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七話:やはり俺とヒョウゲツの関係性《リレーションシップ》はまちがっていない。

 ほんのりと肌を温める朝の日差し、ソファで寝たせいか少しだけ気だるい体、そして頭に広がる柔らかい感触。前者二つはいい、だがいちばん最後は一体どういうことなのだろうか。まさか二日連続で、ヒョウゲツの顔を見て朝が始まるなんて思ってもみなかった。

 顔の位置が真上、俺には少しの影がかかっている。そして頭の下の柔らかい感触。間違えるはずもない。俺はヒョウゲツに膝枕をされている。いつ誰が頼んだか定かではないが、少なくとも俺はそういうことを頼んではいないはずだ。

 ……いや。昨日までの付き合いでわかっている。なんだかんだ言って、ヒョウゲツは自分だけベッドで寝れない性分だ。それを鑑みれなかった己の未熟さに少しだけ後悔を抱く。


「……ありがとな」


 おそらく、硬いソファで寝違えないように、ヒョウゲツが膝を貸してくれたに違いない。……そんな優しさが胸にしみる。

 なんだか恥ずかしくて、面と向かっては言えないけれど、せめて今は伝えよう。

 ヒョウゲツのおかげで、今を楽しく生きていられる。その感謝を。



「……ひとつ聞いていいか?」

「ええ、どうぞ?」


 まだまだ朝は早く、人もほぼ居ないような時間。俺は噴水広場のベンチに座って、前に立つ影を疑わしげに見つめた。

 何を隠そう、ここに居るのは先程までベッドで寝ていたヒョウゲツである。


「ヒョウゲツ、まさかお前、俺になにか居場所がわかるような魔法とか道具とかくっつけてないよな?」

「もちろんよ。だってそんなもの必要ないし。サトウの匂いなら、どんなに離れていても嗅ぎ分けて見せるわ」


 そこまではっきり言われると、少しだけ照れくさい。

 ともあれ、ヒョウゲツが俺を追っかけてきたのも、きっとなにかの意味があってのことだ。とりあえずは理由を聞いてみよう。


「……で、なんで俺を追ってきたんだ?」

「それはもちろん、サトウとデートしようと思って」

「……着いてくるのはいいが、今日はとりあえず必須品の買い出しと武器を見繕うだけだぞ? いいのか?」

「いいわよ。貴方と行く場所なら、どこでだって楽しいはずだもの」


 さりげなく、デートを着いてくるに言い換えておく。

 俺のそんなせせこましい言葉遊び。それを知ってか知らずか笑うヒョウゲツに、少しばかりの照れを感じながら、小さく呟いた。


「……おう」

「もしかして、照れてる?」

「んなわけあるか。……とにかく行くぞ。もう一度念を押して言うけど、全く面白くないからな!」

「はいはい、わかってるわよ。行きましょう?」


 まるで俺をからかうように俺の腕を掴むヒョウゲツ。俺は逃げるように、今まで座っていたベンチから立った。


「それで、まずはどこに向かうの?」

「武器屋だ。武器を持っていないだけで、絡まれる回数は少なくて済むからな」

「……絡まれる、って何よ」


 ヒョウゲツの言葉がトリガーになったのか、はたまたただの偶然なのか、俺たちの前にはいかにも「悪です」と言った風貌の男達が立っていた。


「よう、新入り。昨日は派手に稼いだそうじゃねぇか?」

「そりゃどうも」


 俺を睨みつけてくる冒険者の先輩(笑)達。……正直ちっとも怖くない。どちらかというと、ヒョウゲツが俺のことをじっと見つめている時の方が怖いし、束縛感がある。

 装備を見るに……ちょうど俺たちと同じDランク冒険者か。この街でDランク向けに売られている装備をそのまま来ているような感じだ。

 ……それに、剣のグリップの擦り切れ具合、革鎧のささくれ具合ーーそれらから見て、こいつらはまだなりたて、あるいは討伐系を主としない冒険者。

 まぁ、よくある新人いびり&恫喝、と言ったところだろうか。

 俺の分析が及ぶ間、男達は下品な笑みでヒョウゲツを見ていた。舐めるように。……なんかカチンと来た。何でだろうか。


「……で、何の用ですか、先輩方」

「いやな? ちょっと色んなことを教えてやろうと思って声をかけたんだよ。その代金を貰おうと思って」

「……そんなこと、頼んだ記憶ないんですが」

「へぇ、そうかい」


 そりゃそうだ、と男達は気持ち悪い笑みをいっそう深めた。何をする気なんだろうか、とポケーっとしていると、男の一人が、俺の胸ぐらを掴んだ。

 ……ふむ。荒事か。殴ってもいいけど、無事に済むかな?


「生意気な後輩に、先輩からのありがたいご指導だ!! 受け取れ!!」


 そうやって振りかぶる先輩(笑)。痛みに耐えようとするでもなく、とりあえず力加減を見てやろうと、ボケっとしていると。――不意に拳が飛んだ。

 風切り音を残して俺の前を通過したそれに、俺自身も驚愕する。拳を振りかぶる時点で音速を超えたのか、特有の甲高い音が俺の耳に響いた。

 そんな拳を人間に向かって躊躇いなく振り抜いた人影――ヒョウゲツは、にこやかに笑いながら、さも当然だと言うように拳を正眼に構えた。


「で、私の好きな人に手を上げようとする人は結局何人? まさか二人、なんて言わないわよね?」


 その目は、雄弁に「殴りたいなら千人単位もってこい」と語っている。いや、お前には万単位いないと勝てないって、前回の歴史が語ってるんだけど。

 ……ああ、胸ぐらの布がちょっと緩んじゃったなぁ。やだなぁ。なんてことを考えつつ、冒険者の先輩(笑)達を見る。

 ヒョウゲツの為した結果、まるでめつけるような視線。それらに怯えた先輩(笑)達は、まるで蜘蛛の子を散らすように逃げていった。……途中で仲間を拾っているところは評価しよう。うん。


「……じゃ、行こうか」

「ええ、サトウ」


 ヒョウゲツは楽しげに笑いつつ、俺の隣にぴったりと並んだ。


「……で、最初は武器屋だったかしら?」

「おう。あんな感じになるからな」

「あの程度なら、息を吸うくらい簡単に屠れない?」

「いやまぁ、そうなんだが。……人間にはめんどくさいものがあるんだよ。魔物もそうだったかもしれないけど」


 そうでもないわよ、とヒョウゲツが言う。その表情はひどく暗く、この話題はヒョウゲツにとっての地雷であったと察するに容易い。


「……すまん」

「謝ることはないわよ。第一、あのめんどくさいルールがあったから、私はあなたに出会えたようなものだし」


 それに、とは続かない。……きっと、今は続ける気がない。それを話すに足る関係性ではない、とヒョウゲツが判断したのだろう。それでいい。俺達は友人であって、恋人ではないのだから。


「……おっと、そろそろだな。確かここ辺りにあったはずだ…………が?」

「…………。あの、サトウ? 私の目には、ここが空き地のように見えるのだけれど」


 記憶を頼りに訪れた場所。以前はここに、それなりに大きい工房があったはずなのだが、何故か今は空き地になっている。中央あたりに売り地、と書かれた看板が立っているのがますます哀愁を誘う。

 ……なんとなく察した。魔物がいなくなった世界では、こんなに大きな武器屋は必要無くなったのだろう。次第に廃れていって――最終的には店主がここを売り払った。


「……おや、こんな早い時間に、こんな場所に何か用かね」


 変わったなぁ、時代もなんて年寄り臭いことを言っていると、本当の年寄りに声をかけられた。


「ここにあったはずの武器屋を探しに来たんですが……」

「ここにあった? また随分と前のことを知ってらっしゃるお人だ」

「……ということは、もう……」

「ああ……。ここにあった武器屋は、三十年前に王に召し抱えられて、今は王都で店を構えておるよ」


 確かに、ここに在った武器店の腕は上々であり、評価も高かった。それが王の耳に届いた結果が今のこの状況なのだろう。――そう考えると、本当に時代が変わったんだな、と思う。

 ……そういえば、今まで道を急いでいたせいか、あまり周囲の時代の変異と言うものを見ていなかった気がする。これからはいろんなものを見ながら旅をしよう。

 将来的には、俺の聖剣を見つけに行ってもいいかもしれない。もしかしたら、あの剣も博物館に飾られてたりするのかもしれない。……ちょっと恥ずかしいけれど、もしかしたら俺の物語なんかもできてるかもしれないな。


「……なんだか楽しそうね、サトウ」

「そうか? ……そうかもしれないな」

「よかったわ。パートナーが楽しそうじゃないデートなんて、デートじゃないもの」


 そういえば、この八十年で、ヒョウゲツはどこか変わったのだろうか。態度なんかは変わってないし、姿も変わってない。強いて言うならば、俺との関係性位が変わったものだろう。

 ……それはそれでいいものかもしれない。変わるものと変わらないもの。前者がなさ過ぎればつまらないし、後者がなさ過ぎれば、それはそれで恐ろしい。……奇妙な塩梅で、俺のいる世界は成り立っている。

 とにかく。


「じゃあ、武器屋に行こうか」

「ええ。……にしても、デートって否定しなかったけれど、その気でいていいのね?」

「んなわけないだろ。ふざけたこと言ってないで、行くぞ」

「……つれないサトウね」


 俺たちは、少しだけ太陽が昇った街に、もう一度繰り出した。

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