6 第十一支部にて
ここは支部内の、今回の目的地を管轄する第十一支部に繋がるドア、の近くの一室。視察の人達はその十一支部で合流する事になっているので、今ここにいるのは今回の仕事に関わる私、遠野さん、加茂さんの三人。
と、聞いていた筈なのに。
「失礼します」とドアを開けたらてつがいた。なんでドアを開ける前に気付かなかったかといえば、理由は分からないけど、私に悟られないように気を──気配を極限まで薄くしていたからだそうで。
それにこの説明、驚いて突っ立ったままの私に、てつが自分からしてきたのだ。
室内には遠野さんとてつだけ。加茂さんはまだ来ていないようだった。
「急遽、今回の件にてつさんも加わる事になりました」
「な、なんで……?」
遠野さんの言葉に呆然と問いかける私に、てつが溜め息を吐く。
「何をそんなに驚く事がある」
「な」
「この前、俺も仕事をしていると言ったろう。何をそんなに不思議がる?」
室内で丸まる狼は、こんなの至って通常だ、と言わんばかりに、目を向ける。
「榊原さん。別に仕事内容に変わりはありません。ただ隣に、てつさんがいるだけと思って下さい」
「は、はあ……」
遠野さんもそんな事を言うもんだから、私はこくんと頷いてしまった。
そこに、
「失礼します。加茂で、す……」
私と同じように入ってきた加茂さんが、私と同じようなリアクションをした。
遠野さんがもう一度同じ説明をし、腑に落ちない、といった顔の加茂さんも、状況は変わらないと判断したのか「了解しました」と首を縦に振る。
「では、そろそろ時間ですので行きましょうか」
遠野さんを先導に、十一支部へのドアをくぐる。てつはどうするんだろうか、と思ったら、一瞬だけ狼男になり、ドアをくぐり抜けた瞬間、また大きな狼に戻った。器用か。
出た先は、いつもいる二十五支部とそんなに変わらない通路だった。
私、亀裂の関係で同じ県にある十二支部には行った事あるけど、ここは初めてなんだよね。
そんな事を考えながら、遠野さん達に着いて行く。と、すれ違う人達のほとんどが、てつを見てギョッとする。
先方にもてつの事は伝えてあると聞いていたけど、支部内全体には伝わっていないんだろうか。それとも、伝わっている上でのこの反応だろうか。
一番前を行く遠野さんは迷いなく足を進め、あるドアの前でその歩みを止めた。こちら側から見える壁から推測するに、ここはそれなりに広い部屋だと思われる。
遠野さんがノックをすると、「どうぞ」という低い声が聞こえた。
「失礼します。遠野です」
遠野さんがドアを開けると、そこには長いテーブルとイスがいくつも並んでいて、三人……いや、二人と一人? 人と、ヒトがいた。
「お久しぶりです、遠野さん」
と言ってきたのは、テーブル横に立つ、ツンツンした茶髪と猫目が目を引く、人間。見た目と声は二十半ばの男の人。
「こんにちは」
その隣でイスの一つに座っているのは、長い黒髪を背に垂らした、こちらも人間。見た目と声は、こちらも二十半ばに思える女性だ。
そして。
「こんにちは。話に聞いていましたが、後ろのあなたが『てつさん』ですか?」
こちらもイスに座り、朗らかにそう聞くのは、ウェーブした金髪をポニーテールのように纏め、とても白い肌をしたヒト。見た目は私と同年代の女のヒト。だけどこのヒト、気配からして人間じゃないから、見た目年齢と実年齢が違う可能性がある。性別も。
二十五支部でも、他の支部でも、人間じゃないヒト達はいたから驚きは少ない。けどやっぱり、「あ、ここにもいるんだな」みたいな感想が湧く。
「ああ、そうだが」
「話で聞いたより迫力ありますねー。迫力というか、圧力?」
首を傾げるそのヒトは、私にも目を向け、
「そしてあなたが榊原さん? はじめまして、村山蒼です」
にっこり笑って自己紹介されたので、
「あ、はじめまして。榊原杏と言います。今回はよろしくお願いします」
こちらも名乗り、ぺこりとお辞儀をしてから「あれ? なんでこの人私の名前知ってるの?」と疑問に思った。先に名簿でも渡されていたんだろうか。
私は、参加する人数とその中の二十五支部のメンバー、仕事の内容と視察の人達が来る事だけ聞かされている。十一支部の人達と視察に来る偉い人二人については、現地で顔合わせと紹介をするから知らなくて問題ないと言われていた。
「あ、俺も。俺も自己紹介します。遠野さんと加茂さんは知ってるけど、その、榊原さん、とてつさんは、はじめましてになりますよね。吉野陽向です」
「私は永野花音です。よろしくお願いします」
吉野さんも永野さんも、私同様ぺこりと頭を下げる。
私はちらっとてつを見て、
「…………てつだ」
それを見返したてつが、溜め息混じりに名乗った。
「……それにしても、遅いですね」
吉野さんが、壁に掛かった時計を見ながら呟く。
「何かあったんでしょうか」
只今、出発予定時刻を三十分超過。視察に来るという偉い人達はまだ来ない。こちらへの連絡もなし。
「……私、ちょっと聞いてきます」
永野さんがそう言って、イスから立ち上がる。
「あっ俺が行きます、聞いてきます!」
それを見た吉野さんが、永野さんを留めて部屋から出て行った。
「……もう、私の方が後輩なのに……」
あ、そうなんだ?
という思いが顔に出てしまっていたんだろう。私を見た永野さんが、軽く説明してくれた。
「吉野くんは私より年下だけど、この世界に入ったのは私の方が後なんです。だから、私の方が後輩ってワケになるんです」
「そうなんですね」
「ちなみにアタシは大大大先輩ですよ! なんと約二百五十歳だからね! ここでの仕事も五十年以上!」
自身の胸をドン! と叩いた村山さんの言葉に、私は思わず「えっ」と驚いてしまった。
「驚くでしょう、そうでしょう。アタシはこの辺に住んでいた雪女だからね! 伊達に歳を重ねちゃあいませんよ!」
あー、雪女か。なるほど。
「あれ、反応が薄い」
私の顔を見て不思議がる村山さんに、まあ隠すことでもないしな、と私はその理由を話し始めた。
「私、ひとの気──気配というか、存在の種類とかがなんとなく分かるんです。なので、この部屋に入った時から、村山さんが人間じゃないのは分かってしまっていまして……」
「あー、なんか、そういうウワサ聞いたわ。そういや。そのウワサの人物が榊原さんな訳ですか」
「……どんな噂か知りませんが、まあ、分かっちゃうって事なんです」
どんな内容の何の噂だ。四獣の時の話だろうか。気になるけど聞くのがなんか怖い。
と、ドアがガチャリと開いて、吉野さんが困ったような顔で入ってきた。
「連絡を、取ったんですが……先方が、なんだか急に視察の人員を変更してるらしくて。その手続き作業に少なくともあと一時間はかかるそうです。それで、それまで待機と……」
「なんとまあ!」
声を上げたのは村山さんだ。
「あの人達いっつもそう! こっちの予定やなんやらは無視して自分達の事ばっかり! ハァ~やんなっちゃう」
「む、村山さん。あまり大声で、そういうのは、ちょっと……危ないんじゃ……」
テーブルに突っ伏した村山さんに、吉野さんが慌てたように言う。
「いいの、アタシは人間じゃないんだから。これくらい言ったって何も起きませんー」
「いやでも……」
それを横目に見ながら、私は遠野さんの側に寄り、小声で聞く。
「私、遠野さんに、視察の人達はここで紹介されるって言われたから誰が来るか知らないんですけど。誰が来る予定だったんですか?」
「……そうですね。こんな状況ですし、どう変更になるのか分かりませんが……まあ、もう言っていいか」
遠野さんは、うん、と一つ頷いて。
「予定では、本橋副本部長とその秘書の佐原さんが、視察に来る予定だったんです」
副本部長と、その秘書。
「……めっちゃ偉い人じゃないですか」
「そうなんですよ。だから、それがどう変わるのか……急な事ですし、時間も手間もとってもかかるんじゃないんでしょうかね?」
呆れるように諦めるように、そんな笑顔で言われる。
こりゃあ確実に、一時間待機コースか。あ、いや、少なくとも一時間、か。……もっと伸びる可能性あるのかぁ……。
そして待つ事、一時間半。その間に何回も吉野さんが手続きの進捗を聞きに行ってくれたけど、「まだかかる」という答えが返ってくるばかり。
そしてその、三十分後。皆もう待ち疲れ始め、てつなんか寝てる、その時。
ドアがノックされた。
「! はい!」
瞬時に反応する吉野さん。そしてみんなが顔を向ける中、ドアが開かれる。
…………うっっっわ……………………
入って来たのは三人。そのうちの一人は、覚えのある顔だった。
「?!」
その人達が入って来た途端、てつと村山さん以外が立ち上がる。現れた人が嫌すぎて一瞬反応が遅れた私も、慌ててそれに続く。
室内に入って来た、つまり視察をする人の中の一人。それは──
「なんだね、この有様は? 礼儀も知らない者達が居るようだが」
不機嫌、という言葉がぴったりな表情をした、本部長だった。




