5 雀は月一でやって来る
「…………」
「遠野さんもさ、てつの要望だって言ってたし。何か理由があるんだよね?」
それに対して、てつは動かず。
「? てつ?」
口も開かず。
けれど、気の流れが少し変わった。なんだろう、なんというか、少しずつ様々な感情が混ざり合っていて、上手く捉えられないな。
「……ま、言いたくないならそれでもいいけど」
少し身を起こした私は、またモフッと、柔らかくて温かい背もたれに背を預けた。例の検索を再開する。
…………うーん……調べてもよく分からない……。
そうこうしているうちに、三十分が経った。
「てつ。時間になったから、私行くね」
言いながら立ち上がると、てつものっそりと立ち上がる。
「俺も行く」
「え」
「分かってる。扉までだ。……なんか文句あっか」
「え、いや、別に……」
「なら、良い」
……なんなんだろう。
思わずそっちへ意識が行き、突っ立ったままでいると、肩越しにてつが顔を向けてきた。それにハッとして、スマホをカバンに仕舞い、歩き出す。
私の隣をてつが歩き、なるほどこの道幅はてつに合わせてあるのだな、と気付く。
道中、てつは無言で、私も話のネタもないしな、と口を開かず。そして、森の中にぽつんとある、ように見えるドアに着くと、私はてつへ振り向き、
「じゃあね、てつ。またあし──」
「ちょっと待て」
モフッ。目の前が金と銀に覆われる。
「ふぁ?!」
驚きが奇声となって外に出る。けれどそれもくぐもっていて。
どうやらてつが、私の頭に顎、というか頭を乗っけたようだった。目の前の金色は、てつの首元の毛という事だろう。
突然の行動に固まっていると、そんなに時間も置かず、てつは離れた。
「……な、なに…………?」
たぶん目を丸くしている私が聞くと、てつは私の顔を見つめて、「──ハッ」……鼻で笑った。
「は?」
「時間だろう。早く行け」
「いやだって今の、説明を」
「しない」
「はあ?!」
てつはニヤリと笑うと、尾をゆったりと一振りした。
「ほら、行け」
「……なんなんだよもう……」
てつは本当に、これ以上答えてくれそうにない。私は諦めてドアの鍵を開け、ドアノブに手をかけ開けようとして、ある事を思い出しその手を止める。
「あ、そうだ」
今のでちゃんと言えてなかった。
私はくるりと振り返り、
「てつ、また明日ね」
すると、その金の耳がぴくりと動き。
「──あぁ」
なんだか穏やかな顔つきに見えるてつをその場に残し、私はドアをくぐり、そっと閉めた。
そんなこんなで一週間。九月も下旬な今日もバイトへと、大学から支部へ繋がるドアへの最寄り駅を降りたところで、雀が一羽、私の右肩に留まった。
「げっ」
「げっ、とはなんだ。げっ、とは。それが久方ぶりに会う将来の先輩への挨拶か?」
甲高く、しかし小声で喋ってくる雀。正宗さんだ。
「こんなに人がいっぱいの所で、肩なんかに留まらないで下さいよ。目立っちゃうじゃないですか」
私は小声で反論しながら、人が少ない隅の方へ小走りで移動する。
「ふむ。そういえばそうだった。しかし皆、ワタシなど目にも留めていないようだがな」
……正宗さんの言う事は、その通りなんだけども。
周りの人達はみんな、電車の乗り降りや、ホームと改札への行き来に意識がいっていて、私の肩に留まった小鳥なんかには目もくれていない。
「で、なんの御用ですか? 私これからバイトなんで、あんまり時間ないんですけど」
「そう急くな。お宮の方々からの、ほんの僅かな、けれどありがたぁいお言伝だ」
ホームの隅の、人のいない場所に移動し終えた私を見て、正宗さんは翼をパタパタと動かし、咳払いをする。そして、
『──杏。私達にとっては瞬く間だが、お前にとっては久方ぶりになるだろうかね』
もう何度か聴く、お宮の方の声で話し始めた。
『人の世でその命を輝かせているのを、私達は見ているよ。頑張っているね、良い子だ。お前がそのまま、清い心を保つよう、私達はお前の身を案じているよ──』
言葉はそれで終わりのようで、正宗さんが始めた羽繕いの気配を感じ、私は溜め息を吐く。
……なんか、盛大にフラグが立ちませんでした?
「……で、ご要件はこれで済みましたか?」
「ああ! 杏、再三になるが、お宮の方々は杏の事をとても気になさっておられる。あのお方々の期待を裏切らぬよう、精進すると良い」
「そうですか」
「では、お役目も終えたので、ワタシはこれで失礼する」
言うなり、正宗さんは肩から飛び立ち、ホームの屋根の間から空へ消えていった。
正宗さんは、だいたい月一くらいの頻度で突然やって来る。その度に『お宮の方々』、要するにこの辺りの神様達の事なんだけど、その神様達からの言葉を私に届けてくる。
その神様達の加護とやらを得てしまっている私は、いつかその神様達のお遣いになるものとして──いつになるかは知らないが。というかなる気もあまり無いんだけども──神様達及び正宗さんからは認識されているらしい。
「遠野さんに報告しなきゃなぁ……」
私は気の抜けた独り言を呟きながら、改札への階段に向かっていった。
「ていう事がね、あったんだよ」
あの後、時間に余裕を持たせていたおかげかバイトには遅刻せず、その事務仕事終わりにてつの所へとやって来ている。
「ほぉん。あの雀共、まだそんな事をほざいてやがるのか」
洞窟の中でてつは寝そべり、私はそのそばにお尻が冷えないように敷物を敷いて、てつの横っ腹を背もたれにして座る。そしてスマホをいじる。これが定番スタイルと化していた。
「ほざくって……相手は神様だよ?」
「神だろうがなんだろうが知ったこっちゃねぇな。それともなんだ、お前はその、神とやらのお遣いなんてもんになりてぇのか?」
「いや、それは……」
乗り気ではない。が、相手が神様だと思うと、ばっさりと言い切る事も出来ない私だ。
「……あ」
そこで、思い出す。
「そういやてつも、神様ぐらいの力を持ってるんだっけか」
「……俺ぁ俺だ。それ以外の何者でもない」
フン、と鼻息を吐き出し、達観したような事を言う。
まあそりゃ、てつはてつだけど。
と、もう一つ思い出した。
「あ、そうだ」
「あ?」
「今度の仕事ね、久しぶりに外での仕事なの。それで、……なんか、お偉いさんが視察に来るらしくてさぁ……」
そのお偉いさんは二人と聞いている。誰が来るかは聞いてはいないが、あの本部長がいない事を祈るばかりだ。
てつが異界に帰ってから程なくして知ったけれど、あの本部長は天遠乃家の人間らしい。もっと詳しく言えば、遠野さんと天遠乃、神和さんの伯父に当たる人だそうだ。そして本部長の周りの人達も、半分以上は天遠乃関係の人だそうで。
あー反りが合いそうにないー。あの人の、副支部長に「虫酸が走る」なんて言った言葉は忘れられそうにないし、今でもむかついている。
「今から気が重いんだよ……」
いや、あの人が来ると決まった訳じゃないけど。全然別の人が来るかもだけど。
私の溜め息に反応してか、てつが少し身じろぎした。
「おっと」
崩れそうになった体勢を立て直し、どうした? と、てつを見れば。
顔を上げ、耳を逸らし、その眼差しをこちらに向けていて。
「嫌ならそんなモン、無視しちまえば良いだろう」
「そんな訳にはいかないんだよ」
「なら」
金の狼はまた耳を動かし、
「俺もついていってやろうか?」
「へ? ……いや、いやいや」
私は目を丸くした後、首を振る。
「そこまでは、大丈夫だよ。たぶん。ってか、そんな事私の一存で決められないよ」
「……ハァ、面倒くせぇ……」
至極真っ当な事を言ったら、てつはまた頭を伏せ、寝そべった。
話が途切れたっぽいので、別の話を振ってみる。
「そういえばさ、てつは昼間、何してるの?」
「あ?」
「ずっと洞窟にいるの?」
「……時たま、遠野に頼まれてお前らの言うような仕事とやらをしてる」
「え、そうなんだ。どんな、あ、守秘義務があったり?」
「しゅ……口止めはされちゃあいねぇよ。……知りたいか?」
最後が若干固くなったように聞こえたその言葉に私が何か言う前に、てつは尻尾を動かして私を包み込むような形を取った。その気は、私を心配しているように感じられた。
「……えっと、怖い事? 聞かない方がいいなら聞かない、よ?」
また僅かに頭を持ち上げて、私を見るその顔が、何かを考え込んでいるように見えて。
「……」
てつは何も言わず、頭を下ろし、
「…………。……それなら、今は言わねぇ」
尻尾で私をくるんだまま、さっきより声量抑えめに、そう言った。
私の久しぶりの外での仕事で、視察日でもある今日。
「えっと……? 遠野さん……?」
私はそれなりに困惑していた。
「私に見えているのが幻じゃなければ、なんで、ここに、てつがいるんですかね…………?」




