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封神鬼ガウリ  作者: EZOみん
第二章 烏合錯綜
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捕捉

 軍馬は夜道を疾走した。すぐに枯れ谷を通り過ぎ、潅木が生える丘陵地帯に出る。

 ブレボの手綱捌きは見事であったが、速度最優先で駆けているため、乗り心地は快適とは言い難い。馬に不慣れなガウリにはなおさらだ。

 

 三人は修練場から逃走する途上にあった。

 

 イリマは鞍の一番前に跨り、ブレボを挟んでガウリとスウィーも乗っていた。乗馬ができるのは、ブレボだけなのだ。揺れをものともせず、スウィーはガウリの背中からブレボの肩に飛び移った。


「うわっ! な、なによ!」


 尻尾で首筋を撫でられ、ブレボは怯えたように身体を震わせた。

 飛び降りた後、ブレボは無事ガウリに受け止められたが、崖上で一体なにがあったのか決して語ろうとはしなかった。この態度からすると、相当に恐ろしい目に合わされたようだ。

 

「別にとって食いやしないわ。それより、追手がかかっているわよ」


 ブレボは肩越しに振り返った。

 月明かりのお陰で、木々の間にちらちらと動く騎影が見えたが、それ以上のことはわからない。

 もちろん、猫又は別だ。

 

「先駆け四騎。後続は――十騎以上いるわね。荷物が少ない分、向こうが優速よ」

「なら、戦うしかなさそうだね」


 ブレボのシンプルな結論を、スウィーは一言で切り捨てた。


「お馬鹿。連中、今度は弓を持っているわ。人間がこの暗さの中で、射掛けられた矢に対処できっこないでしょうが。またあのじいさんに怒鳴られたいの?」

「じゃあ、どうしろって――」

「右よ」


 ブレボの言葉をさえぎったのは、イリマだった。

 イリマは半ば鞍上に立ち上がり、右手側を指し示した。


「あの茂みの向こうに脇道がある。あそこへ、早く!」


 荒れた道を抜けて行き着いた先は、廃墟であった。

 小さな広場には色違いの石畳が敷かれていた。かつてそれは人の目を楽しませる模様を描いていたのだろう。だが今は焦げた木材や崩れた土壁が散乱し、どのような模様だったのかは判然としない。


 屋根は全て焼け落ち、かろうじて残った要柱も真っ黒に炭化している。残った外壁さえ広範囲に表面を抉り取られ、一面に描かれていたはずの図柄は僅かに名残を留めているだけだった。


 明らかに事故の類ではない。

 明確な意思によって実行された、破壊の痕跡だった。


「行き止まりだわ!」


 手綱を引き絞り、ブレボは廃墟の直前で馬の脚を止めた。

 スウィーはぴょんと飛び降り、廃道を数メートル駆け戻った。身体の動きを止めて前方の気配を探る。


 距離的に脇道へ逸れた瞬間を見咎められた可能性は低い。

 実際、追手は脇道へ入る茂みの前を通り過ぎて行ったようだ。


 しかし、スウィーはあてが外れたとばかりに肩を落とした。


「――駄目ね。連中、気付いて引き返してきてる。多分、この場所のことを知っているんでしょう。今戻っても、道の途中で鉢合わせよ」

「そう。仕方ないわね」


 ガウリとイリマを降ろし、ブレボは馬上に戻って剣を引き抜いた。

 ことここに至っても、彼女に降伏する気はまったくないらしい。覚悟が定まったのか、さばさばした表情だ。


「結局はやるしかないのさ。かえって不利になっちまったけど」

「ここへ連れてきたのはアタシじゃないわ。お姫様でしょ」言い返すスウィー。

「え?」


 きょとんとした表情で、イリマはスウィーを見返す。

 スウィーは遠慮なく顔をしかめた。

 

「え、じゃなくて――待った。お姫様は覚えてないわけ? アンタが誘導したんだけど」


 意表を突かれたように、イリマの眼が見開かれた。

 

「わたしが? そんな……だって、わたしはここのことなんて知らなかったわ」

「ちょっと知らないって、アンタ。なら、誰――」


 言いかけて、スウィーは廃墟を仰ぎ見た。

 なにか思い当たったらしく、ぴんと張り詰めていた髭が、ぐんにゃりと打ち萎れた。

 

「――やられた。お姫様は巫女の修行をしてない分、干渉を受けやすいんだわ。にしても、なんだってこんな辺鄙な場所に祠があるわけ?」

「……わからないけど……きっと昔、この辺に鉱山があったのよ。多分、村も」

「廃坑になって村は消えたが、祠だけは残された、と。なら理屈は通るわね。やれやれ、道があるって時点で、おかしいと感付くべきだったわ」


 顔を見合わせるガウリとブレボに、スウィーは呆れ声を浴びせた。


「まだわからないの? ここは蛭神の祠なのよ。アタシ達、まんまとおびき寄せられたんだわ!」




 修道闘士達は、正規軍の騎兵として通用するほどの技量を持っていた。

 蹄の音を響かせて次々と廃墟に雪崩込むと、無駄のない機動で包囲を完成させる。

 老司祭も部下の高い錬度に満足気な様子だ。


「偽神の祠に逃げ込むつもりだったのだろうが――修練場を作る折にここを発見してな。とうに破壊しておったのだよ」


 スウィーはブレボが騎乗している馬の頭の上に鎮座し、老司祭に答えた。


「どうせなら、もう少し徹底して欲しかったわね」

「使い魔の減らず口に付き合うつもりはない」


 老司祭はスウィーを無視し、ガウリをねめつけた。


「神薙ぎ衆の少年よ、これ以上の手出しは控えてもらおう。さもなくば、我が大教会とヤーク・ギルドの間に重大な危機を招くぞ。君にその責任が取れるのかね?」


 脅迫じみた物言いにガウリは気圧され、反駁できなかった。

 続けて老司祭はイリマにも厳しい視線を向けた。


「姫殿下、御身もですぞ。もはや抵抗は無駄とおわかりでしょう。ブレボ殿に剣を捨てさせなさい」

「なっ……ふざけるんじゃないよ!」


 激昂するブレボに呼応して、修道闘士達は弓を引き絞った。

 斬り合って乱戦に持ち込めれば活路も見出せただろうが、この状態ではブレボに勝機はなかった。


 後は命令一つ。

 決然とした老司祭の表情は、彼がその命令をためらわないことを告げていた。


「忠勇な部下を見殺しにしてはなりませんぞ、姫殿下」

「――わかりました、司祭様」

「姫様、いけません!」


 ブレボの抗議に、イリマはゆっくりと首を振った。


「代わりに全員の命の保証を」

「承知しました。もとより我等の敵は、唯一神に仇なす者のみ。不幸な行き違いで信者同士が争うのは避けるべきと心得ております」


 老司祭は応諾し、修道闘士達の弓を下げさせた。

 

「ガウリ――少年と使い魔は巻き込まれただけです。このまま解放して頂けませんか?」


 必死の面持ちで要望するイリマ。

 老司祭は困ったように顎を撫でた。ガウリはいかにも頼りなげな風貌の子供ではあったが、彼がとんでもないことをしでかした現場を目撃したばかりなのだ。修道闘士の誰も真似できない、非常識な活躍だった。


「さて、それは……ここは人里遠い山中でありますし、夜も遅い。どうせなら姫殿下のご即位まで我が修練場に逗留して頂きましょう。我々も無闇にギルドとことを構えるつもりはありません。待遇は相応となりましょうが、危害は加えないとお約束します」

「――はい。では、そのように」


 イリマは唇を噛み、条件を受け入れた。

 ガウリを人質に取られたも同然だったが、これは駆け引きではないのだ。彼女にできるのは、勝者の慈悲を願うことだけだった。


 老司祭にうながされる前に、イリマは忠臣に命じた。


「ブレボ、剣を捨てなさい」

「姫様、しかし……!」

「あなたには、これからもわたしを助けて欲しいの。どんな時でも、ブレボはわたしを助けてくれるって信じているから。だから、今はわたしの言うことを聞いて頂戴」


 窮地において主は叱責ではなく、深い信頼を持ってブレボの軽挙をいさめている。

 さすがの彼女も大人しく従うしかない――はずだった。


「ちょっと、アンタ達。悪いけど、そんな場合じゃないわよ?」

「ああ、君――ガウリ君か。使い魔を黙らせなさい」


 老司祭は煩わしそうに手を振り、またもスウィーを無視してガウリに命じた。

 その対応は正しかった。当のガウリに聞こえてさえいれば。


「……ガウリ?」


 どくん。

 どくん、どくん。

 どくん、どくん、どくん、どく、どく、どく、どく。

 

「ガウリ、どうかしたの?」


 イリマの声が遠い。糸が切れたようにガウリは地面に崩れ落ちた。心臓が早鐘を打っている。

 肌にびっしり冷たい汗が噴出し、緊張のあまり強張った全身の筋肉がぎちぎちと鳴っていた。

 怪物の蠢動が大きくなる。このままでは、あいつが――


――あいつ? 誰のことだ? 俺か、それとも近寄ってくる奴のことか――


 息を。

 深く息を吸って鼓動を落ち着けたいのに、肺が空気を吸い込まない。

 幾ら力をこめても、喉はぴったりと閉じたまま。一息、ほんの一息でも吸えたら――


――手遅れだよ。ほら、もう目の前まで――


「ガウリ! ガウリ、しっかり! ブレボ、ガウリが!」


 イリマは意識を喪失しているガウリを抱え、ブレボを呼んだ。

 しかしブレボは外傷系の応急手当の経験しかなく、脈を取る程度のことしかできなかった。

 

「一体、どうして突然……スウィー、あんたなにか――」

「どきたまえ」


 見かねたのか、老司祭はブレボを押しのけ、ガウリの前にかがんだ。彼は異教の儀式や呪術にも通じており、並みの魔導士以上の知識を持っていた。

 手首の刺青に目を止め、老司祭はガウリの袖を大きくめくった。

 

「む、これは――」


 封印の呪紋が活性化していた。

 呪紋は形状を変化させつつ、全身を侵蝕するようにじわじわと広がっている。


「ソイツのことは放っておきなさい。別に死にはしないんだから」


 スウィーは騒ぎに背を向け、廃墟を睨んでいた。


「それより、きたわよ。ここの主様がね」

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