31 由緒正しき
私達は、誰からともなく体勢を戻し、顔を見合わせる。
「……雀?」
「雀に見える」
「雀ですね」
芽依の声を抑えた問いに、私と美緒が続けて答える。
「雀が、喋った?」
「流暢だったね」
「あのくらいは、まぁ」
美緒の言葉に、芽依は「マジで?」という顔になった。
「おい、元に戻るな」
また高くて小さい声が聞こえ、続いて膝にチクチクと当たる感触が。乗ったな?
「特にお前だ、お前に用があるのだ」
周りをざっと見回しても、店員さんや他のお客さん達はごく普通にしている。気付いてはいないみたい。
「……あの、どちら様ですか」
腿とテーブルの隙間から顔を出す雀に、小声で問い掛ける。
「ワタシか?ワタシはこの地の由緒正しき雀、正宗という」
雀は胸の羽を膨らませ、どこか得意気に名乗った。
「この正宗、これまでもこの地の高名な方々から多様な仕事を任せられ、見事認められてきた。この度もまた、重要な役を賜りここまで参ったのだ。ワタシはそのとても大切な御役目を全うするべく────」
「ちょ、待って待って説明は待って」
凄く長話になりそうな正宗の言葉を慌てて止める。
えぇ?どうするのがいいんだ?またこれTSTI案件なのか?
「えー……えーと、一旦外で待ってもらえますか。食事中なもので」
「むう、そうか。しかし、外といっても先程滑り込めた扉は閉じてしまったので出られん」
正宗は茶色い頭を右に左に傾け、翼を軽く動かした。あーうん、雀にドアは開けられない……?
「それなら、なるべく遠めの隅の方に行っててくれません?食事に集中したいので」
芽依が少し前に乗り出すようにして正宗に言うと、
「むう……仕方無い、ならば一度外そう。だがしかし急いでくれよ、大事な事柄なのだからな」
正宗はぴょんと床へ降りて、物陰に隠れながら入口の方へ移動していった。
「……それで、何あれ。またこの前みたいな奴?」
体勢を戻し、食べかけだったカツサンドを手に取りながら、芽依はほんの少し眉根を寄せる。
「分かんないけど……私に用があるって」
「聞かなきゃ駄目?どこの誰かも良く分かんないのに」
完全に不審者を見る目になってる。いや、私もそうは思うんだけども。
「食べ終わってから聞くだけなら大丈夫じゃないでしょうか。どこかからの遣いらしいですし、緊急性があるならこちらの都合なんか気にしないはずです」
美緒は言いながら、スプーンを持ち直し再びオムライスを崩しにかかる。
「私も念のため聞いときたい……ちょっとだけ、やばそうなら退散するから」
「……分かった、私も一緒に聞く。そんでなんかあったらすぐ帰る、一緒に」
芽依は呆れ顔になりながらもそう言って、正宗が隠れている入口辺りに視線をやった。
「ご飯をしっかり食べてからだし、この後のデザートも堪能してからだからね」
「あ、そうだった」
「随分かかっていなかったか?食事は大事ではあるが」
会計を済ませ店のドアを開けると同時に、棚と壁の隙間から小さい影が飛び出してきた。
「これでも頑張ったんで、大目に見て下さい」
出来る限り急いで、加えて出来る限り食事を楽しんでから席を立った。芽依は「こんな時じゃなきゃもっと美味しい」と言いながらパンナコッタを食べたけど。
「まあそうだな。今はそれよりお役目だ」
店を出て歩き出す。人目のなさそうな脇道に入ると、正宗は私達の周りをぐるりと飛んで、私の右肩に留まった。
「え?そこ?」
「ふむ、ここならばワタシの声もよく届こう」
芽依の呟きに応えるように言って、正宗は位置を確かめるようにピョンと跳ぶ。
「声の主が見えないと、変な感じがするんですが……」
あと肩がチクチクする。今日暑いからって薄い生地のを着てきたもんだから、余計に。
「まあ気にするな。して、話をしたいんだがな、お前の連れはこのままか?」
「私も一緒に話を聞きますんで」
「私も、まだ時間があるのでご一緒します」
芽依が正宗の前に、美緒が右側に立って半ば取り囲むような形になる。これでぱっと見は三人が固まって話してるだけに見える、かな?
美緒は食べたら別れるのかと思っていたら、「ものは揃えられましたし、時間までまだありますから」と付き合ってくれる事になった。
「お、おおそうか。それならそのまま続けよう」
気配でしか分からないけど、囲まれた事で少し腰が引けたらしい。羽の位置を直して足を踏ん張って、咳払いの様な事までしてから正宗は嘴を開いた。
「ンッ、えー……用件というのはだな、ここいらにあるお前のモノをどうにかして欲しいという事なのだ」
私のもの?
「あれらは些か面倒臭い、皆が中てられて大変なのだよ。本来ならば少しばかり頼りになる者共の仕事だそうなのだがな、その者等は今手が足りないとかでなんとも使えないと────」
「あの、話が見えないんですけど、私のものって?思い当たる節が……」
「んむ?」
聞き返す私に、首を傾げたような気がしないでもない正宗はあっけらかんと言う。
「節も何も、そのままだろう?お前と良く似た質のモノがあちこちに撒かれていて大変なのだよ」
私と同じ様に、芽依も良く分からないといった顔になっている。
「あれらはお前のだろう?現に呼び合っている。ワタシ達とは少々異なる気があるせいか、なんだか良く分からん障りがあるクセに寄りたがる者のなんと多きことか」
嘆いてるんだか呆れてるんだか正宗は、ため息混じりに語る。
「その現状にお嘆きになられた方々から直々にご用命を賜り、このワタシ正宗はあれらの主であるお前を見つけ出した訳よ」
私と良く似た質のものがあちこちにあって、私と呼び合ってて、周りに悪影響を及ぼしてる?……いや、違う、もしかして。
「あの、それって」
美緒はあえてその先を言わず、確かめるように私の顔を見る。
「え、私まだ分からないんだけど……」
「……ぁー……」
戸惑う芽依に、なんと言おうか悩む。
思い当たる節はあったけど、それは私の事じゃない。てつだ。もっと言えばてつの、ばらばらになった欠片の事だ。
「なる、ほど……えー」
「解ったか?」
「分かりましたが……」
てつがいれば話は早いんだけど。
「……やっぱりこの前みたいなヤツなの?」
こいつは、と言いたげにじっと目の前の雀を見据えながら、芽依が低い声で言う。
「あ、いやそれに近いけど、ちょっと違うというか……とりあえず正宗さんは危険じゃない……ですよね?」
「ワタシは危害など加えんぞ。意味なく暴れるような粗雑な奴らとは違うのだ」
芽依の、不審雀への疑念を払おうと正宗に話を振る。視界の端で動く茶色は胸を張るような動きをした。
「そお……」
「あっええと正宗さん、その関係で連絡したい所があるので一度下りて貰っても良いですか?」
なんにしろ、TSTIに繋いだ方が良いだろう。このまま動くと何が起こるか。
「……まずいぞ」
「?」
「時間をかけすぎた。害が膨らんでいるとお宮の方々がお嘆きだ」
耳元で風が巻いたかと思うと、勢い良く飛び立った正宗が私達の頭の上で高く鳴いた。
「一刻も早く、場に向かわねば!お前、主のお前、急いでくれ!さもなくばこの地が崩れてしまう!」
「は?!」
急に余裕が消えたんですが?!なにその差し迫った状況!
「案内はワタシが仰せつかっている!早く!」
「いや待って?!」
「杏さん!連絡は私がしますから、行きましょう!」
「ええ?!」
美緒がリュックの脇のポケットに手を突っ込みながら正宗を見る。
「私も少しオムライス熱が落ち着いてやっと気付きました。この辺り、色々歪んでます」
ポケットからスマホを取り出し、いつの間にか出ていた耳を立てる。
「恐らくてつさんの影響です。また華珠貴みたいな事が起きてるかも」
「被害拡大!早く!」
てつを取り込んで暴走した華珠貴。
昨日の、苦しんでいた鎌鼬の兄弟も。
「今なんとか出来るの杏さんとてつさんだけです、お願いします!」
「ああもう行くぞ!ついてこい!」
「は、あ?!ちょっと待って!」
急旋回した雀につられるように地面を蹴る。
「こっちだ!」
矢のように鋭く飛ぶ正宗を追いかけて、私達は路地を走った。




