ようこそ、夢のようなダンジョン生活へ
昨日はちょっとパーティー内の闇を垣間見たような気がしたが、それはそれとして、今日はまた違うこのパーティーの「色」を俺は知ることになる。
場所は隣町のまま、その地下に広がるダンジョンである。
「おっ宝!おっ宝!」
そういって、一目散にダンジョン内をかけ進んでいく銃撃手のジョブであるはずのマレア。
それを慣れた態度で追いかけていく、マルコスとシルヴィ。
俺は翻弄されながらも二人と共に一人、先を行く少女についていく。
「おい、狙撃手のマレアが一目散に前に独走していくのってどうなんだ?」
俺はマルコスに問いかける。
「いや、俺たちもそう思ってたんだがな、最初は。だが、マレアはお宝に目がくらむと周りが見えなくなるんだ」。
「マレアは宝の匂いを嗅ぎつけると、不思議と、無双状態になるのよぉ。お金に飢えているのねぇ」
シルヴィが走りながらも俺の隣に寄って来るとそう言った。
そういう理屈なのか?とも疑問に思ったが、俺よりも長い付き合いをしている二人が言うのだから、そういうもんだと俺は思うことにした。
俺は少し遠くにはなれたところを走るマレアを見る。
すると、彼女の前方、曲がり角の向こうから、ミノタウロスが現れた。
しかし、マレアはそれに驚きはせず、かといって止まるそぶりも見せない。
むしろ、駆けるスピードを上げると、持っていた銃でミノタウロスにとびかかった。
ミノタウロスはマレアの姿とその手に持つ武器を伺って、余裕の態度で受け止めようとする。
「ぐぎゃああああああっっっ???」
「私の宝探しの邪魔をするなっ!」
ミノタウロスの持ち上げられた腕など構わずに青髪の少女は一撃でミノタウロスを叩きのめした。
ミノタウロスは壁まで吹っ飛ばされ、動かなくなる。
「ね?」
「ね、ってなんだよ。無茶苦茶すぎるだろ」
「Cランク冒険者と同程度の強さのミノタウロスだって、今の状態のマレアにとっては一撃なのよぉ。ちなみに今彼女が発揮したスキルは『ラン&ガン(物理)』と『物理耐性』の二つねぇ」
シルヴィの説明にマルコスが補足してくれる。
「マレアはダンジョン内で使いにくい銃をスキルで衝撃に強くして知能がある魔物を油断させてから、その獲物で襲い掛かるんだ」
「……。意外と考えられている、のか?」
チートかなんかだと思ったがそうでもないらしい。
「ちなみにDランクの中では私とマルコスもぉ、頭一つ抜けている実力なのよぉ。一撃とはいかなくてもミノタウロスくらい私たちも倒せるしぃ」
「だよな、いつもはDランクらしく最弱のモンスターの類を相手にしてはいるがよ」
それからもマレアの侵攻は止まらない。
途中いくつかの場所でトレジャーを手に入れた一行はかなりのトレジャーの量を袋に入れて抱えていた。
収納スキルなど存在しないのかと俺は聞いてみたが、そんなものはない、と即断された。
「お、重い……」
「もう少しの辛抱だ、それに重いのはみんな一緒だ。俺達3人だけではあるがな」
俺の嘆きにマルコスが自慢の金髪を爽やかに振ってから励ましてくれた。
「マレアは俺たちに気を遣って、今まで、あまり深くの階層までは進まないでくれているが、彼女一人なら、ダンジョンの奥深くまでソロでも潜れるんじゃないかというのが俺たちの見解だ。正直ダンジョン内の財宝に目がくらんだ状態の彼女ならAランク冒険者にも見劣りしない気がするほどだ」
少し自分たちの力が彼女よりも劣っていることを嘆くかのようにマルコスは呟いた。
「ここらでも本来Dクラス冒険者なんかじゃ危険極まりなくって、Cクラスでもかなり危ないらしいが、マレアが先頭になって蹴散らしてくれるから、俺たちは敵に近づくことすらほとんどないんだ」
しかし、マレアも荷物を持ちながらの無双はできないため、持ちきれないくらいの宝が見つかったら、撤退するのが常であるそう。
今回は俺も加わって、荷物持ち係がいつもより一人増えているため、運搬可能量は単純計算でも1.5倍。
それゆえ、未だ、マレアの進撃は終わらない。
いちおう、俺たちも先頭の彼女も常に走り続けるのは無理なため、時々4人で一緒になって休憩をするが、それでも今日のところはまだ引き返さないことに話は落ち着いている。
マレアのスキルの説明を聞くところ、進む分にはスキルが発動するが、帰りにはそうもいかないらしく、一行は転移結晶を使っての帰宅となる。
転移結晶は値が張るものだが、それ以上に価値のあるトレジャーをわんさか手に入れたことを踏まえれば、その出費は気にするほどのものではないそう。
そうこうしているうちに40階層まで来たところで、宝を持ち運べる量がいよいよもって限界に近付いてきた。
あと、ひとつ、宝箱やら何やらを見つけたら、今日のところは撤退するということで話はまとまった。
しばらくして、本日最後のマレアの進行先には、今まで見たことのないほどのモンスターの群れが現れた。
広い道幅を覆いつくすほどである。
それはさながら、新宿駅前の、道を覆いつくす人の数と同程度の密集量である。
それを見て俺は、横で走る二人に声をかける。
「おい、もうこれ以上は無理じゃないか?やっぱり、ここで撤退しよう」
どう考えても銃一つしか持っていないマレアでは手数の差を見るだけで勝負にはならないことは明らかだ。
いくら単体で無敵だとしても囲われてもみくちゃにされてしまえば抵抗することは不可能になるだろう。
しかし、マルコスもシルヴィも聞き入れてくれない。
「まあ、見てろって」
マルコスは俺にそうとだけ言った。
マレアはしばらくして走りを止めると、その身を地面に伏せ、銃身を前方へと向けると、標準を合わせるようにスコープをのぞき込む。
「そんな銃一つ向けたって、焼け石に水だろ……」
俺は自然とそう呟いていた。
しかし、マルコスは俺たちもここで止まるぞ、と言って、まだ遠くに離れているマレアを尻目に物陰に身を隠した。
シルヴィもそれに続く。
「おい、和人もこっちにこい」
何が何やらわからぬままに俺は指示に従い、物陰に隠れた。
その数瞬後、辺りに白い閃光が走ったかと思うと、次の瞬間には爆風が吹き荒れた。
マレアの方を見ると、そこは煙に包まれていて、様子が見えない。
やがて、煙が晴れた先に見えた光景はモンスターの群れがすべて消し飛んでしまった痕だった。
残る動く影は一つだけ。
マレアが立ち上がった。
「ふう」
静まり返った一帯の空気にマレアの吐き出した音の波紋が唯一響き渡ったのだった。
無事に最後に持てるだけのトレジャーを手に入れた俺達4人パーティーはここに来る前に購入しておいた転移結晶を使って、ダンジョンの外、ダンジョンの入口の前まで転移していた。
「ひゃー、今回もマレアの3つしか持てない内の最強スキル『ショットバースト』は痺れたぜ!」
「静まり返ったところで一人仕事をし終えた感のマレアには同性の私でも抗えないエロさを感じてしまったわぁ」
マルコスと、マレアの様子を見るに、マレアのあれは今日に限ったことではないようだった。
え、規格外過ぎない?
「あのモンスターたちを一撃って、もうチーターの類じゃないのか?」
俺は思わず昔見たアニメの用語を引っ張り出してきてしまう。
それでもなんとなく意味は通じるようで、返事は帰ってくる。
「知らないわよぉ、でもそんなことはあまり重要じゃないわぁ。マレアはマレアだものぉ」
「そうだよな。ほれ、今日のトレジャーの報酬を分け合おうぜ」
報酬の配分方法は決まっているようで、今まではそれぞれの荷物持ちの半分をマレアが受け取っていたようである。
二人分をもらっていたマレアは当然、その仕事量の多さから一番配分が大きいようにしていたのだそう。
マルコスが最初にマレアに宝を渡そうとした。
それに、マレアがいつもクールな表情を少し崩し、口元を緩めて首を横に振った。
「5割のままだと、いつもよりも深くまで付き合ってくれたマルコスとシルヴィからしたら割に合わない。だから、3人とも6割の取り分で良いよ」
「良いのか?」
マルコスの問いにうんと頷くマレア。
「よっしゃー、40階層はさすがにいつもよりかなり怖かったから、嬉しいぜ。途中からはいつでも撤退できるように転移結晶を片手で握りながら走っていたくらいだからなあ」
「もう、マルコスはビビりなのねぇ。ありがとうマレア。和人が増えてくれたおかげでみんな取り分が少しずつ増えたわけだわぁ」
トレジャーの換金所で、換金し終えた俺はその金額にうめき声を上げていた。
「すげえ、金貨5枚だと……」
金貨五枚、元の世界の金額に換算すれば金貨一枚で100万円、5枚で500万の価値だ。
日給500万とか、最近インフレしまくって金銭感覚が狂ってきていた世界トップクラスのサッカー選手でも稼ぐのが難しいレベルじゃないか。
もうずっと、ダンジョンに入っていればいいんじゃないかなと思いました。
俺は転移結晶の費用であるお金を、前借りしていたマレアに返さなければいけないことを思い出す。
転移結晶はさすがにそれなりに希少で高価なため、今回の報酬の4割ほどを失うがそれでも大幅なもうけを得たことには変わりはない
しかし、マレアは落ち着いた声音で俺の申し出を断った。
「……いいよ。私はいつもより多く貰っているから、今回はそれでチャラで。でも次からは自分のお金で購入して」
俺はそう言われて、了承した。
お金には困っていたところだからありがたく受け取っておく。
それに明日もダンジョンに挑むとなれば、転移結晶を買いなおす必要もある。
その分も考えれば今貰った報酬の8割をすぐに失うことになっていたはずだから、そんな悲しい思いをせずに良いとマレアが気を遣ってくれたのだろう、そう思い、俺は感謝した。