36 お家へ帰ろう
続けて読んだ方が分かり易いかと思い、今回は36、37と二話更新しています。こちらは36話です。
(2020/7/6)
支部は少し忙しない雰囲気で、それでも検査も報告も、しっかり行われた。
「そういえば、なんでずっと……えーと、二本足の姿にならないの」
支部に着いてからもてつは、四つ足の狼姿のままで。
「気分だ」
今も長椅子に座る私の横で、伏せのような姿勢を取っている。
「はあ」
横というか斜め前だから、半分通せんぼされてる気分だな。
私達は二時間ほど、歪みの中にいたらしい。道中で説明をされた後、私達は車に乗って支部まで送られた。運転手は久しぶりに会う藤田さん。助手席には静かな雰囲気の人がいて、
「加茂と言います。何かの際には、私が対処しますので」
と、淡々と言われた。何事もなく支部に着いたけど。
遠野さんは車に乗らず、他のひと達の保護へと戻っていったし。
「まだかな……」
隣の部屋に続くドアに目を向ける。芽依は今そこで、今日の一連の話を聞かれている。相手は伊里院さんだから、変な事はないと思うけど……。
支部に着いて、正宗とはすぐ別々になった。美緒も鈴音さん達の所へ一度戻らねばと、渋々離脱して。
芽依とも別れそうになったけど、「杏と一緒で」という芽依の言葉でそれはなくなった。それでも検査や聴取やらは別々になる。先に終えた私は、入れ替わりに戻ってきたこの部屋で待っている所で。
「お前はもう少してめえを気にかけろ」
言葉と共に、ため息を吐かれた。足にくっついてるてつのお腹の動きが良く分かる。
「岩尾にも言われたろう」
当たり前だけど、融合率は上がってた。でも吸収した欠片の分を考えると、少し抑えられてはいるらしい。
『……抵抗力がついたかな?倒れなかったのも、そのためかも知れないね』
だからといって気を抜かないように、とも。
「……なぁ……」
何かを言いかけた口を閉じ、てつが顔を上げた。ドアが開いて芽依が戻ってくる。
「杏」
「では、少しお待ち下さいね」
一緒に出て来た伊里院さんがそう言って、部屋を後にする。
「ふぅ」
てつを回り込むようにして、芽依は私の隣に少し距離を空けて座った。
「芽依、お疲れ様」
「うん……これで後は、検査……の結果聞いて帰れるんだよね?」
芽依は言いながら、ちらりとてつを見る。すぐに姿勢を戻したてつは、眼を閉じて反応しない。
「そのはず。他に何も言われてないんでしょ?」
車中で互いを軽く紹介はしたけれど、そのくらい。会って急に仲良し、なんてなるとは思ってないけど。
「ない……なら、帰りに杏ん家に行って良い?」
「私の?」
「三人で話したいんだよね」
私とてつに向き直り、芽依ははにかんで言う。
「ここじゃ場所も時間も取れなそうだし。杏ん家で、じっくり」
「い、いですよ……?」
圧が。
「あれ、でも時間とか大丈夫?」
今は十八時過ぎ。まだ外は明るいけど、そもそもの解散時間だって越えてるし。
「うん平気。今日はバイトもないし」
「分かった。じゃ、終わったら一緒に……」
待って。すっかり忘れてたけど。
「?」
「あ、いや、家来るのは問題ないんだけど」
足下に視線をやり、恐る恐る聞く。
「てつ、どうやって家から来たの」
「あん?」
てつは顔をこちらに向け、面倒くさそうに口を開いた。
「……どうもこうも、突っ切ってきたが」
「は?」
「細々した下より、上を行った方が早ぇからな」
上、もしや屋根?
「見られちゃあいねえぞ。んな間抜けはしねえ」
「そ、れはどうも……?で、家からどうやって出て来たの?」
「あ?」
「玄関から、とか……私、鍵渡してないよね」
すると、開けっ放し?うち、オートロックなんて付いてないし。
「ああ、引き戸……窓から出たが」
正規のルートじゃなかった。
「……ちなみに、出る時に窓、閉めた?」
「しめる?」
「ガラッと開けて、外出て、ピシャッと閉めて、それで来た?」
身振りも加えた私の説明を聞いて、少し眉根を寄せた後、
「…………覚えてねえ」
呟くようにそう言った。これは、あれだぞ。
「……住んでるの、二階だっけ?」
「そう……ベランダがあるから、直に見られる事はないけど……」
空き巣とか、あの辺いるんだろうか。芽依の問いに応えながら、想像する。
開け放しの窓、揺れるカーテン、ごそごそと動き回る見知らぬ人影……。
「怖……」
「なるべく早く帰ろ」
芽依の言葉に緩く頷く。
「うん……てつ、もし……もしだけど、部屋に誰かいたら、すぐ捕まえて」
「は?ああ」
そんで一瞬で拘束して、警察に突きだしてやる。
「……結果、早く来ないかなぁ……」
帰りたい気持ちが強くなってしまった。
「可笑しな気はねえよ」
「よし……」
その言葉を聞いてから、ゆっくりとドアを開ける。てつの言う通り、部屋には誰もいない。荒らされてる感じもない。電気は付けっぱなしで窓開けっ放しだけど。
「えーと、こんなんだけど、どうぞ」
「あー、うん。お邪魔しますー」
芽依と共に部屋に入って、即座に窓を閉める。カーテンもしっかりと。
「ちょっと待っててね。あ、鞄はベッドに置いて良いよ」
言ってから、バスルームへ。
「いいよ、てつ」
「ああ」
声と一緒に、せり上がってくる感覚。反射的に口を開けると、てつがずるりとそこから出て来た。
「うわ、でか」
床がてつで見えなくなりそう。改めてその大きさを実感する。
「わざわざここでやっからだ。入れんのは見られたってのに、なんで出る時は見せたくねえんだよ」
検査の結果も、芽依は問題なしで。私達もまあ、喫緊の何かはなかった。だからすぐに帰ろうとしたんだけど。
「……そもそもそうなると思ってなかったし……」
車で送られたんだけど、道中で。
『そのままで車から降りるのは、危険かと思います』
助手席から、加茂さんに言われ。
『てつさん……その大きさの動物を、家に着くまでの僅かとはいえ目撃されますと、少々問題になるかと』
『あ……そっか、そうですね……』
帰る事ばっかり考えてて、思い至らなかった。てつもそのまま乗り込んだし。
『じゃあなんだ、入るか』
『入る?』
足元のてつの言葉を芽依が聞き返す。
『あ、あーうん、そうか。芽依、ちょっとアレだからあっち向いてると良い、かも』
散々色々あったけど、これも刺激が強いんじゃないかな。今更だけど。
『アレ?』
『えっと、こう、てつを呑み込み?ます』
芽依の表情から、理解しきれなさを感じる。
『説明なんざ面倒だ。ほれ口開けろ』
『いやまっ』
口にてつの爪が触れ、金の狼は吸い込まれるようにして中に入った。
『ちゃんと見たかった……』
運転席からぽつりと。
藤田さんは前見て安全運転お願いします。
『…………』
今の光景をがっつり見た芽依は、目をこれでもかと開いて。
『何ともねえな』
『?!え!は?!』
てつの声に辺りを見回す。
『芽依、ここ』
自分のお腹を示す私を見て、また動きが止まる。
『は、呑み込むって……呑み込む?』
『おう』
『……では、問題ありませんね』
加茂さんはそう言って、前に向き直った。
『ちょ、杏、口開けて』
『あ、はい』
開けた口を、真剣な顔で覗かれる。
『見えない……』
『肉体の腹ん中にいる訳じゃねえからな』
『ええ……?』
「という事は、てつがあんな風にしなければもう少しちゃんと出来た、はずなんだよ」
配慮みたいな。
「そおかあ……?そんでいつまでここにいるんだ」
てつは窮屈そうに身をよじる。
「……はい、もう出ます、よ……」
ドアノブに手をかけた所で、てつが立ち上がった。
「は、うわっ?!」
それに気を取られ、開いたドアに体重をかけてしまう。転びそうになりながらバスルームの外へ。
「え?!……大丈夫?」
「あ、うん大丈夫。ちょっと転けた」
駆け寄る芽依に言って、立ち上がる。
「なんだ、いきなり」
「それはこっちの台詞」
バスルームから出て来たのは、私より頭一つ分高い狼男。身に纏うのは、スーツのような……ちょっと違う?
「…………てつ……さん?」
芽依が、私とてつを交互に見て、片眉を上げた。




