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11歳 -水の陽月8-

遠くから風に乗って笛の音が聞こえ、続いて太鼓の音も聞えてきました。どうやら玉串奉奠(たまぐしほうてん)や祝詞奏上といった神事の前半部分が終わり、いよいよ三つの神社(かむやしろ)が順に神楽を奉納する後半に入ったようです。


待合室から最初に出て行ったのは、角とヒレ耳のある青黒い蛇という良く解らない生物の面を付けた水の神社の2人でした。彼らが部屋を出て少しすると、篳篥ひちりきや笙といった管楽器や、鞨鼓(かっこ)鉦鼓(しょうこ)などの打楽器の音も加わり、水の舞が始まった事が控室に居たままでも解ります。



今回の合同神事はかなりの規模で、浦さんの思惑通り内裏に住んでいる帝・三人の后、東宮・三人の妃とその子供、そしてその方々に仕えている人たち全員が参加する事になりました。しかも合同神事の話を聞きつけて、様々な事情で宮家に残っていた人やその他の華族の人たちも押し寄せていて、会場の様子を教えてくれた控室と会場を往復している大内裏の役人(進行係)の話によると、宴の松原はとんでもない人出だそうです。さらには大内裏に入る事が出来ない一般市民が、少しでも神事にあやかろうと大内裏の築地塀にくっつくようにして集まっているそうで、もしかしたら天都中の人が大内裏とその周辺に集まっているかもしれないと教えてくれました。


これ程の規模の合同神事をたった数日の準備期間で行えてしまう事に驚いてしまいますが、それ程までに誰も彼もが呪詛に脅えているという事なのだと思います。



暫くして蛇面の人たちが戻ってくると、今度は白地に黄色い模様の入った虎の面を付けた土の神社の人たちが舞台へと向かいます。蛇面の二人は付き人に面を取ってもらうと、少しでも神社に早く帰りたいと話しながら荷物をまとめて出ていきました。


私はこの出番を待っている間のプレッシャーが前世の頃から大が付く程に苦手で、あまりにも緊張しすぎて頭が真っ白になってしまう程です。深呼吸を何度もしてガチガチに固くなった心と身体をほぐそうとするのですが、そう簡単に緊張がほぐれたら苦労しません。呪詛犯探しは私の中にいる浦さんと金さんに任せて、私は舞に集中する予定なのですが、この先に母上たちを苦しめ大勢の人を殺した人がいるのだと思うと、それもまた緊張を誘います。


「……知っているかい?」


緊張でガチガチになっている私を心配したのか、横に居る人が小さく声をかけてきました。そう、火の舞を踊るのは私一人ではありません。全ての神楽が男女2人で踊るので、私にも相方というべきもう一人の舞い手がいます。


そのもう一人の舞い手が私のすぐ横に座っている緋桐(ひぎり)殿下です。本来ならば13歳未満の子供か神職が舞い手に選ばれるそうなのですが、今は緊急事態で人材が確保できなかった……という名目で緋桐殿下が私に付き添う事になったのです。


「水の舞は水の神の使いが穢れを綺麗な水で洗い流し、

 荒れ果ててひび割れた大地を潤す様子を舞にしていて、

 土の舞は土の神の使いが大地を駆け巡って穢れを踏みつぶし、

 ドロドロの地面を適度に固めて命が育つ環境を整える様子を舞にしているんだ。

 そして一番最後が私たち、火の舞だ。

 火の舞は穢れを焼き尽くしながら冷たい大地に温もりを与え、

 命が大きく成長する様子を舞にしている。


 これらは神話で三柱の神々が混沌の中からこの世界を作った時を(なぞら)えていて、

 三神社合同で神事を行う際の舞の順番はこれで固定なんだ」


私が緊張しすぎないように、でも緊張の糸が決して切れる事がないように配慮してくれているようで、話す内容は舞の事だけなのですが、いつもよりゆったりとした話し方です。それに加えて私の手を取ると、手の甲を撫でるようにポンポンと叩いてきて、その手の温もりとリズムに少しずつ心が落ち着いてきました。


大丈夫です……そう伝えようとしたのですが、それを緋桐殿下にギュッと手を握られて止められます。


「君は熱病の所為で声が出ないという事にしてある。

 誰かから話しかけられても、私が対処するから君は喋らなくて良い。

 念の為にコレを渡しておく。何かあったらこの木札を見せるんだ」


私達の付き人として一緒に来てくれている海棠(かいどう)さんの背中に隠れるようにして、私の耳の傍で先程以上の小声で囁く緋桐殿下。今、この部屋には水と土の神社の人はいませんが、大内裏から派遣されている進行係の人がいます。彼は入口付近で待機しているので聞こえないとは思いますが、万が一があっては困ります。


緋桐殿下の言葉に小さく頷いた私は、素早く木札を受け取ると入口に背を向けるようにして確認します。木札の表面には桐と大きな鳥の紋、裏面には「熱病の所為で今は声が出せません。何かあればヒノモト国第二王子緋桐まで連絡を」と書かれていました。


その木札を袍の中に隠すと私は殿下に向かって小さく頷きました。こういった神への奉納舞は本来ならば華族の子供や神職が受け持つので、舞い手は当然ながら相応の礼儀作法を知っています。ですが私は舞を覚えるだけで精一杯で、礼儀作法まで覚える余裕はありませんでした。その回避策として緋桐殿下の付き添いと、声が出ない設定になったのです。華族の言葉遣いを含めた礼儀作法、難しすぎます……。






そしてやってきた、私達の出番。

ここまで歩くという単純な行為に気を遣った事は、前世込みで記憶にありません。表面上はここ数日で叩き込まれた足運び(すり足)で静々と回廊を進んでいますが、内心は緊張しすぎて口の中がカラカラになるほどです。何より狭い視野と着慣れない服が、ほんの僅かな気の緩みすら許してくれないのです。


山ではいつも簡素なドーリス式キトンを着ているのですが、今は白い括袴(くくりはかま)に後ろ身頃だけが異様に長い真紅の(ほう)と呼ばれる衣を着ています。金糸や銀糸を含む色とりどりの糸で鳥の刺繍が幾つもされている綺麗な衣ではあるのですが、山で着ている艶糸の服に比べるとかなり重いのが難点です。しかも更に重たいのが背負っている鳥の翼を模した飾りです。何で作られているのか解らない赤い大きな翼はずっしりと肩にめり込むような重さで、その重さは教科書を限界まで詰め込んだランドセルを彷彿とさせます。


全体的に前世にあった舞楽の「加陵頻」の衣装に似ているのですが、頭に被っているのは宝冠ではなく鳥の面です。これのおかげで視野がかなり狭いのです。面自体は顔の上半分、私の鼻のあたりにある鳥の嘴を模した大きなでっぱりまでなのですが、その下には面に付けられた垂れ布があり、鎖骨辺りまでを覆っています。なので視界は制限されてしまいますが、同時に私の顔を見られる心配もありません。


それにしてもこの数日でつくづく思い知りましたが、面をつけての日常生活は辛いことこの上なしです。飲食は勿論、呼吸すら不便なうえに常に顔に何かが張り付いている不快感。覆面レスラーや能楽師の方々ってすごいなぁと思ってしまいます。


ちなみに今は鳥の面をつけていますが、火の神社に来て一番最初に用意され、つい先ほどまで付けていた面は、正倉院にある「布作面」とよく似た物でした。簡単に説明すれば、くくり紐付きの布に顔を描いただけの極めて簡素な面です。布一枚なので重くはないのですが、常に眼前に布がある状態は本当に邪魔で邪魔で……。



すり足で移動する所為かとても長く感じた回廊を通り抜けると、眩暈がする程の大量の人の視線が私へと突き刺さりました。高校の学園祭ですら裏方希望だった私にとって、この衆人環視の中を歩くなんて恐怖を覚える程です。ドクンッと一つ大きく鼓動が跳ね上がりますが、私の前には緋桐殿下いてくれます。殿下は私と全く同じ装束を身に纏い、見本となるように殊更大きな動作で舞台へと歩い行きます。その叔父上たちに比べれば細い、けれど鍛えている事が解る背中に付いて行く事だけに意識を集中させます。


(浦さんは私の中に、金さんも近くに居るはずだし、前には緋桐殿下も居る。

 海棠さんも見守ってくれている。大丈夫。大丈夫)


自分に暗示をかけるように言い聞かせ、舞台へと進みます。私が習った火の舞は衣装からも解るように前世の舞楽に近く、飛んだり跳ねたりというよりは前後左右にゆっくりと動いて、手を広げたり閉じたりする舞です。勿論指先までの所作に気を付けて2人の息を綺麗に揃える事が望ましいのですが、今は誰しもが大なり小なり熱病にかかり、病をおして参加しているのでそこまで厳しくは言われません。


それでも流石に自分の服の裾を踏んで転んでしまうのは論外なので、そこには特に気を付けて舞を踊り始めます。


緋桐殿下が手に持った手平金という小さなシンバルに似た楽器をシャンと鳴らすと、私もそれに応えるようにシャンと鳴らします。これが火の神の使いである鳥が炎を吐いている事を表していて、殿下が右に行けば私も右に、殿下が左に行けば追うように私も左にと移動しながら踊ります。


(左・右・左。大きく手を開いたらゆっくり閉じて、左・右・左)


踊りはとてもゆったりなのですが、だからこそ誤魔化しが利きません。それに浦さんは私の目を通して呪詛犯を探しているので、私がしっかりと周りを見る必要があります。不自然にならない程度に周囲を見るのですが、あまりにも大勢の人が此方を凝視していて、膝が震えてしまいそうです。


それでも自分の役目を果たす為に周囲を見回し、一際高い位置に作られた桟敷席の方を見れば、とても煌びやかな集団が座っていました。中央が恐らく帝なのでしょうが、顔は几帳で隠れていてここからは見えません。その左右には后がいて、少しだけ位置の低い桟敷席には1人の男性と牡丹様を含む複数の女性がいました。


(あの、ひょろっとしたのが兄上の父親かぁ……。

 設定では似ているって話だけど、兄上の方が絶対に格好良いに決まってる)


ここからでは顔は良く解りませんし、天都の華族の服は平安時代の貴族の服に近いので身体のラインは解りづらく、「なんとなく」でしか判別できませんが絶対に兄上の方が格好良いはずです。





どうにか10分近い火の舞を終え、色んな意味で役目を果たせた事にホッと安堵の息を吐いた私は、来た時と同じように緋桐殿下の後ろをついて回廊を歩き始めました。


その時


ガンッ!!!


と言う衝撃が頭部を襲い、その衝撃の強さに倒れてしまって側頭部を回廊の欄干に勢いよくぶつけてしまいました。何が起こったのか、自分が今どういう状態なのかすら判断できませんし、頭がグラグラして吐き気もしてきます。


「何をするか!!!」


「貴様っ!!!!」


「お前たち、ヒノモトの奴が呪詛を放ったんだろ!!

 貴様らの所為で俺の息子は!!!!!」


凄く遠いような、でも直ぐ近くなような……距離感が良く解らないところから緋桐殿下と海棠さんの声がして、知らない声の持ち主と争う音がします。ですが私は頭と身体と瞼の重さに抗えず、どんどんと周りの音と景色が遠ざかっていったのでした。


活動報告にも書きましたが、8月中は多忙で執筆ペース・量が落ちる可能性が高いです。出来るだけ頑張りますがご了承ください。

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