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封神鬼ガウリ  作者: EZOみん
プロローグ
1/23

祟り神

冒頭から残酷な描写があります。過度に痛い表現はないですが、苦手な方はご注意ください。

――俺はそう悪い人間じゃない。

 

 男はそう思っていた。

 そう思いながら、夜をひた走っていた。

 ちんけな盗賊団の一員ではあったが、大したことをしでかした訳じゃない。生きる為に必要な金や食い物を奪う過程で、ほんのささやかな殺しをしたに過ぎない。

 

 俺はただ、飢えて狩られるより、狩る側に回りたかっただけだ。

 それがそんなに悪いのか。間違っていたのか。

 

――断じて違う。そう、俺のせいじゃない。俺は悪くない。

 

 背後の気配は次第に迫ってきていた。

 振り向かなくても伝わってくる、圧倒的な量感。まるで雪崩に追われているような気さえした。

 湧き上がる恐怖が心臓の鼓動を臨界まで押し上げ、男はさらに速く走った。無駄と知りつつ、そうせずにはいられなかった。

 

――ちきしょう、俺はただの下っ端だぞ!

 

 頭目はろくでなしだった。

 盗賊にしては頭が良かったが、こすからく、残忍だった。確かにあいつは殺されてもいい。

 そうなって当然の悪党だ。襲う村だって、あいつが決めたのだ。

 何の変哲もない辺鄙な村。

 あがりは悪いが、危険もない。

 

――ちょろい仕事のはずだった。頭目は、あの阿呆はそう言ったのに!

 

 最初はその通りだった。

 昼の間は村外れの薮に潜んでじっくり観察。夕闇を待って忍び寄り、一軒ずつ、静かに襲う。騒がれることもなく順調に三軒に押し入って、皆殺しにしていった。

 そこまでは良かった。

 そこまではいつもと同じだった。

 

 だが、この村には祟り神がいた。

 

 薄汚い、ただの子供に見えたそいつを頭目は殺そうとした。

 あいつはなんと言った?

 そう、目撃者は生かしておけんと言ったのだ。

 目撃者!

 この周囲、数十キロ四方に他の村などない。

 誰にも言えないなら何を見られようと問題ではないのに、あんな子供は放っておけば良かったのに、そうすれば――

 

「あがっ!」


 がくん、と身体が揺れ、男は転倒しそうになった。左肩になにかがぶつかったらしい。

 身体のバランスが妙に取り難かった。

 まずい。今はもっともっと速く走らないといけないのに、どうなって――

 

「あ? あ、あああっ……?」


 走りながら顔を捻じ曲げて見ると、バランスが取れない理由がわかった。

 左腕がない。

 左腕が肩ごとすっぱりと斬り飛ばされてしまっている。

 だから、バランスが取れない。片腕しかないから、走り難いのだ。

 血がびしゃびしゃ噴出しているから、貧血気味にもなっているのかもしれない。

 だってあんなに、こんなに血が出ているじゃないか。わかってしまえば当たり前で、むしろ面白味さえ――

 

「はがっ!」


 聞こえた。

 今度は聞こえた。

 怪物が、祟り神が、背後から鉤爪を振るう風鳴りが聞こえた。

 あの鉤爪は頭目の頭をあっけなく握り潰し、鎧を着込んだ仲間達をぼろきれみたいに引き裂いてしまった。俺の右腕がたった一撃でなくなってしまっても、なんの不思議もない――

 

「あ……あ、あー、あー。ああ……あは、は」


 不意におかしくなった。

 だっておかしいだろ? この怪物は意外と親切じゃないか。

 片腕じゃ走り難いからって、両方とも腕を、俺の腕を両方とも、う、うでから、血、血が、こんな、びしゃびしゃ、びしゃびしゃ出て――

 

「ふっ、ぐぐう……あは、あははは! あひひひひひっ!」


 一旦笑い出すと止まらなかった。

 笑い過ぎたのか、喉に血が溢れてきた。むせ返りながらも笑い続け、走り続けた。

 恐怖に沸騰しかけている頭の片隅で、背中に注がれている怪物の視線を意識した。

 

「ふぐぐぐっ、はは、ははははっ!」


 涙が出た。

 どうしてこんなせこい村にこんな凄まじい祟り神がいるんだ。

 どうして俺はこんな怪物に追い回され、嬲り殺されようとしているんだ。

 

 悲しいのか、悔しいのか。

 それすらよくわからないまま、男は涙を流し、走り、笑い続けた。

 

「ひひひひ、ひは、ひはは、ひひははははっ!」


 もうすぐ村の外に出て――

 

――いやいや、出れないよ。わかっているくせに。

 

 何故まだ殺さない? もしかすると見逃して――

 

――その必要がないだけさ。だって、お楽しみは長い方がいいだろ?

 

 そうだ。怪物は楽しんでいた。長い鬣を振り乱して、愉快そうに哄笑していた。

 仲間達を一人一人追い詰め、ゆっくり殺していたじゃないか。どれだけ腕が長いのか、どれだけ爪が鋭いのか――どれだけ自分が強いのか、初めて確認するかのように。

 だけどだけど、でも、もしかしたら一人ぐらい、俺ぐらいは助けてく――

 

「ご、がはぁっ!」


 自問に答える間もなく、強烈な衝撃が男の身体を宙に浮かせた。

 回る視界の中で、見覚えのあるズボンと靴が怪物の前に落ちているのが見えた。

 

 変だな。俺はここで飛んでいるのに、どうして下半身だけあそこにあるんだろう?

 

 次の瞬間、男は頭から地面に落下した。

 首から響く乾いた音が、最後の疑問を打ち消した。

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