21 鳥とお面
間欠泉のように勢い良く吹き出したそれは、辺り一帯に広がっていく。
でも、白くてふわふわしてて……なんだあれ?
「封が甘かったようですね……抑え込みます」
遠野さんはそう言って、何枚か札を取り出し宙に投げた。札はそれぞれ滑空するように飛び、道路を埋め尽くすように出てきたそれらを囲む形で空中で止まる。
「すご……」
札はそこで光を放ち出す。そしてその光を糸のように絡め合わせ、互いを繋ぐように網を作る。編み目は粗いのに、その出てきたものはそこでせき止められていく。最終的にドーム状に形成された網いっぱいまでになると、それらは一度大きく網を揺らし、そこでやっと勢いを止めた。
「…………えーと、それであれってなんですか?」
「……一見した所、ケサランパサランのようですね。数が凄まじいですが」
遠野さんは微妙な顔をしながら話す。
ケサランパサラン……確か見ると幸せになるとか言うやつ……。それが今、大量にもこもこと、光の網の中で波打っている。なんと奇妙な光景か。
「あれってそんなに危険はないもの達なんでしょう?何故封じられていたのかしら」
華珠貴の言葉に、皆同様に考え込む。
「いや、そうじゃあねえだろう」
そんな中てつだけ何か分かっているらしい。私の肩に乗せていた腕で、網に入ったケサランパサランの……中心当たりを指し示した。
「美緒なんかは気付かねえか?あの辺り……集まってきてるだろう」
「え、……っあ?!」
「!」
てつの問いに、美緒と遠野さんも何か気付いたようだ。私と華珠貴はいまいち分からず、顔を見合わせる。
「なにが、集まってるんですか?」
「ケサランパサランが……急速に、自らを圧縮するように集まってきています。何かを、形作っている、ような……こんな事」
「まずい……このままだとまた破られます」
遠野さんがジャケットの内側から何か取りだそうとした時、
「え?!」
ケサランパサラン全体が一気に蠢き、潮が引くように中心に集まって、鳥の形を取った。
「早い!」
言いながら遠野さんは札を取り出し、また宙に投げる。さっきの何倍もの速さで網を作り出し、ドームの天辺が閉じられようとしたその時。
網の中の白い鳥が大きく羽ばたいた。
「うわ?!」
そこから生まれた風のためか、別の要因か、札が弾き飛ばされ光の網が掻き消える。
元ケサランパサラン、今や真っ白で巨大な怪鳥は、一声高く鳴いて飛んだ。
こちらに向かって。
「くっ!」
「えええなんで?!」
「良いから避けんぞ!」
てつに動かされ、すんでのところで鳥を避ける。鳥はそのまま道沿いの家に突っ込むかと思ったら急上昇し、今度は上から襲ってくる。
「杏さん!何故あたし達は襲われてるんでしょう?!」
「分かりません知りません!華珠貴さんはどう考えます?!」
「あたしも分かりません!」
パニクってるせいか無駄な会話を繰り広げる。しかも逃げている間に私とてつと華珠貴、遠野さんと美緒の二手に分かれてしまった。
どうしよう!多分こっち、てつしかちゃんと戦えるのがいないよ?!
「榊原さん!華珠貴さん!まずは自分の身を守る事を考えて下さい!てつさん!二人をお願いします!」
道路の反対側で遠野さんが叫ぶように言う。
「面倒くせぇなぁ……」
「わっ!」
「にゃっ?!」
一言ぼやくと、てつは私を使って華珠貴を小脇に抱えた。そしてそのまま走り出す。
「えっどっどこ行くの?!」
「これが……てつさんの力……!寸分の狂いもなく他人を操れるなんて……!!」
「一旦鳥から離れんだよ。それと華珠貴、この力は本来の俺の力じゃねえ」
喋りながらもどんどん鳥から離れていく。いや、離れるのは良いけど!
「遠野さん達どうすんの?!」
「自分の身を守れって言われたろう。あっちはあっちで対処出来るはずだ」
……その通りだな。美緒はどのくらいか分からないけど、遠野さんが色々出来るのは知っている。
「でも心配は心配……」
「ある程度離れりゃあ、鳥の意識はあっちへ向く。それから戻りゃいい……あ?」
「でももうだいぶ来たと思うけど……ん?」
私──てつの足が止まる。
「どうしました?……あれ?」
目の前の道、数メートル先に人がいる。
今、ここは立ち入り制限がされているのに、何故?というか、いつの間に?
訝る私達を気にかける様子もなく、目の前の人は口を開いた。
「やあ、お久しぶりです。藍鉄さん」
「増援っていつ来るんですか遠野さん!」
「もう来るはずなんですが!何か問題が起きたのかも知れません!」
遠野達は鳥を捕らえようとしていた。だが、足を落としても翼をもいでも、元が元なのでバラけてまたくっつく。その繰り返しでキリがない。
「無線も利かないって言ってましたよね?!悪い予感しかしないんですが?!」
美緒が苛立った声を出す。
「同感ですね!ですが、こいつをどうにかしない限りここを動けないのも確かです!」
遠野はもう何枚かしかない札を取り出し、一瞬考え込む。
「くそ、捕獲は諦める……!美緒さん!下がって下さい!」
そして鋭く札を飛ばす。札は鳥の頭、胴、両翼と両脚に張り付き、勢い良く燃えだした。
「ギャアアアアアアアアア!!!!」
「なるほど!ケサランパサランって燃えますね!」
巨大な火の玉のようになった鳥はある程度の形が崩れ始めると、そのまま道路に倒れ込んだ。……もう、動く事はない。
「近隣に被害が及びそうなのもあって使いたくなかったんですよね……背に腹は代えられませんでしたが」
遠野は言いながら、どこからか繋いできたホースでそれの周りに水を撒く。
「美緒さん、これが完全に燃え尽きたら念の為水をかけましょう」
「そうですね、後てつさん達を探さないと……」
美緒と遠野は、三人が走っていった方向へ目を向けた。
「あまり遠くへ行っていなければ良いんだけど……」
「立ち入り制限区域からは出ないでしょう。てつさんはその辺りも考えているでしょうし」
「まあ、そうですよね……それにしても」
美緒達はまだ燃えかすがくすぶっているケサランパサランに向き直る。
「こんなの、有り得ないですよね?」
「ええ。多分、大間さんが見たものも同じものでしょう、が……」
そこで遠野は灰になった残骸を、目を眇めるようにして眺める。
「植物に近いケサランパサランがあれだけの集団で、明確な意志を持ち、擬態のような事までする……しかも僕らを襲うというのは……封じられていた事もそうですし…………一言で言えば、訳が分からない」
「同感です」
「てつ、知り合い?てつのちゃんとした名前、知ってるみたいだけど」
「さあ?覚えちゃあいねぇなぁ」
この……タキシードを着てどっかの民族みたいなお面を被った目の前の人、は大仰な仕草で喋り出す。
「そんな姿になってしまって……私の事も忘れるなんて、哀れなのか滑稽と言えばいいか……。藍鉄さん、私はあなたを連れ戻しに来たんですよ」
「ああ?」
連れ戻す?
「ほら、思い出しましょう?あなたは、あなた以外の全てが憎くて憎くて堪らない、気に入らないものは根こそぎ血の海に沈める、そういうひとだったじゃあありませんか」
「てつさんそんな物騒な方だったんですか?」
地面に降ろされながら華珠貴が聞く。……見た夢を思い出す限り、血の海程ではないけどそんな感じだった?かも?ん?違うか?
「あー……俺を倒そうとかしてくるのはいたと思うが……それを返り討ちにした事か?」
あれそういう場面だったの。
「あーもう説得って面倒ですねえ……あなたのそういう気性、あまり好きじゃないんですが、まあ目的のためなので」
そう言うと、へんてこな衣装の人が目の前から消えた。
「ほら行きますよ」
後ろ?!速!
「行かねぇよ」
「ギャン!!」
あ、てつに裏拳をかまされて仰け反った。
「もうほんとヤダ!!もう全員連れて行きます!」
その人は顎をさすりながら叫ぶように言うと、もう片方の手を大きく回す。するとそこだけ景色が歪んだ。
またどっか連れてかれる?!
「えっ?!ちょっ!」
「どこ行くんです?!」
「だから行かねえって──」
「大切な人を助けるんでしょう?忘れたんですか?」
「は?」
「はあ?」
「大切な人?!」
思わぬ発言を聞かされた私達は一瞬動きを止めてしまい、そのまま歪みに吸い込まれた。
……けれど、私には。
お面の人のその言葉は、なぜかとても乾いて聞こえたのだ。
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