ツンツン冷え冷え
俺たちが食事を始めたころにはいくらか冒険者学校の生徒たちが追い抜いていく姿もちらほら見えたが、もう今ではそういった生徒の姿も見られない。
「まだクエストに向かえていないのはもう俺たちがとっくに最後かもな」
街に飛行船がついてから、少し買い物に行ったと思われる者たちもすでにしばらく見ない。
俺は木の根っこの上に座って暇そうにしているネメシスに話を振った。
「まあ、遅いか早いかよりも、私は最後に十分な報酬金が貰えればそれで良いんだが。ただ、先ほど、船が着陸した後に凄く顔色が悪く船酔いしたらしき男の生徒を見かけたが、そいつは未だ来る気配がないな。おそらくあいつが今は最後だろう。私が言えることでもないが、あんな調子で果たしてここまで一体何しに来たのだろうかと不思議に思ってしまうな」
へえ、俺達よりもまだ後方に一人いるのか。
のんびり屋さんというわけでもなさそうだが。
船酔いとはまた難儀なもので、思い返せばゲロ臭いにおいが甲板でしていたような気がしないでもない。
携帯食料を食べ終わったマレアがふと言った。
「なんだか視線を感じる」
ふと俺の方を見た。
俺がよくもまあたくさん食べるなあと思って感心してさりげなく見ていたのがばれたかな?
俺の余った分の携帯食料も食べたいと言っていたからあげたし。
そう思ったのだが、どうやら違かったようだ。
「どうも、お待たせして悪かったわね、みんな」
そう言って、天王院が戻ってきた。
「お帰りー、もういけそう?」
妹の神楽が抜身の剣を鞘にしまいながらこちらに歩んできた天王院に声をかけた。
「ええ、まああらかたね。後はこの先で戦いながらで大丈夫じゃないかしら。それじゃあ、そろそろ行きましょうか」
俺たちは荷物をまとめて、いよいよ出発した。
この島の非居住区の地区分けは12個に番号分けされている。
今俺たちがいる場所は森林地帯の第1地区。
この先もう少し進むと同じく森林地帯の第2地区である。
そして、森を抜けた先は草原や、丘、木々などが織りなす区画であり、第3地区から第12地区までのほとんどがそのように形成されている。
少し変わった所と言えば、地図によると、第7地区の少し狭い秘境のような場所くらいだ。
第1、2、7地区以外の見晴らしがいい地区にはどこにでも大型モンスターは出現する可能性があるとのこと。
見晴らしが良い草原地帯の一地区であっても、その全貌を端から、反対側の端まで知覚できないほどには広いらしい。
草原地帯の第3地区に出ると、Cランクの学校の生徒たちが散開していた。
目的のワイバーンはいなかったが、もともとこのあたりに生息する大型モンスターとの戦闘中だった。
見ているといくらか危なっかしい。
昔の恐竜を小さくしたみたいな中ボスのようなモンスターだったが、それなりにてこずっていると見える。
彼らがてこずるというのなら、モンスターはおそらくレベル3相当なのだろう。
Bランク相当のカルバやモドリ―あたりなら単騎でも戦えなくはないレベルなのだろうが、Cの彼らは5人程度で戦いつつも圧倒しているとは言えない。
「少し手伝ってくるわー、行こうモドリー、神楽」
そういって、カルバがモドリ―と妹の神楽を引き連れて行ってしまった。
「お、Bクラスのやつらか、援護助かるぜ」
そう援軍を歓迎している生徒たちは俺にとっては見知らぬ生徒たちだった。
まあ、Cのやつらは俺たちDの半分とはいえ、6クラスもあるから、パンケーキ野郎の連れ以外にもいろいろな生徒が当然沢山いる。
モドリ―は剣を使って、カルバは魔法を中心に戦っていた。
妹は後方で負傷したC階級の生徒らを治療している。
「モドリ―はもっと自信を持って戦いに挑むべきよね」
戦況が好転した戦いを眺めている天王院が俺にそう話しかけてきた。
その瞳に映るのは少し自信無さげに剣を振るうモドリ―。
確かに、俺から見ても彼女は剣筋が悪くない分もったいなさを感じる。
「余裕かましすぎて、油断するのもどうかとは思うが、もう少し肩の力を抜いた方がいいな」
「そうかしら?私は戦う前は自分が一番強いと思って戦うようにしているわ。私の家はスポーツ一家、いや、親戚含めてもそうだったのだけれど、これが家訓みたいなものの一つに掲げられていたもの。それで、負けたり上手く活躍できなかったりしたときにはその反対に落ち込むだけ落ち込んで次の日にはスパッと切り替える。それが一番いいとされてきたわ。まあ、私は上手くいかなかった経験も何かの試合で負けた経験も滅多に無かったのだけれど」
えぇ……。
天王院さん強すぎぃ。
男子級の運動神経と噂されていた彼女であれば、サッカーの11対11のような、大人数の集団スポーツ、個人の力が相対的に試合の勝敗に結び付きにくい種類のものでも女子の中に混じってのものであれば一騎当千でもしていたのだろうか。
いや、千は言いすぎか。
十一人の比じゃなかったわ。
まあ、でも負け知らずっていうのだからどうなのだろう。
「私達があの中に入って言っても余剰戦力でかえって邪魔になりそうね。私達も他の場所でモンスターを倒してましょう。あなたの動きも参考までに見ておきたいし」
「そうだな」
俺も天王院が戦っている姿を見てみたいと思ったので快く引き受けた。
二人で話していたネメシスとマレアを引き連れて俺たちは隣のエリアへと向かうことにする。
「あら、意外と遅いのね、和人」
「そういう、お前こそ、さっきのモドリ―とどっこいどっこいの素早さじゃないか?aクラスなのにレベル2相手でもそんなに余裕がなさそうだぞ」
俺たちは木々が生い茂った林のような場所でゴリラに似たモンスターの群れと敵対していた。
ネメシスは危ないからと草原で待機、マレアもそれに付き従って、遠くからたまに視界に入った敵を狙撃している。
「軽口叩けるってことは余裕みたいね。言ったでしょ、私スロースターターだって。徐々に調子が上がっていくの。そういうスキルを取ったから」
段々体の切れが良くなっていく体質なのかと思っていたがどうやら違うらしい。
どうしてわざわざスロースターターになるスキルを取ったのだろうか。
果たしてそれは意味のあるスキルなのだろうか、響きからしてすごく扱いにくそうだな。
「それにしてもあなた、どうして、そんな止まったような、水のような不思議な動きをしているの。なんだかヌメヌメ音が聞こえてくるような感じがして変な気分だわ」
うるせえ。
オレは小さい頃からこういう風に動くことを教えられてきたんだよ。
ほっとけや。
「いいんだよ。動きの無駄をなくして効率的に動作をつなげてるからそう見えるんだろ」
「……へえ。なんだか、無機物みたいね」
天王院はにやりと口元を緩ませた。
「人を生き物じゃないみたいに言うのやめてね。傷つくだろ」
「褒めているのよ」
「全然そうは聞こえない言い方なんだよなぁ」
「少し興味があるわ。それは一体どうやっているのかしら。良かったら教えてほしいものね」
「そうだな。まずコツは大腿部の筋肉である内転筋を上手く使うことだ。足の外側の筋肉ではなく内側の筋肉でバランスを取ることで、身体の中心に軸を保つ。これが基本中の基本だ。見たところこれはおまえもできている。次に肩と股関節の連動性を最効率にすることで「あなた本気で言っているの?」
俺は少なくなってきたモンスターの攻撃を最後に交わしてとどめを刺してから同じく最後の一体を倒した天王院の方に向きなおった。
「私が聞いたのはそういうことではないわ。しかもなんでそんなに理路整然と身体の構造を持ち出して語れるのかしら?私はどんなスキルを使っているのかと聞いたつもりだったのだけれど」
「え?俺まだ何もスキル使っていないんだが」
「あら、そうだったのかしら。私身体操作について口で説明されてもいまいちわからないの。ごめんなさいね。私天才型だから」
威張られた。
いや、彼女にとってはこれは謙遜なのかもしれない、謝ってるし。
なるほど、どっちなのか分からん。
「でも、モドリ―はどっちかというと頭で考えて動くタイプだから、彼女には教えてあげてみた方がいいかもしれないわね。私が前に指導を乞われて一緒にトレーニングしたことがあるのだけれど、多少良くなってもいまいちな手ごたえのようだったから」
「まあ、見て覚えてもらうってのが、センスがいい奴にとっては一番手っ取り早いからな。それと需要があるなら俺は喜んで教えさせてもらうぜ」
「動きを気味悪がられなければいいのだけれどね」
天王院さんツンツンしすぎでは……。
何か良くないことでもあったのかい?
ツンドラすぎるだろ。




