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五話:元勇者の憂鬱

 幸いにして、最低基準を越す宿はすぐに見つかった。

 《鳥の唄亭》という宿屋だ。一泊銀貨三十枚、各部屋には結界魔法が込められた魔道具が設置されており、その上冒険者ランクCの手練れである宿の主人が夜の間ずっと警備をしている。その上飯がうまい。

 ……無論喜んでいいことではある。しかし、少し――いや、かなり俺は余裕がない状態だ。喜びだとか、安心だとか、そんなものはここにはない――そういわんばかりに、俺の視線の先では、ヒョウゲツが部屋のベッドに飛び込んでいた。


「何もやってないけど、疲れたわね」

「……俺はもっと疲れてるよ、チクショウ」

「それはそれは。もっと肩の力を抜くといいわよ?」


 どの口がその言葉を吐くんだろう。……でもヒョウゲツの言葉が正しい。召喚されて、スライムを討伐しまくって、魔王ヒョウゲツと出会って、服を買って、宿を決めて――思えば、なんだか肩に力が入っていたような気がする。勿論、召喚された困惑や、果たせなかった日常へのあこがれが俺をそうさせたんだろう。

 でも、俺の心の中で引っかかっていたのは、そのどれでもない。


「……なぁ、ヒョウゲツ」

「んー? なに?」

「魔物って、俺が殺しつくしたはずだろ? じゃなきゃ地球に帰れなかったみたいだし」


 勇者召喚、そして勇者送還の魔法は、世界に大きな魔の気配があると執り行えないらしい。事実、俺を疎ましく思っていた貴族が結託して帰還させようとしたが、謎の力が介入して失敗に終わった。術式、条件、魔力、供物――全てが完璧であり、問題なく進んだのに、だ。ともかく。

 あの時、俺は無事に帰ることができた。つまり魔物はすべて殺しつくしたということだ。ちなみに、あの時魔王を送還魔法で何処かへ追いやったのも、魔なるものを一時的でも別の世界へ遠ざけるためである。

 いろんなことを考えて、そして目線をヒョウゲツのほうへと向ける。先ほどまでベッドで転がっていたヒョウゲツは、いつの間にか体勢を整えたのか、ベッドの上で、俺のほうへと膝を向けて座っていた。


「……ええ、魔物の気配は絶えたわ。あの時、確実に」

「だったら、何で魔物がこの世界に出現している――!」


 魔物は一度殺せば二度とは蘇らない。その存在は一度きりのものだ。そういったのは、今目の前に座っている、魔の首魁しゅかいであるヒョウゲツ。例えばの話だが、今ここでヒョウゲツを殺せば、この世界で二度と蘇ることはない。魔物以外の生物が輪廻転生することが確認されているこの世界において、それは異質だ。


「なぁ、教えてくれよ、ヒョウゲツ。俺が魔物を殺したのは、無意味だったのか?」

「無意味ではなかった、少なくとも私はそう言うわ。――でも、その行為に水をさした存在がいる」

「……誰だ?」

「それはわからないわ。だって、私はあなたに変な世界に送還されてたんだもの。あそこから観測できることは本当に僅かだったのよ? これだけわかったことをほめてほしいくらいよ、こちらとしては」


 頬を膨らませながら、ヒョウゲツはつぶやく。


「その件については、その、ありがとう?」

「これで貸しが増えたわね。魔王の貸しは安くないわよ?」

「……お手柔らかにな。とにかく、平和を崩した存在がいるんだな、わかった」


 もし仮に、討ち漏らしがあったなら。そう心のどこかで思っていたのかもしれない。でも、ヒョウゲツの言葉を聞いて、俺は心のどこかで安心を覚えていた。……そりゃ、速く地球に戻りたかったとは言え、魔物を討ち漏らした結果、誰かが死んだなら、悔やんでも悔やみきれない事態になっていたかもしれない。――俺はそもそも、勇者という存在をあまり快く思っていないようだ。


「……やっぱり、気になるの?」

「いや、そうでもない」

「……?」


 いや、そこは気にするところじゃないの、と言わんばかりにヒョウゲツがジト目を送ってくる。いや、確かに気になるのは気になるけど、今回召喚されたのは俺一人じゃない。俺のクラスメイトもいる。きっと俺なんかより強くなる奴もいるだろうし、その可能性は大いにある。そりゃ今は弱いけどさ。

 こういうのは何だけど、俺は前回頑張った。だから次はお前らよろしく――的な、なんか今はそんなアバウトな気持ちだ。もちろん、あいつらが何らかの危機に陥るようだったら俺も助けに行くけれど、望んで俺は戦場に首を突っ込もうとは思わない。


「めんどくさいし」

「……その、私が言うのもなんだけど、いいの?」

「俺はもう、勇者じゃないからな。それに今回は俺以外にも勇者がいるし」

「……そういえば、なんだか強い光の気配がちらほらあるわね」

「やっぱり魔物の王だとそんなこともわかるんだなぁ」

「違うわ、サトウ。”元”魔物の王よ」


 そうだった、と考えて、可笑しさに笑いが出る。そうだ、俺は頑張ったから休んでもいいはずだ。というかめんどくさい。もうこの際頑張ったからとかそう言うの全部放って、適度な生活をしたい。その権利が、俺にはある。


「……それで、これからどうするのよ。とりあえず宿代は確保したいわよね。それにサトウが別の部屋がいいって言うなら、その分のお金も稼がなきゃいけないわけだし」

「それについてだが、ちょっとの間――具体的に言うと明日までは一緒の部屋で我慢してほしい」

「一日だけじゃなくて、ずっと一緒の部屋でいいのだけれども」

「……俺は慎みを持った女性のほうが好きだ」

「以後慎みを持つわ!」


 ……なんだかヒョウゲツの取り扱い方がわかってきた気がする。ともかく、俺が一日と出した理由は――。


「いいか、ヒョウゲツ。明日からは別行動だ」

「……理由は?」

「それぞれがクエストをそれぞれクリアすることで、ランクアップへの近道にする。――んでもって、一日でギルドランク、一段階上げるぞ」

「………正気? うん十年前の知識で悪いけど、最短で二週間はかからなかったかしら」

「そうだな。おそらくそれはこの時代でも変わらない。――でも、俺たちには一つ、手段がある」


 俺が何を言おうとしているのかを察したのか、ヒョウゲツはジト目を再度俺へと向ける。

 ……あまり褒められた行為ではないが、スローライフへ至るためには必要なことだ。納得してくれ。


「頭を使わなくてもいい。何か特殊な方法があるわけでもない。俺たちが取る、最短ルートは……」


 至極真面目な顔で、宣言する。


「――高いステータスで、ゴリ押す。これに限る」


 俺もヒョウゲツもステータスはこの世界の住人の比ではないほどに高い。ちなみに俺のステータスはこうだ。


――――

筋力:9999

俊敏:9999

器用:9999

魔力:9999

運:100

――――


 運以外はすべてカンストしている。そしておそらくだが、魔王城での最終戦で俺の動きに付いてくることができたヒョウゲツも、それなりに高いステータスを有している。ちなみに、一般成人の平均値はそれぞれ150だと言われている。およそ六十倍の差だ。単純計算で、俺は一般成人男性の六十倍の速さでさまざまなことをこなせることになる。

 また、魔法によるブーストを重ねることができるので、単純な計算だけではその効率の差は測れない。


「とりあえず、明日のノルマは三十件ということで」

「……正気かしら?」

「正気だ。討伐系だったらそれくらい行けるだろ?」

「いや、うん。確かに行けないことはない、とは思うけれども……」

「じゃあやれるな」


 十時間活動するとして、二時間は生活上欠かす事の出来ない云々に割り振るとする。残りは八時間。つまり……。


「960秒に一依頼だな」

「待って、それって秒だからまともに見えるけど、分数に換算すると16分よね?!」

「そうだが?」

「無理に決まってるじゃないの!」

「やってみてから出来ないときに言えばいい。出来なかったら俺が全力でカバーする」

「……サトウがそう言うなら。でも、そこまで難しいことを私に言うんだから、相応の対価は払ってもらうわよ?」

「ああ、ドンとこい」


 俺がそういうと、ヒョウゲツは意外といった様子で目を見開く。


「いいの?」

「男に二言はない」

「じゃあ……」


 ヒョウゲツはベッドに寝転がって、横をぽんぽん、と手のひらで叩く。

 ……いや、まさか。


「一緒に寝ましょう?」


 にっこりと、満足そうな笑みを浮かべて、ヒョウゲツはそう言ったのだ。

 ……ああ言った手前、俺に発言を翻す権利は与えられていない。


「………今日だけだ、良いか、今日だけだぞ」


――今日は寝れないと俺は見た。


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