23 辿って
「……ここは」
また一瞬で移動したようだ。見覚えのある景色、建物と庭が目の前にある。ということは。
「住処です!成功しました!」
「……凄い」
華珠貴を疑っていた訳ではないが、一発で成功するなんて。
「後はここから、遠野達のとこまで行けりゃあいいんだが」
「うん……」
隣で跳ねている華珠貴を横目に、私はこれからの事を考える。
「……華珠貴さん。ここから……誰かの気を辿るとか、移動出来そうな場所を探るとかって可能ですか?」
それが出来ればまたそこを辿って外、私達の世界に戻れる。あ、華珠貴達は彼方って言ってたんだっけ。
「んー……あ!ちょっと遠いですけど、美緒の所に行けそうです!」
華珠貴は少し首を傾げた後、ピンと猫耳を立ててそう言った。
あれ、そういえば華珠貴、いつから猫耳出てたっけ。屋敷を歩いてる時からもうあったような……。まあ、今は関係ないか。
「じゃあ、美緒さんの所に行きましょう。下手な場所には出ないでしょうし」
「はい!」
天遠乃さんの話を早く伝えなければ。そう思っていたのもあって、他の事をあまり考えてなかったかも知れない。
次に歪みを抜けた時、浮遊感が全身を包んだ。
「は?」
「え?」
「……あー」
そこから感じる重力。そしてそのまま何かの上に落ちた。
「だっ?!」
「に゛ゃっ」
「えっ?きゃあっ!?」
「うわっ?」
落ちたと同時に、私と華珠貴、そして聞き覚えのある二つの声が重なる。
どこにどう着いたんだ?
「はっ?……榊原さん?!」
……私の下から聞こえるこの声は。
「遠野さん?!……えっわっすみません!!」
どうやら私は遠野さんの上に落ちたらしい。馬乗り状態から慌てて降りる。
「すみません!って華珠貴さんは……」
「横にいるわ。……もう、何がなんだか分からないんだけど……」
後ろから言われ横を向くと、目を丸くした華珠貴が美緒に覆い被さるようにして固まっていた。美緒も同じ様に目を丸くして、覆い被されたまま固まっている。
って、今の声は……。
「副支部長?!」
思い切り振り返ると、宍倉副支部長と伊里院さんが何ともいえない表情で立っていた。そしてその奥に、高そうなデスクにひじを突いてこちらを見つめる男性が。
「…………」
この状況、は?
「まあ戻って来れた事は確かだな」
妙に静まり返った部屋の中に、てつの声が響いた。
「……と、いうわけで……」
黒い床の上に赤い絨毯が敷かれ、壁はドアのある面以外全部本棚。教室くらいの広さのそんな部屋に、今度は私の声が響く。
部屋の中には遠野さん、美緒、副支部長と伊里院さん、そして部屋のドアと対面するように部屋の奥に置かれた黒いデスクに座る四十くらいの男性、がいたようだ。私達は部屋の中央にいた遠野さんと美緒の上に突然現れそのまま落ちた、らしい。
……副支部長に促されて今までの事を話してはいるけれど、ここはどういう状況だったんだろう?後、皆どんどん変な顔になっていくのやめて欲しい……。
「…………なる、ほど……ね……」
額に手をやらないで副支部長!
「いや、雨降って地固まるというやつじゃないか?ある意味大きな収穫だよ」
デスクの男性がそんな風に言う。
「そうは言いますが支部長……」
支部長!この人支部長なのか!いや偉い人っぽいとは思ってたけど……。
「それからこちらの説明もしないとね。榊原君達が良く分からないといった顔になっているよ」
それを受けて、副支部長からこんな説明をされた。
遠野さん達はケサランパサランを燃やし、事は一旦収束。その後すぐに離れていった私達を探したが見つからない。結局応援も来ていないし無線も繋がらない。何が起きたのかと支部に戻ろうとした所でやっと支部から連絡が入る。電波や転移が何者かに妨害され、そちらと連絡がつかなくなっていたと。遠野さん達は結局一旦支部に戻り、私達の捜索を行いながら妨害についても調べる事になった。そしてその途中報告をしている所で、私達が降ってきた、と。
「いや、無事戻ってきてくれて良かった。最悪の事態も想定していたから……」
副支部長の説明の後に、道宮支部長──副支部長が、話の流れで名前を教えてくれた──がそう言った。
「しかし榊原君の話を元に考えると、この前の件も含め色々プランを見直さなくちゃいけないな?」
支部長はなぜかニヤリと笑い、副支部長に顔を向ける。
「そうですね。それにしてもまずは、全体通知と戻ってきた三人の検査も行いたい所ですが」
えっ、また検査?私支部で毎回ってくらい検査受けてる気がする……。
副支部長のその一言で、私と華珠貴とてつは伊里院さんと美緒に連れられ岩尾医師の所へ。
「君は初めてだけど、君達はよく来るねぇ」
岩尾先生は華珠貴を見、私とてつとを見てそう言った。
「本当そう思います……」
検査の結果は、私とてつの融合率が少し上がった事以外は三人とも特に異常なし。……融合率、上がったのはしょうがないんだろうけど異常なしって言うのかなぁこれ……。
「まあ、お疲れ様」
げんなりした様子が伝わったんだろう、苦笑しながら労いの言葉をかけてくれる。
あ、そういえば。
「岩尾先生って、天遠乃神和さんって知ってます?」
天遠乃さんについて、あの場で聞くのを忘れていた。
「……榊原君こそ、どうしてその名を?」
岩尾先生の表情が強張る。
……あれ?これもしかしなくても、だいぶデリケートな話?
「本人と会ったんだよ。幽体だったがな」
あ、てつ。
「会った?!」
「ああ、幽体のわりに珍しく陽気だったが……ありゃあどういう奴だ?」
「あたしも知りたいです。あの人はあたしに、転移の術を教えてくれました」
華珠貴の言葉も聞いて岩尾先生、目を白黒させてる。
「そんな、神和君……」
ぐったりしたようになってしまった岩尾先生は、そのまま片手で口を覆う。
これは、やっぱり、聞いてはいけなかったやつでは……?
そう思っていた所、ドアがノックされ遠野さんが入ってきた。外で待っていた伊里院さんと美緒も後ろについてる。
「失礼します……様子を見に来たんですが、どうしました?」
部屋の、特に岩尾先生の様子を見てのその問いに、私は一連の流れを話した。
「……そうでしたか。……天遠乃神和については、僕から話します。診察が終わったら部屋を移動しましょう」
え、移動するの?ていうか遠野さん、なんか声が固くなってない?
「……いや、もう済んでるよ。行って大丈夫だ」
岩尾先生は力無く言う。
「分かりました。岩尾先生にも後から説明がいくと思います。その時、また」
そう言うと、遠野さんは私とてつと華珠貴、伊里院さんと美緒も連れて、会議室のような部屋に入った。特に伊里院さんは今後のために、先に話を聞いとくんだとか。
部屋には副支部長がいて、副支部長と遠野さん、私達五人が対面する形で会議用に口の字に組まれたデスクに座った。てつは相変わらず私の肩の上だけど。
「支部長は本部の方々と連絡をとっているから、ちょっと席を外しているわ。……来るまでに話が終わるかも知れないけれど」
副支部長はそう言い置いて、目線を遠野さんへと送った。それを受けて、遠野さんは口を開く。
「……まず説明すべきは『天遠乃家』と『十年前』についてですかね」
そんな前置きをして、遠野さんは静かに語り始めた。
「天遠乃家というのは、古くから異界と繋がりを持つ一族です。代々女系の家で、この組織の設立にも大きく関わっています。今でも組織の根幹に食い込み、運営も担っている。天遠乃神和という人物はその長女、将来天遠乃を継ぐはずの人物でした。彼女は優秀でしたから、人の上に立つ力も天遠乃として持っている特殊な『神懸かり』という力も充分でした。組織の中では巫女という特殊な立ち場で動き、調査から異界人との交渉までこなす。上の人間にも下の人間にも慕われる人でした」
ここまで言うと遠野さんは一息つき、また喋り始める。
「……それで、今から十年前にある事故……事件が起き、天遠乃神和は行方不明となります」




