45 完全な人間
「僕が……くしゅっ」
「あっ」
風呂上がりで冷えたのか、織部さんは小さくくしゃみをした。
「あ、と、髪乾かしてから話しましょう!風邪を引きます!」
「え、でも……あ、榊原さんはお風呂……」
「いいですから。私はザッと終わらせる人間なんで。時間は平気なんで」
ちょうど割り振られた部屋も隣だ。織部さんの背中を押して、その部屋へ向かう。
「失礼します」
「お帰りなさ……榊原さん?」
室内にいた加茂さんが、こっちを見て首を傾げた。
「何かありましたか?」
「いえ、そういう訳じゃないんですけど。ちょっとお邪魔させてもらって良いですか?」
「ええ、まあ……」
加茂さんは隣にいる織部さんに目を向け、どこか納得したように「ああ」と呟いた。
「では、私は少し出ていますね」
そして立ち上がる。
「え?」
「……すみません……」
私を残し、二人だけで話が進む。織部さんは軽く頭を下げ、加茂さんはそれに微笑みを返した。そのままドアを開け、本当に出て行ってしまう。
「……あの?」
説明、欲しいんですが。
「髪、すぐ乾かしますから……」
「あ、いえ。それはしっかりと丁寧にやって下さい」
そして織部さんの、ベリーまではいかないショートの髪はすぐ乾き。
「……お待たせ、しました……」
「いえ……」
二人して、どうしてか正座で向かい合う。
「……、……」
織部さんはまた、視線を彷徨わせ、口を開けては閉じる。
「…………」
「……っ……」
「……あの、さっき、『僕が』って仰ってましたが……」
どうにも始まらない気がしたので、こっちから振ってみる。すると、織部さんの肩が小さく跳ねた。
「……はい。僕も…………完全な人間じゃ、ないんです……」
声は小さく、俯き加減に話し始める。
「血縁とか、いないんで……知らなかったんですけど……西洋系の、『人魚』が混じってるらしくて……」
西洋系……とすると。
「人魚姫、みたいな感じのですか?」
「多分……それで、TSTIにいるんですけど……」
織部さんは顔を少し上げ、私を伺い見た。
「周りに、そういう人がいなくて……自分だけ……」
異物のように思えて。
「だから……榊原さんの事を聞いて……本当は、夜ご飯の時に、話してみたかったんですけど……」
「あー。あの人数とメンバーだと、あれですかねえ……」
話そうとしても、絶対がしゃがしゃごしゃごしゃする。
「じゃあ私達、ちょっと似た者同士って訳ですね」
「……ぁ」
織部さんの目が、少しだけ見開かれた。
「……いいん、ですか」
「良いも何も、そのままですよ。……そうでも、ありません……?」
似た者同士は嫌だろうか。
「いえっあのっ……僕こそっ……」
さっきよりもっと目を大きくして、声も幾らか大きくなった。
「似た人と、しかも年の近い人と話が出来るなんて、初めてで……!」
織部さんは、今度こそ分かりやすく嬉しそうな顔になった。
「私もです……あれ?」
そういえば。
「織部さんって何歳ですか?私は今年で十九……まあ早生まれなんで、ずれますけど」
「十七です」
「えっ、としした……ということは、私と同じ臨時職員、ですか?」
十七なら高校生だよね?
「いえ、正規です。中学の終わりに、入ってた児童養護施設の近くでTSTI関連の事故があって……」
待ってなんか重くないか。
「その時の調査で判明して……素質があるって、そのままこっちに引き取られる形で……だから、僕自身、その人魚の力がまだ良く分かってなくて……」
「なる、ほど……」
織部さん本人は、施設うんたらより人魚の方が気になってるんだな。多分。
「私もまだ、ていうか全然分からない事だらけなんですよね」
「……そうなん、ですか?」
首を傾けた織部さんに、大きく頷く。
「てつと融合、とか言っても、そのてつ自身も自分を良く分かってませんし。欠片、ええと、てつがばらばらになってる話は……」
「概要は知ってます。記憶も断片的で……今の姿も、完璧なものではないと」
今度は織部さんが頷く。
「そうなんですよ。だから何かしら起こったり、欠片を吸収したりする度に変化が起きて、私もどんどん人間離れしていくし」
最近は釘を刺されまくって、なんとか人間寄りに維持しているけど。
「僕は……殆ど、特に陸上では殆ど何も変わらなくて」
織部さんの眉が下がる。
「見た目、とか、体つき……が少し、人魚寄りらしいんですけど。普通にしてる時はその程度で……」
見た目。言われれば、顔は整っているし手足が長くて全体もすらっとして……モデルみたい。御伽噺の人魚も、そんな綺麗なイメージが強いな。
「水中だと、少し、変わるんですけど……大抵の人より速く泳げたり、なんとなく魚とかの気持ちが分かったり……」
「え、それ凄くないですか」
「それと、気が大きくなったり」
「気が……?あ」
仕事中に時々、とても堂々としていたのは、それが出ていたからか。
「お二人とも」
ドアを軽くノックした後、加茂さんの声が聞こえた。
「そろそろ明日になりますが、区切りはつきそうですか?」
「え?!あ!」
慌てて時計を見ると、本当に零時寸前だった。
「すみません!……えっと織部さん、話の続きは明日でも良いですか?」
「はっはい……すみません……集中し過ぎて……」
「いえそれは全然!じゃ、おやすみなさい」
「は、はい……おやすみなさい……」
二人同時に浅くお辞儀して、私は急いで立ち上がる。
「加茂さん、遅くに失礼しました」
ドアを開け、すぐ横にいた加茂さんにも頭を下げる。
「いえ大丈夫ですよ。明日は早いから、それだけ気を付けて。おやすみなさい」
「はい。おやすみなさい」
そして早足で道順を逆戻り。
お風呂、いやシャワーでいいや!ザッと入ってバッと終わらせてそのまま寝る!いける!
私は出来る!
大きく深く、濃い影の多い山の入り口。まだそこに一歩、足を踏み入れただけ。けれど、あの物の怪は姿を現した。
「どうして、また来やがった?」
陽光にも似た毛並みを持つ、この大きな物の怪は、見定めるように僕を見る。
「いえ、お礼をさせて頂きたくて」
「はぁあ?」
その口に並ぶは、白く輝く鋭い牙。……少し恐ろしいが、僕を救ってくれた牙でもある。
「あなたのおかげで命拾いしたのですから、お礼の一つもさせて貰わないと」
「……お前、俺が言った事、忘れてねえだろうな?」
怯える馬は遠くに繋いできた。そこからこの山まで、結構歩いたけれど。
「勿論です。『今回は見逃してやるが、また山で面倒事を起こしたら、次はねえ』と」
物の怪には何がお礼になるか分からなかったから、色々持ってはきたものの。
「……覚えてんじゃあねえか」
それら全てが駄目だったら、どうしようか。
「なら尚更何を考え……おい、おい荷物を広げんじゃねえ。聞いてんのか」
山に入ったのに、僕を襲ってこないこの物の怪。心優しいのか、別の何かか。
「いやあ、家から色々持って来たんですけど、何がお好みか見当もつかなくて」
それに、神々しささえ感じられる……元は神だったんだろうか。
「……お前は馬鹿か?阿呆か?間抜けか?それともひっくるめて全部揃ってんのか?」
もしそうだとしても、折角ここまで来たのだから。まだ死んでいないのだから。
「どうでしょう?なかなか出来は良いと言われますが」
言い終えて軽く笑う。すると金銀に輝く頭をもたげ、物の怪は溜め息を吐いた。
「いい、もういい。来い」
「え?」
「いつまでもこんな所にいたら、またお前絡まれんだろう」
諦めたように言って物の怪は、ゆっくりと身体の向きを変えた。その毛並みは波打つように、尾の先まで煌めく。
「……奥の、俺の住処まで来い。そこなら弱い馬鹿は来ねえ」
「?!いいのですか?!」
まさか、そこまでして貰えるとは!
「てめえが用事を済ませるまでだ。終えたらさっさと出てけ」
嘘かも知れない。喰われるかも知れない。
でも、もしかしたら、本当に。
「承知いたしました!」
この物の怪と、友人になれるかも知れない!
「ふ、ぁ……」
雨雲らしき雲が垂れ込め、湿気のせいか昨日より少し空気が重い。そんな海上を船は進む。
天気や暑さはあまり気にならない。逆に船の揺れが心地良く、思わず欠伸が出てしまった。
いけない。これからまた、潜るのに。
「お前……夜に妙な事してっから……」
「いや、すみません」
呆れ顔のてつに、素直に謝る。
昨日、勢いで支度して寝てしまえたが、流石に眠い。寝たのは一時、今は四時半。睡眠時間は三時間ほどになってしまったけど。
「昨日の感じで、無理はしないでやるから。多分、平気」
変な夢も見た気がするけど、目を覚ました途端に忘れてしまった。まあ、こういう事もよくあるし。
織部蓮は通信制高校に通ってます




