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六話:はぐれ勇者の冒険美学


 どうしてこうなった。俺は過去の自分を恨んでやまない。工夫していれば、もっといい展開に持っていくことも出来ただろうに……。

 腕に乗る程よい重み。体に巻き付くふわふわの尻尾。息遣い。匂い。何か柔らかい感触ーー。目を横へと向ければ、その原因が今もすやすやと寝ている。

 あの後、俺はヒョウゲツに言われるがままに隣で横になった。最初はベッド上で距離をとって眠るつもりだったが、ヒョウゲツがそれを許さず、俺へとすがり付いて……今のこの状況だ。正直眠れないし体力的に辛い。

 だが、もうそんな時間は終わりである。理性との戦いから俺は解放され、ついに健やかな生活を進めていけるのだ。こんなに朝が望ましいものだったのはいつぶりだろうか。小学生の頃ぶりだろうか。とにかく。


「おい、起きろ……」


 俺は大手を降って、ヒョウゲツを起こすことが出来るのだ。

 俺が軽く肩を揺すると、ヒョウゲツは小さく声を漏らした。


「ん……あと十年……」

「長いわ! というか早く起きろ! ほら朝だぞ! お外があんなに明るい!」

「……んん。朝からうるさいサトウね……」


 寝ぼけなまこのまま俺に近づいてくるヒョウゲツ。その動きは緩慢だが、確実に俺のほうへ這い寄るような形になっていて――それを回避しようとするが、何故か体が動かない。焦って体を見ると、そこにはヒョウゲツの四肢でがっちりと固定されている俺の体があった。

 そういえば、力だけで言えば少しだけヒョウゲツの方が上回るんだった……! 種族特性汚い、さすが汚い……。なんて思っているうちに、ヒョウゲツの顔が俺のそれに近づいていた。


「そんなうるさい口は……」

「おい待て、目を覚ませヒョウゲツ!」

「んー……」


 とろんとした目のヒョウゲツは、何だかいつもと違う魅力があってーー不覚にもドキッとしてしまう。なんというか、普段はなりを潜めている色香とかそういうのがあるのだ。

 いくら俺が勇者といえども、健全な青少年、かつ高校三年生とかいう多感な時期である以上、そこに反応しないのはまさしく至難。目が離せなくなるのも道理だ。


「サトウ、どうしたの……見つめちゃって。……好きなの?」

「な、何がだよ!」

「決まってるでしょ。……私のこと、よ」


 そう言いながら、俺との距離をさらに縮めてくるヒョウゲツ。……寝惚けているのか、いつもよりも距離を詰める速度が早い。というか距離も全体的に近い!

 ヒョウゲツの、甘い匂いだか、太陽のような心地の良い匂いだかを強く感じながら、それでも俺は抑止の声を弱めない。飲まれたら色々終わる!!


「おいヒョウゲツ!」

「……照れないで、素直になって」

「この際だからはっきりいうが、照れてはいるが素直になっている!! 離れろヒョウゲツ!」

「ほら……身も心も私に委ねて……」


 なお近づいてくるヒョウゲツ。桜色の唇が蠱惑的な息を漏らして――。


「いい加減に……しろーッ!」


 俺の渾身の風魔法が、ヒョウゲツへと殺到した。





「……その、悪かったわよ。寝ぼけてあんなことしちゃうなんて私も想定できなかったのよ……」

「で?」

「……うう、サトウの目が突き刺さるわ。でもほら、未遂だったからよかったじゃない! 許して下さい、このとおり!」


 そう言いながら、腹を見せるように寝転がるヒョウゲツ。たしかこれ、謝罪のポーズだったか。

 いや、でも……。


「……お前、ここがどこかわかってやってるんだよな?」

「どこって……冒険者ギルドでしょ?」

「わかってるならやるなよ! 恥ずかしくないのかお前は!」

「……謝ることの何が恥ずかしいの?」


 いや、それは正論だけど。

 でもその格好だけはやめてくれ。方々から変態と俺を呼ぶ声が聞こえてくるし。客観的に見たら俺は完全に変態だ。だって銀髪の狼獣人を床に寝転がらせて、腹を見せさせようとしてるわけだから。

 ……過ぎてしまったことはしょうがない。俺に出来るのは、この風評被害をいかに小さくするかどうかだ。


「……もうわかった。許すから立ってくれ。俺が変態のような目で見られる……」

「そうなの? サトウが悪し様に見られてたのね、ごめんなさい」

「……わかってくれて嬉しいよ、俺は」


 なんかどっと疲れたような気がする。こんな調子で、一日でランクアップ出来るのだろうか……。

 眠気からか、はたまた将来を憂う気持ちからか、頭痛を覚える頭を抑えながら、俺はクエストを受領した。


「……んじゃ、スピード勝負だ。――ヒョウゲツ、よろしくな」

「ええ、サトウも」


 瞬間、ヒョウゲツの姿が掻き消えた。凄まじい速度での移動を開始したのである。

 俺も負けじと全速力での移動を開始し、一番目のクエストである、スライムの素体収集へと出発する。

 一分で現場に到着した俺は、スライムを魔力をかなり使った探知網で見つけ出し、必要数――七体を討伐して、ギルドへ戻る。

 この間わずか三分。一依頼16分が最低ノルマと考えれば、かなり早いペースだ。

 次はゴブリンの討伐だ。訝しげな目で俺を見る受付員を置き去りにしながら、俺は再度出発した。

 ギルドから出たところで、戻ってきたヒョウゲツとすれ違う。だいたい8分くらいか。ヒョウゲツもなかなかやる。


「……よし、俺も頑張らなきゃなぁ」


 そうして、夕方まで、依頼のクリアレースは続いた。

 まるで機械のようにたんたんと依頼をクリアしていく姿は、クリアしている俺でさえ少しの恐怖を覚えた。

 それは他人も同じようで、クリアしていくたびに強ばっていく受付員の顔と、冒険者の顔が、ひどく俺の記憶に残っている。

 夕方になって公園のベンチに座り込んで、そんな顔を思い出す。――流石に自重しよう。

 まぁ、そんな苦労もあって、俺の手には結果が残っていた。そう、冒険者ランクDの証である――!

 ちなみに、ランクDは三流冒険者と称され、冒険者を名乗るならここが最低ラインだと言われている。つまり俺たちは、真の意味で冒険者になったことになる。やったぜ。


「……なかなかにハードだったわね」

「の割には平気そうじゃないか。ムカつくな」

「それはほら、愛の力的な何かがはたらいてるのよ。私の中で」


 何を言ってるんだ……と思いつつ、ヒョウゲツの手に光る冒険者ランクDの証拠を見て、上手くいったことをようやく確信する。……さて、これからの話をしなきゃいけないわけだが。


「ヒョウゲツ」

「ん、何?」

「明日の予定だが――」

「まさか、明日もこんなことするんじゃないでしょうね。……だったらもう一回添い寝してもらうことになるのだけれど」

「……違うに決まってるだろ。第一、俺がとっととこのランクから抜け出したのは、このランクが格段にまずいランクだからだ。Dからは普通に活動する」


 よかった、と息を吐くヒョウゲツだが、コイツはまだ、俺の思惑に気がついていない。……ランクを上げた理由は、先ほどのものに加えて、もうひとつある。

 冒険者活動における行動範囲の無制限化。それがどういう意味をなすかはあとのお楽しみである。……と、それは置いといて。


「明日の予定だが……」

「……ごくり」

「――1日休みとする」

「……え? ごめんなさい、もう一回言ってもらえないかしら?」

「だから、休みだって言ってるんだよ。スローライフを送るための計画なのに、それまでに血反吐吐いたら……なんか存した気分にならない?」


 いや、わかるけど……と顔に出ているヒョウゲツに向かって、俺は再度告げる。


「とにかく明日は休み! 今日のクエストクリア報酬はそっくりヒョウゲツのもんだから、それで買い物するなりなんなりするといいさ」

「……ん、宿泊費と食費は?」

「俺が持つから構わんさ。お世話になってるお返し……とでも思ってくれ。無論拒否権はない」


 俺がそういうと、ヒョウゲツは何故だか花のような笑みを浮かべた。どこにそんな笑顔を浮かべる要素があった?! と俺が瞠目していると、ヒョウゲツは尻尾を激しく振りながら、興奮した様子でのたまった。


「宿泊費、食費……男持ち……つまりこれは、夫婦の関係と言って差し支えないのでは?」

「ありまくりだよ……」

「……冗談は半分にしといて。そういう事なら、ありがたく休日を満喫しようと思うわ」


 半分かよ、と突っ込むと、ようやく進み始めた話を変な方向にそらしかねないのでやめておく。とにかく、明日がフリーであるということを理解してくれたようなので、安心して宿で眠れる。


「……じゃあ、また明日な」

「ええ。…………それはいいのだけれど、また、というならあとではないかしら……?」

「………………。ああ、そうだった……」


 今日までは、ヒョウゲツと一緒の部屋で眠る。俺はそのことを失念していた。――さすがにもう、これ以上疲れたくない。

 ……とにかく、宿に戻ったらソファに寝よう。面倒ごとに巻き込まれないためには、それが一番だ。流石にヒョウゲツも、寝ている俺を起こそうとはしないだろうし。

 固く決意を抱き、俺は宿へと戻ったのだった。

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