秒速仲直り
「……二人とも、そこまでだ」
「瀬那……。なぁ、なんで、この子」
「……深い理由があるんだろう。まずは、遠夜の手当てだ」
瀬那は慣れた手つきで遠夜を抱き上げて、膝の上に乗せた。えぐえぐと泣きじゃくる遠夜を宥める。
十夜が絆創膏と消毒液を持って瀬那の元に向かう。
それを受け取った瀬那は遠夜の傷を優しく手当していた。手当が終われば遠夜を抱き締めて背中を撫でてやる。
「遠夜。落ち着いたら、お話ししてくれないか?」
「う、んっ。うん、するっ」
数十分後。ようやく落ち着いた遠夜は、瀬那の膝の上で目を真っ赤に腫らして九重と瀬那を交互に見ていた。
十夜は隣に座り遠夜の手を握っていた。
ゆっくりと遠夜は口を開いた。
「あ、の。あの、ごめんなさい……」
「あー……いや、こちらこそごめんな? 殴ってしもうて」
「う、ううん。仕方ないの。それぐらいの事、言ったから」
長い沈黙が二人の間に流れる。遠夜は話さなきゃいけないとは、分かっていても口が重くて中々言えなかった。
そっと片割れの方を見る。
『俺が俺じゃなくても愛してくれる?』
アイコンタクトで伝える。双子だから、伝わるそれ。十夜は優しく微笑んで頷いてくれた。
うー……っと唸るように遠夜は再び涙を零した。優しい。やっぱり片割れは優しい。
そして、遠夜は纏まらないが懸命に前世の事を話した。長くならないように要約して。
「なん、それ」
「あ、あの。信じてもらえない、だろうけど」
「いや、信じるわ。やから、自分俺の名前知っとったんやな」
こくりと遠夜は頷いた。遠夜から告げられた事は三人にとっては少なからずもショックを受けるものだった。
九重は前世の自分を殴れるなら、殴りたかった。こんなに小さな子を裏切ってまでなにをしたかったのか。海月碧って人は、何故恋人を見捨てたのか。
もし、自分達と同じく転生しているなら会って問いただしたい。覚えてないとかどうでもいい。
ただ、今この渦巻いている気持ちを吐き出したかった。
「ごめんなぁ、俺、君の事覚えてへんねん。名前、聞いてもええ?」
「と、遠夜。蒼葉遠夜」
「遠夜はんな。改めて俺は九重巳月。よろしくな」
久しぶりな呼び方にまた遠夜は涙ぐんだ。懐かしい。もう一度自分をそう呼んでくれるんだ。
嬉しくて涙声で「ありがとうっ」と遠夜は伝えた。
泣き虫さんやなぁなんて言いながらも九重は遠夜の頭を撫でた。何度もなんどもくしゃくしゃと。
「もうっ。髪がぐしゃぐしゃになる!」
「はは。もうすでになっとるで?」
「嘘?!」
遠夜は、慌てて九重の手を退かして髪を整える。
その様子に九重はくすくす笑っていた。可愛らしいなと思う。
遠夜が女の子だったら告白していたかもしれない。いや、同性でも可愛らしいから告白してしまうかも。
まぁ、九重はすでに恋人がいるのでしないが。恋人《瀬那》は二人の様子を微笑ましそうに見ていた。
先程の遠夜と九重とでは想像もつかない光景だ。
「……遠夜」
「なぁに? 十夜」
「え? 同じ名前?」
九重がびっくりしていた。遠夜と十夜を見ている。姿かたちもそっくりな二人。
双子と言われても頷く。だが、何故名前が同じなのだろう。
「そうだよ? あ、俺の兄の十夜。双子なんだよー」
「兄といえど数秒の差だがな」
「へ、へぇー……」
仲のいい二人になんで同じ名前? なんて尋ねられる雰囲気ではなかった。
きっと、これも訳ありなのだろう。九重はそう思うことにした。
「そういえば、九重君はなんでここにいるの?」
「ああ。瀬那に会いに来たんよ」
「今世でも付き合ってるの?」
ドストレートな言葉についつい真っ赤になってしまう瀬那と九重。
前世……二人は知らないが、遠夜は紆余曲折あって前世で付き合っていたのを覚えている。
視線を九重はさ迷わせては「……うん」と恥ずかしそうに頷いた。
「やっぱり! ねぇねぇ、どっちから告白したの?」
「俺から。ノンケだったけど、巳月に惚れてな。猛アタックした」
「へぇ! 今世では九重君はノンケなの?」
「前世が分からないが、告白するのは大変だったぞ」
告白した時を思い出したのか瀬那は苦笑いを浮かべた。
興味津々に聞く遠夜に恋も気になる年なんだなと瀬那は思う。そうか。16歳だもんな。
恋もしたい年頃だろうな。キラキラとした瞳であれこれ聞く遠夜には少し困ることになる二人だった。