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11歳 -水の陽月6-

「誰だ!」と言われても、背後から首にまわされた腕が苦しくて呻き声しか出せません。しかもその状態で体を持ち上げられてしまった為に余計に苦しく、何とか腕を外そうと見知らぬ太い腕を掴んでみたり全力で叩いたりして抵抗しますが、たいしたダメージにはなっていないようです。


「なっ、子供? なにゆえ子供が……」


じたばたと暴れる足が地面についていない事に気付いた襲撃者は、ようやく私が子供だという事に気付いたようです。頭の上から男性の激しく戸惑った声が聞こえたかと思うと、首にまわされた腕が外されて地面に下ろされました。ですがそれでも解放される事はなく、もがいて逃げようとする私の両手を背中で一まとめにして拘束すると、肩を上から下へとグッと抑え込まれてしまいます。地面に這いつくばらせる程の力ではないのですが、たまらず膝を地面につけてしまいました。


「子供、跡をつけた理由を申せ」


最初の誰だ!の時に比べれば幾分か優しくなったその声に、何故か聞き覚えがあります。ケホッと少し咳き込みつつも背後を振り返れば、襲撃者の左頬から顎にかけての傷痕が見え、その途端にパッと脳裏に懐かしい顔が浮かびました。


海棠(かいどう)さん??」


「は? ……なっ!?、なにゆえ此処に!!」


私を抑え込んでいたのは、7歳の時に大和で会ったヒノモト国の武人の海棠さんでした。どうやらあの大勢の神職や衛士が守っている一行は、緋色宮家の人たちのようです。徒歩で移動している人が一番多いようですが、良く見れば前の方には大きな牛車が幾つもあり、その中には海棠さんと出会った時に一緒に居た、緋の妃の牡丹様も居られるのかもしれません。


目を真ん丸にしていた海棠さんですが、次の瞬間には周囲を素早く確認すると共に私をぎゅっと抱きかかえて……というよりは、私の顔面をその逞しい自分の胸に押し付けるようにして抱え込んできました。


「く、苦しいよ、海棠さん」


「少しの間、我慢してくれ!

 私が良いと言うまで絶対に顔を上げないように!!」


海棠さんの着ている服はヒノモト国の一般的な服で、前世の歴史で習った古墳時代の服が一番イメージに近いものです。ですからヤマト国やミズホ国の一般的な服のような袂がありません。その袂というよりは袖と呼ぶほうが相応しい部分で私の頭を隠すようにして抱きしめると、そのまま私を抱き上げて走り出しました。


顔面を胸に押さえつけられているので周りの様子は全く解りませんが、神職が唱える祓詞(はらえことば)の声がどんどんと大きくなり、途中からすぐ横で聞こえてくるようになりました。


さらにそのまま走り続ける海棠さん。これはもしかして……そう思った時、海棠さんは走るのを止めて、徒歩へと切り替えました。


「牡丹様、内々(ないない)にお伝えしたき事が御座います。

 どうか人払いを……」


そんな海棠さんの声が聞こえ、私が思わず顔を上げそうになったところを問答無用で抑え込まれます。まだ顔を上げては駄目なようです。


「海棠か、如何(いかが)した?」


「牡丹様、お願い致します。至急お伝えしなくてはならない事なのです」


「ふむ、相分かった。

 そなたらは暫しの間、別の車にて控えておれ」


どうやら牡丹様は呪詛に倒れる事なく、少なくともこうしてお話しが出来る程度にはお元気なようで一安心です。


「何かございましたら、直ぐにお呼びくださいませ」


「女房殿には車の移動などという手間をかけさせて申し訳ない。

 だが、某がしっかり護衛致すゆえ、心配は要らぬ」


車が止まり中から牡丹様付きの女房が何名か出てくると、牡丹様に一声かけてから後続の牛車へ移動しているようです。その間は先程まで以上に抱きしめられて、全く動くことができません。


ようやく視界が海棠さんの胸元じゃなくなった時、私は既に牛車の中に居ました。以前乗った事のある茴香(ういきょう)殿下の牛車に比べると広さでこそ劣りますが、焚きこめた香や御簾・几帳といった調度品がとても豪奢で華やかです。機能性や実用性といったものを最重要視する茴香殿下の牛車と、女性で一般的に華やかな事が好きだと言われるヒノモト国の姫だった牡丹様の牛車を比べる方が間違いなのかもしれませんが。


「そ、そなたは!」


私の姿を見た途端、パッ!と几帳をはねのけて近付いてきたのは、やはり牡丹様でした。相変わらずファビュラスでゴージャスな牡丹様は、素早く近づくと私を抱きしめて十二単の袂で私を完全に隠してしまいます。着物に焚きこめられている香が強すぎて鼻が少し痛いので、今すぐにでも解放してほしいところですが、


「海棠、すぐさま御簾を下ろせ!

 いや、その前に周囲から人を遠ざけよ」


と矢継ぎ早に指示を出す牡丹様に口をはさむ間がありません。ただ、それらの行動は全て私の存在を隠す為だという事は良く解りますし、隠す理由にも心当たりがあるので、感謝こそすれ抵抗するつもりはありませんけどね。





牛車のほぼ中央で正座する私の前には牡丹様、私の横には海棠さんが座っていて、揃って大きなため息と共に頭痛を堪えるような仕草をしています。本来なら牡丹様のような高貴な女性は几帳の向う側で顔を隠さなくてはいけないのですが、今は扇子で顔を隠す事すらしていません。その牡丹様が一際大きな溜息の後、扇子を私に突きつけ


「愚か者! なにゆえ天都(ここ)に参ったのじゃ。

 そなたにとってはこの地は危険なのじゃぞ!」


そう、声を抑えつつもピシャリと言い切ります。その剣幕に思わず小さくなってしまいますが、私にだって事情があります。


「櫻嬢、……君の母や叔父は止めなかったのか?」


名前を呼ぶ事を躊躇った海棠さんが、あたり障りのない単語で尋ねてきました。碧宮家時代の姫沙羅や令法(りょうぶ)といった名前は当然ですが、沙羅や鬱金といった今の名前も秘匿してくれるのはとてもありがたいです。


「母上も、叔父上も……それに兄上も、

 みんな高熱を出していて意識がありません」


改めて現状を言葉にすると、心の中に不安という黒雲がモクモクと湧き出てきて、あっという間にその黒雲に飲み込まれてしまいそうになります。


<しっかりなさい!

 助けると決めたのでしょう?>


不覚にも涙ぐみそうになった私に、内側から浦さんの厳しいけれど優しい声が聞こえてきます。そう、みんなは絶対に助けてみせます!


「そうか……。それは心配であろうな」


「牡丹様は大丈夫なのですか?」


「緋色宮家でも倒れた者は居るが、他の宮程ではない。

 (わらわ)や海棠にしても、何時も通りは流石に無理じゃが、

 日常生活に困るほどではない」


「それは良かったです」


牡丹様たちが無事で本当に良かったです。私にとっての一番大切なのは悩む余地なく家族ですが、それでも交流のあった人が無事だった事は素直に嬉しいものです。それにしても緋色宮家の人、或はヒノモト国の人は呪詛に強いのでしょうか?


「先程はすまなかった。何時もならもっと加減が出来るのだが、

 今の体調で加減をしていては取り逃がす恐れがあったのだ。

 どこも痛くはしていないか? 痣にはなっていないようだが……。

 本当にすまなかったな」


「はい、大丈夫です。それにこっそりと跡をつけた私も悪かったので……」


横に座った海棠さんが、心配そうな目で首元を見てきました。流石に取り押さえられていた時は苦しかったですし、ちょっと体のあちこちも痛かったですが、今はもう何ともありません。


「それで、なにゆえ天都に参ったのじゃ?」


「その説明をする前に……

 3年前と同じように多少の不敬は目を瞑ってくださいますか?

 それから牡丹様や海棠さんは今、どちらに向かわれているのですか?」


牡丹様の質問に応える前に、此方から先に質問を二つ投げかけます。この時点で不敬極まりないのですが、正直なところ何処から話せば良いのか、そして何処まで話せば良いのか判断ができないのです。しかも最上級の敬語を使いつつなんて、中身17歳でもハードルが高いです。


現状では牡丹様や海棠さんは私達を傷つける敵ではありませんが、絶対的な味方かといえば、そうではありません。私と同様に牡丹様たちにも最優先で守るべきものがあり、私がそれを傷つける事はないだろうと思っているから友好的で居てくれているだけです。


言うなれば私と牡丹様たちとの関係は、敵・味方というスイッチでオンオフが切り替わるデジタルのようなモノではなく、ここまでなら協力できるがこれ以上は無理といった具合に徐々にツマミがスライドしていくアナログ的なもので、お互いにそのツマミが協力ゾーンにある関係です。


ただ現時点ではっきりと解る事は、牡丹様や海棠さんは呪詛を放った犯人では無いという事です。2人とも火の精霊の守護を受けているので、水の精霊力を使った呪詛は行使できません。その点を踏まえれば今回の一連の騒動に関しては、ツマミを味方ゾーンよりへと少し移動させても良いかもしれません。


「良い良い、櫻姫に礼儀は求めん。

 勿論対外的には駄目な時もあるじゃろうが、

 妾や海棠しか居らぬ時には気にせずとも良い。


 そして妾たちは火の神社(かむやしろ)に向うて禊を行い、

 その後は神社にそのまま留まる者と、内裏に入る者の二手に分かれる予定じゃ。

 東宮妃である妾は本来ならば内裏にまだ入る事は許されておらぬのじゃが、

 帝のご命令でな。東宮妃は全員内裏に避難せよと仰せなのじゃ。」


内裏とは帝とその后、そして東宮が住んでいる場所です。東宮妃はそれぞれの宮に住み続け、東宮が帝になる時になって初めて内裏に入る事ができるのだそうです。東宮妃の時点で内裏に入るなんてことは異例中の異例だそうで、それだけ今の状況が良くない事を示しています。


牡丹様の話しによると、この騒動が単なる流行り病ではなく、水の精霊力の異常な減少によるものという事は早々に判明していたそうです。その為に全て神社の神職が、昼夜を問わず祭祀を続けて精霊力のバランスを戻そうとしているのですが全く好転せず……。真っ先に過半数が倒れた蒼宮(あおのみや)家がまず水の神社に避難、次いで数日後には黄金宮(こがねのみや)家も避難、この時点で帝から「全ての宮家は神社に避難し、東宮妃は内裏に避難せよ」という命令が出されたのだとか。


勿論天都には宮家以外の華族も居るので、その人たちも我先にと神社へ避難していて、今や「参道の玉砂利の数より人の方が多いのではないか」と言われる程に全ての神社が人でごった返しているのだそうです。


「……あの、その内裏ってあちらの方角ですか?」


牡丹様の話しを聞きながらも浦さんにお願いして、現時点での呪詛の波動の名残を探知してもらってその方角を指さします。


「む? ……あぁ、そうじゃな。確かにそちらの方角じゃが……。

 内裏の方角に何かあるのかや??」


怪訝そうに眉をひそめた牡丹様はその視線を海棠さんに向け、海棠さんが頷くのを見てから肯定しました。東宮妃である牡丹様は牛車に乗らずに宮から出る事が無いので、閉めきった空間の牛車の中からだと方角を推察できなかったのかもしれません。


「その……。詳しく説明ができないのですが、

 呪詛の波動が恐らく内裏からから出ているのです」


「じゅ!!」


牡丹様は「じゅ」と言った時点で慌てて自分の口を抑え、海棠さんは牡丹様の視線を受けて、御簾を少し開けて周囲を確認します。


「大丈夫のようです。ですがお気を付けください」


「あぁ、すまぬ。

 それにしても精霊力が異常な反応を示している事は知っておったが、

 呪詛とは……また何とも時期の悪い……。

 櫻姫、呪詛と判じた理由は何じゃ?」


あぁ、やはりその質問はきてしまいますよね。嘘をつくのは心苦しいのですが、本当の事を言う訳にもいかないので、金さんや浦さんと心の中で相談して決めた事をそのまま伝えます。


「母上が倒れる直前、

 呪詛の波動が天都の北の方から出ていると言っていたのです。

 その後、倒れて熱にうなされる母上の手を握っていたら、

 いつの間にか私にそういった気配を感知できる力が備わっていたのです。

 推察しかできませんが、母上の危機に一時的に母上の守護精霊様が

 お力を貸してくださったのかもしれません」


そう伝えた途端に牡丹様はパッと扇を広げて顔の半分以上を隠してしまいました。こちらに感情を悟らせないようにする意図なのでしょうが、その反応に不安しかありません。


「時期が本当に悪い……。

 呪詛か……。てっきり世迷言じゃと思うておったが、まさか……」


「呪詛だと言う人も居たのですか?」


「あぁ、碧宮家の呪いだと言う輩がおったのじゃよ」


てっきり神社の高位の神職が気付いたとか、そういった返答を想定していたのですが、牡丹様の予想外な返答に驚きの余り、


「えっ?! 10年以上前なのに?」


と思わず敬語も何もそっちのけで返答してしまいました。ですが牡丹様は気にされる事なく、天都にあった噂を説明をしてくれます。


「このような大規模な精霊力の異常は滅多な事では起こらぬ。

 何せこうして御簾などの遮りなく対面しておっても、

 櫻姫の周りには火や土、水の精霊力が立ち替わり入れ替わり流れておって、

 本来の守護精霊の力が判別できぬ程に大気中の精霊力が千々に乱れておる。

 これ程の異常は呪詛が原因でなければ起こらぬ、

 そして昨今で此処まで何かを呪うような事件は

 碧宮家の一件しか思い当たらぬ……と噂がな」


風評被害も甚だしいですし、むしろこっちだって呪詛の所為で倒れているのにと思うと、そんな噂を流す人に対して腹立たしさを感じてしまいます。


精霊力の異常自体は規模の大小はあれど毎年のようにあるそうで、例えば日照りや大雪、地震や不作・不漁なども精霊力の異常によるものらしく、それを治める為に東宮妃は使節団として1年に一度各国へ赴いて祭祀を行うのだそうです。正確には祭祀を行うのはその地の神社ですが、東宮妃が来る事でより一層精霊様より加護が賜れると思われているのです。


ただ今回のように死亡者が大量にでるような精霊力の異常は数える程しか前例がない事も確かで、その為に呪詛なんて噂も広がったのでしょう。


……その噂が正解なんですけどね。


「そして同じく、我が緋色宮家が呪詛を放ったという噂もある。

 熱病を出して倒れる者が相次いだゆえ火の精霊力の異常と、

 つまり火の呪詛と受け取られたのじゃ」


「……天都ではあの呪詛に水の気配があった事は誰も気づかなかったのですか?」


「なに?! …………おのれ…………」


ギリギリと扇を握りしめる牡丹様の視線が剣呑な色を帯びています。かなりのご立腹のようで、その迫力に少し腰が引けてしまいました。


今の天都では極めて少数の非呪詛派と大多数の呪詛派が居て、その大多数の呪詛派も大きく碧宮呪詛説派と緋色宮呪詛説派の2つに別れているらしいのですが、どうやら碧宮家の事件が10年も前な事と、緋色宮家で被害にあった人が少なかった事が災いして、緋色宮家呪詛説を信じる人が日に日に増えていっているそうなのです。



「して、櫻姫。そなたはどうしたいのじゃ?」


大きく息を吐いて、怒りの気持ちを落ち着かせた牡丹様は改まって私に聞いてきました。それに対する答えは決まっています。


「呪詛を阻止し、母上をはじめとした呪詛に倒れた人たちと助けたい。

 ……それだけです」


牡丹様や海棠さんに伝えていない事は幾つもあります。その中には、この呪詛が碧宮家の人をターゲットにしたものだという事も含まれています。現在倒れている人や死んでしまった人は全員、碧宮家への攻撃に巻き込まれた人たちなのです。


その事を思った途端、ここまでの道すがらで見た山積みになった死体を思い出して、膝の上に置いた手をきつく握りしめました。私達が居なければ……なんて事を私自身は思いたくはありませんが、全く関係が無いのに被害にあった人の中には、そう思う人は確実に居るでしょう。


私達が呪詛を放った訳ではないし、むしろ母上たちは呪詛に倒れ、私は一生懸命呪詛を止めようとしています。こんな事をしても亡くなかった方や、遺族の方への償いにならないのかもしれませんし、卑怯で保身しか考えていないと思われるかもしれません。何より「身内を助けるついでだろ?」と思われるでしょうし、それもまた事実です。ですが私には呪詛を少しでも早く止める事で償う方法しか思いつかないのです。


……どうしても考えてしまうのです。

緋色宮家では特に顕著だったようですが、華族には死亡者が少なく、普段から飢えと戦っているような下層民程死亡者が多い……。それはやはり日頃の栄養不足や不衛生な住環境などが原因なのだと思います。呪詛という私にとっては想定外の要素はありましたが、病気に耐える体力があれば死を遠ざける事ができるという考え方は間違いではありませんでした。


三太郎さんに反対されても問答無用で私の知識をアマツ大陸中に広げるなんて事は現実的ではありませんし、たぶんどれだけ悩んでも最終的には母上たちの安全を取っていたと思います。それでも考えてしまうのです、もう少しどうにか出来たんじゃないのか……と。


だから私は今、頭を下げるのです。


「先ほども言ったように、私は呪詛を感知する事ができます。

 ですから牡丹様、どうか私を内裏へ連れて行ってくれませんか?」


静かに……額が床につく程に……。


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