21 非日常的な衣装
「……」
着替えを終え、確認のために室内に置かれた鏡の前に立った。
可愛らしい、和洋入り混じった水色の衣装だ。加えて、腰の左側には刀、右側には作りの良い鞄を下げて。あのバレッタは、着方が書いてある紙の指示通りに、ハーフアップにして留めた。室内だからと着ていないコートは、左腕にかけている。
そんな自分の姿を見た私は、複雑な気持ちになった。
端的に言うと、「なにしてんだろう、私は」だ。
コスプレなんてした事もない私だ。この、非日常的な衣装を着ているだけで、なんとなく気恥ずかしさを覚える。
「良く似合ってるじゃない」
横から、同じく着替え終わった籠町さんが、そう言ってくれる。
「……どうも……」
「あはぁ、変な顔になっちゃってるねぇ」
籠町さんは、苦笑しながら隣に立った。
「こういうの着るの、初めて?」
「はい」
「そっかぁ。まあ、私も、最初はちょっと抵抗あったけど、何度もやっていくうちに慣れてくよ」
そう言う籠町さんは、私と同じく非日常的な服を着ているのに、なんだか堂に入っている。
これが、経験者との、差か。
「あ、あとね。もう少しメイクを派手にすると馴染むよ」
「え、そうなんですか?」
言われれば、籠町さんはさっきより少し濃いメイクになっていた。
私は、日常的にほぼノーメイクで過ごしている。いざという時や冠婚葬祭なんかでは、ちゃんとするけど。
「やる? 道具、持ってる?」
「持ってます。教えてください」
いざという時のために持っているメイク道具が、こんなところで役に立つとは。
籠町さんに、どうやればこの出で立ちと馴染むか教えてもらい、少し籠町さんのメイク道具もお借りしながらメイクをしていって、もう一度、鏡の前に立つ。
「……おぉ……」
さっきより少し、違和感が減った、気がする。
「服が派手だからねー。顔も派手にしないと、釣り合いが取れないんだよ」
「なるほど、勉強になります」
感謝を込めて頷くと、籠町さんはピッと右の人差し指を立てた。
「あと、一つ言っとくとね。自分のメイク道具を仕事に使うのが嫌だったら、申請すれば支給されるよ」
「え?! そんな事していいんですか?!」
「いいんだよー。メイクしていく場合、必然的に道具一式持っていかなくちゃいけないでしょ? 異界で何かあって紛失したり、使えなくなったりする可能性は大いにあるから。だから、仕事道具としての申請が利くんだよ」
「マジですか……」
「マジなんだよ」
意外な福利厚生に驚く私に、真面目な顔をして頷く籠町さん。
「じゃ、準備も整ったところで。戻りましょうかね」
「あ、はい」
そうだった。衣装に気を取られてそっちが頭から抜けかけていた。
私達が会議室に戻ると、他のメンバーはもう全員揃っていた。
「おや、一番最後だったか」
「すみません、遅くなりました」
室内を見回せば、そこはさっきとは違い、和風コスプレ会場のような様相を呈していた。……少なくとも、そう思えてしまった。
「いえ、大丈夫ですよ」
と言う遠野さんは、モノクロを基調に、青が差し色になっていると思われる、やっぱり洋物の要素が入った、着物と袴と羽織。で、手袋。靴は革靴。中野さんも同じような作りで、茶色を基調にしたものを着ている。稲生さんは、緑が主だ。
そして、このために、人間姿になっているてつは。
「……」
私をじっと見てくる事は置いといて。
一番最初に人間の姿になった時のものと、シルエットだけはすごく近い姿になっていた。
ギラギラの金髪は長髪に戻って? いて、高い位置で結われている。そしてグレーの着物に濃い青の袴。そこに、光沢のある濃いグレーの羽織と、革靴。着物の中には黒のシャツを着ていて、手袋も黒だった。
ちなみにこの四人も、鞄の他に、腰に刀を下げて──えっと、袴に、差してるな。紐じゃないんだ。
そして、伊里院さん以外が非日常的な出で立ちなおかげで、普通にスーツを着ている伊里院さんの方が逆に目立っているような気さえしてくる始末だ。
「……?」
そんな中、少しこの光景に、今言ったのとは別の、違和感を覚えた。
「……てつ、その服、……いつもみたいに出してる?」
「ああ」
やっぱり。
てつ、服を着ていないんだ。いや、見た目には着てるんだけど。狼姿から変わる時みたいに、服を変化で出している。私の感覚が合ってるなら、肩にかけた鞄と、腰に差した刀だけが、本物だ。
「って、いいんですか? てつもあのダンボール、貰ってたのに……」
ダンボールがあったという事は、中に衣装があったという事だと思うんだけど。
「それがですね、着る段階で、少し問題が起きまして」
遠野さんが、苦笑しながら教えてくれる。
その話を聞くと。
まず、そもそもとして、てつが服を着るのを嫌がったそうで。
「もとに戻る時に邪魔だ」
と、説得を試みようとした遠野さんの言葉を歯牙にもかけず、一蹴した。鞄と刀も、同じように付けようとしなかったらしいけど、
「体裁だけでも同じにして下さい。鞄と刀も出せるなら、出して頂いて構いませんから」
と、遠野さんに言われ。
出そうとしたところ、上手くいかなかったらしい。
だから鞄と刀は本物な訳ね。
「……」
それが悔しいのかなんなのか、てつは憮然とした表情のまま、私から目を逸らした。
「榊原さん、サイズや着心地はどうですか? 動くとキツイ箇所があったり、引っかかる感じなどは」
こっちに歩いてきた伊里院さんに言われ、そういえば、と腕を上げ下げしてみたりする。
「……大丈夫だと思います。……ただ」
「ただ?」
「……注文、つけられるなら……。この、パニエ、もう少しボリュームを抑えられませんかね……?」
「ボリューム、ですか」
私が言うと、伊里院さんは私の全体を見るために、一歩二歩と下がる。
「うーん……シルエット的には、イメージ画との差異はないように思えますが……動き辛いですか?」
「……いえ、動くのは、大丈夫です……」
「だとしたら、どこら辺が問題でしょう?」
ああ、曇りなき眼で見ないでください。これは私のわがままなんです。ただ、この可愛らしく見えるよう計算されたパニエのボリュームを減らして、少しは、スッキリさせたい、そんなわがままなだけなんです。
「……いや、やっぱり大丈夫です」
「? そうですか? 些細な事でも言ってくださって構いませんよ?」
「いえ、大丈夫になりました……」
「そうですか……?」
「あ、でも。一ついいですか?」
「はい、なんでしょう?」
私は、さっき籠町さんに聞いた、メイク用品の申請の話をする。伊里院さんは「はい、大丈夫ですよ」と、笑顔で言ってくれて、そこの問題は解決した。
けど、結局、パニエの事は言えなかった。なんか、言えないんだよ。もうどうしようもないので、気持ちを切り替えよう。
そう、この姿で街を歩く訳じゃなし。見られるにしても、それはこのメンバーと、異界のひと達だ。あ、あと、これを制作したひと達もか。
……結構いるな。……まあ、いいか。
私がもうないと言ったので、伊里院さんは持っていた書類に私が言ったそれらを書き留め、籠町さんの方へと行った。そして、同じような質問をして、確認を取っていく。
「……えっと、座っても大丈夫ですか?」
伊里院さんに問いかけると、「あっすみません。はい、座って大丈夫です」と返答を受けた。
ので、座らせていただく。
……おお、パニエ履いてるからか、お尻の辺りにちょっと抵抗があるな。
と、ドカッ、とてつが隣に座ってきた。
「……杏」
「ん?」
「その顔、何か、したか」
イスの背もたれに背を預け、腕を組んで、顔は前を向いたまま。目だけでこっちを見ているその顔は、何かを見定めているようだった。
「顔? ……あ、メイクの事?」
「めいく? ……ああ、お前、時折やってた、あの顔に何やら塗ったりしてたやつか?」
「……うん、そう、それ」
もはや、言い方に突っ込みはしない。
「籠町さんに教えてもらったんだよ。この服に合うメイクをね。ちょっとはマシでしょ? あ、でも、てつは人の顔は特に気にしてないんだっけか」
美醜で判断していない。その言葉を思い出す。
「ああ」
即答されたので、特に考えは変わってないんだろう。ただ、それなら。
なぜにそんなジロジロと見てくるんですかね?
「なにか気になる?」
「……匂いが、違う」
匂い?
「……あ。化粧品の匂い? 籠町さんにちょっと借りたからかな。いつもと違うのも使ってるよ」
「ほぉん」
てつは顔をこちらに向け、目を細め、鼻を少しひくつかせた。
なんていうか、犬みたいだ。狼だけど。
「匂い、気になる?」
「……別に」
てつはそれだけ言って、顔を前に戻した。




