四話:優しい勇者と恥ずかしがり魔王
※一日一回更新いたします。是非、ご高覧くださいませ。
「……で、とりあえず銀貨で服を買おうと思うんだが、ここあたりはヒョウゲツに任せる」
「まぁ、道理ね。サトウが私のスリーサイズなんて知ってたらちょっと引くし。――あ、気になるんだったら教えるわよ」
「知ろうとも思わないし、そんなことを言う前に服を見繕ってこい。俺だって服を買いたいんだよ」
俺の今の格好は、下着の上にブレザーを着ているだけの状態だ。こんな格好のまま暮らすのは、さすがに俺の羞恥心が持たない。それに、少し寒期に近づいているせいか少々肌寒さがある。できればというか可及的速やかに服を着たいところだ。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、ヒョウゲツは街角に見つけた古着屋へと飛び込んでいく。……ヒョウゲツも元魔王とはいえ女の子である以上、衣服についてそれなりに興味があるのだろう。現に今なんか、両手に服をもって、どちらがいいか吟味しているようだ。
一応予算は銀貨二枚程度。古着屋ならば上下三着ずつくらいなら購入できるだろう。
「サートーウー!」
「……なんだよ」
「こっちとこっち、どっちが似合うと思う?」
ゴスロリチックなダーク目の服と、白色ベースのワンピースを掲げて、俺へと詰め寄ってくる。いや、いくら何でも選択の幅が広すぎる気がするんだが。
……ちなみに前者は、あまりヒョウゲツのイメージに合っていない。後者は、まぁ似合わないことはないと思うが、割とグラマラスな体系をしているヒョウゲツにマッチしていると言われれば否だ。
ヒョウゲツは、どちらかというと凛々しいタイプの美少女――こういうと気があるように思われるが、事実であると追記しておく――なので、もっとかっちりとコーディネートをしたほうがいいだろう。
「どっちも違うな。……例えば、これなんかどうだ?」
「これは……」
総合的に似合いそうな服を取捨選択していくと、一つの服に目が行く。
俗に言う軍服ワンピ、のようなものだろうか。凛々しさと可愛らしさの良いとこどりをしたような、ベストマッチの服だ。
ベースは白で、ところどころに藍色のラインが入っている。清楚、かと思えば、銀の鎖で少しの凛々しさを演出しつつ――。うん、俺の選定眼はこれがいいと叫んでいる。元魔王であるがゆえに纏っている気迫も相まって、これは絶対に似合う。俺は確信する。
「……うーん、似合うのか私にはちょっとわからないわね。でもサトウが選んでくれたものだもの。私は信じるわ!」
「………。なんかそうやって無条件の信頼を向けられるとがぜん心配になってくるというかなんというか。まぁでも、たぶん似合うはずだ」
そう、と一言呟いて、ヒョウゲツは会計へと向かった。
さて会計に向かったし、俺は俺で服を選ぶか。とりあえず、一般冒険者みたいな感じで、無地の麻の服とズボン……あとは汚れが目立たない黒の外套でも買っておくか。
全部合わせて銀貨一枚。うん、程よくリーズナブルだ。
俺が支払いを終えると、購入した服に着替えていたヒョウゲツが、試着室から出てきた。
銀色の髪と尻尾、そして耳。まとう雰囲気はきりりとしており、軍服ワンピもどきの黒が良く似合っている。非常に魅力的だと、俺も思う。
なお、ヒョウゲツには耳としっぽがあるので、着るのに不都合な場所には穴を開けてもらったようだ。そこがどうもむず痒いらしく、しきりにお尻を気にしては顔を赤くしている。
「……えっと、どう……?」
「どう……って。普通に似合ってると思うぞ。やっぱり綺麗だ」
「き、綺麗――?!」
俺がそういうと、ヒョウゲツは顔を真っ赤にして俯いた。……何か余計なことを言ってしまっただろうか、と心配になったが、尻尾が大きく振られているところを見るとどうもそうではないらしい。
このまま二人共硬直していては、古着屋の店主にも邪魔になるだろうし、とりあえず店を出る。未だヒョウゲツの顔は赤くなったままで、言葉にできない呻き声を出している。
「おい、ヒョウゲツ」
「……はっ?! えっと、まずはお付き合いから!」
「何をどう勘違いしたらそんな答えが出てくるかは俺にはわからん……。おい、大丈夫か」
「大丈夫も何も、私は正常よ。で、結婚式はいつにするの?」
「しないっつってんだろ! そういうところが正常じゃない、って言ってるんだよ!」
結婚だかお付き合いだか、良くもそんな虚言を吐けるな……なんて思いつつ、今だ握っていたままのヒョウゲツの手を放す。ヒョウゲツの顔は依然赤いままだが、俺が手を離したことによっていくばくか、その顔には正常な思考が戻ってきたように思える。
行くぞ、と短くヒョウゲツに声をかけて、俺は宿屋通りのほうへ進んでいく。時間帯が時間帯なので、かなり通行人の数は多い。
「サトウ、ちょっと速いわ――」
その声に、怪訝に思って後ろを振り向くと、そこには人の波でその場に押しとどめられているヒョウゲツの姿があった。人々の頭の間から、銀の耳だけがひょっこりと見えていた。……距離は、少しだけ離れている。手を伸ばせばきっと届くだろう。
「……はぁ、しょうがねぇなぁ」
呟きながら、俺自身も人の波に押されつつ、ヒョウゲツのほうへ手を伸ばす。ヒョウゲツも手を伸ばし――手が握られる。俺は手を手繰るようにして、ヒョウゲツのほうへ人の波をかき分けていく。いくらかかき分けた先にヒョウゲツの姿が見えた。
「……落ち着くまでだかんな」
「………ええ」
心なしか、紅くなる頬を抑えながら俺はそう答えた。ヒョウゲツを見ると、その表情は赤く染まり切っていた。……なんだか妙な感じだ。心がざわつくというか、跳ねるというか。
その後、俺たちは十五分ほど人の波にもまれながら宿屋通りのほうへ進んでいった。途中でヒョウゲツのことを狙う魔手だとか、スリの手だとかがあったが、もちろん俺が全部弾いておいた。特にヒョウゲツに触れようとしていた男は、今頃人差し指を突き指して、痛みにもだえ苦しんでいるだろう。切り落とさなかっただけましだと思ってほしい。
そうして波から抜け出せたときには、すでに空は茜色に染まっていた。少しだけ清々しさを感じる夕焼けを眺めながら、よぎった考えにふと声を漏らしてしまった。
「宿、どうしよう……」
人の波をかいくぐることにかまけて、残りのお金について考えていなかった。さて、どうするべきだろうか。
宿一泊が、最下限でだいたい銀貨五枚。……ただこのレベルとなると、警備もザルだしサービスも悪い。普通に泊まるとなると、最低でも銀貨三十枚レベルの宿に泊まりたいのだが――二人分の部屋を取るとなると、あいにく手持ちが足りない。
冒険者に必須の道具を購入することを考えると、銀貨30枚程度しか宿代に割けない。特にバックパックが高い。一つ銀貨七枚ともなると大きな出費であると言える。
そうして考えた末に出した答えは。
「……ヒョウゲツ、お前は宿に泊まれ」
「え、サトウはどうするのよ」
「裏路地の隅っこで寝る」
「……サトウも宿に泊まればいいじゃない」
「金が足りん。金は渡すから手続きはヒョウゲツ一人でやれ、いいな?」
「いや、ちょっと待って。私が言ったのはそういう意味じゃなくて……」
ヒョウゲツの手が、俺の手を掴んだ。ひんやりとしていて、柔らかい手の感触が伝わってくる。
「一緒の部屋に、泊まったらどう、って言ってるのよ」
「……は?」
「服も買ってもらったし、何より私にとって想い人よ、サトウは。そんな人を路地に放って、自分だけ暖かく眠れるほど私の精神は強く出来てないわ!」
いや、そこは自慢するところじゃないだろう、という突っ込みは野暮だから胸にしまう。ふんす、と胸を張るヒョウゲツは、言ってやったと自慢げな顔を浮かべて隠そうとしない。……正直に言えば、かなり嬉しい言葉だった。――想い人云々は過去の因縁があるから、今はまだ触れられないけど。
まぁでも、言葉が嬉しかった、何だった、というのは別の話だ。恋人でも家族でもない男女が部屋を共にすることはいろいろと外聞が悪い。
「……何かうだうだ悩んでいるようね。だったら、こういうのはどうかしら」
ヒョウゲツが意地が悪そうに口を三日月に歪めて、人差し指を立てる。
「――私への貸し、ここで使うわ。サトウ、貴方は私と一緒の部屋に泊まりなさい」
「……は?」
「嫌なら強制はしないわ。でも、私をどうとも思ってないか、あるいは好意を抱いているなら……どうかしら、と思って」
「いや、それでも男女が寝床を一緒にするのって……」
「――口答えは許さぬ。之なるは魔王の勅命ぞ。……謹んで受け取りなさい。サトウが言ったんでしょう? 魔王の貸しは安くなさそうだ、って」
魔王時代の口調には、変わらず魔王の威容が残っているような気がした。そんな口調に押されたわけではないが、貸しを出されると参る。
……その上、発言を引用されると、もうにっちもさっちもいかない。俺は不承不承と言った形でヒョウゲツの言葉に従わざるを得なかった。