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封神鬼ガウリ  作者: EZOみん
第二章 烏合錯綜
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救出

 大教会は一般信者が出入りする通常の教会施設の他に、僧侶だけが使用する修練場を持っている。

 正確な規模や場所は『宗教上の理由』によって極めて厳重に秘匿されていた。

 

 スウィーがガウリ達を導いたのは、そうした修練場の一つだった。

 

 遠目にはただの崖に見えるが、内部には蟻の巣状に掘り込んで作った部屋が幾つもあり、壁面に通気穴と窓が穿たれている。


 明かりが外に漏れないようにか、どの窓も内側から板戸で塞がれていた。修練場と言えば聞こえはいいが、実質的には隠し砦であった。普通のやり方でここを探し当てるのは極めて難しいだろう。


 ガウリはその頂上部分に立って、崖下へ伸びる命綱を見張っていた。


 綱の端は後方の樹に結わえてあり、彼の手は綱に軽く触れているだけである。崖の縁から五メートル程離れている為、彼の位置からは地面の他には満天の星空しか見えない。

 

 やがて綱が軽く揺れた。

 

 待ち焦がれた合図に、ガウリは意気込んで綱を手繰り寄せ始めた。幾らも手繰らないうちに、綱に爪を立ててしがみ付いているスウィーが現れた。


「ちょっ、ガウリ! 引き上げるの早過ぎなのよ、アンタ! もっとゆっくり……」

「あ……ごめん」


 謝った拍子に一瞬だけ手を離してしまい、滑り落ちる綱と共にスウィーの姿は再び崖下へ消えた。慌てて掴み直したものの、ガウリはスウィーからさらにお小言を頂戴する羽目になった。


 慎重に綱の残りを引き上げる。

 やがて腰に綱を巻いたブレボに抱えられ、イリマの姿が崖下から現れた。


「ガウリ!」


 地面に降り立ったイリマは、すぐにガウリに向かって駆けてきた。

 

「イリ……わっ!」

「ガウリ、ガウリ!」


 走ってきた勢いそのままに飛びつかれて、ガウリは目を白黒させた。


「ありがとう! あなたまできてくれるなんて、思わなかったわ!」


 イリマはガウリを強く抱き締めた。相当感情が高ぶっているらしい。

 ストレートなスキンシップに不慣れなガウリは満足な返答もできず、ただうろたえて硬直するばかりであった。


「しかし、凄い力ね。あたしと姫様の二人を軽々と引き上げちまうなんて」


 感心するブレボだったが、スウィーは馬鹿馬鹿しそうに鼻を鳴らした。

 

「コイツは力だけは十人前なのよ。剣を振り回すとか、難しいことはてんで駄目だけど、殺そうたって簡単には死なないわ」

「でも、どうしてここがわかったの? わたし自身、ここがどこなのかわからないのに」


 ガウリはイリマに緑紅石の髪飾りを手渡した。


「これ、わたしの? てっきりなくしてしまったかと……」

「う、うん。攫われた時に髪から取れちゃったみたいだね。あの丘に落ちていたのを僕が見つけたんだ」

「そうだったのね、ありがとう! これ、母の形見なの」


 ぱっとイリマの表情が明るくなり、ガウリは安堵した。


「この髪飾りとイリマの繫がりを追ってきたんだよ。スウィーは人探しは得意なんだ」

「まあ、ダウジングみたいなものよ。アタシの尻尾は二本あるからね。探す相手と繋がりの深い品物さえあれば、どっちに行けばいいか、先っぽにぴんとくるわけ」


 スウィーはくるりと尾を振った。

 周囲を見回し、ブレボが口を挟む。


「話は後よ。ガウリ君、早く……」

「行かせるわけにはまいりませんな」


 その言葉と同時に崖とは反対側にある森から、十数名の修道闘士が走り出てきた。

 全員、剣呑なスパイクが付いた長柄のメイスで武装している。


 戦列の中央には、ナハトマンの姿があった。

 ブレボは自分の背後にイリマとガウリを庇い、剣の柄に手をかけた。

 

「これは司祭様。皆様でお出迎えくださるとは恐縮ですが、どうぞお構いなく。我々はすぐお暇しますので」


 老司祭も遠慮なくメイスを構え、斬り付けるような視線を放った。


「おや聞こえませんでしたかな、ブレボ殿? 私は行かせんと言ったのだ、戯けめ!」


 他の修道闘士達は半円状に展開し、ガウリ達を押し包みつつあった。

 それでも筆頭護親衛士の戦意には、僅かな揺らぎも生じない。


「は、どっちが戯けだい! いかに大教会の司祭であっても、姫様をさらった罪が許されると思っているの? あんたらには相応の報いを受けてもらうわ!」


 ブレボの糾弾に対しても、老司祭は傲然と胸を張った。

 

「ふん、護親衛士などの出る幕ではない。私はラサ封主諸侯の支持を受けているのだぞ。ブレボ・ニヌには謹慎処分が下されたはず。貴様こそ、重大な軍規違反を犯しているではないか!」

「へぇ、やっぱり封主共がご注進したってわけだ。あんたらにしては手際がいいと思ったよ。これで連中も遠慮なくふんじばれるわ」


 ブレボは老司祭の迂闊さをせせら笑うと、剣先で修道闘士達を指した。


「他人の国にずかずかと土足で入り込みやがって。あんた達はラサのことも、姫様のことも考えちゃいない。ただ大教会の勢力拡大を狙っているだけだろうが!」

「黙れ、目先のことしか見えぬ愚か者が! この国には大教会の力が必要なのだ!」

「大きなお世話だよ、くそじじい!」


 ブレボの言葉は修道闘士達を煽り立ててしまった。

 殺気立つ彼等を前に、ブレボは抜刀した。右手の長剣だけでなく、左手には肉厚の鉈を握っている。彼女は本気で修道闘士全員を相手にするつもりらしい。

 

「ブレボ! 駄目よ、幾らあなたでも……!」


 イリマの制止は、かえって彼女を奮い立たせたようだ。

 ブレボは人懐っこい笑顔を主に返した。

 

「問題ありませんわ、姫様。――ガウリ君、姫様をお願いね。連中を近寄らせないで。後はあたしがやるわ」

「は、はい」


 老司祭に向き直ると、ブレボの表情は一変した。

 

「さぁ、かかってきなよ。ソンガ人の中で、筆頭に立つってのがどれほどのものか、見せてやる……!」


 獣じみた凶貌。剣を構えたブレボは戦士の一族としての本性を露にしている。

 相手の狂気が感染したように、修道闘士達の殺気も膨れ上がった。どちらも、退くことを知らぬ戦士であった。


「いや、待て! 皆、しばし控えよ!」


 意外にも老司祭は部下達を制し、さらにブレボを怒鳴りつけた。

 

「この未熟者め、お主は本分を履き違えておる! 姫殿下を御護りするのが、護親衛士の務めであろうが! 自ら戦いを招いてなんとするか!」

「なっ……」


 思いもよらず正論をぶつけられ、ブレボは一瞬怯んだようだ。

 しかしいかに正しい理屈であっても、誘拐犯の口から出ると、若干の説得力不足は否めない。ブレボは乗せられてしまった自分を叱咤するように舌打ちした。

 

「あんたに言われる筋合いか! さっさとかかってきな!」


――ごちゃごちゃと下らんことを。付き合いきれねぇぜ、こいつら――


「――そうね。アンタにしちゃ、割りと真っ当な意見だわ」

「え……?」


 ガウリの驚きを他所に、スウィーは崖の端まで歩くと崖下を覗き込んだ。


「いけそうね。ここから飛びなさい、ガウリ」

「スウィー、今……」

「うるさいわね、この馬鹿ちん! お喋りは後よ。お姫様を連れて、さっさと飛びなさい! ちゃんとこっちのフォローもするのよ!」


 スウィーに気付き、ブレボと対峙していた老司祭の顔色が変わった。

 封主達がたかが子供と侮ったせいか、老司祭にはガウリとスウィーについての正確な情報が伝わっていなかったらしい。


「猫又……ヤークギルドの使い魔か!? まさか、その少年は――」

「ガウリ!」


 スウィーの叱咤に押され、ガウリはイリマを抱えて崖から跳躍した。

 五十メートル下の地面に向かって。


「――っ!」


 まったくの不意打ちだったらしく、イリマは悲鳴もあげられなかった。

 事態を把握する前にガウリに横抱きにされ、宙に浮いていたのだ。彼女にできることは、ただ固く瞼を閉じること位だった。


 黒髪が上方へなびき、落下の勢いがどんどん増していく。


 たちまち二人は取り返しのつかない速度域へと到達し――急減速した。

 がくんと身体が沈み込み、イリマは苦しそうな呻きを漏らした。

 

「ご、ごめん!」


 慌ててガウリが謝ると、イリマは恐る恐ると言った様子で目を開いた。

 二人は停止していた。

 ただしそこはまだ地面ではない。

 崖の途中にある岩の張り出し――その僅かな足場を狙って、ガウリは着地していたのである。


「え……え、ええっ? ……あっ!」


 二人の身体がゆっくりと傾いていき、イリマはガウリにしがみ付いた。

 張り出しが小さ過ぎてバランスが取り難く、数秒しか停止状態を保てないのだ。

 

「イリマ、行くよ? いい?」

「ん、んんっ……!」


 まともな返事はできなかったものの、イリマは繰り返しうなずいた。

 彼女を抱え直して、ガウリは降下を再開した。

 今度は加速し過ぎないように落下してはすぐ張り出しに着地し、小まめに減速する。


 ほどなく二人は無事に地面へ降り立つ。ガウリは上に向かって手を振った。


「――はあああっ……ったく、もう……! あの子達はっ!」


 崖上から固唾を呑んで一部始終を見届けていたブレボは、がっくりと膝をついた。

 唖然としている老司祭達を横目に、スウィーはブレボに追い討ちをかけた。

 

「ほら、アンタもさっさと飛ぶのよ。多分ガウリが受け止めるから大丈夫よ、きっと」

「な、ばっ、馬鹿猫! そんなことできるわけないでしょ!」

「あら、そう?」


 スウィーはにやにや笑いを浮かべた。どこか不吉な笑みだった。

 数秒後、頭の上に黒猫を乗せたブレボが、悲鳴を上げながら落下してきた。

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