22 揺らめき
歪みに吸い込まれたと思ったら、板張りの床の上にいた。
「?!」
どこだここ?!
「なに変なのまで連れて来てんの?あれだけで良いって言ったじゃない」
戸惑っていたら上から声がした。とっさにそちらを向く。
「いえ、あの野郎が離れたがりませんで……ほら、また気に入りを見つけたんでしょう」
この広いお堂のような場所、その天井近くで一羽の赤い鳥が狐をつまみ上げ、悠々と旋回していた。
「二匹も?嫌ねぇ心変わりの激しいやつ!手間が増えるじゃない」
その赤い鳥は、バサリ、と大きく羽ばたき、長い尾羽を滑らかにくねらせた。
「……杏さん。今、逃げ時では?」
小声で華珠貴に言われる。私もそうは思うけれど……。
「……でも、どこに逃げれば……ここがどこだかも良く分からないし……」
下手に逃げて袋の鼠、なんて事にはなりたくない。しかしこのままでいるのも得策とは思えない……。
「後ろにでかい扉がある。俺がぶっ壊すからそのままの勢いで走り出せ。……この場所、なんとなくだが覚えがある」
てつの言葉に、ちらっと後ろを見る。確かにあの高い天井まで届きそうなほどの大きさの、両開きの扉があった。
鳥と狐は未だ天井付近でぐるぐる廻りながら喋ってるし、扉の外に嫌な感じはしない。それなら。
「やるぞ」
てつの一言とともに扉が吹っ飛ぶ。私達も間髪入れずに、扉に向かって走り出す。
「な?!」
「扉がっ!」
扉、があった所をくぐり抜けた時、そんな声が聞こえた。私達はそのまま長い廊下を全速力で走り抜ける。
「で、次はどこ?!」
「突き当たりを左だな」
「てつさん凄いです!反動も無しにあんな衝撃波を撃てるなんて!!」
華珠貴が感激して、ぴょんぴょん跳ねながら走ってる。器用だな!
「待ちなさいよ!」
「うわっ」
赤い鳥が追ってきた。その後ろから、つままれてた狐も追いかけてくる。
「おとなしくしてなさいよ!私が怒られるじゃないの!」
どんな理由だよ。人を誘拐しておいて。
「うるせぇよ」
言いながら、てつは手を軽く振る動作をした。
「きゃああっ!」
すると、鳥は何かをぶつけられたように奥に飛ばされていく。あ、狐も巻き込まれた。
「凄い……」
「てつさん凄い!」
「良いから前見ろ。突き当たりを左だぞ」
その後は、また廊下を抜けたり階段を上り下りしたり……。赤い鳥も狐も追ってくる事はなく、別の何かに遭遇もしないので、私達は途中から歩いていた。
「それで、てつはどのくらいここの事を思い出せてるの?」
「ああ、あん時はなんもかんも壊しながら行ったからなぁ。なんとなくの構造は覚えてるが」
「えええ……」
そんな頼りない情報で私達は逃げていたのか。
「このままじゃまた見つかっちゃうんじゃない?」
「まず気を小さく薄くする事を心掛けろ。それだけでもだいぶ違う」
「小さく薄く?」
「……こんな感じでしょうか?」
おお!華珠貴の存在感がなんか朧気になった!……「影を薄くする」イメージで行けばいいのかな?
「こんなん?」
意識を集中させて周りのものより自分を小さく、みたいな情景を考える。
「おお、二人ともそんな感じだな」
「杏さん凄いです!人なのにこんなに簡単にやっちゃうなんて」
「いや、多分てつのおかげ」
さっきまで猛スピードで走れたのも、「気を小さく薄く」出来たのも、今の私が文字通り人間離れしているから。
「そんじゃあ、行くぞ」
そう言うけど。
「何となくしか覚えてないんでしょ?どう行くの」
「どこかに留まるよりは動き回れ。それに」
「それに?」
「地下に何かある。杏も感じねえか?」
地下?
「ほんとだ。何か揺らめいていますね」
「えっ待って」
私はまた意識を集中させる。今度は自分じゃなくて周り、特に下に向かって。
すると、本当に地面の五メートルくらい下に部屋がある事、その中に何か、静かに揺らめいているものを感じた。
「本当だ……」
しかもその揺らめき、どこかで似たものを感じた事がある気がする。
「じゃあ、まずはそこに行ってみるって事?」
「ああ」
「了解です!」
意識を集中させながら歩くと、他にも色々解ってくる。ここがまあ広い屋敷であるとか、その屋敷の構造とか、どんなのがどこにいるのかとか、そういうものが。
あの赤い鳥と狐はお堂まで飛ばされて延びたままのようだった。その他に何体か生き物のような気を感じたが、その度に隠れたりてつが吹っ飛ばしたりして進む。
なんだかゲーム感覚になってきた所で、地下への通路に辿り着いた。
「井戸、みたいな通路だね」
石で組まれた縦穴に梯子が通してある。しかもこれは、屋敷の隅の小さな部屋のまた隅の、押入のような所の中にあった。
「降りて行って……一本道だね」
私は地下の様子を探りながら言う。目指す地下の部屋にも、揺らめき以外の何かとか誰かとかは居なさそうだった。
私、華珠貴の順に梯子を降りる。ちなみに、てつはずっと私の肩に乗ったままだ。
「だろうなとは思ってたけど、暗いね」
「そうですね。あたしは夜目が利きますけど、杏さんは大丈夫ですか?」
「ん、とね。文明の利器を使います」
私はスマホを取り出し、ライトを点けた。足下くらいしか照らせないけど、光があるだけで気持ちはずいぶん違う。
「上でもそうだったけど、地下だと余計電波立たないね……」
屋敷の中で何回か、業務用も自分のスマホも使えないか試してみた。けれど電波も立たないし、電話をかけようとしてもブツリと切れてしまうのだ。
ライトは内蔵されてる機能だから使える。良かった。
一本道は土を掘って出来ているようだった。ほどなくして、揺らめきを感じる部屋に着いた。
鍵か何かかかっているかと思ったけど、そんな事はなく。ただの引き戸を引いて中に入ると、板張りの床がライトに照らされた。
「よし、入るぞ」
てつに促され、一歩、また一歩と進む。揺らめきとは別に、なんか、いやな感じがする。
「ねえてつ、この……」
「ひっ!」
「え?」
華珠貴が小さく悲鳴をもらし、私の後ろに隠れた。
「えっ何?」
「杏さん……てつさん……あれ……」
華珠貴が震えながら指差す方へライトを向ける。
「……ッ!?」
そこに浮かび上がったのは、荒縄で磔のように木の柱に括り付けられ、目を閉じた女性。
この人……まさか、…………死……?
「そんな変なもんじゃあねえだろう。どっかの死体くらい」
やっぱり死んでた!そんなさらっと言わないで!
「でも、なんでこんな所に……?あれ?」
もしかして。
「私達が感じてた揺らめきって……この人……?」
「ああ、だろうな」
「ッ……」
「ひぃ!!」
華珠貴がまた悲鳴を上げる。
でも、まさか、死体を辿ってきていたなんて……。
呆然と、目の前の女の人を見つめてしまう。と、ずっと感じている揺らめきが、一際大きく揺れた。
『……あら?もしかしてあなた、人間?』
「えっ?」
「え」
「あん?」
ゆっくりと首を回し、華珠貴と顔を見合わせる。
「…………ねぇ、今何か聞こえた?」
「いや、っえっと……」
「聞こえたろう、女の声だ」
だからさらっと言わないで!!
「えええもう嫌だ……こういう精神に来る心霊現象嫌いなんだけど……」
『心霊現象……まあそうね。私今生きてないし』
会話に加わってきたよ!
「杏さん……上……」
「そういうお決まりの展開止めて!」
「いえ、あの、思ったほどではないというか……」
「へ?」
華珠貴の言葉に思わず上を向く。
『こんにちは』
私達の頭上に、磔の女性とそっくりな姿の、でも薄ぼんやりと光る女性がいた。笑顔で浮いて、手を振っている。
「完全にご本人じゃん……」
『ええ、そこに縛り付けられてるのが私。もしかしてと思って声をかけたんだけど……あなた達、異界の人ではない感じかしら』
「えっ異界?……ここ、異界なんですか?」
『ええ、そうよ。……やっぱり!そこの腕のひとは良く分からないけど、あなた達、特に』
そう言うと、その女性は私の目の前まで降りてきた。
『あなたは、私と同じ世界の人ね』
「えっ……」
『もしかしてなんだけど、超自然対策委員会って知ってるかしら』
巫女のような服をふわりと浮かせ、その……人?幽霊?は首を傾げる仕草をした。
「えっ?!」
「知ってるも何も、杏さん達はそこの所属ですし、あたしはそこに保護されてます。そういうあなたは?」
華珠貴がさっきよりもしっかりした声で訊ねる。目の前のものに慣れてきたようだ。凄いな。
『ああ!そうなの!良かった……一か八かで声をかけたけど、本当良かった!』
「あの……」
『ああごめんなさい。私は天遠乃神和、超自然対策委員会所属の巫女……みたいなものだったの』
「みたいなもの?」
「だった?」
『ちゃんとした立場は無かったから……それに死んでしまったし』
私と華珠貴の疑問に、またふわりと回りながら天遠乃さんは答える。
『あなた達に会えて良かった……!あら?でもどうしてここにいるのかしら?……もしかして捕まった?』
「ああ、えっと実は──」
私はここまでの事を天遠乃さんに話した。
「それで、どうにか逃げるための何かを探して、揺らめきを辿っていったらここに……」
『……そう。……逃げるだけならそこの猫又の子、華珠貴ちゃんが出来るんじゃない?』
「え?」
「あたし?ですか?」
また私と華珠貴は顔を見合わせる。
『あなた……前に空間を行き来した事があるでしょう?その残滓があるわ』
「え?そんな事ありましたっけ?」
「……俺を喰って暴れた時じゃねえか?狭間に自力で戻って来たろう」
「あ!」
なるほど、あの時の。
『それと同じ事をすれば良いのよ』
そう言うと、天遠乃さんは真剣な顔つきになり、ゆっくりと喋り出した。
『……あの、一つ、お願いがあるの』
「……なんですか?」
今までと違う雰囲気になった天遠乃さんに、こちらもなんとなく身構えてしまう。
『戻ったら、委員会の人に……出来るだけ上の人に伝えて欲しい事があるの』
そこで一度言葉を切ると、またゆっくりと口を開く。
『私が死んでから、そっちで何年か……十年くらいたった辺りで大変な事が起こる。異界と私達の世界を混ぜようとしてる者達がいるから、何とかして止めて。四獣を止めればたぶんそれも止まるから』
「分かりました……って言いたいですけど分かりません!もっと説明を下さい!」
というか。
「天遠乃さんについてもあまり説明されてませんけど……なんでこんな所で、しかもし、……んでしまったんです……?」
『それについては戻ってから誰かに聞いて。教えてくれると思うから』
そう言うと、天遠乃さんはふわりと浮き上がった。
『ほら、誰か来る。華珠貴ちゃん、出来そう?』
「……で、きると思います。少なくとも、狭間の住処には行けます」
「おし、じゃあ戻るぞ」
「いや、そんな」
二人とも切り替え早くない?
「さあ、杏さん!念のためあたしの手を握って下さい!」
華珠貴に手を掴まれる。
でも!
「天遠乃さんも!」
『私は行けないの。いえ、ここに残らなければ。何かあった時に少しでも歯止めになれるように』
「だそうだ、杏。行くぞ」
『じゃあね。そっちの皆によろしくって伝えて』
「そんな」
「……行きます」
華珠貴の声とともに、また目の前の空間が歪む。そして、吸い込まれた。
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