13 姐さん
なぜか筆が乗ってしまい、上旬中ですが二回目の更新となりました。
「……ぃ………ろ……ぉい、おい! 起きろ!」
「………ぅんあ?」
頬をべしべしと叩かれる感覚で、意識が浮上した。なんだ、こんな夜中に。
「起きたか?」
「……ねる……」
「起きろってんだよ」
叩かれまいと顔の向きを変えたら、今度は耳を引っ張ってきた。地味に痛い。
「……あー、もう……」
そういえばつい最近、同じようなやり取りをしたような……デジャビュ……。
「じゃない!」
「おわっ?」
勢い良く身を起こして辺りを見回す。
目に入ってきたのは、畳と板敷きと絨毯がパッチワークのようになっている床と、歪だったりまっすぐだったりする木の柱が何本もあるだだっ広い部屋だった。左右は障子が開け放たれ、時間の違う庭が広がっている。
「はっ……な、どっ……はあ?」
何ここどこどうなってんの?
私の周りには、勝手気ままに過ごしている猫達と、私の動きに驚いて変なポーズで固まっているてつ。
「あっお目覚めですか?」
左の、沢山の皐が植えられ燦々と日が射し込む庭から声がした。あの虎猫の声だ。
「今、何か気付けになりそうなものをお持ちしようかと……気分は如何でしょうか?」
庭から小走りでやってきたのは、あの虎猫と同じ色合いの髪の毛と猫耳が生え、セーラー服を着た中学生くらいの少女。スカートの裾から覗く尻尾は、二股に分かれていた。
なるほど、猫又なのか。
その猫又の少女が手に持っている籠には、何かの草が数種類入っていた。
「お連れしている途中で気絶なされたようで……」
「だから、人ってのは思いの外弱っちい生き物だっつったろう? もっと丁寧に扱え」
固まっていた体勢を立て直し、てつが言う。
「うん……まあ、良くはないです」
また、いつぞやのように情報が多い……!
私の言葉に少女は慌て出し、それを見た周りの猫達が集まりだした。
「え、ええ?! 大変です!」
「美緒ちゃん大丈夫?」
「大事なお客さんなんだから、何かあったら駄目だよ」
だろうとは思っていたが、周りの猫も普通に喋る。そして、この場の半分くらいの猫の尾が二股だと気付いた。
「いえ、そこまでじゃないんですけど……あの、みお、さん? で良いんですか?」
「あっはい! 申し遅れました、私、美緒と言います」
「……あの虎猫も美緒さんの姿って事で合ってます?」
「はい! 杏さんのお宅での事ですよね! あれも私です。……そっかぁ、杏さんは人だから姿を変えたりしないんですよね……」
しみじみ言われても。
「色々説明が欲しいですけど……私の名前を知ってるのは何でです?」
「ああ、俺が教えた」
だろうと思ったよてつぅ!!
「はい、てつさんにご自身と杏さんのお名前を教えて頂きました」
「……じゃあ、ここはどこで、どういう状況で今があるのか説明してもらっても良いでしょうか……」
なんだかため息を吐きたくなるが、なんとか呑み込んで話を進める。
「ここは異界と彼方の隙間に姐さんが作った、私達の住処です。杏さんはここにお連れする際に気を失われて……」
言われ、猫達の勢いに目が回ったとこまでは思い出した。あと、黒い靄みたいなものがまとわりついてきたような?
「最初びっくりしたんですが、てつさんが勢いに飲まれて気絶しただけだと。姐さんは奥の間に居るんですけど、杏さんが目を覚ますまではここで、と思って」
美緒の目線を辿ると、私の足元に薄掛け、頭の側に二つ折りになった座布団があった。それに気付くと、なんだかこそばゆくなってしまった。
「それはどうも……」
「んじゃあ杏も起きたし、姐さんとやらと話をしに行こうぜ」
てつの言葉に、様子を見てくると美緒は言い残して、さっきとは反対の楓や銀杏の葉が見事に色づいている庭へ出て行った。
その間どうするかと何気なく薄掛けを捲ったら、下にスマホを発見。
「うわっこんな所に」
持ってこれてたのか。……電源は入るが電波が通らない……。
「ねえ、あなた達」
「はい?」
電波を探そうとしたら、散らずに残っていた猫達に声をかけられた。人の姿になっているのも何人かいる。
「姐さんの事と併せて、華珠貴の事もどうにか出来ないだろうかね……?」
「かずき?」
てつが訝しんだ声を上げる。
「華珠貴の事は聞いてませんか? あの子今、変な風に行方知れずで」
別の猫が言う。
そういえばここに来る前、美緒がちらっと言っていたような……。
「姐さんも心配だけどあの子も別の意味で心配だよ」
「はあ」
「姐さんの事が心配なのは分かるけど、それがから回ってるんですよ」
「そうそうあんな飛び出し方するから」
「なんの話だ?」
「華珠貴さんですよ」
「まず華珠貴さんとは」
段々話の収拾がつかなくなってきた。私とてつを囲んで、猫達は右に左に忙しなく喋り、もう誰が誰と話しているのか分からない。
「おい杏、美緒を追いかけた方が早くねえか?」
「いやそれはさすがに……」
この話の輪を崩すのは少し躊躇いがある。というか、なんか怖い。
「おやまあ、皆でお客様を取り囲んで。困ってらっしゃるじゃないかい」
声と共に、凛とした空気が場を満たした。
「姐さん」
「姐さん、起きて平気なんですか?」
「お身体の具合どうです?」
私達を囲んでいた輪は、一気に『姐さん』に移動した。
「えーと、見えた?」
大移動のせいで姐さんの姿は未だ拝めず。
「見えちゃあいねえが、猫又だな」
やはり猫又なのか。猫又の大将だと思っとけば良いのかな?
「あたしに群がってどうするんだい。お客様の所まで行けないよ」
その声と共に、猫又だかりが割れ、私達と姐さんを繋ぐ一本道が出来た。
「ごめんなさいね。この子達が色々迷惑をかけたみたいで」
「あ、いえ……」
そこからやっと見えた姿は、聞いた通り弱さも見えたが、それを補って余りあるほどしなやかで美しく、しゃんとした存在感があった。
「ほお……」
少し翳のある顔だが、どこからどう見ても美人としか言いようがない。艶やかな黒髪は、日本髪と似た形に結い上げ、その猫耳を邪魔しないようにかつバランスよく簪や櫛で飾っている。また、十二単のようなそれでいてふわりとした印象の着物を着て、それが皺にならないような形で椅子に座っているようだった。その美しさと存在感に、自然と惹かれた。
後ろにどことなく顔を下に向けた美緒が付いている事に、遅れて気付く。
「あたしは鈴音と申します。この度はまこと、ご迷惑をおかけいたしました。お二方には突然降りかかった災難とは思いますが、どうか寛大なお心で見てやってくださいませんか」
「え、えっいやそこまでは」
椅子のまま頭を下げる鈴音さんに、私だけじゃなく周りも慌て出す。
「ちっ違います! 私がお二人を……」
「そんな、姐さんが謝るなんて」
「ごめんなさいぃ!」
おっと、また収拾がつかなくなりそうだぞ。
「その辺はどうでも良い。同郷のもんだってんなら、その話を聞かせて欲しいだけだ」
てつの声に、皆の動きが止まる。
「……ああ、あなたが」
椅子が滑るように動き出す。私達の前まで来ると鈴音さんは困ったような顔になった。
「……本当にそのお話を?」
「ああ。俺ぁピンと来てねえが、あんたは分かってんだろう?その辺を聞きてえな」
てつはぴょんと跳ね、私の頭に着地した。鈴音さんは、私とてつを見て少し躊躇いがちに頷く。
「……分かりました。では奥の間で──」
「て、てつさん!」
鈴音さんの言葉に美緒の声が被さる。
「おん?」
「姐さんと、た、楽しくお話して下さい! 姐さんに……!」
「こら美緒」
今度は鈴音さんが遮る。
「その気持ちはとても嬉しいのよ。でもそういう事ではないと、言ったでしょう?」
鈴音さんが笑いかけ、美緒は口を結ぶ。辺りもしん、と静まる。
「では、てつさん、杏さん。こちらへ」
そう言って秋の庭の縁側へ行く鈴音さんを追いかけようとして、立ち止まった。
「ん? どうした?」
私は美緒の前まで行くと、少し屈んで目線を合わせる。
「何が出来るか分からないけど、何もしないことはしない、です」
「!」
言って、鈴音さんの後を追う。
「お前なあ……」
「何?」
「良いけどよ……」
……だって、何がどういう事か分からないけど、あの顔からただ目を背けるのは嫌だったのだ。
あの、何も出来ないと理解させられた顔から。
ここまでお読み頂きありがとうございます。
いったそばから更新頻度がずれました。今月中にもう一話上げようと思います。(2019/6/8)
美緒の籠の中の草は薄荷とかドクダミとか薬草です。
 




