13 神和の頼み
『あのね、前々から思ってたんだけれどね』
「はい」
『私達ね、魂の質が、とっっっっっても似てると思うのよ!』
「はぁ」
今、私は休憩時間だ。なので休憩室に行って、カフェオレを飲もうとしたところ、天遠乃さんが壁を通り抜けてやって来た。そして天遠乃さんは、私に用があると言う。
それで、私はカフェオレを手にしてイスに座れたものの、ふわふわと浮かぶ天遠乃さんに何やら力説されて、手の中の紙コップを動かせずにいる。という現状。
一応言うと、今休憩室には、私と天遠乃さんしかいない。なんでだろう。みんな、他の休憩室にいるんだろうか。
『これね。私と、その榮介さんという人が、材として集められた理由の一つでもあるの』
「え?」
榮介さんの名前に思わず身を乗り出すと、天遠乃さんは真面目な顔になって。
『私は繋として、最良な材だった。榮介さんも同じだった。そして榮介さんと、杏さん。あなた達の魂は、とても近しい質をしてる。ここまでは分かる?』
「……はい。なんとか」
『すると、榮介さんニアイコール私、榮介さんニアイコール杏さん。という図式が出来上がります。これを整理すると?』
教師が生徒に問いかけるように、天遠乃さんが問うてくる。
「……えっと、間に榮介さんが入ることで、天遠乃さんと私が、同じようにニアイコールで繋がる? って事で、合ってます?」
『そう! そうなると、どうなると思う?』
「どう……?」
どうなるというのだろう。魂の質が近いと、何かあるんだろうか。
考え込む私に、天遠乃さんがうずうずと、答えを言いたそうに浮かんでいる。私は、それを促す事にした。
「分かりません。どうなるんですか?」
『杏さんの体に、私がたぶん入れちゃいます! 実証してないから、あくまで仮説だけどね?』
……要するに、どういう事でしょうか。
「は、入る……? てつの時みたいに、ですか?」
『そうじゃなくてね。神懸かりとも少し違うんだけど。私は今幽霊で、言わば、魂だけの状態』
天遠乃さんは自分の胸に手を当て、
『そして杏さんは、体と魂がどっちもあって、ちゃんと生きている状態』
その手を私に向ける。
『さてここで、体は一つ、魂は二つ。何が起こると考えられるでしょう?』
なんだろう、頓知みたいだ。
「えー……、一つの体に、二つ魂が入るとか?」
榮介さんの時みたいに。
「もしくは、魂を入れ替えられる? とか? ですか?」
もう当てずっぽうだ。私は、そういう知識はまだまだ浅いのだ。
と、天遠乃さんが目を丸くし、空中で動きを止めた。そこからややあって、左手を腰に当て、右手を顎にやる。
『……なるほど。入れ替わるのは考えてたけど、二つ同時に器に入る事は想定してなかったわ』
なんか、いらん事を言ってしまったらしい。
そして天遠乃さんは、両手を胸の前で合わせ、にっこりと笑みを浮かべて。
『じゃあ杏さん』
「入れ替わってみましょう? とかだったら、ちょっとご遠慮したいです」
『あら、先に言われちゃった』
だって怖そうだもん。
「それ、天遠乃さんの仮説なんですよね? もし、何か万が一があったら、どうします?」
『大丈夫よ! 仮に、憑依みたいな状態になったとしても、それを剥がすことの出来る人は何人もいるから! それに、杏さんが死ぬ、なんて事は、ないと言えるわ』
どうして言えるんでしょう? というのが顔に出てたんだろう。天遠乃さんは続けてその理由を口にする。
『本人の体と魂はね、とても強く結びついているの。ちょっとやそっとじゃびくともしない。だから、私が杏さんの体に入れたとしても、杏さんの体と魂の繋がりはなくならない』
「じゃあ、天遠乃さんが私の体に入っている間は、私の魂はどういう状態になるんですか?」
『外に出て、生霊になると思う!』
そんな、元気に言われましても。
『あ、生霊って言ってもね、さっきの通り、体とは繋がったままよ。だから、経験による想像だけれど、自分の体の周りを、今の私みたいに漂う事になると思うの。体と一定の距離を保ってね』
それは、なんとも。
「……で、天遠乃さんは、それをやってみたいと?」
『ええ。杏さんさえ良ければ』
うーん……。
「一つ、聞いてもいいですか?」
『ええ。答えられる事なら』
「なんでそんなに、私と入れ替わりたいんですか?」
こんなに力説する天遠乃さんを見るのは、あの、てつがヤバかった時以来だ。
そう思って聞けば、天遠乃さんは、なんだか幼い印象のする、弱ったような笑顔になって。気の揺れも、絡むように複雑になって。
『……笑わない? 呆れたりしない?』
「笑えたり、呆れたりする事なんですか?」
『私にとっては大真面目な事よ』
本当に真剣な表情で、天遠乃さんは言った。
「なら、笑いも呆れもしませんよ」
『……じゃあ、言うけれど』
すると、
『ちょっと耳を貸してね』
内緒話でもするように、私の左耳に顔を近付け、手で覆って。
『守弥に、もう一度だけでいいから、直に触れたくって』
とっても小さな声で、それだけ言った。
「……それって」
すぐさま離れた天遠乃さんは、なんだか恥ずかしがるように、頬を薄く染め、目線を私から逸らす。
『……やっぱり、駄目かしら。……駄目よね、そうよね……』
そしてその肩が、下がっていく。
「いや、駄目とは」
言った瞬間に、天遠乃さんはまた空中停止した。
「……えっと、その。気持ちは分からないでもないですから」
とても大切に思っている弟に、十年越しに。その想いは、とても大きなものだろう。
『…………いいの?』
天遠乃さんは、呆けたような顔でこっちを見つめる。私はそれに、こくりと頷いた。
「いいですよ。……でも、まず、試してみて、上手くいったらですからね?」
『もちろんよ! じゃあ、早速やってみていい?!』
「え、今ですか?」
『ええ! 今! 私あんまり時間ないし! 今も隙間時間を縫ってここまで来てるのよ』
まあ、天遠乃さん、やる事多いだろうしな。
「……分かりました」
私は、持っていた紙コップをテーブルに置く。
「で、どうすればいいんですか?」
『一気に言っちゃうとね、杏さんが自分の魂を知覚して、その状態を保ったまま、私が杏さんの体に入るの。すると、杏さんは魂が体から一時的に抜け出て、私が杏さんの体を動かせるようになる。そんな感じ』
「魂の、知覚、ですか……」
魂。てつがいつも、気の揺らめきと言っているもの。私もそれを認識出来るけど、自分自身のものは、気にした事がなかった。
「ちょっとやってみます」
『一人で大丈夫? 手伝う事も出来るけれど』
天遠乃さんが心配そうに言ってくる。
「一旦、自分だけでやってみます。駄目だったら、その時は手伝って下さい」
『分かったわ』
ふわふわ浮かぶ天遠乃さんの前で、少し瞼を閉じて、集中する。
すると、とても簡単に、呆気なく、自分の気の揺らめきを感じる事が出来た。
「……あー、分かりました。今、魂を知覚してると思います」
集中したまま、目を開ける。今、私の気は、私の中で穏やかに揺らめいている。
『本当? 凄いわね。私、やり方を言っただけなのに』
「いえ。それで、このままでいればいいんですか?」
『……そう、そうね。ちょっと失礼、肩に触れるわね』
そっと、左の肩に手を置かれる。……それはやっぱり、血の通った生き物の感触ではない。
『本当に、出来てるわね。……じゃあ、入ってもいいかしら?』
「どうぞ」
『失礼』
どう入るのかと思ったら、天遠乃さんは私を抱き締めるような形を取った。ちょっとびっくりしていると、私の気が、魂が、押し出される感覚を覚える。
「うっ……?」
一瞬、意識が途切れて。パッと目を開けた時には、もう。
『うわっ』
私が、目の前にいた。




