25 後藤宗悦の屋敷
……うん、お屋敷だな。
後藤さんの家に着いて、それを直で見ての感想は、とてもシンプルなものになった。
いやだって、和風のお屋敷なんて私達の世界、というか国にも沢山あるし、なにより鈴音さん達のお屋敷で見慣れてる。それに、ついこの間、遠野さんの豪邸を見たばかりで、あまり凄さを感じられない。
……なんか、すいません。
「お努めお疲れ様です。私達、"委員会"の者ですが……先触れが行ってると聞きましたが、どうなっていますか?」
遠野さんが、大きな門の前に立つ、厳つい門番さんらしき二人のうちの片方に、証の板を見せながら話しかける。
すると、その人は眉をピクリと動かし、もう一人を呼んだ。
「……本物か?」
「本物だろう。さっきの先触れ通りだ」
ひそひそと、けど結構聞こえる声で言葉を交わす。そして、中に一人が入っていき、
「少々、お待ちを」
もう一人が、私達を見定めるような目をしながら、そう言った。
「……」
ジロジロと、上から下まで眺められる。いい気分じゃないけど、気を読むに、見慣れない私達を警戒しているらしかった。要するに、お仕事をちゃんとしているという訳だ。
お疲れ様です。
そのまま立っていると、ギィィ……と音をさせて、大きな門の横にある、普通サイズの扉が開いた。
出できたのは、引っ込んだ方の門番さんと、青と灰色の中間みたいな色の着物を着た、三十歳くらいに見える男性。
「道端でお待たせしてしまって申し訳ございません。どうぞ、中へお入りください」
遠野さんより少し背丈の低いその人は、中腰で頭を下げ、その扉の奥へと私達を促した。
コツ、コツ。ブーツの踵が石畳の上を歩く度、硬質な音がする。入った門から考えるに、この道は正規の道じゃないんだろうけど、地面には石畳、横の庭木はキレイに剪定されていて、赤や白の椿が咲いていた。
そして、その道、庭? を歩いていくと、大きなお屋敷が見えてくる。
青とも銀ともつかない、陽の光を照り返す瓦屋根。漆喰の壁。先導してくれていた三十歳くらいのその人──もらった書類の記憶を掘り返し、一重さんだと思い出す──は、ガラリと戸を開けると、
「どうぞ」
と、頭を下げた。
「ありがとうございます」
遠野さんはにっこりと、なんでもないことのように、そのまま玄関に入る。私は少しためらったけど、てつも無言で入るもんだから、
「……お邪魔します……」
と、ついていかざるを得なかった。
玄関に入ると、その広さにも目がいったけど、
「「ようこそ、おいでくださいました」」
玄関先で座って頭を下げる若い女性二人に、より目を見開いてしまった。
ところどころに細かい花柄があしらわれてる着物を着てるその二人は、膝をついて私達に頭を下げている。下げた状態で、待ってたんだ。
「お履物を」
「え?」
顔を上げた女の人達のうちの一人が、私に顔を向ける。
「お履物をお脱ぎするのを、お手伝いいたします」
えっ。……これは、従ったほうが良いんだろうか。
「いえ、僕らの履物は少々特殊です。慣れないあなた方に手伝っていただくより、自分で脱いだほうが手間もないので、大丈夫です」
遠野さんがそう言うと、
「「失礼いたしました」」
女性二人はまた声を揃えて、今度は座ったまま壁の隅に背を向け、動きを止める。
「申し訳ありません。お客様の手を煩わせてしまうなど」
入ってきてた一重さんが頭を下げる。
「いえ。これはこちらの勝手な言い分ですから。では、場所をお借りしますね」
遠野さんは玄関に腰を下ろすと、靴を脱ぎ始める。それにハッとして、私も隣に座り、ブーツを脱ぐ。てつは──
「……」
いつの間に靴を脱いだのか、床にはその靴がキレイに並べられ、てつ自身は玄関に立って私を見下ろしていた。
……なんで私、見下されてるんだろう。
靴を脱ぎ終わると、手荷物を、と言われたけど、遠野さんがそれを断ったので、私もそれに倣った。そしてまた一重さんの先導で、廊下の奥に案内される。……てつの靴、どうなるんだろう。そのうち消えるとかするんだろうか。
一重さん、遠野さん、私、てつ。そして、しずしずと殿を務める女性二人。
廊下を曲がると、縁側のような場所に出た。右が襖、左が庭。さっき通った道も静かな雰囲気で綺麗だったけど、この庭は贅を尽くされているんだろうな、と一目で分かる造りをしていた。
石畳、手入れされた庭木、池もあって、池には小さな橋がかかっている。池の水面に時折白っぽいのや黒っぽい魚の影が見えて、たぶん、鯉か何かがいるんだろうな、と思った。
「こちらでお待ち下さい」
通された部屋は、そう広くはないけど、これまた金がかかっていると分かる、それでいてその金のかけ具合が品を感じさせるような部屋だった。
十畳ほどの畳敷のその部屋には、掛け軸や生花なんかがあって、飾り棚には凝った作りだったり見た目が良かったりする置物。そして奥には綺麗な模様があしらわれた火鉢。
部屋にはすでに、三枚と一枚の座布団が向かい合わせになっているように置かれていて、たぶん、三枚の方に私達が、一枚の方に後藤さんが座るんだろうな、と推測した。
一重さん達が襖を閉め、その足音が遠くなっていく。と、
「肩が凝る」
てつがどっかりと襖の脇に腰を下ろして、胡座をかいた。
「てつさん。今はそれでも良いですけど、誰か人が来たらちゃんとしてくださいね?」
「わぁってる」
苦笑しながら刀を腰から抜く遠野さんの言葉に、投げやりに答えるてつ。本当に分かってるのか心配になるけど、まあ、嫌だったら嫌だという性格だし、大丈夫だろう。たぶん。
「てつさんも榊原さんも、刀を外しておいてくださいね」
「あ、はい。分かりました」
で、言われた通りに刀を紐から外した時。
カンッ
「?」
カンッ、カンッ、……ジャシャ!
……遠くから、変な音が聞こえる。
そっちに顔を向けるけど、そこは壁なので何も見えない。なんの音だろう。
あ、てつにも聞こえてるかな、これ。
「……ね、てつ」
「あ?」
「なんかさ、カンッ、カンッ、て、硬いものがどっかに当たる音が聞こえない?」
「ああ、聞こえてるが?」
だからどうした、というような空気を出してくる。
「……。いや、何かなーって」
「棒っきれ同士で叩き合ってんだろ。この音は木の棒の音だ」
「木の棒?」
「ああ、剣の稽古をしているんじゃないですかね」
遠野さんが、真ん中かつ少し前に出されている座布団に座り、鞄を肩から外しながら言う。遠野さんも胡座か。椅子じゃないからかな。
「剣の稽古、ですか」
「あ、剣というより刀ですかね。榊原さん、後藤さんの正妻さんの息子さん達の事は覚えていますか?」
「え? はい」
私もずっと立っているのはなんなので、襖近くの座布団に、鞄を肩から外しながら座る。足を痺れさせたくないので、足は少し崩した。
「その息子さん──敬太郎さんか善次郎さんが稽古をしているんでしょう。それにしても、よく聴こえますね。僕にはその音はさっぱり拾えていないんですが」
「あー、まあ、私、耳、良くなっちゃいましたしねぇ……」
稽古かぁ。写真の敬太郎さんは八歳くらいに見えたし、善次郎さんも五歳くらいに見えたけど、もうそんなことをしてるのか。大変だなぁ。
そんな事を考えていたら、二人ほどの、廊下を擦るような足音が聞こえてきた。お? 後藤さんか?
「てつ、離れて、襖から。誰か来る音、聞こえてるでしょ」
「あ? ……チッ」
てつは背もたれにしていた襖から離れ、私の横、襖から一番遠い座布団の上にどかりと座る。
と、「失礼いたします」という女性の声がして、スッと襖が開けられる。
そこに居たのは、さっきとは違う、けどやっぱり若い女性二人だった。
「粗茶ですが、ご用意させていただきました。当主はまだ時間がかかるとの報せが入りましたので、もうしばらくお持ちいただけると幸いです」
「はい。分かりました」
遠野さんが頷くのを見て、女性二人は部屋にしずしずと入ってくる。二人は一つずつ漆塗りっぽいお盆を持っていて、その上にもまた丸くて小さめのお盆が乗っていて、そのお盆には湯呑に入ったお茶と、小さくてこれまた品の良さそうなお皿に乗った和菓子らしきお菓子があった。
さっきの人達もこの人達も、女中っていう人達なのかな、と思いながら、自分達の前に置かれていく丸いお盆を眺める。
「お気遣いありがとうございます」
「あ、ありがとうございます」
遠野さんがにこりと言って、そうだった、と私もお礼を言う。
二人の女の人は頭を下げると、部屋から出ていった。
「……これ、食べていいんですか?」
お皿の上のお菓子は、この季節に合わせてか、赤い色をした牡丹の花のようなそうでないような、でも可愛らしい見た目をしている。
「ええ。食べないと逆に失礼に当たりますからね。遠慮なくいただきましょう」
やった。
私はまずお茶を一口飲んで、喉を潤わせてからお皿を持ち、綺麗なそのお菓子を眺める。
と、ふと横を見たら。
「……」
てつが手掴みでお菓子を掴んで、一口で食べていた。
「……てつ」
「あん?」
「なんかこう、もっと見た目を楽しむとか、味を楽しむとかしようよ……」
「味は理解してる。それに、腹に入れば同じだろう」
そりゃそうだけどさ。風情とか楽しもうよ?
私はゆっくりお菓子を食べ、お茶を飲んで、ほっと一息ついた。
そしたらちょうど、また足音が二つ。今度こそ後藤さんだろうか。
「二人とも、一応正座をしていてくださいね」
遠野さんも近くなってきたその足音に気付いたらしく、姿勢を正して私達にそう声をかける。
そして、襖が開かれた。
「……お待たせいたしました」
入ってきたのは一重さんと、堂々とした歩き方をする四十手前くらいの男性。顔を見て、資料の通りの顔だな、と思った。
この人が、後藤宗悦さんか。




