11 仲が良い
機器の説明をしてもらい、粗方使い方も分かった所でお昼になった。こういう現場作業の時は大体買い出しのご飯になるという事で、私は先ほどの眼鏡の男性、藤田健次さんと近くのコンビニに来ている。
「榊原さんは元々、こちらとは縁の薄い方だったんですね」
「そうなんです。だからここの所驚きの連続って感じで」
藤田さん、最初はかっちりした真面目そうな人かと思ったけど案外話しやすい。けど、ある一点をちらちら見るのは……まあ、気になるよな。
「……あの、藤田さんみたいなこういう事に携わってる人達でも、珍しいんですか? てつみたいのは」
今は結界から外れた所にいるので人がいる。だからてつにはお腹に戻ってもらっているのだが……。よそから見ると、藤田さん、見るからに女性のお腹に視線を向けている人になっている。ちょっと気付いて、という意味も込めてそんな質問をしてみた。
「! ……すみません、不躾に」
「えっいえ、そこまでは」
藤田さんはハッとして視線を逸らし、申し訳無さそうに口を開く。
「……自分達は事後処理を主にするので、あちらとは直接的な関わりは少ないんです。十年くらい前に大きな事態があって以来、そもそもの件数も減ったそうですし……自分はその後に入ったので経験も浅くて」
へえ、藤田さん若手な方なんだ。
「そうなんですね。私勝手に、もっとこう、危険と隣り合わせな仕事かなって印象を持ってました」
人数分のお昼を買って、大学に向かう。昼食代も手続きをすれば経費で落ちるというから、そこはホワイトに感じるな、この職場。
「そういう難易度の高い仕事もありますが、古くからの御家の方々や、才能があって特殊な訓練を受けたキャリアの方々の仕事になるので、自分達とは一線を画すというか」
「遠野はまあまあに見えたが、お前らと同じ持ち場なのか?」
周りに人がいなくなったから、声を出しても大丈夫と判断したらしい。急に聞こえたてつの声に驚きながらも、藤田さんは質問に答えてくれる。
「えっ……ああ、遠野さんは、自分達事後処理部隊の指揮も執りますし、事前調査や実行部隊としても動いてるそうです。才能も実力もある方なので色々な経験を積んでいるのだと思います」
将来有望な人材って事か。
「ほおん……?」
「なにその口振り……」
「いや、なに、あいつ自身はどうかねぇと思ってなぁ」
「?」
なにやら含みのある言い方に引っかかったが、待機組の所に到着してしまったので話は途切れてしまった。
お昼は、広場のベンチの所で食べる事になっている。なるべく現場から離れず、異常が見られた際にはすぐ動けるように、という事らしい。
「お待たせしました」
「わーありがとうございます! 冷やし中華ありました?」
お昼は、作業していた七人と遠野と私の九人分。リクエストされていたものをそれぞれに渡していく。
「はい、冷やし中華これですね」
大体配った所で遠野の姿がないことに気付く。
「あれ、遠野さんは?」
「遠野さんは念のためってもう一回見回りしてるよ。もうそろそろ戻るんじゃない?」
冷やし中華を受け取った女性が言う。
「そうですか」
見回り……ちらっと感じた変な空気について、「ちょっと気になる事が」と伝えたのと関係、してるのかな。
「電子系統は昨日の内に元に戻りましたし、他も異常は見つかりませんでしたし、この作業が終われば今日は終了ですかね?」
ネット環境がやられていたのは本当だが、それらについての休校は、ほぼこの作業のための方便だったと機器の説明とともに聞いた。
「そうなるだろうな。まあ何かあっても、収めてくれる人間がいるから大丈夫だろう」
たまごサンドを食べながら、藤田さんと年配の男性の会話を聞く。てつは、私がものを食べ出す前に出てきてまた頭に乗った。もう、そこが定位置なのか、そうなのか。
「お待たせしました」
そんな感じでお昼を食べていると、第五棟のほうから遠野が歩いてきた。
「お疲れ様です。何かありましたか?」
藤田さんがお昼を渡しながら尋ねる。
「いえ、特に問題はありませんでしたよ。作業も予定より進みましたし、今日は早めに終了出来るかも知れませんね」
じゃあ、私が気になっていた事も、思い過ごしだったのかな。
早く帰れそうだと分かって周りが少し沸き立つのを横目に、そんな風に思った。
「……それで、ここから何を?」
作業も終わり、解散したはずだが、私は何故第一棟の屋上にいるのか。
「榊原さんが言っていた『変な空気』はこの辺りを見て感じたんですよね。ここにちょっとした痕跡がありまして、その詳しい調査をしていこうと思います」
遠野はそう言い、屋上の広場側の柵に手を添える。本来屋上は立ち入り禁止だが、調査のためだからと今日は出入り出来る。
「問題は無いって言ってませんでした?」
「問題にするほどの緊急性は無いと判断しました。てつさんも、「土地の具合を見た」時にこれに気付いてましたよね?あえて指摘しなかったのだと思いましたが」
「まあ、覗いてやがるのは分かっちゃあいたが、言うほどのもんでもないだろう?」
なんだそれ。
「じゃあなんで私が言った時、何も反応しなかったの?」
「特に俺らには関係無えもんだと思ったしなぁ」
平坦な口調で言われ、なんだかむっとする。
「てつさんにはもう一度周辺を探ってもらいたいんですが、最大どのくらいまでの範囲を把握出来ますか?」
私達の話は完全スルーして、遠野は尋ねる。
「あー……今の調子じゃあ、あのでけえ橋くらいまでだな」
大きな橋、高速道路の事?
「ではそこまで、出来るだけ詳細にお願いします」
「面倒くせえが……杏、さっきみたいに手ぇ当ててみろ」
「? また私? てつが直接やった方が良いんじゃ?」
「お前を通した方が繋がりやすい」
原理は分からないが、その方がいいなら、まあ。今度は弾かれないようにしっかり膝突いて踏ん張ろう。
息を止めて、なんとなく集中する。頬に風が当たり、衝撃に身構える。
「……え」
意識が、引きずり込まれた。
自分の周りのものが、なんだか揺らめきを持って認識出来る。私全体で私以外の全てを認識してるような、なんだこれ?
「杏!」
「榊原さん!」
「……はっ?」
気付くと、さっきの手をついた格好のまま、遠野に肩を叩かれていた。
「痛っ……えっなんですか?」
周りの揺らめきも無くなっている。何だったんだ今の?
「……今、榊原さんは五分ほど意識を飛ばしていました」
「へ」
遠野はふぅっと息を吐いて、私の肩から手を離す。
「悪い……さっきいけたから大丈夫だろうと思っちまって、俺ぁ人の扱いに慣れてねえもんだから……」
てつが指をわさわさと動かす。あの、よく分からないけど、髪が崩れるので一旦止めて欲しい。
「えーと、失敗しちゃった?て事ですか?」
「いえ、周辺についての情報は把握出来ました。ここにある痕跡も、やはりてつさんに引かれて来た類のものですね。その他関連性のあるものも確認出来ました。ですが」
「俺の気に杏が引っ張られちまったんだなぁ……」
「引っ張られる」
遠野とてつが交互に説明してくれたが、要するに私の意識とてつの意識が混じりかけた、らしい。あの時、周りが揺らめいて感じたのも、てつがそう感じたのを共有していたからだそうで。
そのまま完全に混じっていたら、私の意識は消えていたそうだ。
「なっ怖!! なにそれ怖っ!!」
「申し訳ありません、僕の認識の甘さによるものです」
「悪い……」
戻ってこれたから良かったものの、あのままだったらと想像してぞっとする。
「榊原さんとてつさんの生命エネルギーの融合速度が、通常より早いのかも知れません。なにか対策を考えましょう」
そこからまた遠野の車で昨日ぶりの超自然対策委員会第25支部に行き、簡易検査で融合の進行が認められ、あのおじいさん医者に診てもらう事になった。
「うーん、検査結果と聞いた話を合わせても、全くその通りの事が起きてるとしか言えないねぇ」
「そうですかー」
二日続けて似たような検査をしたからか、疲れて声に力が入らない。
「すまないねぇ。こっちもあの検査をもとに調べてる段階で、あまり有用なものを持ってなくてねぇ」
「いえ…」
遠野も途中まで付き添いの形で居たのだが、別の仕事で呼ばれてしまったと席を外している。
「俺の気は出来るだけ抑えてんだが、あんまり意味ねえのか?」
「気……魂、生命エネルギーの事かな? うーん……どちらかというとそのものの量より相性だったりが強く働くからねえ。君は憑き物とも違うし……」
おじいさん先生は腕を組んでカルテを見る。
「うーん……君ら、仲良い?」
「はい?」
「おん?」
「いや、相性も重要だってちょっと話したでしょ?仲が良い、つまり気が合えば文字通り『気』が融合易い場合もあるんだよ」
言葉遊びのようでもあるが、そう聞くと途端にそう思えてくる。が、
「でも、私達仲………良い…………?」
「さあ………?」
私達自身がピンときていない。
「まあ、やれる事からやってみようか。取りあえず、これ以上仲良くならない事」
なんだか難しい指示を受けた。
ここまでお読み頂きありがとうございます。
季節と環境変化で体調を崩してしまったようで、一定期間更新頻度を抑えようかと思います。(明記してませんでしたが週一更新を目指してました。)
これからは月二回更新を目指して行こうかと。体調が安定次第、更新頻度も戻していこうと思います。(2019年5月28日)




