9 知っておいて欲しい事
「合ってる?」
「……村山さん……一応支部内なので、そういった話は避けてほしいのですが……」
遠野さんは、渋い顔でそれだけ言った。話の中身を、否定はしていない。
えーと、つまり。
「スカウトって、天遠乃の養子とかになれって、そういう事だったんですか?」
「…………えぇ、まぁ、そういうような話です」
遠野さんは頷くが、なんとなく歯切れが悪い。
あれ? でも。
「遠野さん。それについてもう一つ質問が。以前に天遠乃さんに、遠野さんくらいなら当主にだって本当はなれたって聞いたんですが、そこのところは……?」
私が言うと、遠野さんは大仰に溜め息を吐き、項垂れた。
「……あのバ、……当主は……!」
やば、なんか地雷踏んだ?
「……はー…………榊原さん」
遠野さんは眉間を揉んで、何かを諦めたような、呆れたような顔を上げる。
「は、はい」
「天遠乃は女系の家だと、前にお話しましたが、覚えていますか?」
「ああ、はい、それは」
「ですから当主になれるのは、女性のみなんです。男である僕は、……当主が不在の間、仮に似たような席に収まってはいましたが、今、当主はご健在……まあ、幽霊ですが、その席にいます。なので、僕が当主になる事も、次期当主争いに巻き込まれる事も、…………ないんです」
「そ、そうですか……」
間があったけど、そこをツッコむのがなんか怖い。
「えーでも、遠野くんがそう思ってても、こういうのって周りは違ったりしない? 遠野くんの力が強い事はみんな知ってるし」
村山さんがそんな事を言ってくる。
「だとしてもです。そんな事にならないよう全力を尽くしていますので」
早口で答えた遠野さんの表情は、硬かった。
程なくして、吉野さんから連絡があり、報告が問題なく済んだ事を知らされる。そして、そのまま解散という形になり、二十五支部のメンバーは皆、支部へと戻る事になった。
その翌日。
『杏さん!』
「こんにちは、天遠乃さん」
支部の通路を歩いていたら、またこっちに来ていたのか、天遠乃さんが左の角からふわふわと飛んできた。
注釈をいれると、天遠乃さんの気配は角の向こうから既に察知できていたので、出会い頭に声をかけられてもあんまり驚きはなかったりする。
『ええ、こんにちは。ちょっとあなたの事探してたの。昨日、大変だったんでしょう? 尭伝に守弥から聞いたのよ』
尭、とはここ二十五支部の副支部長の名前。副支部長伝いに、遠野さんから、昨日の……?
「大変?」
『ええ、伯父の事。ちょっと今、時間あるかしら? なければ日を改めるけれど』
「あーそうですねー。あるといえばあるんですけど、ないとも言えなくも、ない……?」
『? あ、もしかして』
私の言葉に首を傾げた後、天遠乃さんは胸の前で手を合わせる。
『てつさんの所へ行く途中だった?』
「あ、ご存知でしたか」
『ええ、話は聞いてたから。守弥から』
「遠野さんから?」
『そう、つい先日。それなら、てつさんの所でお話しましょう?』
「え? てつのとこで?」
『ええ、てつさんにも知っておいてもらった方がいいと思うから』
私がなぜ、と聞く前に、『さ、行きましょ』と天遠乃さんはくるりと向きを変えてふわふわと飛んでいく。
「え、ま、待って下さい!」
私は慌ててそれを追いかけた。
で、着いた先。
ドアを開けたら目の前に、金の大きな狼がいましたとさ。
「……どうしたよ」
いつもは洞窟にいるのに。
「そりゃあこっちの台詞だ。なんでてめぇがここにいる? 神和」
てつはなんでか少々苛立っているらしく、耳を少し後ろへ反らし、尻尾で、床? いや今は地面か。を、叩いた。
『ごめんなさいね、大事な時間を邪魔しちゃって。でもちょっと、二人の耳? 頭? に入れておきたい話があるのよ』
天遠乃さんは困った笑顔で、合わせた手を頬に寄せる。
『あのね、これね、杏さんにとっても関係ある話なの。それに、てつさんにも知っておいて欲しいのよ。何かあった時のために。ね?』
てつの周りをふわふわくるくると漂いながら、お願いのポーズをする天遠乃さん。
『私のこの気持ち、分かるわよね? てつさんなら、私が嘘を言ってないって分かるでしょう?』
「……チッ」
舌打ち一つ、てつはくるりと向きを変え、歩き出す。
「わぁったよ。だが、手短に話せ」
「てつ、言い方」
追いかけながら、たしなめる。
てつ、天遠乃さんは気さくな人だけど、偉い人でもあるんだよ?
「あ?」
『いいのいいの、それじゃあ、お言葉に甘えて。不快な内容だろうと思うけど、そこは大目に見てね。なるべく手短にやるから』
なるべく手短に『やる』から?
どういう意味ですか、と聞く前に。
天遠乃さんはてつの頭に手を置いて、『フゥ……』と息を吐いた。
「……は?」
てつはそんな事をした天遠乃さんに、疑問の、とはまた違った、驚き混じりの声を上げる。
「え? てつ? 天遠乃さん……?」
『杏さんも、不快だと思うけど、ごめんね。ちょっと失礼するわね』
言うなり、スゥッと寄ってきた天遠乃さんが、私の頭にも手を乗せた。
途端、映像のようなものが脳内に流れ込んでくる。
「へ」
──榊原杏を、一族に入れる。報告書で見る限りでも、あの力は素晴らしい。あれは、我が天遠乃に必要なものだ。
誰かの、恐らく天遠乃さんの見た映像だろう。えらく豪華などこかの部屋で、右にあるソファに本部長が座り、左に遠野さんが立っている。
──榊原さんは、力はあっても一般人です。どういうつもりで、そんなお話を? 当主までお呼びして。
遠野さんが低く問う。
──守弥、お前も分かっているだろう。神和、お前も理解出来るだろう? 当主が幽霊だなどという、こんな巫山戯た体制を、いつまでも続けるつもりか?
──……当主への侮辱ですか?
遠野さんは眉根を寄せ、滅多に見ない嫌悪の表情を浮かべていた。
──侮辱? お前こそ、このまま神和を現世に縛り付けるつもりか?
『伯父さん』
天遠乃さんが、声を上げた。
『伯父さんの気持ちも分かるけど、私はやれる限りこの席に居続けるって言ったわよ?』
──だが、神和。
『それに、たとえ杏さんを一族に招いたって、あなたの言う当主の問題は解決しないでしょ?』
それに一瞬黙った本部長が、ハァ、と溜め息を吐き、「何もわかっていないな」とでも言うように頭を振って、口を開いた。
──この十年、お前の代わりに守弥が仮の跡継ぎである"渡し役"をしていた事を、お前にも話しただろう。
『……ええ、それが?』
──本来なら、神和。お前の替わりがそのまま出なければ、守弥は天遠乃に戻り、一族のうち誰か力を持つ娘と契りを結び、次代をもうける筈だったんだ。
──僕はもう渡し役ではありません。その役目もなくなった。…………まさかとは思いますが、とんでもない事を考えてはいませんよね?
遠野さんが、抑えた声で本部長へ問いかける。
──とんでもない、だと? あの力の素晴らしさは守弥、お前も分かっているだろう? 榊原杏を、あの力とお前の力が合わされば、天遠乃は……!
『口を閉じなさい、藤原尊』
天遠乃さんの声が、部屋全体に響き渡ったのが、脳で直接理解出来た。
『その話を、私は受け入れません。正式に、天遠乃現当主として、その"提案"は却下します』
それを聞いた瞬間、本部長はソファから勢い良く立ち上がり、
──分からないかね、神和?! お前とて、いつまでもこのままでいる訳にはいかない事を!
『それとこれとは、話が別。藤原尊、今後一切、この話はしないと、今ここで誓いなさい』
──神和!
『二度は言いません。それでもと言うのなら、あなたへ、相応の処置を取ります』
天遠乃さんが静かに言えば、本部長はやっと押し黙った。
『では、この話はこれで終わり。勿論、蒸し返すのもなし。秘密裏に動けば、私がそれを認知した時点で、処置を取ります。……守弥も、それでいい?』
──はい、当主。
遠野さんは、天遠乃さんに向けて、深く頭を下げた。本部長は悔しげに立っているだけだ。
『では、解散! ……ああ、それと、伯父さん』
パン! と手を打った後、天遠乃さんの声が一段低くなる。
『私、出来ない事も増えたけど、出来るようになった事も沢山あるのよ? そこのところ、忘れないでね?』
そこで、映像は消えた。
………………は?
「なんですか、今の、ドラマの一場面のような映像? は……」
なんとかそれだけ言う私の頭から手を離し、その手を顔の前で合わせる天遠乃さん。
『ホント、ごめんなさい! こんな事に巻き込んで。知っておいて欲しかったのは、この事なの。まさか本当に、しかも結構大胆に、あーアレ、あの人が、ああも動くなんて。ちょっと予想の斜め上をいってたわ』
「要するに、だ。本部長とかいうアイツは『ああダメダメ! 中身は言わないで! ここは比較的安全だと思うけど、どこで誰が聞いてるか分からないから』……チッ、面倒だな」
鼻にシワを寄せるてつと、困り顔で浮かんでる天遠乃さんを眺めながら、頭の中を整理する。
えーと、つまり、あの映像から推測するに。
「あの、天遠乃さん」
『なに? 杏さん』
「私の思考、今やったのの逆みたいにして、読めますか?」
『え? ええ、たぶん』
「なら、ちょっとお願いします。答え合わせがしたいので」
『分かったわ』
再び頭に手が置かれ、私は思考を巡らせる。
……あの映像から推察出来る、本部長がしたかった事。それは、遠野さんを天遠乃に戻した上で、私と結婚でもさせて、次の当主に足る子供を作る事。
「……で、合ってます?」
『合ってる』




