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童話(主に冬童話祭に参加した作品です)

森のどんぐりどろぼう

作者: 鴨カモメ

 がらがらがらがしゃーん

 崖の下で木の破片が砕け散る。キツネは板が歯抜けになったオンボロ橋を見ていた。

「うーん困ったぞ。これじゃ橋を渡れない」

 キツネはため息をつきながら辺りに誰もいないことを確認すると重い袋をよいしょと担ぎなおした。

袋に空いた小さな穴からどんぐりがこぼれ落ちる。

「この袋も橋と同じでおんぼろだな」

 おんぼろ橋の近くに住むコマドリがキツネの頭の上を飛ぶ。


「♪ごきげんよう~ 大きな荷物のキツネさん」

「これはコマドリさん。今日も素敵な歌声だね」

 キツネがあいさつするとまた穴からどんぐりがこぼれた。

「♪私が穴を直してあげる」

 コマドリは器用にくちばしで袋の穴を縫い直した。

「ありがとう。お礼にこれをあげるよ」

 キツネはどんぐりをコツコツっと叩き、何個か選んでコマドリにあげた。

「♪ありがとう かわいい かわいい ころころどんぐり 中にはイモムシ入っているかしら」

「俺はもう行くけど、コマドリさん、俺とここで会ったことは秘密にしてくれよ」

「♪もちろんもちろん秘密にするわ~」

「君は何でも歌にしてしまうから心配だなぁ。約束だよ」

 コマドリは嬉しそうにどんぐりをつつきイモ虫を食べ始めた。

 キツネは遠くにかかる逆さ虹を見上げるとコマドリに直してもらった大きな袋を再び担ぎ、歩き出した。

 


「なんだってんだ! このヤロウ! あーむしゃくしゃする!」

 逆さ虹の下、どんぐり池ではアライグマがプンプンと怒っていた。

「アライグマさん何でそんなに怒っているの?」

「そりゃ怒りたくもなるさ! 見てみろ。ここには—―」

 アライグマが話しながら振り返るとそこには誰もいない。池の周りは薄暗くお化けがでるという噂もあった。

「俺に話しかけたのは誰だ? 気味が悪いな」

 アライグマはごくりとツバを飲んだ。

「ここよここ」

 今度は前から聞こえてきた声にアライグマが声の方を向くがやはり誰もいない。

「なんだよ。お化けが本当にいるのか」

 いよいよ怖くなってきたアライグマが後ずさりすると足元からひょっこり現れたのは小さなリスだった。

「残念! おばけじゃなくてリスでしたー!」

 リスは笑い転げながらアライグマのまわりを走り回る。

「いたずらなリスだな! 驚かせやがって」

「それで、アライグマさんは何で怒っているの?」

「今日は朝からむしゃくしゃすることばっかりなんだよ。気持ちよく寝ていたら兄貴に踏まれて起こされて、朝飯だって弟が俺の分まで食いやがった。そして極めつけはこの寝ぐせ。どう頑張っても直らない」

 アライグマが頭の上を指すと毛のかたまりがチョンと立っていた。

「だからどんぐり池にこのむしゃくしゃがなくなりますようにって願いを叶えてもらおうと思ったのに。見てみろよ。どんぐりが一つも落ちていない。きっと欲張りな奴がどんぐりを全部池に投げ入れちまったんだ」


 リスが辺りを見回すと確かにどんぐりは落ちていない。池を囲むどんぐりの木にはたくさんの実がなっているのにおかしなことだった。

「落ちていないなら私が木に登ってどんぐりを落としてあげるわよ」

「おいおい! 何てこと言うんだ! 池になげていいのは落ちたどんぐりだけなんだぞ!」

「そんな決まりがあるの?」

「ああ、昔みんながどんぐりを取って池に投げたから池がどんぐりで溢れ返って池の神様が怒ったんだ。神様は池にたまったどんぐりを全部空に放りだしちまった。その怒りは虹が逆さまになるくらい激しかったらしい。それからは投げていいのは落ちたどんぐりだけだ。どんぐりの木からどんぐりを取ろうとするとお化けが出てどんぐりを奪われちまうそうだ。まぁそれも俺のひいひいひいひいじいちゃんから伝わる話だから本当の話かはわからないがな」

「そうなのね。でもここまで来たからにはどんぐりを池に投げてお願い事をしたいわ。だって私たち森のはしからやってきたのよ」

 アライグマは目をぱちくりとさせた。

「私たち? お前さんしかいないじゃないか」

「いるのよ。でもとっても怖がりなの。さっきのアライグマさんの怒鳴り声で怯えて茂みに隠れちゃったのよ」


 リスはそう言うと茂みの方へちょこちょことかけて行った。リスが立ち止まった場所にはリスと同じくらいの丸い毛のかたまりがあった。

「なんだリスがもう1匹いたのか。おびえて丸まっちまって。怖がらせて悪かったよ」

 アライグマは毛のかたまりをちょんちょんとつついた。すると茂みががさがさと動き、起き上がったのは見上げるほどの大きな大きなクマだった。

「うわぁ!」

 アライグマは驚いてしりもちをついた。


「私リスだなんて言ってないじゃない。怖がりのクマくんよ。ふふふ」

「リスちゃんもう帰ろうよ。アライグマくんはお化けも出るって言ってたじゃないか」

 クマが情けない声でそう言うとリスはぶんぶん首を振った。

「だめよ! たくさんいたずらが成功しますようにってお願いしたいもの。クマくんだって怖がりが治りますようにってお願いしにきたんでしょ」

 アライグマはおしりをさすりながら2匹の会話を聞いていた。

「でもこの通りどんぐりはないぜ」

 リスはふわふわの頬に手を当てて池を見ながら考えた。透明な池は底までよく見えてきれいな湧水がこんこんと溢れていた。


「底にはどんぐりが落ちていないわ。ということはどんぐりは池に投げられたんじゃない。きっと誰かが落ちたどんぐりを盗んだんだのよ!」

「どろぼうか! なんて悪いやつだ」

「こうなったらみんなでどんぐりどろぼうを探しにいきましょう!」

「それはいい考えだ! 捕まえてとっちめてやる!」

 しかしクマだけはぶるぶると怯えていた。

「どろぼう? 怖いよ!」

「じゃあここで待っているか?」

 クマは薄暗い池を見て涙ぐみながら首を振る。そうして3匹は逆さ虹の森の中をどんぐりどろぼう探しに行くことになった。



  逆さ虹の森は広い。3匹は森を抜けるならおんぼろ橋を通るしかないと橋をめざすことにした。しかし途中には動物たちが近寄りたがらない根っこ広場があった。

「おい、もうすぐ根っこ広場だ。わかっているな」

「分かっているわよ」

「……」

 必死で自分の口を抑えているクマにリスが笑う。

「クマくんったら! あなたは大丈夫よ! クマくんはとっても正直者だもの」

 たくさんの根っこが絡み合うその場所で嘘を言ってはいけない。それは森に住む者なら誰もが知っていた。


 根っこ広場は一面根っこに覆われて通り抜けるには根っこのトンネルや根っこの小道を通らなければいけない。アライグマが先頭を行き、リスがそれについていく。その少し後ろをクマが怯えながら歩いていた。

「うわぁ! 根っこが動いたよぅ!」

 後ろからクマの悲鳴が聞こえ前を行く2匹は立ち止まった。

「何もしてないのに根が動くわけがないだろ!」

「怖いからって嘘ついちゃだめよ!」

 しかしそう言ったリスの後ろからにゅるにゅると根が伸びてきた。

「やだ! 私は嘘を言っていないのに根がからまってくるわ!」

 リスの身体には太い根がぐるぐると巻き付いていた。アライグマはリスを助けようと動く根に触れるとそれはひんやりと冷たかった。


「こりゃ根じゃないぞ! うろこがある! もしかしてこいつは……ヘビだ!」

 アライグマが恐ろしさのあまり飛び跳ねて逃げ、リスは恐怖で叫んだ。

「キャー! 助けて! 私、食べられちゃう!」

「リスちゃん!」

 リスの助けを呼ぶ声にクマは慌てて走ってきた。そして目の前にクマが現れると突然根の中に丸い目が現れ、ヘビが姿を現した。ヘビはしゅるしゅると赤い舌を出したり入れたりさせた。


「あらやだ、クマさんもいたのね。勘違いしないで。私、お友だちになりたいだけなのよ」

 ヘビが巻き付いていた力をゆるめるとリスはヘビから抜け出た。リスは疑いの目でヘビを見る。

「うそよ。私を食べようとしていたんでしょ?」

「いいえ、お友だちを食べるだなんてそんなことできないわ」


 ヘビはリスを見ながらじゅるっとヨダレをこぼした。すると根っこ広場の根がヘビにきゅっと絡みつく。リスはそれを見逃さなかった。

「私の知っているヘビは動物を食べるわ。あなたは食べないっていうの?」

「そうよ。私はね、動物は食べないヘビなの。お花の蜜とか木の実とかを食べて生きているのよ」

 根はさらにヘビに絡みついていく。だがヘビは気づいていない。

「木の実? じゃあどんぐりとかも食べるのね?」

「どんぐり? ええ! 食べるわ!どんぐりは香ばしくてとてもおいしいのよ」

 ヘビがそう言い終わると同時に根はヘビに強く絡みついて、とうとうヘビは動けなくなってしまった。


「やだ、どういうこと。根が絡まって動けないわ」

 ヘビが動けないと分かると隠れていたアライグマはひょっこりと顔を出した。

「やい、お前この森の住人じゃないな! この根っこ広場では嘘をつくと根が絡まるんだ」

「嘘をつくと? そんなぁ」

 がっかりするヘビにクマが近づく。

「きゃあ! 近づかないで」

 ヘビはすっかりクマに怯えていた。

「怖がらないで。何もしないよ」

 それでもぶるぶると震えているヘビにクマの肩に乗っていたリスが言う。

「くまくんの言っていることは本当よ。ほら根が絡まないでしょ? クマくんは怖がりだけどとっても優しい大切なお友だちよ」

 ヘビは2匹を羨ましそうに見た。


「ごめんなさい。私の知っているクマはとても凶暴だったから」

「何か事情がありそうだな。嘘で絡まった根は真実を言うとほどけていくんだ。俺たちを食べないと約束するのなら聞いてやるぞ」

「食べないわ」

 アライグマはふんっと腕を組み、その場に座り込んだ。

「私お友だちがほしいのは本当なの。でもとっても食いしん坊で耐え切れずにお友だちを食べてしまうのよ。それに怒ったクマに住んでいた森を追い出されてしまったの。それで逆さ虹の森には願いが叶うっていうどんぐり池があると聞いたから、お友だちを食べたくなりませんようにってお願いするつもりできたのよ」


 ヘビは涙を流しながら話した。するといつの間にか木の根はほどけていた。

「ということはお前さんもどんぐり池にどんぐりを投げに来たんだな。俺たちも同じさ。でも今どんぐり池に行ってもどんぐりはないぜ。俺たちは池からどんぐりを持っていったどろぼうを追っているのさ」

「私たちどんぐりどろぼうはおんぼろ橋から逃げるんじゃないかと思っているの。他の森から来たのならおんぼろ橋は通ったわよね? ヘビさんは誰か見なかった?」

「私は誰にも会わなかったわ。でもそういえば—―」

 しかしヘビは思い当たるふしがあるのか目をくるくる動かして何か思い出していた。


「おんぼろ橋は板が抜けていて私は手すりを渡ってきたの。そうしたら橋を渡りきったところにどんぐりが何個か落ちていて、空を飛ぶコマドリがどんぐりの歌を歌っていたわ」


 リスとアライグマ、そしてクマは顔を見合わせた。

「コマドリが何か知っていそうだな」

「ええ、行きましょう」

 ヘビは自分もついて行ってもいいのか悩んでいた。するとクマがヘビに手をさしだした。

「ヘビさんは僕と一緒にいるといいよ。ヘビさんのお腹が減っても僕はヘビさんの口に入りきらないほど大きいし、僕は怖がりだからヘビさんがいてくれたら心強いんだ」

 ヘビはクマの誘いに喜んでみんなと一緒に行くことにした。



 おんぼろ橋はヘビが言った通り誰も渡れないくらいに壊れていた。

「うわあ、ボロボロだね」

「もともとおんぼろだったけどこれじゃあ橋として使えないな」

「見て、どんぐりが落ちているよ」

 クマはどんぐりを拾った。しかしどんぐりは手に持つと砕けてしまった。落ちているどんぐりもどれも割れていた。

「犯人がここを通ったのは間違いないわね」

 クマの背からヘビがにゅるにゅると顔を出すとリスは橋の手すりを指した。

「ヘビさんみたいに手すりを使って逃げたのかしら」

 しかしヘビは首を横に振った。

「細い手すりを渡るのはとても難しかったわ。橋は歩くたびに揺れるし、たくさんのどんぐりを持って渡るなんて無理だと思うわ」

 みんなどろぼうがどこへ行ったのか考え込んでしまった。


  すると空からリスたちの様子を見ていたコマドリが降り立った。

「♪みなさん集まってどうしたの~」

「あ、コマドリさん! このどんぐりのこと何か知っていないかい?」

 クマが聞くとコマドリは歌いながら答える。

「♪それは私がつついたどんぐりよ~ 中のイモ虫はとてもおいしかったわ~」

「このどんぐりは誰からもらったの?」


「♪それは私と彼の秘密 秘密の約束は守るのよ~」

「歌はいいから早く教えろよ!」

 いちいち歌で返すコマドリにアライグマがしびれを切らして怒鳴ったがコマドリは全く気にしない。

「♪秘密は守るのよ~」

「アライグマさん、私に良い考えがあるわ」

 リスはアライグマにこそこそ話するとコホンとひとつ喉の調子を整えて歌を歌い始めた。


「♪コマドリさ~ん、とっても素敵な歌ね~ もっと聞きたいわ~ きかせてよ~あなたの歌~」

 するとコマドリも歌で応える。

「♪いいわよ~ 何の歌がいいかしら~」

「♪どんぐりの歌がいいわ~」

「♪どんぐりどんぐり たくさんのどんぐりを抱えた彼はとっても優しい 私は袋に空いた穴を縫ってあげたの 彼は私にイモ虫入りのどんぐりをプレゼントしてくれた 彼のことは秘密 逆さ虹を目指して消える どんぐり色の背中~」

 コマドリはリスのリクエストがうれしかったのか気持ちよくどんぐりの歌を歌うと満足したのかまた飛び立っていった。


「どんぐりどろぼうは逆さ虹に戻ったのか」

「きっと怖くなってどんぐりを戻しに行ったのよ」

「どんぐり色ってことは茶色っぽい動物かしら」

 リスとアライグマが話しているとクマはどんぐりを手にしたまま首をかしげた。

「でも何のためにどんぐりどろぼうはどんぐりを盗んだんだろう?」

 どんぐりどろぼうがどんぐりをわざわざ拾い集めて持って行った理由は誰にも分からなかった。

「そんなん捕まえて聞いてみればいいだろ。急いでどんぐり池に戻るぞ」

 4匹は来た道を戻りどんぐり池に帰ることにした。



 どんぐり池に戻ると何者かが池のまわりをうろついていた。みんなこっそり隠れながらどんぐりどろぼうの様子を見た。どろぼうが持っている大きな袋には小さな穴を縫った跡もあった。

「あれはコマドリが直した穴だ。まちがいない。あれがどろぼうだぞ」

「でもどんぐり色の背中が見えないわ」

すると大きな袋の横からどんぐり色のふわふわした尻尾が見えた。


「間違いない。あの中にどんぐりがたくさん入っているんだ。捕まえてこらしめてやる!」

 アライグマが茂みから出て行こうとするのをリスは小さな手で止めた。

「みんなで行っても逃げられるかもしれないから隠れながら取り囲みましょう! 私が大きな声で驚かすからみんなはどろぼうを捕まえてね!」

 リスの提案にうなずくとそれぞれどろぼうに見つからないように身を隠した。


 リスはどろぼうの背後から大きな声で叫んだ。

「このどんぐりどろぼう!!」

「うわっ!!」

 じゃらじゃらじゃら

 驚いたどろぼうの手元がすべり、袋からどんぐりがこぼれ落ちる。どろぼうは袋を置いて走り去ろうとした。

「逃がさないわよ! みんな!」

 逃げようとするどろぼうをアライグマたちが飛び出して行く手を塞ぐ。どろぼうは囲まれていると分かると両手を上げて降参のポーズをした。

「どろぼうはキツネだったのか! お前がどんぐり池のどんぐりを盗んでいたんだな!」

 キツネはやれやれとため息をつくと困ったように笑った。

「おいおいどろぼうだなんて誤解だよ」

「おんぼろ橋が壊れて逃げられないから怖くなって戻ってきたんでしょ! 白状しなさい!」


 リスたちはじりじりとキツネを追い込んでいく。するとキツネは突然空を指差した。

「あ、どんぐりお化けだ」

「お化け!?」

 するとリスとアライグマは思わず空を見上げ、クマは怖くてひっくりかえった。キツネはそのすきに逃げようとしたがヘビだけはキツネにだまされなかった。

「お化けなんているもんですか! 逃がさないわよ」

 ヘビはグルグルとキツネの身体に巻きついた。


「よくやったぞ! ヘビ!」

「何でどんぐりを盗んだのか白状しなさい」

 アライグマとリス、そしてヘビがキツネを睨む。

「まったくどうしたもんかね」

 キツネはヘビが身体に巻き付いたまま、その場に腰をおろした。


 リスはクマが来ていないことに気付くとまだ転がったままのクマに声をかけた。

「クマくんもいつまでもひっくり返ってないでこっちにいらっしゃいよ」

 クマは転がったまま空を見上げていた。

「リスちゃん、こうやって空を見上げると面白いんだよ」

「もうクマくんたら。こんな時にのんきなんだから」

 ポツン

 その時、クマの鼻にどんぐりが一つ落ちてきた。クマはどんぐりを手に取るとまじまじと見た。


 アライグマはキツネに鼻先を突き合わせて怒鳴った。

「お前がどんぐりを盗んだせいで俺たちはどんぐり池にどんぐりを投げられなかったんだぞ」

「だから俺は盗んでないって言っているだろう」

 どんなに問い詰めてもキツネはそう言うだけだった。するとクマがむっくりと起きだしみんなのところへやってきた。


「ヘビさん、キツネくんを離してあげて」

「え! でも……」

「キツネくんはどろぼうじゃないよ。だから捕まえたらかわいそうだよ」

 ヘビはクマくんの言うことならとしぶしぶキツネから離れた。

「なんだよ、こんなにたくさんのどんぐりが袋に入っていたんだからキツネがどんぐりどろぼうだろ」

 アライグマはキツネの袋を指差した。クマはさっき落ちてきたどんぐりをみんなに見せた。

「でもね、ほら、袋のどんぐりは丸っこいどんぐりだけど、ここのどんぐりはキツネくんの顔みたいな形をしているんだよ」

 みんなはどんぐりを何度も見比べた。

「おいおい! そのどんぐり! どうやって手に入れたんだい?」

 クマの拾ったどんぐりにキツネは誰よりも興奮していた。

「さっき僕はひっくり返ったまま空を見たんだ。そうすると逆さ虹が普通の虹に見えるんだよ。それが面白くて虹を眺めていたら木からどんぐりが落ちてきたんだ」


 キツネは言われたとおりにひっくり返り逆さ虹を見た。逆さ虹は逆さまから見ると普通の虹と同じになった。そしてポツンとキツネのところにもどんぐりが落ちた。

「これは驚いた」

 キツネはどんぐりを拾うと嬉しそうに言った。

「どういうことか説明しろよ。どんぐりが木から落ちてくるなんて普通のことだろうが」

 アライグマが苛立った様子で言うとキツネも今度はちゃんと答えた。


「そうさ、それは普通の話さ。でもここのどんぐりは下に落ちないんだ。どんぐり池にかかる虹が逆さまになってからどんぐりも逆さまに落ちるんだよ。つまり空に吸い込まれるようになったんだ。お化けの噂は空に吸い込まれるどんぐりを見た誰かがお化けに取られたと勘違いしたのさ」

「そんなバカなことあるか。俺のじいちゃんや父ちゃんもどんぐりを拾って池に投げたって言っていたぞ!」

「それは俺のじいさんや父さんが代々どんぐりをまいていたからだよ」

 キツネはどんぐりの入った袋を拾い上げた。袋はとても古くところどころ擦り切れて汚れていた。

「俺のひいひいひいひいじいさんはどんぐりがなくて残念がる動物たちを見て何かできないか考えたのさ。それで逆さ虹の森の外からどんぐりを拾ってきて池のまわりにまくことにしたんだ。それから俺の代までずっとどんぐりがなくなるたびにおんぼろ橋を渡って、遠い森までどんぐりを拾いに行っていたんだ」

「じゃあ俺たちは今までキツネの拾ったどんぐりを池に投げていたってことなのか」

「そうだよ。みんなここに落ちているどんぐりがキツネのまいたものだってわかったらがっかりするだろう。だからこれは秘密だったんだ」

 リスはなぁんだと肩をすくめた。

「じゃあ逃げるためにおんぼろ橋にいたんじゃなくて帰ってきたところだったのね」

「そうさ、おんぼろ橋も俺のひいひいひいひいじいさんがどんぐりを取りに行くためにかけた橋なんだ。でもそんな昔に作られた橋だからとうとう壊れちまった。それで次からどうしようかと困っていたところだ。でもクマくんのおかげでどんぐりの落とし方がわかったから、もう俺が他の森にどんぐりを拾いに行くこともなくなったよ」


 みんなは優しいキツネをどろぼう扱いして申し訳なく思った。

「キツネくんごめんね」

「悪かったよ」

 謝られてもキツネはまったく気にしていなかった。

「いいんだよ。そんなことよりどんぐりを池に投げたらどうだい? 願い事をしに来たんだろ」

 でも誰もどんぐりを投げようとはしなかった。

「俺、さっきはむしゃくしゃしていたけどもう今はどうでもいいんだよなぁ。頭の寝ぐせもほら直っているし」

 アライグマは寝ぐせが立っていた場所を指してにかっと笑った。

「リスはどうだ? たくさんイタズラを成功させたいんだろ?」

「んー私も今日はたくさんイタズラが成功して満足しちゃったのよね。クマくんは?」

「僕も池にお願いはしないよ。怖がりを直すのは誰かにお願いをして叶えてもらうことじゃないって気付いたんだ。最初は怖かったアライグマくんとも仲良くなれたし、僕を怖がっていたヘビさんとも友達になれた。それにあんなに怖かったどろぼうもお化けもいなかった。本当のことを知れば怖い気持ちはなくなるんだって分かったんだ」

 クマの言葉にヘビも頷いた。

「私もお友だちが欲しいっていう願いは叶ったわ」

 しかしそう言ったヘビのお腹がグー―っと鳴った。

「でも何か食べないとお腹が空いちゃうね」

「そうね、池にお願いしたら食いしん坊じゃなくなるかしら。もう友達は食べたくないわ」

 ヘビは沈んだ顔をした。


「でも食べなきゃ生きていけないし、動物を食べずにお腹がいっぱいになる方法が何かないかな」

 キツネは池の周りを見てひらめいた。

「君はこれを食べてみたらどうかな」

 そう言って差し出したのはキツネが持っていたどんぐりだった。

「無理よ。私は肉食なのよ」

「でもここは逆さ虹の力で逆さまになる場所だ。もしかしたら肉食じゃなくなっているかもしれないよ」

「どんぐりを食べるヘビなんて聞いたことないわ」

「ものはためしだよ」

 キツネに言われヘビはしぶしぶどんぐりを食べてみることにした。

 カリッ

 一口食べるとどんぐりの実は香ばしく、後を引くおいしさだった。ヘビは袋のどんぐりを次から次へと食べた。そしてお腹いっぱい食べると袋は空っぽになってしまった。

「やだ、私ったらキツネさんがせっかく集めたどんぐりを全部食べちゃったわ」

 ヘビがしょんぼりしているとキツネは明るく笑った。

「大丈夫! どんぐりが欲しければひっくり返ればまた落ちて来るさ。ここにはたくさんどんぐりがあるからお腹いっぱい食べてもなくならないよ」

 ヘビはこれでお友だちを食べないで済むと喜んだ。


クマは最初に落ちてきたどんぐりをキツネに渡した。

「良かったらこれはキツネくんの願い事に使って」

「ありがとう。でも願い事なんて考えたこともなかったな」

 キツネはどんぐりを運んできても池に投げるのは初めてのことだった。そして少し考えてからどんぐりを池に向かって高く投げた。

 ポチャン

 キツネの形をしたどんぐりが丸い波紋を描いて池に吸い込まれていく。

「どんな願い事をしたの?」

 リスがわくわくしながら聞いた。

「これからもみんなの願い事が叶いますように」

 そう言ってキツネは笑った。しずかになった水面には逆さ虹がきれいに映し出されていた。



おしまい





 




お読み頂きありがとうございました。

どうしても企画に参加したかったので間に合ってよかったです。今年の企画は登場人物(?)がかわいすぎますね♡ 設定も素敵でした。

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― 新着の感想 ―
[一言] 設定の個性が存分に生かされたほんわかいい気持ちになる素敵な童話でした。 優しい物語です。 それぞれの問題も心地よい展開で解決に向かいほっとしました。 特にヘビくん。よかったね。
[一言] ネタバレありの感想です。未読の方はご注意ください。 冬童話2019より参りました。何ともほっこり、心があたたかくなる童話ですね。「どんぐりどろぼう」というどきりとするタイトルですが、キツネ…
[良い点] 拝読しました。 出てくる動物たちがみんな元気で、読んでるこちらも元気になる、そんな気がしました。 イキモノは食べなければ生きていけない――。 動物ものの童話を書いているとどうしてもぶち当…
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