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【本編完結・後日譚更新中】人外になりかけてるらしいけど、私は元気です。  作者: 山法師
本編

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10 その力により引き寄せられ

「駐車場の入口ってこんな所にあったんだ……」


 大学の駐車場は地下と地上一階部分の二層構造になっている。その入口は正門のほぼ反対に位置する第六棟に、坂の途中なために半地下のような形で作られていた。

 遠野に言われたのは「大学の駐車場入口で待ち合わせる、昨日渡したケースを中身もそのまま丸ごと持ってくる事、動きやすい服装で」。

 私は入口横の誰もいない受付の前で立ち止まり、インターホンに手を伸ばす。


「それが遠野(とおの)が言ってたやつか?」


 周りに誰も居ないので、てつが普通に喋る。いや、誰もいないというより近寄らせていないというか……。


「そうそう。着いたら三回鳴らす……なんか緊張するな……」


 インターホンを三度押して待つ。入学してからこれまで、駐車場なんて使った事がないので部外者の気分だ。


「右だな」

「右?」


 てつの言葉を受け右を見ると、校舎へ続く坂の上に遠野が立っていた。昨日と同じ喪服のような格好に笑顔で、軽く手を挙げている。いつのまに、というかてつも良く気付くな。


「おはようございます。そのままこっちに来て下さい」

「あっはい、おはようございます」


 坂の上まで行くと、遠野が先導して校舎の間の通路を通っていく。広場まで直行するみたいだ。


「今日はこれから、主に異界人の痕跡と周辺への影響の調査をします。指示は基本僕がしますが、何か気付いた事などありましたら遠慮せず言って下さい」

「分かりました。……ちょっと聞いても良いですか?」

「どうぞ」


 遠野は歩調を緩め、私の隣に並んだ。

 今さらだけど、この人髪真っ白だなぁ。昨日も色が薄いとは思ったけど、太陽の下で見るとその白さというか透明さがとても良く分かる。


「来る時、大学の周りがいつもと違う感じがしたんですけど、何か関係ありますか?」

「それは、どんな」

「……周りに見えない壁があるような、薄いけど確実に人を寄せ付けない何かが張り巡らされている感じが」


 正門側の大通りはいつもと変わらず車も人もいたが、何故か大学に足を向ける人が全くいなかった。他の所も同様で、敷地の周り全体に見えない立ち入り禁止のテープが巻かれているかのような感覚を覚えた。


「それで、私もちょっと気が引けながらここまで来たんですけど……」

「それは今、簡易の結界を張っているからですね。僕らの調査はあまり目立つのは良くありませんから。人が多いこういう場所では、部外者が間違って入ってこないよう、無意識に足を遠のける程度の結界を張るんです」


 もしかしてと思ったが本当に結界とは。私達がそれに弾かれなかったのは、関係者だからだろうか。


「同様に、今建物内に組織(ぼくら)以外の人間はいません。さて、それで今回の調査なんですが」


 広場に着いて、私は目を瞬いた。


「……なんだこれ?」


 あの時とは違い、夜でもなければもやもない。けど、端から端までしっかりと見渡せる広場は、散々な荒れようだった。

 芝は捲れ、樹木は枝が折れるどころか幹から倒れかかっているものもある。ライトも幾つか割れてしまっているし、ベンチもひっくり返っているのが見える。地面のタイルや壁面もひびが入ってる所があるのが分かった。


「これは昨日の異界人によるものです。こちらと異界の澱みを吸収するために渦を起こした事で外的な影響を受けた……そこはよくある事なんですが、今回はその澱みと異界人の関係が問題でして」


 遠野は話しながら広場を突っ切る。ついて行きながら周りを見ると、広場に数人、遠野と同じような服装をした人達が作業しているのに気付いた。何か光を当てたり記録をつけているようだけど、あれは同僚とか先輩にあたる人達なんだろうか。


「僕の目視による確認とその他観測媒体から出た結論として、あの異界人は『小鬼』に近いものとされました。しかし、澱みを吸収した後の彼らは別の存在と認定されました。本来、あの種は変化(へんげ)出来たとしても変異はしないはずなんです」


 鬼達が輪になった場所まで来ると、遠野はそう言った。


「色々推測は出来ますが、今の我々の知識では解明出来ませんでした。てつさん、あなたの記憶や知識から、何か思い当たる点があれば教えて頂きたいのです」


 あの鬼達、ああいう進化みたいな事をするものじゃ無かったのか。


「……澱みってぇのは濁りの事か? あいつらは力をつけるために濁りを取り込んだだけだろう。それ自体は良くあるこった」

「良くある……」

「ああ。お前の言うように、小鬼ってやつは別のもんになったりはしねえ。どんだけでかくなろうが力をつけようが小鬼は小鬼のままだ。だが、あいつらは妙な成り方をしやがった」


 妙な、というと三つ目になったり身体が大人のようになった事だろうか。それとも私には分からない内部?

 てつの言葉を聞いて、遠野は顎に手を当てる。


「では、澱み──濁り自体はおかしなものではないと? 何か別の要因が?」

「つうより、全体的に何か引っかかる。ここはてめえらの土地なんだろう? 前触れやら何か無かったのか」


 てつと遠野が話している間、私は手持ち無沙汰だ。他の人を手伝ったり出来ないかとも思うが、てつが外に出ていないから動けないと気付く。


「前触れですか。そもそもここは同調地域とはずれているんですよ。小鬼は同調地域からわざわざここまでやって来ているし、濁りも同調時以外でこの地域に発生した事はありません」


 そう言うと、遠野はしゃがみ込み、芝が捲れた地面を撫でる。


「小鬼が現れた同調地域はてつさん、あなたを観測した地域です。この辺り一帯に残っていた異界の残滓を辿ると、全てではありませんが幾つかがてつさんとほぼ同じルートを辿ってここまでやって来ています」

「え、それって」

「あん?」


 遠野はしゃがんだまま、見上げるようにこちらに顔を向けた。


「その辺も踏まえての僕の仮説ですが、凝りと小鬼、どちらもてつさんに引き寄せられたのでは?」


 説明だけ聞くと、その通りに思えてくる。でもそしたら、そんなものを引き寄せるてつって……?


「……(あんず)、地面に手え当てろ」

「へ? えっと……こう?」


 さっきより幾分低い声でてつに言われ、遠野と同じ体勢になる。


「そんでちょいと息止めろ」

「えええ?」

「まあやってみろ」


 言われるがまま息を止める。

 風が顔に当たった、と思ったら何かに勢いよく弾かれた。


「うわっ?」

「っ! ……大丈夫ですか?」


 あまりの勢いに尻餅を着いてしまった。遠野が差し出した手を取り、起き上がる。


「何、今の」

「あー、土地の具合を見てたんだよ。杏、出るぞ」


 喉の異物感を覚えた、と同時にてつが出てきた。なんか出るの上手くなってない?


「まあ、大体遠野の言うとおりだな。引き寄せただと俺がしたみてえに聞こえるが、小鬼に辿られたのはその通りみてえだ」


 てつはそのまま跳ねて私の頭に着地する。


「だがなぁ……辿られるような覚えはねえ…………覚えてねえから分かんねえんだった……」

「やはり、てつさんが関係してましたか。なら問題ないですね」


 遠野は服に付いた土を払いながら言う。


「えっ問題ないんですか?」

「ええ。他の何かが原因であれば、また一から広範囲で手掛かりを捜さなければいませんでしたが、てつさんだと分かればそこ一点に絞れますので」


 そういうもん? なのか?


「てつさんは存在が規格外ですから。濁りが本来溜まらない場所で大量に集まったのも、てつさんの存在が歪みを起こしていたからという説が成り立ちます。その場合、変異についてもてつさんが関係している可能性が出て来ますが」


 規格外とか歪みとかまた気になるワードが出てくるな。って、


「そこまで分かっていたなら、私達をここに呼ぶ必要あったんですか?」


 ふと湧いた疑問を口にする。すると遠野は薄く笑って、辺りを見やる。


「現場検証って結構大事なんですよ。あとは新人研修みたいな部分もありますね。今回は危険性も高くありませんし、てつさんを少しずつ他の職員に認知してもらうのにも最適です」


 見ると、周りで作業していた人達がこちら、というかてつを見ていた。えっこれ小規模な御披露目会?


「うちは人の出入りが激しくて、こういう感じで少しずつ覚えてもらうしかないんですよねえ」


 そんな話を聞いていると、てつを見ていた内の一人がこっちにやって来た。


「遠野さん、確認作業終わりました。どれもただの物理的な損傷のみです」


 三十歳くらいに見える眼鏡の男性が、ピシッと姿勢を正して報告する。


「なら良かったです、ありがとうございます。こちらも目処がついたので残りの作業をしましょうか」

「了解しました」


 遠野の言葉に、その男性も他の人達も動き始める。

 ……あれ、もしかして遠野、偉い人?

 見るからに年上の人が指示に従ってるし、よく考えなくてもこの人達のリーダーポジションだもんね? 私と同じくらいか、いっても二十歳そこそこかと思ってたけど、もしかして結構偉いの? この界隈はあまり年齢は関係ない感じ?


「何か?」

「いえ、別に」


 顔を向けられ、咄嗟に目を逸らす。何か変な事言ってやしないかと今までの言動を思い返しながら、何気ない素振りで辺りを見る。

 そういえば濁りの竜巻はだいぶ高くまで行ってから降りてきたよな、と校舎の上に目を向けた。


「………?」

「さて、榊原(さかきばら)さんも作業に加わりましょう。ケースの中身を説明します」

「あ、はい」


 なにか、今、変な空気を感じたような。

 後ろ髪を引かれながらも、遠野と共にさっき報告しに来た男性の所に向かった。



「……へぇ? あたしと似た匂いがあったって?」


 首を傾げた拍子に、しゃらり、と華奢な音を奏でて髪飾りが揺れた。


「同郷のだれかさんかねぇ……」


 懐かしげな声音は揺蕩うでもなく零れ落ち、幾重にもなる衣に吸い込まれていく。

 ここの大気は薄い。己には合わない。さりとて、今さら帰る気もない。


「あの子はまだ戻らないのかい? ……そう」


 今はただ、それだけが気掛かりだ。



ここまでお読み頂きありがとうございます。

今回出てきた結界は強力な虫除けくらいの効果を想定しています。

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