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封神鬼ガウリ  作者: EZOみん
第三章 王都漂泊
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賭け

 路地の祭祀塔にスウィーの姿はなかった。

 ガウリは酒場から飛び出し、彼女を探してひたすら異国街を走り回っていた。

 

 胸がひどく苦しくて、息が詰まりそうで、とてもじっとしていられなかったのだ。

 

 駄目だ。

 このままじゃ駄目だ。

 このままじゃ、イリマはきっと助からない――

 

 日が西に傾くまでガウリは王都を彷徨い続けたが、猫又を見つけることはできなかった。

 体力より先に気力が尽きてしまい、とうとうガウリは捜索を諦めた。

 

 いつの間にか、まるで見覚えのない場所にきてしまっていた。

 高い建物に囲まれた、薄暗い路地裏。

 かすかに届く表通りの喧騒が、ここの人気のなさを際立たせていた。

 

 路傍の階段に腰を下ろし、ガウリはうなだれた。

 

 結局のところ彼はいつもスウィーに頼り、その判断をあてにしてきた。

 そしていつの間にか、彼女に相談すればなんとかなると思うようになっていたのだ。

 

 ガウリは自分の封印を解くように頼むつもりでいた。

 イリマの身体に手は出せないが、蛭神なら遠慮はいらない。怪物を解放すれば、きっと――倒せる。殺せる。


「……あ。でも、どこにいるか、わからない……」


 自分の馬鹿さ加減が嫌になる。

 蛭神を殺すと脅せば大公夫人は言うこと聞くかもしれない。

 

 しかし肝心の蛭神は、どこか安全な場所に隠れたままだ。

 

 一番居心地が良いのは地下祭壇のはずだが、ブレボやナハトマンを始めとする対抗勢力が健在な間に無警戒に戻るとも思えなかった。多分、もともと大公夫人が匿っていた場所に留まっているのだろう。

 

 自分の使い魔さえ見つけられないガウリに、蛭神を探せる筈がない。

 今日のように無為に疲れ果てるのが関の山だった。

 

 ブレボ達に頼んでも同じだろう。彼等にもあてはまるでないのだ。


――大人のくせに頼りにならない連中ばかりだな、ええ?


 そうかな。そうかもしれない。だって誰もイリマを助けてくれない。

 僕の手を握ってきた彼女の指先が震えていたことも、みんなは知らない。


――連中は無力だ。あいつらは役立たずだ。もうわかっただろう?


 だけど一生懸命考えてくれていた。

 沢山話し合っていたし、大司教様に儀式をしてもらえばもしかして――


――本気か? あんな計画、上手くいきっこない。ただ他の手がないんだよ。ないから、可能性があるフリをしているだけなのさ――


 嘘だ。

 だって、それじゃあ、みんなもうとっくにイリマを見捨てているってことじゃないか!

 

「ガウリ」


 その声が耳朶を打った瞬間、彼は弾けるように立ち上がった。

 数メートル先の路地に、紛れもないイリマの姿があった。

 

「イ……イリマ!」


 身体が勝手に駆け出した。たちまち目の前に迫る彼女を両手で抱き締めようとした時、イリマの唇が歪んだ笑みを形作った。

 それでガウリはようやく気付いた。これは大公夫人なのだ、と。

 

「ふふふふっ、我を忘れて駆け寄るなんて、随分斎王女殿下を慕っているのね、君は。少々不敬だけど、許して差し上げます。義娘の大切なお友達ですもの」


 その言葉は本意でもあったのか、大公夫人は嘲るような笑みをおさめた。


「殿下を力づけてくれてたことを感謝するわ、ガウリ」

「な、なにを……!」


 出現に不意打ちを喰らったこともあって、ガウリは平静を保てなかった。

 おまけに感謝する、とは。大公夫人の台詞は意外過ぎて、どう対応すればいいのかわからない。

 

「ど、どうして僕がここにいるって――」

「王都中を走り回れば、目立つに決まっているでしょう。それにあなた達はね、ずっと監視されているのよ。ソンガ人が全員信用できるなんて思わないほうがいいわ」

「う、嘘をつくな!」

「隠れ家は異国街の酒場。斎王女殿下の部屋は二階に上がって、左から三番目の扉。昨夜は熱を出して大変だったんですって? 呪いのせいよ。本当にお気の毒だわ」

「あ――う」


 矢継ぎ早に情報を並べられ、ガウリはすっかり主導権を奪われてしまう。

 大公夫人はさらに重大な情報をも得ていた。


「そうそう、復信懺悔如きでわたくしに暗示をかけて入れ替わりを強制できる、などとは思わないで頂きたいわね。仮にもわたくしは巫女。しかもコモリガミ様の加護を受けているのよ? なんなら、後でこっそり司祭様に聞いてご覧なさい。本当に上手く行くと思いますか? ってね」


 決定的だった。

 

 暗示は相手の心の隙に滑り込ませるものだ。

 蛭神の加護に加えて、大公夫人が事前に暗示の実行と内容を知り、備えた時点で成功の見込みは完全に潰えていた。


――大教会が介入しても、イリマは助からない。


 それはガウリが半ば確信していたことでもあった。


「理解してもらえたみたいね。あなた達には斎王女殿下を助けることはできないわ。まして君の力では話にもならない。わたくしがその気にならない限り、殿下は実の母が放った呪いを受ける羽目になるわ。なんとも皮肉な因果ではなくて?」

「……く」


 零れ落ちそうになる涙をガウリは必死でこらえた。

 イリマを苦しめ、死の淵へ追いやった相手を前に泣くことだけは許されない。

 いかに自分が無力で、惨めな存在なのだと思い知らされたとしても。

 

 自分がなにをした?

 

 なにもしてない。なにもできていない。

 最後の瞬間まできっとイリマは誇り高く振舞う。

 

 内に隠れた怯える少女にガウリだけが気付いたのに、彼にはなにもできないのだ。

 

 そう、スウィーの言う通りだった。

 彼女を助けられるだけの力がなければ、ここに居ても仕方がなかった。


――いや。あるじゃないか。他の連中になくても、俺には――


 どくん。


「――助けたい?」

「えっ……?」

「助けたいのね? 斎王女殿下を」


 言葉以上に奇妙な目付きで、大公夫人はガウリを見ていた。

 まるでガウリを好ましく思っているかのように。


「いいわ。君が一つ、殿下が一つ。合わせてわたくしの頼みを二つ聞いてくれたなら、この身体を斎王女殿下にお返ししましょう。そう、コモリガミ様に誓って必ずね」


 咄嗟には意味が掴めず、ガウリは返事すらできなかった。

 大公夫人は鷹揚な態度で話を続けた。


「これはわたくしと君の約束。だから他の人には内緒にして頂けないと困るけど」

「……それは、でも……」


 頼みごとがなんであるにせよ、願ってもない提案ではある。

 

 しかし、これはあり得ない話ではないのか。

 大公夫人はあれほど呪いを解けと迫り、無理だとわかるとイリマの身体を乗っ取ったのだ。

 それが今になって返すとは、理屈が通らない。

 

 疑心を読み取ったのか、大公夫人は楽しげに笑った。


「ああ――そうね、話が急過ぎたわね」

「だって、おかしいよ! 元に戻ったら、呪いが――」

「解ける、としたらどうかしら?」


 余裕たっぷりに大公夫人は疑問に答えていく。


「わたくしがあなた方を泳がせていたのは、解呪に関する情報を得られないかと思ったからよ。司祭様はなにも知らないと誓ったけど、斎王女殿下の身に呪いが降りかかるとなれば、みんな必死になるはず。そうすれば、なにか新しい情報が出てくるかもしれない。その可能性に賭けたのよ。――そして賭けは、わたくしの勝ちだったわ!」


 大公夫人の瞳は興奮の輝きを帯び、頬を淡く染めてさえいた。

 恐らく嘘ではない。彼女はひどくオッズの高い賭けに挑み、勝利を収めたのだ。


「本音を言えば、わたくしも早く元に戻りたいの。この姿では色々制約があるし、なんと言っても自分の身体が一番ですからね。ただそれには君と殿下の協力が必要よ」


 大公夫人はさらにコモリガミを国家神として祭らなくてもいい、とまで言った。

 彼女の情報は完璧らしく、大教会本部の目論見まで把握していたのだ。

 

 大教会に介入の口実を与えないように、表向きは現状を維持する。

 

 地下祭壇は王族の許可なしには入れないから、そこで極秘に蛭神を養生させる。

 公的に祭られないため、蛭神が元の力を取り戻すまで数年はかかるだろうが、その間にラサ国外に祭壇を築けばいい。

 

 必要な経費は王国に賄ってもらうが、きちんと環境を整えてからなら移住しても問題はない――神と国の共倒れを防ぐ、現実的な案であった。


「ほ、本当にそうしてくれるの?」

「ええ、我が神を堕ろした王国などに、もはや未練はありません。コモリガミ様が復活し、かつての御力を蘇らせてくれればそれで構わないわ。――さあ、どうかしら? こちらとしては、これ以上の好条件は出しようがないのだけれど……?」


 ガウリに選択の余地はなかった。

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