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封神鬼ガウリ  作者: EZOみん
第三章 王都漂泊
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鬱屈

 イリマ・アムラル姫の誘拐と救出は、王国を大きく揺るがせた。

 姫がさらわれていたこと自体、一般の民衆には知らされていなかったのだが、誘拐後すぐに父であるファルベ大公主の手の者が動き、無事にイリマ姫を救い出したのである。

 誘拐犯は大教会の司祭に変装していた、と公式には発表された。

 

 だが、同時にやや解釈の異なる噂も流布していた。


 犯人達は大教会の施設に姫を監禁していたらしい。

 しかし、大教会側から施設を何者かに占拠されたとの届出はないのだ。ならば誘拐犯は変装していたのではなく、実は本物だったと考えた方が自然なのではないか。


 すなわち、本物の司祭が姫君を誘拐した。

 目的は身代金ではなく、大教会の権力拡大を承服させること――


 ありそうな話だと、人々は思った。

 大教会が主導した蛭神追放運動は、神自体のショッキングな正体もあって成功を収めたのだが、神堕ろしから時間が経過すると、コモリガミも別段悪い神ではなかったとの冷静な見方が出てきていた。

 

 加えて、悪名高い大教会関係者の高慢さが鼻につき始めていた。

 

 権威は強制できるが、敬意はそうはいかない。

 徹底的に古き神を排斥し、唯一神信仰を半ば強制してくる大教会に対して、小さな反発の種が芽生えつつあったのだ。


 飾り気のない人柄でイリマ姫は民から広く親しまれている。


 もし姫をさらったのが真実であれば、反発は明白な拒絶となって噴出すだろう。

 そうなればことがことだけに大教会排斥の潮流は国境を越えて流れ出し、大陸各国にまで波及しかねなかった。


 噂を助長したのは、大教会関係者の処遇だった。


 逃走中の誘拐犯との誤認を防ぐ、という名目で大教会関係者のほとんどが一箇所に集められ、事実上軟禁されていた。国内の大教会施設にも次々と兵士が入り込み、あれこれと調査しているらしい。

 それなのに大教会側からは、目立った抗議の動きはない。


 彼等にやましいところがなければ、このような真似は許さないだろう。


 さらにイリマ姫は、伝統に従って数年後に行なうと見られていた女王への即位を早める意向を示し、封主諸侯と調整に入ったと言う。これは国内の政治体制を固め、大教会の干渉を遠ざけるのが目的ではないのか。


 様々な憶測が入り混じり、噂はどんどん無責任なものへと発展していった。


 ただ少なくとも誘拐事件を契機に、王国と大教会は関係を見直す時期に入ったのは確かだ――それは大部分の人々に共通した見解であった。




 司祭と酒場はあまり相性の良い取り合わせではない。

 特にその司祭が怒り狂った頑固な老人で、お陰で酒場が何日も休業を余儀なくされている場合はなおさらだ。

 カウンターを震わせて、ナハトマン司祭の怒声が響く。


「自重しろだと? それはもう使者を遣すなという意味か!」

「そうとまでは言われておりませんが……時期が悪い、今は動くなと言伝されました」

「言伝……?」

「諸侯との会見は叶わなかったのです。ただの御一人も」


 憤懣やるかたないのは、老司祭だけではなかった。

 危険を冒して馬を走らせ、封主達のもとに協力を要請しに赴いた修道闘士達は、交渉相手に会うことも許されず、体よく追い返されてしまったのだ。

 直接不満をぶち撒けはしなかったが、埃塗れになった顔からは、無念と憤りが窺えた。


 責められるべきは彼らではない。ナハトマンはどうにか憤りを抑え込んだ。


「そうか――ご苦労だった。皆、少し休め」


 修道闘士達は重い足を引き摺って、二階へ上がっていった。

 蛭神の祠で衝撃的な体験をした一同は急ぎ王都に向かい、ブレボの手配で異国街に身を潜めた。


 ただ大部分の修道闘士達は回復状態が思わしくなく、修練場に戻らざるを得なかった。

 酒場二階の部屋には、老司祭以外には任務に支障のない数名がいるだけだ。


「自分等から仕掛けておいて時期が悪いとはよく言うわね。連中、両天秤にかけているってわけだ。まぁ、そうなるだろうと思ったけどさ……」


 ブレボは窓際に立ち、外を見張っていた。

 打開の糸口さえ掴めない状況が堪えているのか、さすがの彼女も口調に切れがない。


「許されんことだ。仮にも封主の地位にある者達が、神と王国に仇なす敵を助けるような真似をするとは! 本来ならば一致団結して、偽神の企てを阻止すべきであるのに!」

「わかるけど、それを言ってもどうにもならないわ。封主連中にしたって、こんなの予想もつかなかっただろうし」


 計画通りだったのは姫の誘拐までで、後は不測の事態の連続だったろう。

 即位を後押ししていた封主諸侯は、今や首根っこを抑えられているも同然だ。姫の身体が乗っ取られてしまった以上、逆らいようがない。例え中身が大公夫人だとしても、証明する方法がなかった。

 

 それはブレボも同じだった。

 護親衛士が王族に手出しすることなど、できるわけがないのだ。それが肉体だけだったとしても。


「言いたかないけどさ。もう、大教会本部に介入要請するしかないよ」


 恐らく封主達の賛意は得られない。

 それでも老司祭が強く訴え出れば、大教会本部が腰を上げる可能性は残されていた。ブレボは大教会の厚かましさに期待しているのだ。


「……まさか、お主の方から言い出すとはな。私も考えてはいたが、止めた方が賢明だ」


 否定されるとは思っていなかったらしく、ブレボは身を乗り出して反論した。

 

「迷っている場合じゃないだろう! このままじゃ、姫様は……!」


 イリマを救う手立ては二つ。

 もう一度意識を入れ替えて元に戻すか、大公夫人の身体にかけられた呪いを解くかである。


 だが現状では、そのどちらも望み薄なのだ。


「悔しいけど、あたし達じゃどうにもならない。もうそれしかないじゃないか!」

「対価が高過ぎるのだ! 王国側の承認を受けずに介入することは広範な反発を招く。しかも魔女の扇動によって情勢は悪化しておるのだぞ。煮えた鍋の中に手を突っ込むようなものだ。本部を動かすなら、見合った対価が必要なのだ」

「それはわかっているさ! でも、仕方な――」

「わかってはおらん!」


 老司祭は激しい口調でブレボの言葉をさえぎった。


「なんとか別の方法を考えるのだ。少なくとも、今はまだな」




 変化の多い人生を送ってきた者ほど、思い出は多くなる。

 そこに幸不幸はあまり関係ない。同じような出来事の連続は、同じような感情しか生起させず、記憶には残り難いものだ。


 その意味で、ガウリには語るべき記憶はあまりなかった。

 身の回りでなにが起きようと、彼を支配していたのは常に決まった感情――周囲からの疎外感と怪物への恐れだったからだ。

 

 だから次々に母親との思い出を語るイリマが、ひどく羨ましかった。


「特に小さな頃は寂しがって乳母を随分困らせたわ。母と会えるのは大抵夜になってからで、すぐにわたしが眠らなければならない時間になってしまうから。当時はお父様も生国とラサを行ったりきたりしていたし――」


 イリマはベッドに入っていた。上半身を起こし、両手をお腹の前で組んでいる。

 身体は大公夫人のものなので、当然ながらあの少女とは似ても似つかない声である。最初は妙な気がしたが、少し話をするとやはり彼女はイリマそのものだと実感できた。


「――遊び相手になってくれたのが、ブレボだったの。まだ彼女も護親衛士じゃなくて、たまたまお父さんと一緒に王宮にきたのがきっかけで――」


 勢いがついたのか、イリマはどんどん饒舌になっている。

 二人がいるのは、酒場の二階にある中では一番まともな部屋だった。両隣の部屋には修道闘士達が詰めている。ブレボ以外の護親衛士には厳しい監視がつけられており、酒場へ近寄るのは危険だったのだ。


「――それで、誕生日に花輪を送ったの。ちゃんとわたしが摘んで編んだのよ。母がとても喜んでくれたのが嬉しくて、それからもたまに王宮をこっそり抜け出して、花を摘みに行ったわ。ブレボを無理に付き合わせて――」


――気楽な娘だな。呆れたもんだぜ――


 よせ。彼女は被害者だ。

 僕はなんの役にも立たなかった。みんなが大変な目にあっている時に、気絶しているだけだったじゃないか。


「――、――、――。――……」


――こいつだってなにもしてないぜ? また誰かが助けてくれると思っているのさ。今までみたいにな――


 それはイリマの罪じゃない。王族に生まれれば、少しはそうなっても仕方ない。

 悪いのは周りの奴等だ。彼女を利用しようとする奴等が悪いんだ。イリマはただの女の子なのに、特別扱いして都合良く使おうとする奴等が悪い。あいつらが悪いんだ!


――なら、やっちまおうぜ。俺の爪で連中をまとめて――


「――ガウリ……?」


 はっとして、ガウリは自問から醒めた。

 彼女の瞳は彼を捉えていない。障害に慣れていた大公夫人とは異なり、イリマには周囲の状況が掴み難いのだ。


「あ――ごめん。ちょっと、考え事してて……」

「もう、びっくりした。わたし一人で喋り過ぎちゃったかしら」


 ほっとした顔でイリマは照れ笑いした。

 ガウリの相槌が聞こえなくなり、いつの間にか彼がいなくなったのかと思ったのだろう。


「ごめん……ごめんね、イリマ」

「え? ううん、別にそんな……」

「えっと……手、いいかな?」

「――ええ。特別に許してあげますわ、ガウリ・アング」


 つんと顎を上げ、おどけた調子でイリマは手を差し出した。

 ガウリは両手で彼女の手を包み込んだ。端から見れば、子供が母に甘えているように見えただろう。

 続く数秒間、自分が幸福を覚えたことをガウリは恥じた。


「具合はどう?」

「そうね……自分の身体じゃないから、良くわからないけど……そんなに苦しくはないわ。ちょっと熱っぽくてだるいかな。あとはすごく眠いだけ。寝ても寝ても、眠いのよね」


 困ったようにイリマは微笑んだ。顔は大公夫人でも、この笑みは彼女のものだった。

 迷いつつ、ガウリは提案を口にした。


「ねぇ、イリマ。ギルドに依頼したらどうかな」

「……ギルド? ヤーク・ギルドに?」

「うん。僕は駄目だけど、頼りになる神薙ぎ衆が沢山いるから、なんとかしてくれるよ」

「でも……コモリガミ様がどこにいるかも、わからないのよ?」


 不安を消し飛ばそうと、ガウリは意気込んで言った。


「事情を話せば、探し出す手立てもちゃんと整えてくれる。戦わないで、交渉でなんとかしてくれるかもしれない。きっと上手く行くよ! そうしようよ、イリマ!」


 彼に似合わず積極的なのは理由があった。

 

 時間がないのだ。

 

 緊急要請すれば代金は嵩むものの、ギルドは可及的速やかに動く。

 要請自体も、スウィーに頼めば一両日中には届くだろう。


 しかしながら、神薙ぎ衆は猫又ほど速く移動できない。

 一番近いギルド支部からラサまで最短でも十日はかかる。適切な人材がそこにいなければ、時間はさらにかかるだろう。一刻も早く動くべきだった。

 

 そこまで説明しても、イリマはうなずかなかった。


「無理だわ、ガウリ。今のわたしは『大公夫人』なのよ。公式な権限はないに等しいわ。最低でも諸侯の誰か――できれば大公主が正規のルートから依頼しないと、コモリガミ様と交渉するほどの契約は成立しない」


 イリマはあくまで冷静に判断しているようだ。まるで他人事のように。

 ガウリの声に焦燥が滲む。


「だから、ちゃんと事情を話せば……!」

「無理よ。それが通ったら、なんでもありになってしまうもの。わたし達には入れ替わりを証明できない。できるとしても、検査には時間が――」


――馬鹿な女だ。助かりたいなら、格好つけてないで、なんでも試せばいいじゃねぇか。こんな奴はもう放っておけ――


「――かかるし、それに……」

「黙ってよっ!」


 部屋の中がしん、と静まり返った。

 口に出して怒鳴ってしまったのだとガウリが気付いたのは、イリマの謝罪が聞こえてからだった。

 

「……ごめんなさい。わたしのために言ってくれているのに……」

「あ……違うんだ。い、今のは……だから、違うんだよ、イリマ!」


 しどろもどろになるばかりで、まともな説明などできなかった。

 とにかく違うから、と言い残してガウリは部屋から逃げ出した。

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