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【本編完結・後日譚更新中】人外になりかけてるらしいけど、私は元気です。  作者: 山法師
後日譚

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26 小物

「いや、お待たせして申し訳ない」


 後藤(ごとう)さんが、遠野(とおの)さんの目の前になる座布団に座る。一重(かずしげ)さんは後藤さんの、こっちから見て左後ろの、畳に直に座った。


「随分と音沙汰が無いものですから、気を揉んでおりました。またお会いできて光栄です」


 後藤さんは堂々としながらも、こちらに気を使う言葉を使った。


「いえ、こちらこそ。これほどの時間を置いてしまい、申し訳なく思う次第です」


 遠野さんは笑顔を崩さないまま、けどこっちも堂々とした、そして余裕のある態度を示す。


「こちらは冬の装いですね。私達の方はまだ、少し秋めいていますから、季節を先取りした気分です」


 遠野さんが言うと、後藤さんは興味深そうにそれに応じる。


「ほう。そちらはまだ暖かいのですか」


 温暖化のせいだろうけど。

 そして、いくつか──形式的なものだろう、話をして、後藤さんが改まったように姿勢を正した。


「して、今回はどのような……」


 やっと本題が始まるみたいだな。


「ええ」


 遠野さんは笑みを崩さず、


「ほとんどいつものものです」

「ほとんど?」

「ええ。まあまず、中身を確認してください。榊原(さかきばら)

「はい」


 私の主な仕事はこれ。予め鞄に入れてある荷物を取り出して、遠野さんに渡す役。なんでも、遠野さん自身が鞄から出すのは体裁が悪いんだそうで。

 で、鞄から風呂敷に包まれた箱と、これまた風呂敷に包まれた薄べったい長方形のものを取り出し、遠野さんの横に置いた。

 遠野さんはそれらを引き寄せ、後藤さんの前に置く。


「……失礼いたします」


 後藤さんはそれを恭しく引き寄せると、まず、平べったい風呂敷の方を取った。そして、風呂敷を外していく。


「……確かに」


 出てきたのは(ふみ)。それも、後藤さん宛ではなく、武蔵ノ国を治める人──ひいては幕府へ通されることになっているもの。


「おお……!」


 後藤さんが驚きの声を出す。見慣れてるとは思うんだけど、いつもこういう反応なのかな。

 と、いうのも、この文、渡した相手がそれを手に取ると、次に渡すべき人への名前へと文字が変化する。前に支部で見せてもらったけど、どういう仕組みかさっぱり分からない。

 後藤さんはそれをまた丁寧に風呂敷に包み直し、今度は箱の方へ手を伸ばした。風呂敷を解くと、螺鈿の細工が施された漆塗りの箱が出てくる。


「では、失礼」


 後藤さんは緊張した面持ちでその蓋を開け、


「……」


 蓋を置きながらその中身──護符っぽいのや数珠っぽいもの、などなどを見つめ、少ししてから顔を上げ、遠野さんへ真面目な顔を向けた。


「こちらは、今回はどのような……」

「先ほど言った通り、いつもとほとんど同じものですが、こちらに来るまで時間がかかってしまいましたから、お詫びとして少し強力な魔除けもいくつか入れさせていただきました。その、紫の袋の中身がそれです」


 箱の中、後藤さんの手前の方に、紫の巾着袋が入っている。


「ここで確かめていただいて問題ありませんよ」


 にっこり言う遠野さんに、


「……では」


 後藤さんは巾着を取り、口を広げ、中身を確認する。


「……」


 すると後藤さんは、そこから黒い布に包まれた手のひらで握り込めそうなサイズのものを取り出した。そして一旦巾着を閉じ、戻して、黒い布を外していく。

 そこから出てきたのは。


「これは……?」


 それは、水晶が嵌め込まれた、小さくて短い、錫杖のような形をしたもの。


「それは、広範囲で物の怪を寄せ付けなくする、結界のような効果を発揮するものです。それなりの力を持つ物の怪でも、この力に怯え、引いてくれる」


 とは言うけど、てつほどの力があるヒトは入ってこれてしまう。けど、てつくらい強力な力を持つ物の怪も珍しい類なので、問題ないらしい。


「効果範囲は、その一つでこの敷地二つ分ほどでしょうか。それが(とお)、入っています。自由に使っていただいて構いません」


 遠野さんは笑顔を崩さず、


「|榊原」

「はい」


 私はまた鞄に手を入れ、さっきと同じような、風呂敷に包まれた箱を取り出し、遠野さんの横に置く。


「こちらを、どうぞ、上の方々に」


 遠野さんがそれを後藤さんの前に置く。後藤さんはゴクリとつばを飲み、


「……承りました」




 話が終わると、後藤さんは一重さんに箱を持たせ、文は自分の懐に入れ、「では、失礼させていただきます」と出ていった。籠町(かごまち)さん達が後から合流する事は伝えてあるから、まあ、これで一仕事終わったということだ。

 そして、私達はまた別の、広い部屋へ案内された。そこはさっきの部屋よりはキラキラしくないけど、それでも色々なところに手をかけているのが分かる部屋で。

 客間、的なとこなのかな。


「どうでした? 榊原さん、てつさん」


 置かれていた座布団の一つに座りながら、遠野さんが聞いてくる。


「いや、なんか、それなりに緊張しましたけど……後藤さんの方が緊張してる感じだったから、逆にほぐれました」


 畳に座り、足を伸ばしながら答えた。いや、良くない体勢だとは思うけど、その、ずっと正座してたから足が痺れてて……。


「小物だな」


 てつが言う。……後藤さんの事だろうか。


「立場だがなんだか知らねぇが、お前の圧に負けて怯えていた。隠してるつもりだったのかもしれねぇが、……あんなのがこの町の奉行で、町民は大丈夫なのか知れねぇな」


 ハッ、と笑うてつ。


「てつさん。周りに誰もいないから言ってるんでしょうが、誰かにそれを聞かれたらまずいので、極力心の内に収めていてくださいね」

「ケッ、面倒なこった」


 てつは仰向けになって、頭に手を回し、「寝る」と言って目を閉じてしまう。


「……あの、遠野さん……」


 言い難いので、遠野さんを見ながらてつを指さすと、


「まあ、大丈夫でしょう。何かあればてつさんは起きるでしょうし。榊原さんもゆっくりしていて良いですよ」

「はぁ……」


 と、てつがムクリと起きる。なんだと思っていると、遠くから足音が聞こえてきて、また女中さんだと思われる人達がやってきた。てつ、足音で起きたのか。


「昼餉をご用意させていただきました」


 女中さん達はそう言って、なんかこう、時代劇とかでよく見る箱っぽいのに乗ったご飯やらおかずやらを持ってきてくれた。


「ああ、ありがとうございます。置いておいてくださればこちらで適当にしますので、お願いします」

「畏まりました」


 遠野さんの言葉に女中さん達は頭を下げ、食事が乗った箱をふすまの近くに置くと、頭を下げてしずしずと出ていく。


「……これ、頂いていいんですか?」

「ええ。いつもこんな感じですから」

「毒やらの匂いはしねぇ。呪いの類の気配もしねぇ。大丈夫だろ」


 毒とか呪いとか、怖いことを言わないでほしい。

 で、三人で座布団に……てつは畳に胡座をかいて、それぞれの前に置いた食事に「いただきます」と手をつける。


「あ、美味しい」


 この江戸時代風の風土の食べ物だからちょっとどんな味か不安だったけど、どれも美味しい。


「手がかけられてますからね」


 遠野さんが言う。


「僕達は(もてな)すべき上客とされていますから、これはここでの特上の食事だと思いますよ」

「へえぇ……」

「まあ、こっちは突然の訪問ですから、食事番の方々にご迷惑をかけてしまったとは思いますが」

「あぁ……」


 食材を急いで調達したり、有り合わせに見えないように工夫してくれてるって事だろう。ありがとうございます。


「……足りねぇな」


 ボソリと、てつが言った。


「帰ったらいっぱい食べれるんだから、ここにいる間は我慢してよ? あ、その辺の木になってる果物とか、外に出してある誰かの食べ物とか、勝手に食べちゃ駄目だよ?」

「んな事するか」


 てつは呆れたような顔を私に向けたあと、またゴロリと寝そべって、目を閉じる。


「……ごちそうさまでした。……これ、どうすればいいんですかね?」

「外に置いておけば片付けてくれるでしょう」


 遠野さんも食べ終わり、二人して箱、というか台ごと食事の物を廊下へ出した。


「……」


 やることがない。

 遠野さんはノートに筆ペンでなにか書いてるけど、私が書くべきものは思いつかないし、てつは寝てるし、ここにはスマホもないし。

 どうするかな。……お庭を散策とかしてもいいんだろうか。


「遠野さん」

「なんでしょう」

「いえ、あの。ここのお庭とか、見に行ってもいいんですかね?」

「ああ、いいと思いますよ。けど、あまり遅くならないようにしてくださいね」

「分かりました」


 さて。では、遠野さんの許可も出た事だし。

 で、一応鞄を持って、立ち上がると。


「俺も行く」


 いつの間に起きていたのか、てつが私の横に立っていた。


「……えーっと」

「良いんじゃないですか? 榊原さんに何かあって、一人じゃ対処できない時は、てつさんが手を貸してあげてください」


 許可が降りた。

 てつは腰に刀を差し、鞄を引っ掴むと、


「おら、行くぞ」


 と、襖を開け、廊下に出て、私へと振り向く。


「……」


 まあ、いいか。


「はいはい」


 てつってこういう性格だもんな。


「あ?」

「なんでも」

「では、行ってらっしゃい」

「あ、はい。行ってきます」


 そう言って、襖を閉めた。 




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