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八話:伝説の元勇者の伝説

 あれから、大通りに沿って色々と探し回った。生活雑貨や、その他冒険に必要なアイテムを買い揃えることはできたものの、肝心の武器屋が見当たらなかった。聞けば、武器屋なんかは鍛冶場に近い場所にできるようで、武器屋街と呼ばれる場所行かないとないそうだ。

 というわけで、俺とヒョウゲツはそちらに向かっていた。近づくたびに、槌が金属を叩く音が大きくなっていく。奥まった場所となると、かなり大きく声を張り上げないと、隣のヒョウゲツと会話できないほどだ。

 ハンドサインで、どちらに行く、止まれ、進むぞ、といった三つの指示を出しながら、それなりにリーズナブルな値段で剣を売っている店へと飛び込んだ。

 扉を開けて閉めると、奥の工房から鉄を打つ音が聞こえるが、外と比べると静かな空間が広がっていた。これ幸いとして、剣を選ぶ前に、ヒョウゲツと話をする。


「……風魔法でどうにかならないか、これ」

「遮音の魔法なんてわからないわよ……? 確か部下に出来る奴がいたとは思うけど……」

「おや、もしかして防音結界のタリスマンをお持ちでははない?」


 俺とヒョウゲツの間ににゅっと出てきたのは、淡い褐色の肌に銀のショートヘアの少女だった。耳が長いところを見ると……ダークエルフ、だろうか。格好を見るに店員らしいが……。

 ダークエルフは希少な種族で、この世界全体で見ても、数は千を上回らないと言われている。前回の旅路でも、エルフに会うことはあってもダークエルフに会うことはなかった。


「おや、やはりダークエルフは珍しいんですかね?」

「初めて見た」

「私もよ。まさかこんなところで会えるなんて」

「まぁ、ダークエルフって数少ないですからねぇ。……あ、自己紹介がまだでした。私、この店の店主のラビ、と申します! 以後お見知りおきを、お客様方」


 店主という役職に、これほど似つかわしくない人物がいたものか、と俺は驚愕する。表情からか、それを察したラビとやらは、俺に向かって懐疑的な視線を向ける。


「疑ってるって目ですね。まぁ当然でしょう。こんなうら若くて可愛らしいダークエルフちゃんが店主だなんて……! と思っちゃうのはしょうがないことです」

「いや、何もそこまで」

「皆まで言わずとも良いのです! では、店長らしく振る舞うことを、私が店長らしい証明とさせていただきましょう! ……で、何をお求めで?」


 朗らかに笑顔を浮かべながら、ラビは俺たちを揉み手で歓迎しているようだった。そんなラビを無視して、俺はぐるりと飾られている武器を観察する。……業物、とまではいかないものの、町の鍛冶屋にしてはかなり高水準な装備がそろっている。

 試しに、両手剣を手に取ってみる。重さは調整していないので、俺にとっては少しだけ軽めだったが、何というか、手になじむような剣だった。命を預ける剣としては、条件を満たしていると言ってもいい。そしてお値段も安いとなれば、なぜこんなに閑散としているのだろうか、といった謎が湧き上がってくる。

 ……まぁ、別に俺には関係ない話だ。両手剣をもとの場所に置きながら、何か良い剣がないか探していく。俺はすでに、この武器やで剣を買うことにためらいを感じていなかった。


「おや、男の人は両手剣をお求めで?」

「……ああ。――何かお勧めとか、あったりするのか?」

「おすすめ、へぇおすすめですか。ありますよ、あるに決まってるじゃないですか。――こちらの剣なんてどうでしょう。魔力を練りこんだ鉄を、魔力水、火属性魔法などを使って仕上げた、風の属性を持つ魔剣です」


 ラビが差し出してくるそれを受けとって、一度振る。……なるほど、振りやすい。そして軽い。その軽さも決して貧相さを感じるわけではない。――これは名剣だ。勇者だった俺の鑑定眼が、そう告げている。


「……良い剣だ」

「でしょう? 自慢の一作なんですよ?」

「……ラビっていったわね。貴方、この店の武器は全部自作なの?」

「ええ、そうですよ。ここに在る剣は、殆ど私のオリジナルです」


 どうです、と貧相な胸を張るラビ。思わず茶化しそうになったが、ラビの武器作成の腕は本物らしいので、どうにも茶化せなかった。


「へぇ、なるほどね。……じゃあ、これは、「ほとんど」の中に入らない剣なのかしら」


 ヒョウゲツが俺に差し出してきた剣は、以前どこかで見たことがある剣だった。――いや、正しく言うならば、以前俺がどこかで見たことがある剣に、そっくりの剣だった。

 ヒョウゲツを何度も斬り捨てた、破邪顕正の権能の体現。神より授かったとされる、聖剣のレプリカ。つまりは、俺が過去に使っていた武器に似せて作られた剣だった。

 懐かしい気持ちを抑えながら、剣の柄を握ると、まるで長年連れ添ったような手の馴染みが感じられた。……どうやら、かなり精緻に真似てあるらしい。


「……手になじむ剣だな」

「いやぁ、お恥ずかしい。その剣は贋作でして、私が過去に習作として鍛えた剣なんですよ。遠目から見ただけなんで、果たしてそれがきちんと贋作として成り立っているかは、今でも謎ですがね」

「――いや、これは本物に近い」


 このグリップの感触、振ったときの重心の移動。――勇者の時の、あの懐かしい感触がここに在った。贋作、とラビは言ったが、これは限りなく本物に近い贋作だ。

 存外いい拾い物をした、と顔に笑みを浮かべていた俺の袖を、ヒョウゲツが引っ張った。どうしたのだろうか、と思って手招きするヒョウゲツの方へ顔を寄せる。


「……サトウ、今の発言は」

「………。あっ」

「えっと、一つ聞きたいんですけど、良いでしょうかね? いや、いい悪いじゃなくて、私の剣を評価したんですから、この質問には答えてもらいますとも。――なんで、この剣が本物に近いってわかったんですかね?」


 聖剣は、勇者にしか握れない。勇者以外が握ろうとすると、途端に強固な結界が出現し、物理的、及び魔法的な接触を不可能にするのだ。つまり、聖剣についての感触を知っているということは、勇者である証左。

 ……でも、一つだけ穴があることに、俺は気づいた。


「あくまで外見が、だよ。重さなんかは俺にはわからん」

「ああ、そう言う意味だったんですね。成程。でも、見た目だけでも本物に近い、というのは嬉しい言葉ですね。さすが美少女ダークエルフ鍛冶師のラビちゃん、といったところでしょうか」

「……。ところで、これはいくらで売ってるんだ? できれば買いたいんだが」

「完全スルーですか?! なかなか豪胆ですね……。そちらの贋作剣なら、何となくお土産用として出るかなー程度でおいてたので、銀貨二枚でいいですよ」


 この店に置いてある武器の平均価格が、銀貨15枚であるところを見ると、ほぼ投げ売りと言っても過言ではない。だが、ラビがその値段で売るといったのだから、俺はそれをありがたく受け取ろう。

 正当な対価は、ゆくゆく払っていけばいい。これからもこの街で活動する以上、この店には何度もお世話になることだろうし。


「じゃあ、銀貨2枚だ。このまま持って行っていいな?」

「ああ、待ってください。剝き身だと捕まりますから、鞘はお付けしますよ」

「ありがたい」


  ラビに差し出された鞘を装着して、俺はヒョウゲツと一緒にその店を出た。ラビはカウンターで揉み手をしながら、またいらっしゃってください、とどこか欲深い印象を受ける目を向けながら俺たちを見送る。

 お金がたまって、いくらかこの町で暮らしていくうえで重要な項目をクリアした時には、ヒョウゲツの武器でも買いにこよう。俺はそんなことを思いながら、凄まじくうるさい武器屋街をそそくさと抜けたのだった。



「……ところで、その剣を指していると、昔を思い出すわね」

「ああ、そうだな。……昔はヒョウゲツを何度もこの剣で斬ったもんだ」

「女の子を斬ったとか、事実でもあまり言わないほうがいいわよ?」


 ベンチで出店で買った串焼きを食べながら、過去のことを思い出す。


「あのときはかなり痛かったわね。ほんとに死んじゃうかと思ったわ」

「……俺は殺す気だったからな。寧ろ何で死なないんだとずっと思ってた」

「それは、ほら。貴方が顔を――頭部を狙わなかったからよ。これでも、魔力があれば自己再生が出来るんだから」


 その情報は初めて知った。まさかそんな能力があったとは。


「なるほどな、それで死ななかったわけだ。俺の甘さが原因だな」

「ええ、そうともいえるわね。――でも、それが理由で、私は今ここでサトウとお話していられる。そう思うと、あの日々も悪いものではなかったと、そう思えるのよ」


 もちろん、今のほうが楽しいわよ? とはにかむヒョウゲツ。

 そんな表情に見とれていると、少しだけ冷たい風が吹いて、ヒョウゲツの銀髪を揺らす。流れる髪の間から見える表情は、何となく熱っぽい気がした。


「……あのね、サトウ」

「なんだ?」

「私、一つだけサトウに説明していなかったことがあるの。今まではそれを語る必要もない、って思ってたんだけど、なぜか、私がそれを言いたくてたまらないの」

「……それを聞いてほしい、と」


 俺がそういうと、ヒョウゲツは静かに頷いた。そこにいつものポンコツ魔王の気配はなく、月のような存在感を放つヒョウゲツがいた。


「ともかく、あれだ。このままだと風邪をひく。宿屋に戻ってこの話はしようか」

「ええ。――ありがとう、サトウ」


 いつものヒョウゲツとは違うヒョウゲツ。なんだか懐かしいんだか、寂しいんだか。そんな複雑極まりない感情を抱きながら、俺たちは宿へと戻った。

 道を歩く俺とヒョウゲツの間は、人一人分、空いていた。

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