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君に守られて

作者: Satch

初の短編です。

どんよりと重たい雲が空を覆い、今にも降りだしそうな気配を見せていた。


「由紀…」


突然の事故で由紀が死んでから初七日が過ぎても、俺はまだ何もする気が起きず、

気が付くとこうして由紀の墓の前まで来ていた。


突然、負の感情に襲われて、何の前触れも無く涙が頬を伝う。


「由紀…どうして俺を置いて逝っちゃったんだよ」


「俺を独りにしないでよ…」


しかし、俺の言葉は重たい雲に吸い込まれていくだけだった。


ポツポツと遂に降り出した雨に濡れるのも構わずに、俺は由紀の墓の前に佇んでいた。



頭の中が由紀のことで独占され、仕事も休みがちで失敗も多くなっている。

このままではクビになるだろう、それでもいいと俺は思っていた。



(由紀に会いたい…、由紀に会いたい…、由紀に会いたい…)



由紀の墓にもたれかかるように座り、頭を墓石にくっ付けた。


1月の雨は容赦なく俺の体温を奪っていく。



(このまま…、このまま由紀のところに行こう…)



静かに目を閉じる。



その時、俺の体に雨が当たっていないことに気付き、静かに目を開けた。


ボヤける視界が鮮明になって行くと、目の前に傘をさしている人が見えてきたが、

顔はまだボヤけていて見えない。


「由…紀…?」


次第に鮮明になっていく視界に、焦がれた人の顔が見えた。


「由紀!」


死んだなんていうのは夢だったんだ、そうさこうして由紀が目の前にいるんだから!


「きゃあ」


思わず由紀を抱きしめると、由紀から聞いたことがないような悲鳴が聞こえた。


「由紀…?」


体を離し由紀の顔を覗き込むと、由紀は少し困ったような顔をしていた。


「ごめんなさい…」


「え?」


「私は由紀ではないの…」


すまなそうな顔で、俺を気の毒そうに見つめている。


「そんなのおかしいよ! 顔も抱きしめた感触も由紀そのものじゃんか!」


由紀じゃないとして、いったい誰だっていうんだよ…。


「私は…由紀の妹の由佳と言います」


「由…佳…?」


「…はい」


由紀からは姉妹が居るなんて聞いたことがない、てっきり一人っ子だと思ってた。


「私が死んだら圭介さんを助けてあげてと言われていました」


「で、でも君とは由紀のお葬式で会わなかったよね?」


「それは…、私はアメリカに留学に行っていまして、姉のお葬式に間に合いませんでしたので…」


その時、明確には分からないが、何か違和感のようなものを感じた。

姉妹の死の報せを聞いたら、すぐに帰ってくるのが普通ではないだろうか。


「寒いのでどこか暖める場所に行きましょう」


由佳は、そう言うと俺を促して歩き始めた。

雨はいつの間にかやんで遠くの空に虹が浮かんでいた。


お寺を出るとき、そこで飼っている犬がしきりに、由佳に向かって吠えている。


「私…犬には嫌われるんですよね」とちょっと寂しそうな顔で言った。


由紀は動物好きで、犬や猫などに良く懐かれていたから、姉妹でも違うものなんだな。


。。。


俺たちはお寺から歩いて5分ほどのところにあった喫茶店に入った。


「それで君はまたアメリカに帰るのかい?」


「いえ…両親が心配ですので、しばらく日本にいるつもりです」


それからコーヒーで暖を取りながら、他愛も無い話を延々としていた。


「今日はご両親のところに帰るのかい?」


喫茶店を出たところで、振り返りながら由佳に問いかけると、意外な事を言った。


「いえ…できれば圭介さんのお家に泊めてもらいたいなと…」


「え? 家?」


「ダメ…でしょうか?」


俺の顔色を窺うように不安そうに見つめてくる。


「いや…君がいいなら、俺は別に拒む理由はないけど」


「ありがとうございます」


その笑顔に、俺の心に暖かい何かが流れ込んでくる感覚があった。


。。。


途中で夕食を食べて、由佳は俺の家へやってきた。


まだ時間は早かったが、このところほとんど寝てなったので、むしょうに眠かった。

由佳の寝る布団を俺の布団の横に敷くのが限界で、自分の布団に入って眠った。



どのくらい時間がたった頃だろうか、ふと何か気配を感じて目を覚ました。


薄暗い部屋の中に、バスタオル1枚巻いただけの由佳が佇んでいた。


「どう…したの?」


薄明かりの中にいても、上気した肌が艶やかに煌いて、その姿に見とれてしまう。


「一緒に寝てもいいですか?」


「え…?」


絶句して何も返事が出来ない俺を無視して、布団の中に潜り込んできた。


「ちょ…ちょっと…」


「今日だけ…今日だけ…私を由紀と思ってください」


「え? で、でも…」


由佳は俺の首に腕を絡めて、優しくキスをする。何度も何度もキスをする。


「由紀!」


俺は由紀への想いと、失った寂しさをぶつけるように由佳を抱いた。


。。。


翌朝目を覚ました俺は、昨日の出来事が夢であったのではないだろうかと思ったが、

俺の横で裸で寝息を立てる由佳を見て、夢でないことを悟った。


それからしばらく由佳の顔を見つめるが、その顔は由紀にしか見えない。


姉妹でもこれほど似るのだろうか? 一人っ子の俺には分からなかった。


「そんなに見つめられると恥ずかしいです…」


「え? あ! ゴメン! って起きてたの?」


「はい」と言ってクスクス笑っている。


「悪趣味だなー」


そういえば由紀もよく寝た振りをしてたっけ。


「そろそろ起きたいので、あっち向いててもらえます?」


「え? なんで?」


着替えるためだと思うけど、意地悪く聞いてみる。


「き、着替えたいので…」


「うん、別に見ててもいいよね?」


「え…ダ、ダメですよ」


と言って口元まで布団を引っぱり上げた。


「でも昨日沢山見てるし、今さらね」


「圭介さんなんか知らない!」


由佳は顔を真っ赤にして布団を頭まですっぽり被ってしまった。


「冗談だよ、向こう向いてるから、着替えなよ」



いつも起きるのがつらかったから、久々に清々しい朝を迎えた。



それから2人での暮らしが始まったある日、2人で買い物に出かけた先で、

由紀の幼馴染の友達の恵子さんと偶然出会った。


「圭介君、ずいぶん元気になったわね」


「うん? まぁね…」


「何よ? 歯切れが悪いわね、もしかして新しい彼女でも出来た?」


「うん…まぁ」


「うっそ、信じられない! 由紀のことはもう忘れたの?」


今にも胸倉を掴みそうな勢いで迫ってくる恵子さんに、降参というように手を上げる俺。


「忘れはしないさ、由紀はちゃんとココに生きている」


そう言って俺は自分の胸の辺りを指差す。


「そっか…」


恵子さんは目に涙を浮かべながら優しい笑顔を俺に向けてくる。


「それで、彼女って誰よ!」


「え…と…由佳だよ」


幼馴染なら当然由佳を知らないはずはないので、驚くだろうなと思ったが、意外な反応が返ってきた。


「由佳って誰よ?」


「え…?」


恵子さんの様子を見る限り冗談を言っているような雰囲気ではなかった。


「誰って…由紀の妹の由佳だよ!」




「圭介君…何言ってるの? 由紀に妹なんて居ないよ?」




「そんなはずないだろ! だって現実に由佳がここに…」


振り返った俺はいつの間にか由佳が居ないことに気が付いた。


「あれ? 由佳? 由佳? どこ?」


「圭介君…大丈夫?」


恵子さんが心配そうに後ろから俺の顔を覗きこんでくる。


「さっき俺の横に、女性が居たの見たよね?」


「え? ずいぶん前に圭介君に気付いていたけど、女性なんてどこにもいなかったよ?」


恵子さんは心配そうな顔で、俺を見る。


「そんな…はずは…」


「ちょっと待っててね」


恵子さんは携帯を取り出すと、どこかに電話をかけた。


「あ…おばちゃん? 恵子だけど」


『あら、恵子ちゃん? どうしたの?』


「ちょっと聞きたいことがあるんだけどさ」


『聞きたいこと?』


「由紀って一人っ子だったよね」


『そうよ、って何言ってるのよ、恵子ちゃんも知ってるでしょ?』


「えっと…一応確認というか、なんというか」


電話を終えた恵子さんが、ほら御覧なさいという感じで、俺を見て来た。


信じられない俺は恵子さんに挨拶もせず、自分の家に急いで帰ってきた。


由佳と暮らした痕跡があるはずなので、それを探すが、

歯ブラシも2人でお揃いで買ったコーヒーカップの、女性もののほうが無くなっていた。



混乱した俺は、いつの間にか由紀のお墓があるお寺に来ていた。


そこで由佳がお寺に入っていく後ろ姿が見えた。


「由佳!」


急いでお寺に入るが由佳の姿はどこにも見当たらなかった。



由紀の墓石の前にきた俺は、お揃いで買ったコーヒーカップが置かれていることに気付いた。


やはり由佳は由紀だったんだ、由紀のところに行こうとした俺を、

立ち直らせるため、元気付けるために俺に会いに来てくれたんだ。



頬にいく筋もの涙が伝う。


「由紀…俺はもう大丈夫だよ」


「いつになるか分からないけど、人生を全うしたら必ず由紀に会いに行くから」


「それまで待っててね」


その時、俺は名前を呼ばれた気がした。



それは風が木の枝を揺らした音だったかも知れない。



Fin

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