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【本編完結・後日譚更新中】人外になりかけてるらしいけど、私は元気です。  作者: 山法師
本編

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29 現地調査③ あるいは……

「大丈夫か?」

「はい……ありがとうございます」


 海江田かいえださんが張った守りの結界の中で、身体を起こす。地面に突き立て展開された薄く光る半球の外では、濁った風とそれだけじゃない何かがバシバシと弾けていた。そのせいか先が見通せない。


「おお、無事だな」


 後ろから声が聞こえ、振り向くと、金色の子犬……じゃなくて子狼がふわりと地面に降り立つ所だった。


「てつ」

「派手にやりやがってなぁ」


 掻き回された沼のように渦巻く風の中、危なげない足取りで結界に近づく。


「……あー遠野とおの、多分両方ご到着だな」

『流石、早いですね。僕もそちらへ向かってますが、距離があるので少し時間がかかりそうです』

「山の中程にいたからな。人が抜けるにゃ手間だろう」


 てつが渦の中心を見つめながら言う。


「ああ……は?今」

「で、お前らにはあいつらがどう視える?」


 海江田さんの声を遮りながら、てつはこちらに視線を寄越す。


「……大まかな像なら判るが、それもブレるな」

「私は……なんだか良く分からない。けど、凄くぐるぐるぐちゃぐちゃしてる、のだけ感じる」


 結界のおかげで風は当たらないけど、それと別に内側に響くような何かを感じてる。そのせいか少し気持ち悪くなってきた。


「あー、あんずはあれだ、ぼーっとしてろ」

「は?!」

「ちょいと荒くなるが、あいつらを抑える。加減はあんま当てにすんなよ。その後に出て来い」


 言うだけ言うと、てつは結界を飛び越え、濁流のように荒れ狂う風の中へ消えてしまった。


「ええ……?」


 ひとりで行ってしまったけど、大丈夫なんだろうか?いや大丈夫なんだろうけど、置いてけぼりくらった感じ……。


「遠野が応援を呼んだそうだ。ここまで来ると、どの道俺達だけじゃ今出来る事は限られてる。動かない方が良い」


 海江田さんは少し険しい目をしながらも静かな口調でそう言った。


『──────!!────ッ──!』


 てつが消えた方から轟々と音のような声のような何かが響いてくる。その度に、共鳴するように全身が騒めく。

 なんだろうこれ。てつや、あの鎌鼬達の輪郭みたいものがぼんやりと掴める。大きい、方が小さい方を、動けない弟を守ってるんだ。自分も死にそうなのに。


 この命に代えても、弟だけは──


「……妹を守りきれず、弟も失えと言うのか」

榊原さかきばら?」


 分かってる。彼らはもうぼろぼろで、これ以上何かすれば


「おい、どうした」


 それならいっそ、一思いに


「榊原!」

「駄目!!」


 刹那、音が消え、私の中を風が抜けて。

 私は意識を手放してしまった。




 あーあ、やっちゃったなぁ。怒ってるかなあ。

 まさか自分でもこんなへまをするなんて、ねえ?


「殺しちゃだめ。ぎりぎりが一番」


 もう痛みはないか。こんな状態でも頭ははっきりしてるもんなんだね。


「そんなに良い餌なの?これ」


 あーうん?揺らされてる?

 本当、指一本動かないし、床の堅さも朧気になってきたし……なんか、暇になってきた。

 君が今の僕を見たら、なんて言うだろうね。笑い飛ばしてくれると気が楽なんだけど。


「相当大事にしてたみたいだし、頭に血が上るほど煽ったし、来るだろ」


 恐いなあ何したんだろう。普段怒らない奴が怒ると恐いんだよ?知らないよ?


「何?外が騒がしいんだけど?」

「来たな」


 耳良いなぁ、僕にはさっぱり聞こえない。やっぱり性能が違うんだろうな。

 ……ああ、聞こえてきた。怒鳴りながら壊してるな。


「乱暴者」


 凄い音がしたけど、扉壊した?もう目もあんまり見えないんだよ。


「は…………ぁ、あ、ぁああ!!!」


 あーごめん、本当ごめん。

 後で謝れたら謝るから、今は大目に見てよ藍鉄あいてつ




「………………」


 白いな。


「…………」


 右も左も前も後ろも……いや、後ろ見えないや。


「…………?」


 仰向け?あれ、僕寝てた?……いつの間に寝たんだっけ。

 ていうかここどこ。この真っ白な床の間、……そもそも床の間なのか?


「おい」

「ぅわぁ?!」


 急に目の前が金色に……金色?


「あ、なんだ藍鉄か……驚かさないでくれんむっ」


 なぜ顔に手を置かれるの?


「…………まだ呆けてやがるな?」


 寝起きだし?それと君、手、小さくなった?


「お前は、榊原杏だろう」


 誰だいそれ。僕は、


「────……ふぁい、おふぉいだひました」


 なので手をどけて下さい。


「ふん」


 てつは鼻息を一つ吐いてから手をどかした。毛だらけの視界がまた明るくなる。


「えーと」


 何が、どうなったんだっけ?

 上体を起こして見回す。私は白い部屋のベッドで寝ていたらしい。その左側にてつがいて、腕を組んで仁王立ちしてる。


「……ん?てつ、でかくなってない?」

「おうよ、いくらかまた戻ったからな」


 スーツの狼小学生がスーツの狼中学生くらいになってる。それで、なんか顔怖くない?


「てめえが、駄目だなんて言うから、俺ぁあいつらから俺を取ったんだ」


 喋りながら睨みを利かせてくる。


「それで、お前は、当てられて倒れちまった。耐えられなかったって訳だ」


 利かせながら、その顔を近付けてくる。


「その上呑まれかけた。分かってんのか?」

「う、あ……はい……」


 思い出してきた。あの時、てつが鎌鼬を殺そうとしてるのが伝わってきて、思わず止めようとしてしまって……。気を失ってしまったんだった。


「あ、じゃああの鎌鼬達は?!どうなったの?!無事?!」


 思わず前のめりになる。逆にてつは後ろへ下がる。


「息はある。無理に引っ剥がしたもんだから傷付いちゃあいるが、気もなだらかだ。岩尾いわおの奴が診てるってんだから後はあいつの腕次第だろうよ」


 生きてる。


「良かっ…………たのはそれとして、軽率な行動でした。反省します」


 まためっちゃ睨まれた。


「……あ、え?てことは、ここ支部?」

「ああ。杏がぶっ倒れてからあいつら共々戻ってきた」


 その時、てつの後ろから壁を叩くような音がして、ドア一枚分スライドした。

 あそこ、ドアだったんだ。隙間も何も見当たらなくて気付かなかった。


「失礼しますー意識が戻られたようだったので、様子を見に来ました」


 柔らかな声音と共に入ってきたのは、白衣を着て、濃いめの茶髪を後ろで一つに縛った女性。

 てつに軽く会釈してから向き直って、


「私、津田つださやかと言います。岩尾先生は今別件で手が放せなくて、私が」

「あ、はい」


 すっきりしてるのに華やかな雰囲気の人だ。


「調子どうですか?ちょっと失礼しますね」


 津田さん、津田先生は白衣のポケットから眼鏡を取り出して掛け、てつの後ろにあった椅子を引き寄せ腰掛けた。


「起きてから何か、違和感とかありましたか?」


 てつを視界の端に収めながら、津田先生と向き合う。


「違和感……起き抜けに、少し意識がぼやけたというか、何か混ざった感じはありましたけど……それくらいですかね」

「ふんふん、なるほど」

「えっと……私、さっき目が覚めて、てつから少し話は聞いたんですが……」


 そう聞くと、顎に手を当てて頷いていた津田先生は、左の袖を捲って腕時計を見た。


「そうですねー榊原さんがここに到着してから一時間くらい、意識を無くしてからだとプラス十分くらい経ってるかと思います」


 そんなもんなのか。そんなに長い間寝てた訳じゃないんだな。


「到着してから、失礼ですが一旦軽く検査をさせて貰いました。結果、今すぐに危険な状態になる、という訳ではない事は確認出来ました。が」


 が?


「やっぱり融合率が上がっていますね。チームの方からお話を聞いた所、結構な頻度で異界由来の力を使っているとか」


 うっ


「今回、大きな問題の部分はアクシデントの感じも否めませんが、あまり頼りすぎても危なくなっちゃいますよ。気を付けて下さいね」

「…………はぃ……」


 柔らかい笑顔で言われ、軽くうなだれる。無意識な部分も多かったけど、改めて指摘されると、ぐうの音……なるほどこれがぐうの音も出ない状況。

 その上てつがすんごい見てくる。しっかり反省しろという意思表示ですか?


「はい、今も特に新たな異常値は見当たりませんね」

 そう言って、津田先生は眼鏡を外す。……もしや、眼鏡じゃなくて検査用のゴーグル?


「でもまだ少しここで休んでいて下さいね。連絡はいってるはずなので、他のチームの方もそろそろ来ると思いますよ」

「はい、分かりました」


 津田先生が出て行った後、少しして海江田さんが顔を出した。私がぶっ倒れた原因は、既にてつから聞いているんだそうで。

 海江田さんにも注意と、少しの説教と、心配をされた。終始苦い表情だったのも手伝って刺さる……反省と改善を……致します……。


 遠野さんは現場の対処で支部(ここ)にはいないそうで、海江田さんも上の人に呼ばれているらしい。今回の調査自体も、原因の解明もそれと思われる対象の確保も粗方出来たという事で、私とてつは「上がり」──帰る事に。


「……ねえ、てつ」

「あん?」


 「気を付けろよ」と言い残して海江田さんが行った後、ベッドの下に置かれた自分の鞄を取り出す。戻った後、てつが確保しておいてくれたそうだ。


「あの兄弟、大丈夫かな」

「まぁたそれか。俺らに出来る事はやった、後はあいつら次第だ」

「それはそうなんだけど、……それに、妹って」


『妹を守りきれず、弟も失えと言うのか』


 感覚が重なった時のあの言葉。あれが、頭に残ってしまって。


「……てあ?!その事海江田さんに伝えるの忘れた!」

「それはもう言ってある」

「えっそうなの」


 さっき私が気を失った時に色々話したって言ってた、その時?


「もうあいつらの妹は存在しない、それだけだ」

「えっ……」

「ぼさっとすんな。帰んだろう」

「……あ、うん」


 てつに促され、後ろ髪を引かれるように支部を後にする。

 今日の反省と、鎌鼬の声と、何故か目覚めたの時のぼんやり混じった意識とが、胸の中でぐるぐると渦巻いていた。




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