10 視線
間髪入れずに返された言葉に、私はどう感情を発露させればいいのか、悩んだ。
なんだそりゃと、叫べばいいんだろうか?
『本当、ホント、ごめんなさいね! あのアレ、あの人は、人を人とも思わないところがあるから……! でも、今色々手を回して、それを阻止してあの人への処置もしてるから! それでも、もし何かあってからじゃ遅いから、杏さん達には知っておいて欲しかったの』
私から手を離し、申し訳なさそうな顔でふわふわと浮かびながら、私とてつを交互に見る天遠乃さん。
そこでふと、昨日の事を思い出す。
「ああ、だから」
「あ?」『え?』
「いえ、昨日遠野さんと、天遠乃家について話をしたんですけど、妙に歯切れが悪かったんですよね。これがあったからだったんですね」
合点がいった。
「……おい、杏」
「ん?」
「お前、他人事みてぇに言ってんじゃあねぇぞ。本当に中身を理解してんのかお前?」
呆れるように苛つくように、てつが言ってくる。
「分かってる、つもりだよ? 自分に降りかかるかもしれない事態をさ。でもそれも、天遠乃さん達がなんとかしてくれるんでしょ? それなら、今私に出来る事、特にないと思うんだけど……何かやっておく事あります? 天遠乃さん」
振り向けば彼女は、『そうねぇ』と腕を組んでふわふわと。
『榊原さんの言う通り、今あなた達に出来る、というより、してもらう事は、ないかしらね。強いて言えば、心構え?』
心構え?
『もしあの人が、私達の措置やらから強引に抜け出して強硬手段に出たら、杏さんの身が危ないから。でも、そんな事になる前にって、今その措置を取っているんだけどね』
「措置措置言うが、具体的に何をどうしてるんだ」
てつの言葉に、天遠乃さんは難しい顔になる。
『そうね。ちょっと、お二人さん、頭を失礼』
言いながらまた、私の頭に手を置く天遠乃さん。そして、てつにはその手が届かず、
『ごめんなさい。ちょっと、近付いてもらえるかしら』
手をひらひらと振る天遠乃さんに、てつは苛ついた顔をしながらも、しぶしぶといった様子でそれに応じた。
近寄り、もたげたてつの頭に手を置く天遠乃さん。
『じゃあまた、失礼するわね』
と、今度は映像ではなく、天遠乃さんの声が脳に直接響いてきた。
──あの人についての処遇はね。委員会では半年の謹慎処分と、給料一年分返上と、委員会内での行動制限。そして天遠乃では、当主である私に対して取った態度を周りに周知させる事で、家での権力を削ぐ。あの人に対して今出来るのは、これくらい──
頭から手が離れ、ふう、と天遠乃さんは溜め息を吐く。
『簡単にあの人を、今のあの席からは降ろせない。全権力を奪う事も難しい。だから、これくらいしか、出来なくて……ごめんなさい。あっでも、ちゃんと杏さんの事は守るつもりよ。私や守弥や、周りみんなの力を借りて』
「いや、そんな、ありがとうございます……? その、あの人の事も、結構、してくれてると思いますよ? そういう事詳しくはないですけど、私はそう思います。ねえ? てつ」
「──ケッ」
狼はそっぽを向いて、苛立ちと呆れの混じった声を出す。
「俺ぁそこまで大層な事をしてるとは思えねぇけどな。現に、アイツはそのままの立場にいるんだろう? またこいつに近付いてきたらどうすんだ? 神和」
『あ、それはね。一応行動制限の中に含まれてるの。だから、本人が直接接触してくる、なんて事は、ない筈よ』
「ほお?」
「ほら、大丈夫だよ。……って、その、天遠乃さん。私の方はこれで一応は良いとして、えー……遠野さんは、大丈夫なんですか?」
私と結婚させられなくても、その前半の、強制的に天遠乃に戻される可能性は十分にあるのでは?
『守弥についても、大丈夫。守弥自身にも力はあるし、私や周りが守る事も出来る。だから安心して?』
「……そうですか。分かりました」
ちょっと気になるけど、天遠乃さんがそう言うなら、今はそれが一番いいんだろう。
私が頷くと、天遠乃さんは『ありがとう』と笑みを浮かべた。……美少女の笑みって、破壊力あるよね。あ、二十歳だから、美女?
『じゃあ、用も済んだし私は行くわね。時間長くしちゃってごめんなさい。またね』
「あ、はい。ありがとうございました」
そして、スゥ、とドアをすり抜けて、天遠乃さんは行ってしまった。
「じゃあてつ、洞窟行こっか」
「……」
「てつ?」
私を無言で見下ろしてくるてつは、「……チッ」と舌打ちして、洞窟に向かって歩き出した。
「え? なに? 言いたい事あるなら言ってよ?」
「別に」
「いや、絶対何かあるでしょ」
「別にっつったんだ」
「……あっそ」
なんか苛ついてる、のは解る。けど、何に苛ついてるのかは、分からない。
気にはなったけど、藪をつついて蛇を出す、なんて事は避けたいので、私はそのままてつの後をついて行った。
それから、十月に入り。天遠乃さんの言った通りになっているのか、本部長やその周りの人が私のところに来ることはなかった。
「秋っ……ぽくはないかな……」
「そうだねぇ、まだちょっと、早いかな?」
芽衣の疑問混じりの言葉に、正直に答える。
今日の私は、大学もバイトも休み。芽衣と愛海とひよりと優との五人という、大学のいつものメンバーで、有名な神社がある山に来ていた。ここに到着するまでの所要時間は、四時間ほど。
みんなのバイト休みや暇な時間が重なり、じゃあどこか行くか、となった結果、山に行こうと言い出したのは愛海だった。最近、山登りにハマっているらしい。
「私としたことが……そうだった…………ここの見頃は、もう数週先だったわ……」
とても悔しそうに言う愛海だが、それでもちらほらと色づいている木も見える。
「でもほら、あっちとか結構紅葉してるよ?」
「そうそう。赤に黄色に緑で、むしろ贅沢じゃない?」
私の言葉に、ひよりが乗ってくる。
「それにいいじゃん? 自然の中で気分は良いし。包まれてる感じでさ、ほら、あれだよ、えー……と……」
「森林浴?」
「そうそれ。たぶん」
ひよりの言葉を推測したら、当たったみたいだ。たぶんだけど。
「それにここ、結構有名な神社なんでしょ? 霊験あらたかでパワースポットじゃん」
「それにお風呂も入れる」
優が言う通り、ここには入浴施設もあるらしい。
「ほら、行こ行こ」
まだ若干の悔しさを残している愛海の背を押しながら、みんなで道を登っていく。そして、真っ白な鳥居をくぐる時、その狛犬に目がいった。
あれ、なんか、
「知ってる狛犬と違う?」
「あれは狼。ここの神様の使いは狼だから」
「へぇ」
思わず口をついて出た問いに、優が答えてくれた。なるほど、狼。……狼、か。
てつを思い出す。あの金に輝く、大きな狼。もし時代が違ったら、ここの、その使いだという狼にも会えたりしていたのかも知れない。
ここの区域の管轄をしているのは、確か第二十四支部。神社の人に聞いてもいいんだろうけど、二十四支部の人に聞いたら、その狼の事も分かるんだろうか。
なんて、そんな事を考えながら、神社を巡り、少ないけれど紅葉を楽しみ、ついでにひとっ風呂浴びて、帰ることに。
「やっぱりなんだかんだ楽しかったよ」
「うん。私もそう思う」
バスに揺られながら芽依の言葉に頷くと、
「神社は、そりゃあ、良かったけどさー。山感がね、もうちょい欲しかったなー」
落ち込みから完全復帰した愛海がぼやく。
「あたしは、疲れたわ……今度はもうちょい近くにしようや……」
ひよりは体力を使い果たしたらしい。広かったもんね、ここ。
「建物、綺麗だった」
優がスマホの写真を確かめながら、満足そうに呟く。
と。
「……?」
どこからか視線を感じて、私は辺りを見回した。
「? どした?」
「ん、いや、なんでもない、みたい」
「?」
こっちを見たひよりに軽く手を振って、問題ないアピールをする。
……なんだったんだろう、今の。確実に誰かが私を見てた。
けど、その気配はもう消え去って、追う事も出来なかった。




