8 スカウト
ドアを開け、入ってきたのは知らない顔。三十代ほどの男性と思われる。
「あ、木村くんじゃん。榊原さんがどうかした?」
村山さんの言葉に、木村くんと呼ばれた、恐らくここの職員だろう人が、
「ええ、案内を頼まれまして。榊原さんを第一応接室へと案内するようにと」
「へ?」
村山さんが、気の抜けた声を出す。私も意味が掴めず、首を傾げる。
第一応接室。私の記憶が確かならそこは、視察の人達が案内された部屋の筈だ。
「それは、どのような要件で?」
遠野さんの問いかけに、木村さんは困った顔をする。
「いえ、それが。話をしたいから連れてきてくれと、それだけ言われまして」
……えーと。
「私が榊原ですが、理由は不明でも、呼ばれてるんですよね? なら行きます」
本部長は嫌いだが、だからといってこの話を蹴っ飛ばす理由にはならない。
「では、僕も行きましょう」
「俺も行く」
「私もついて行っていいでしょうか」
遠野さんと、起きていたらしいてつと、加茂さんもそう言うと。
「じゃあアタシも行く」
と、村山さんまで名乗りを上げた。
「あの、お呼びなのは榊原さんだけなんですが……」
「いーじゃんカタイ事言わないの。怒られそうになったら、ちゃんとかばったげるから」
言いながら、既に木村さんの方へと歩き出していく村山さん。遠野さん達もそれに続き、私も、まあ、そもそも呼ばれているのが自分なので、あとを着いていく。
「……はぁ……分かりました」
木村さんは状況を変えられないと判断したのか、閉めたばかりのドアを開けるために体を反転させた。
「……何故、榊原君以外の者もいるのかね」
第一応接室へ着き、中へと案内されれば、開口一番そう言われた。本部長に。
本部長達は革張りの、ソファみたいな大きな椅子に座り、それぞれソーサー付きのカップで飲み物を飲んでいる。本部長が一番奥の二人がけソファを一人で使い、副本部長は向かって左、一人用の椅子に、そして秘書の人は立っている。仄かにコーヒーの香りがするから、誰かしらコーヒーを飲んでるんだろう。
そして、本部長達三人以外にもう一人、また知らない人が、向かって右の一人用の椅子に、緊張気味な顔をして座っていた。
誰だろう。ここの偉い人かな。接待のためとか。
そんな事を考えながらも、私は向き合うのも嫌な人の顔を見なければならないので、遠野さんの真似をして、努めて笑みを顔に貼り付けた。
「いえ、新人を一人行かせるには、少し心許ないと思いまして。なにせそちらがお呼びと聞きましたから。……それとも、何か、問題でも?」
遠野さんが、こんな事は瑣末事だ、とでも言いたげに言葉を発する。
本部長はカップを取り、一口飲む。息を吐いて、カップを置き、背もたれに背を預けたまま、口を開いた。
「私が呼んだのは、榊原君だけだったのだが……まあ、君の言う通り、他に誰かいても問題はない。ただ、話をしたかっただけなのだからね」
薄ら寒い笑顔を見せ、本部長が私へ目を向ける。
「良ければ座りたまえ。……ああ、ついて来た者達も楽にしてくれていい」
半強制のその言葉に、私は「では、失礼します」と、対面の二人がけソファの片側に腰を下ろした。
てつは、その右に寝そべり、村山さんが私の隣に座り、遠野さんと加茂さんは後ろに立った。
え、なんかすいません、遠野さん、加茂さん。横にある椅子に座ってもいいと思いますよ?
そして木村さんは知らない顔の人の後ろへ行く。全員が位置についたのを見て、本部長は足を組み、その上に手を組んで乗せた。
「で、だ。榊原君」
本部長は、改めてニッコリと、いや、なんというか、にっちゃあ……とした笑顔を私に向けた。
「今回の仕事を見せてもらって、いや、感心したよ。異界との繋がりの見事な修復、あれはなかなか、誰にでも出来る事じゃないからね。君のおかげで、本当に助かっている」
「……ありがとうございます」
笑顔。笑顔を心がけよう。何を言われても、その気持ちの悪い『気』が私の周りを舐めるように動いていても、動じない。頑張れ私──
ブワァッ!
「?!」
右から、てつが"触れない"風を起こした。その風で、ねっとりとへばりついていた気は、ほとんど吹き飛ばされてしまう。
「? どうしかしたのかね?」
てつの方を向いてしまった私を訝しみ、本部長が片眉を上げる。私は即座に前に向き直った。
「いえ、なんでもありません」
……この人、天遠乃の人なんでしょ? 今の、気付かなかったの?
「……。では、本題に入るとしよう。君は、以前に本部へ異動する話が出た事を覚えているかね」
「はい」
天遠乃さん達がそれを阻止してくれて、今も私の籍は二十五支部だ。
「もう一度、その話を考えてはくれないかな?」
嫌ですね。
「……そう仰られる理由を、伺っても良いでしょうか?」
「いや、やはりね。君ほどの力を持つ者が、あそこにいるのは勿体ないと、そう思えてならないのだよ」
左様でございますか。
ねっとりとした気をてつに払ってもらっても、その高慢に見えてならない態度を、私の心が全面拒否してくる。いや、偉い人ではあるんだけどね?
「……大変に有り難いお言葉ですが、私はこれからも第二十五支部で働きたいと思っております。ですので、その話は、お断りさせていただきます」
私が頭を下げると、「……フッ」と微かに息を吐く音が聞こえた。方向からして、本部長だ。
「……では君、話は変わるが、天遠乃の一族に興味はあるかね?」
顔を上げると、面と向かって話を断られたからか、少し苛ついた気を纏った本部長が、けれどまた、にっちゃりと笑顔を浮かべてそんな事を聞いてきた。
「……はい? それは、どういう……」
天遠乃の一族って、当主の天遠乃神和さんとか、遠野さんとか、本部長とか、そして恐らく副本部長もその血統だという、その天遠乃だよね?
と、右後ろにから、ざわりと妙なうねりがあった。遠野さんだ。
「そのままの意味だよ。なに、スカウトだとでも思ってくれればいい。現当主は、君も知っての通り幽体だからね。……私の言いたい事が、分かるかな?」
幼子にでも問いかけるように、優しぃく「分かるかな?」と言われ、私はカチンときた。そして笑顔で、口を開きかけ、
「本部長。そのお話は、その現当主によって却下されたと記憶していますが」
遠野さんが声を発した。
「……守弥、私は今、榊原君と話をしているのだがね」
「榊原さんは僕の部下ですので。そして、重ねて申し上げますが、そのお話は現当主、天遠乃神和様によって正式に却下されたものです。それを覆すには、再び当主の許可を得なければならないと、本部長もご存知の筈ですが」
遠野さんの言葉に、一瞬悔しそうな顔で押し黙る本部長。そして、気を取り直すようにカップを持って、一口。
「……君らは本当に、融通が利かない。私は君らの未来を憂いて、こう言っているというのに」
ハァ、と溜め息を落として、本部長はカップをソーサーに戻した。
「では、この話はここまでとしよう。時間を取らせたね。榊原君も、他の者達も、退席してくれたまえ」
「では、失礼します」
出ていけと言われたので、率先して席を立ち、一応のお辞儀をして応接室をあとにする。みんなもぞろぞろと出てきて、これからどうする? という話になった。
「吉野くん達からまだ連絡来てないし、また休憩室行く?」
村山さんの一言で、行き先が決定する。五人連れ立って歩いていると、てつが思いっきり舌打ちをした。
「え、なに」
「いや。ただ気に食わねぇと、それだけのこった」
「気に食わないって、本部長?」
村山さんの問いかけに、てつは「ああ」と応える。
「気がその質を物語ってやがる。ああいった輩には、俺ぁ極力近付かねぇようにしてんだがな」
「へえぇ、意外。てつさんなら気に食わなきゃ一発かましそうなのにー」
「俺ぁ無駄な争いは好まねぇ」
「へーえぇ。平和主義だねぇー」
「……平和、な。そういう訳でもねえが」
休憩室に着いたら、みんなまた、それぞれに飲み物を取り、元の位置に戻った。
と、加茂さんが遠野さんの側へ寄り、小声で話しかける。
「あの、今更ですが、よかったんですか? 本部長の話を、あのように……」
「大丈夫ですよ。もし何かしらあるとしても、それは加茂さんへは行きませんから、安心して下さい」
「いえ、そうではなく……いえ、それも気になってはいたんですが……」
言い淀む加茂さんと笑顔のままの遠野さんの所へ、私も足を運ぶ。
「あ、私もその話について、ちょっと聞きたいです」
「……なんでしょう? ものによっては、返答が難しい場合がありますが」
遠野さんの目が、少し据わったものになる。でも、特に気にしない。
「本部長が私の力をものにしたいのは分かりました。けど、ソレがなんで一族とかいった話になるんです?」
「……それは、答えるのが難しいヤツですね」
遠野さんが、若干苦い顔をしながら言う。
「あ、はいはーい! アタシ、ちょっと予想できる! 言っていい? 言うね」
勢い良く手を上げた村山さんが、そんな事を言った。それを遠野さんが制止する前に、村山さんは流暢に喋りだす。
「当主の神和ちゃんは幽霊。そして今、次期当主になれそうな人は一族にいない。本部長はその事をとっても不安に思ってて、なんでもいいから力を取り込みたい。そこで目をつけられたのが、生きてた頃の神和ちゃんと同じ事ができる榊原さん」




