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【本編完結・後日譚更新中】人外になりかけてるらしいけど、私は元気です。  作者: 山法師
後日譚

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22 刀の使い道

 伊里院(いりいん)さんは籠町(かごまち)さんの聞き取りも終えたらしく、遠野(とおの)さんの元へと戻っていく。そして何事か話してから、遠野さんが全体を見回した。


「では、初参加の榊原(さかきばら)さんとてつさんも居ますので、備品についての説明をしていきます。服装は、通常通りに異界では異国情緒あるように見えるデザインになっています。こちらと異界との区別を見せるためですね。そして、あちらでは極力こちらの技術──電子機器などは見せないように。その鞄に入れてもらっているトランシーバーなどですね。で、」


 遠野さんは慣れた様子で、スラリと刀を抜き、軽く構えた。


「刀も通常通り、本物です。さて、榊原さん。この動作、出来ますか?」


 遠野さんは刀を納めながら、軽く言う。


「え、……やってみます……」


 いきなり言われたけど、これは、やる流れなんだろうな。


「……っ……うぐ」


 イスから立ち上がり、見様見真似で刀を抜こうとしたら、途中で引っかかってしまった。

 これ、見ただけだと簡単そうなのに、やろうとするとすごい難しい……!


「流石に初めてとなると、難しいですね。籠町さん、榊原さんに教えてあげて下さい」

「了解。榊原さん、これはね、コツがあるんだよ。まずね、左手で鞘を持って──」


 遠野さんに言われ、籠町さんは持っている自分の刀で指導してくれる。その教え通りに何回かやっていると、少しガタつくものの、一応は抜けるようになった。


「おお、飲み込みが早いねぇ」

「ありがとうございます」


 籠町さんにお礼を言う。

 で、てつはというと。


「刀なんか必要ねぇ。てめぇのモンがある」

「そういう訳にはいかないんですよ」


 と、遠野さんに説得されていた。


「……てつさん」


 それを見ていた中野(なかの)さんが、静かに声を発した。


「我々、と言っていいか分からないが……俺やあなたは──物の怪と呼ばれていたあの、異界と呼ぶあの世界に居た頃と、今とでは立場が違う。ただそこに居るだけの存在じゃない」

「あ?」


 中野さんの言葉に、てつが目を細める。てつとほとんど変わりない、長身の中野さんは、その深い青緑と静かに見つめ合う。


「俺達は、あちらからは異人として扱われる。要するに、人間として、だ。俺達の本来持つ力は、極力見せないようにしなければならない」

「そうは言うが、いざとなれば使うんだろう?」

「その"いざ"は、本来有り得てはならない事だ。……てつさん。俺達は、友好な関係を構築するために、あちらの人間に会いに行くんだ。和を乱す事はもちろん、仲間を危険に晒す事など、それこそ有り得てはならない。……俺は、ここのひと達に助けられ、今ここにいる。あなたも大なり小なり理由があって、ここに戻って来たんだろう?」


 てつの眉が、ピクリと動いた。


「あなたのこれからの行動は、今後のあなたの評価へと直結する。不快に感じるかもしれないが、思うままに動くだけじゃ、今のその、不自由さからは逃れられない。……分かって欲しい」


 中野さんはそう言って、真面目な表情のまま、口を閉じる。てつは片眉を上げ、睨みつける、とはまた違った、けれど強い視線で中野さんを見た。


「……ハァ……っとに、面倒だ」


 てつは頭をガシガシとかき、刀に手をかける。そして、スラリと綺麗に、それを抜いた。


「これで満足か?」


 ……一発で、出来るんかい。


「てつさんは、刀を使った事があるの?」

「無いが、使っている奴らを見た事はある」


 籠町さんの質問に、てつはまた、綺麗な動きで刀を鞘に戻しながら答えた。


「だから、それを真似ただけだ」

「へぇ……すごいね」


 籠町さんの言葉に、力強く頷きたくなった。

 こちとら、教えてもらってやっとガダガダと抜けるようになった程度なのに。


「で、遠野。友好な関係と言っているが、なら何故、これ(・・)がいる?」


 てつは、刀の柄を軽く叩きながら、そう聞いた。


「こいつはモノをたたっ斬るためのモンだろう?」

「叩き斬る、だけではないんですよ、てつさん」


 遠野さんは自分の、黒を基調にした刀の柄に手をかけながら、


「これは、護身のために持つ、という意味もありますが……一番は、権力を見せつけるためです」

「ほぉ」

「仕立てに金と手間がかけられた衣服、清潔さ、そして装飾品に、この刀。見る者が見れば、これを身に着けている者にどんな背景があるか、一瞬にして想像が出来てしまうでしょう。そのための、これらです」

「……なるほどな。分かり易い」


 てつの言葉に、にっこりと笑顔を返した遠野さんは、


「それで、榊原さん」

「えっ、はい」

「これは、護身用でもあると言いましたね。なので、簡単に構えられるくらいには、なっていてもらいたいんです」

「か、構え……」

「ええ」


 遠野さんは、またにっこりと、爽やかな笑顔を見せた。


「構えられさえすれば良いので。本来異界では──主に、僕らの行く場所では、ですが。子女は刀を持ちません。ですので、腰に下げているだけでも抑止力となります。ですが、それを扱えないと知られると、逆にそれは弱みとなり、厄介事を招いてしまいます。という訳で、構えだけでも、習得してください」


 そんな、ド素人に、あと二週間ちょいで剣術を習得しろと?


「む、無理では……?」

「いえ、大丈夫でしょう。先程の籠町さんとのやり取りを見た限りでは、あなたは剣術の飲み込みが早い。構えくらいなら、一週間と経たずに出来るようになると、僕は思いますよ」

「ええぇ……」


 出来るようになる、というより、出来るようになれ、と言われている気分だ。

 ……でも、遠野さんは、こういう時、当てずっぽうな事は言わない。


「わ、分かりました……練習、します」

「はい、お願いします」


 こうして、私のシフトは、剣術指導に全て持っていかれる事になった。




「ふぅ……」


 それから三日。私はてつの洞窟で、自分の刀を抜く、構える、納める、の動作の確認をしていた。


「……どう?」

「まあ、出来てんじゃねえか?」

「ねえか? はやめてってば。確実な言葉が欲しいんだって」


 私の指導をしてくれる事になったのは、籠町さんと、なんと、てつだ。

 あの後、てつは一通りの刀の動作確認をして、問題ないとなり。その場でテーブルを移動させ作った空間で、中野さんと殺陣のような事までやり、実戦も問題ないとされ。


「では、てつさんはこれで大丈夫ですね。後は榊原さんですが……」


 で、刀を腰に下げるという、同じスタイルをしている籠町さんと、一緒にいる時間が多いてつに、剣術指南を受けることになった。

 まあ、指南と言っても、構えが出来るようになるまでだけどね。


「……じゃあ、もう一度、やってみろ」


 寝そべっていた狼はむくりと頭を上げ、こちらへと顔を向けた。

 言われた通り、刀を鞘に、少しガタつきながらも納め、もう一度抜く。

 一応、抜くのは、引っかかりもなく、スラリ、と抜けている感覚はあるんだけど。


「型は良いだろう。が、重心がブレてるな」

「……えっと、どうブレてるんでしょうか」

「あー、なんだ。体重移動、だっけか? それが滑らかに行えてねぇ。もっと右足を前に出せ。足を広げろ、前後にだ。で、少し腰を落として、やってみろ」

「……こう?」


 言われた通りの体勢になって、刀を抜く。心持ち、さっきよりスムーズに抜けたような気もする。


「そんな感じだな」

「……てつ、ホントに刀、使った事なかったの? ここ三日思うんだけど、教え方がものすごく的確なんだけど」


 籠町さんにも、指導はしてもらってる。籠町さんの教え方だって分かりやすくて覚えやすい。けど、籠町さんよりてつの方が、圧倒的に教え方が具体的、というか、実践的だ。


「ねぇっつってんだろ。俺ぁてめぇのモンがある。そんな細っこい刀なんぞ、折れそうで頼りたくねぇな」


 てつはそう言って、尻尾をゆらりと振った。


「俺は見た事があるだけだ。そこらの人間が振り回しているのやら、軟弱な奴らが山を荒そうと入り込んできた時に、持っていたりしたのをな。まぁ、どれもこれも、向かってきた奴のはへし折ってやったが」


 ハッ、と、嗤うんだかなんだか息を吐いたてつは、「で」 と言って、狼男の姿になった。


「構えを覚えんだろう? 抜くのは出来てんだ、そこからの一連の動作で覚えなきゃあ意味がねぇだろう」

「……」


 なんだろう、てつが頼もしく見える。


「おい、聞いてんのか」

「あ、うん。聞いてる聞いてる。構えだよね」


 また、刀を納める。そして今度は抜きながら、切っ先を前に向け、両手で持ち直した。


「先がブレてる。止めろ」

「や、これ、難しいんだよ……?」


 刀の重さは、あまり関係ない。というか、ほぼ重さは感じてない。私の腕力が人並外れているからだろう。

 けど、繊細な動きとなると、途端、刀の操作が難しくなる。


「腕だけで持つからだ。全身に力を込めろ」

「全身に……」


 やってみるが、てつは頭を振った。駄目だったようだ。


「……ハァ、こうだ」


 てつが私の手から刀を引っこ抜き、構える。


「おお……」


 会議室でもそれは見たけど、やっぱり様になっていた。


「分かったか。やってみろ」

「りょ、了解……」


 てつから刀を渡され、握る。

 いまいち分かってはいないけど、今見た通りの動きと体勢を意識して、やってみる、と。


「……まぁ、マシにはなった」


 てつが腕を組みながら、やや渋い声でそう評価した。


「後は慣れだ。繰り返せ。体に動きを染付けさせろ」

「……うぃ」

「あ?」

「なんでもないです、はい」




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