疲労が溜まっていて、気が付いたら爆睡していました。


これじゃぁ金さんに粗忽と言われても仕方がありません。



三太郎さんは私の中に居る時は私の視覚を共有しているので、私が見ていないモノは三太郎さんたちも見れません。そんな訳で念の為に金さんには極限まで精霊力を抑えた状態で外に出てもらい、少し離れた位置から呪詛犯の捜索をお願いしていました。


その金さんの目には、私と緋桐(ひぎり)殿下が祭場に現れた時から恨みの籠った思念をぶつけてくる数人が映っていたんだそうです。なのでハプニングが起きた時も、しようと思えば私を守る為に実体化したり精霊力を使うなりはできたのだとか。でもそれをすると確実に大騒動になりますし、高確率で私の身柄確保からの尋問コース、さらに複数の精霊の守護があるとバレた日には二度と山に帰れないどころか、母上の二の舞で命を狙われる危険すらあるかもしれません。


そもそも精霊の守護は物理的に守るためのものではありません。そんな事が可能だったら、この世界から事故死も病死も消えています。なので三太郎さんのように常に私の側に居て、実体化して何かと手伝ってくれたり守ってくれたりする事は、異例なんて言葉で一つで片づけられない程に異常な事です。


「何にしても、無事に意識が戻って良かった。

 ここの所、睡眠時間が減っておったゆえ、

 ゆっくりと眠れた事は不幸中の幸いと言うべきやもしれぬな」


「そうですね、何よりこれからが本番ですから」


ゆったりとした空気が浦さんの一言でピリッと引き締まりました。そもそもあんなに苦労して舞を覚えたのも、呪詛犯を見つける手段として神事を執り行う為です。


「それで呪詛を放った人は見つかったの?」


「えぇ、居ましたよ。……呪詛の穢れを纏う者が」







ゆっくりと目を開けると、私は真っ暗な部屋で寝かされていました。畳の上に薄い布が敷かれ、その上に横たわる私の身体には誰かの(うちき)が掛けられています。辺りを見回しますが、几帳に囲まれたここには誰も居ないようです。


(几帳に囲まれた空間に、床には畳……。

 って事はこれが本物の御帳台かぁ)


山で使っている御帳台はウォーターベッド仕立てなので抜群の寝心地なのですが、この御帳台は畳の上に直で寝ているようなものなので、床で寝るよりはマシかなという程度の寝心地です。それでもこの世界では超高給寝具である事に変わりはありません。ヤマト国の首都に行った時に泊まった高級宿で御帳台に似せた寝具で眠った経験がありますが、こちらの方が全てにおいて上です。つまりここがかなり位の高い方の寝所だという事が解ります。


身体をゆっくりと起こすと、途端にぶつけたと思われる側頭部がズキンと痛みを訴えました。余りの痛みに思わず側頭部を押さえると、たんこぶが出来上がっていて熱をもっていました。


「痛たたた……」


「目が覚めたか?……っと、入って大丈夫だろうか?」


几帳の向う側、少し離れた所から声がかけられ此方へと向かってくる足音がしました。その声には聞き覚えがあります。


海棠(かいどう)さん? 入って大丈夫ですよ」


念の為、着崩れしていないか確認してからOKを出します。着慣れない浴衣のような寝間着だったので、前世で旅行の際に着た旅館の浴衣のように盛大に着崩れしている可能性がありましたが、どうやら今回は少し襟を直す程度で大丈夫だったようです。


……って、誰が着替えさせたの?!


衝撃の事実に愕然としてしまいます。


「目覚めて良かった。……と、何やら様子がおかしいが本当に大丈夫か?」


湯呑に白湯を入れて持って来てくれた海棠さんは、私が固まってしまっている様子を見て首を傾げます。まさか……まさか海棠さんが着替えさせたんじゃ……。


「あの、その、着替え……」


「その事か。後で牡丹様にお礼を言っておくが良い。

 君の素性を明かす事はできないから、牡丹様が君の看病をしていたのだ」


どうやら牡丹様が、「神事を執り行った者に何かあれば折角の神事が穢れる。少しでも早く看病するためにも、内裏の私の寝所への立ち入りを許可してほしい」と帝に頭を下げてくださったそうで……。帝としても折角執り行った神事が穢れては、呪詛が加速する可能性がある為に許可せざるを得なかったんだとか。


更には「神事の舞は神をその身に下ろすという事。そんな彼女に触れる事は東宮妃である自分だけだ」と女房衆を遠ざけてくれたのだそうです。おかげでこんなアクシデントがあったにも拘らず、私の素顔を知るのは今でも牡丹様と海棠さん、そして緋桐殿下の3人のままです。


その緋桐殿下は私の怪我に随分と責任を感じているらしく、海棠さんと交代でこの部屋の護衛に当たってくれているのだとか。今はちょうど食事の為に席をはずしているようですが、あと少しすれば戻ってくるだろうと海棠さんが言います。


「牡丹様も君の回復を心待ちにしておられる。

 して……呪詛を飛ばした者は見つかったのか?」


「はい。見付けました。

 なので牡丹様に報告する場を作ってください」


牡丹様の随身の海棠さんも当然ながら華族なので、もっと丁寧な言葉を使うべきなのでしょうが、牡丹様からは許可をもらっていますし子供の特権という事で押し通す事にします。いつかちゃんと礼儀作法を習った方が良いかもしれません……。






「櫻姫、良かった。中々目覚めぬゆえ本当に心配致したぞ?」


「御心配をおかけして申し訳ありません」


用意された場には牡丹様は私の看病に、海棠さんと緋桐殿下は護衛の打ち合わせにという名目で揃いました。私はまだ意識が戻っていないという事にしているようです。私に向かって投石した男に背後関係は無いらしいのですが、慎重に行動するに越した事は無いという説明でした。


「すまなかった。私は自分の力を過信していた……。

 君のような小さな子を守る事ぐらい、私になら余裕で出来ると思っていた。

 だというのに君に怪我をさせてしまった。本当にすまない」


ヒノモト国で主流の胡坐座りをした緋桐殿下が真面目な顔をスッと伏せたかと思うと、両のこぶしを膝の横について頭を下げました。一国の王子に頭を下げさせたという事に慌ててしまいます。


「怪我という程のものではないですし、大丈夫です。

 それに神事の最中にいきなり石を投げつけられるなんて、誰も思いませんよ。

 だから防げたら凄い事で、防げなくても仕方がない事です」


「……私は……いや、俺は王族であるより武人でありたいと常々思っている。

 不意打ちだから仕方がないなんて言い訳はできないし、したくない。

 俺は二度と同じ失敗は繰り返さない」


そう決意を述べる緋桐殿下を見た牡丹様は、嬉しそうに目を細めました。そしてその視線を一度落としてから、今度は私へ表情が消えた眼差しを向けます。


「さて、櫻姫よ。本題と参ろう。

 呪詛を放った者を舞台より見つけたという話しじゃったが……。

 どこの誰じゃ?」


「名前は解りませんが、牡丹様と同じ高さの桟敷席に座っていた女性で

 薄紫と青色の着物を重ねて着ている人です」


そう告げた途端に牡丹様が持っていた扇子がポトリと落ち、海棠さんと緋桐殿下は目を見開いて固まってしまいました。


「そんな……、あのお優しい方が……。見間違いではないのか?

 問い質してから、間違いでしたでは済まぬ事は解っておろうな?」


牡丹様が私を睨みつけるようにしながら確認してきますが、何度聞かれても私の答えは同じです。三太郎さん以上に神や精霊、呪詛といった類の事に詳しい人は居ません。そんな浦さんが呪詛の穢れを感じたというのだから、その女性が確かに呪詛に関わった人なのです。なので私はしっかりと「はい」と言いながら頷きました。


「……菖蒲(あやめ)様が何故……」


牡丹様は呆然としたまま、蒼の東宮妃菖蒲様の名前を口にしたのでした。


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