17歳 -3月-
(良い天気だなぁ)
バスが山間の曲がりくねった道をガタゴトと揺れながらもゆっくりと下っていく。
読みかけの小説から顔を上げた私は、車窓から見える景色に目を細めた。
早朝は放射冷却の所為でものすごく冷え込んだけれど、日が昇ってきた今となっては気温も上がってきていて、日陰や山に吹く風はまだまだ冷たいもののバスの中は暖房と直射日光の相乗効果で少々暑く感じるぐらい。
っていうか、本当に暑い。
コートは既に脱いでいるのに、うっすらと汗が浮かんできている。
ふと、自分の身に着けている高校の制服が目に入った。
一週間ほど前、無事に志望校に合格した私は卒業式を待つのみの自由登校期間で、
こんな変な時間……といっても朝の9時過ぎだけど……に学校に向かっている。
友人も無事に合格したらしく、学校で待ち合わせして放課後にお祝いしよう!
なんて話しになったから。
とりあえず放課後までは学校で自習という名のお喋りに勤しむことになりそう。
まぁ登校する訳だから当然ながら制服なのだけど、この制服とも後もう少しでお別れだと思うと、少し名残惜しく感じてしまう。
そして、今乗っているこのバスともお別れ。
連なる山の尾根付近にある“これぞ日本の古き良き田舎”といった感のある村、その村に私が住む家がある。どれぐらい田舎かといえば、山の下の町の子供たちが入っているボーイスカウトのキャンプ場が通学路脇にあり、引率者が「自然豊かなこの地で日頃は体験できない文明の力に頼らない生活を云々」なんてスピーチをするぐらいには田舎だ。
小さい頃に両親を事故で亡くした私はそこに住む祖父母に引き取られた。最初は慣れない事も多くて戸惑ったりもしたけれど、今では大好きで大切な村だ。
小・中学校は村にある学校で過ごしたのだけれど、流石に高校は村に無くて仕方なく山を下りて町にある高校へと通う事になった。
祖父母は通学が大変だろうから寮のある高校に行くか?って聞いてくれたけれど、
村も祖父母も大好きだし、通学時間を有効に使えば良いだけだからと言ったら祖父母はどこか嬉しそうな顔で「そうか」と言って頷いてたっけ。
雨の日も風の日も村が運営しているバスに乗って毎日通っていたけれど、それもあと数回。合格した大学は自宅から通うには遠すぎて、流石に今度は一人暮らしをする事になる。
何だか寂しい……なんて感情が湧いてくるのは仕方がないよね。
「ごめん、おじさん。窓を開けて良い?」
子供の頃から知っているバスの運転手のおじさんに私は気軽に声をかけた。乗客は私一人しかいないけれど、暖房の効いた車内に冷風を入れる事になるのだから一声かけるのは私個人としてはマナーだと思う。
「あぁ、構わないよ。今日の暖房はちょっと効きすぎだしな。
悪いねぇ、暖房の温度を微調整できれば良いんだろうけど……。」
おじさんは前を向いたままそう苦笑いする。少しは県からの補助が入っているらしいけれど、基本は村営のバスだ。予算の関係でバスの型がすごく古く、温度調整がほとんど効かないらしい。それでも大事な村民の足に変わりはなく、皆で大事に乗っていた。
「窓を開けて換気すれば良いだけだもん、大丈夫だよ」
そう笑って自分の座っていた座席の横の大きな窓をよいしょ!と開けた。
うん、開けちゃったのだ。
それはほぼ同時に起こった。
1、落石注意の標識はあるけど今まで一度も落石なんてしなかった場所で落石発生
2、進行方向に落ちてきた巨石に運転手のおじさんは慌ててハンドルを切る
3、窓を全開にしたばかりで、窓際で中腰だった私
それらの全てが合わさった結果、最悪の事態を生みだした。どれか一つでも無ければ、こんな結果にはならなかったはず……。せめてスピンの回転が逆だったら後頭部強打で済んだかもしれないのに。
あっ! と思った時には私は大きく開いた窓から車外へと勢いよく放り出されていた。しかも車道の横はかなりの高さがある崖で、私の下に地面はなかった。
落ちる、落ちる、落ちる、落ちる。
(耳元でビュービューと風を切る音がすごい)
(そういえば、風になりたい系の歌って多いよね。例えば有名なあれとか……)
頭の中で思考がすごい勢いで、しかも同時進行で加速……いや、暴走していく。
(お祖父ちゃん、お祖母ちゃん、悲しんじゃうかなぁ)
(あ、バスのおじさん、凄い顔でこっち見てる)
(あれ、今幾つ同時進行で考えてるんだろう?)
自分の中に何人もの自分が居て、それぞれが口々に感想を言ったり風になりたい系の歌を熱唱したりしている感じ。頭の中がぐちゃぐちゃで、恐らくパニックになってるんだろうな……と沢山いる私のうちの一人が冷静に考えていたりもする。
ゴォォォ……
急に物凄く強い突風が吹いて、体が煽られ視界がぐるりと回転した。
「ま……ぶし……」
回転した際に太陽を直視してしまい、あまりの眩しさに反射的にギュッと目を閉じる。そして世界は真っ暗になって、私の世界はそのまま暗闇で塗りつぶされたのでした。