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三十二話:凡人勇者と――

 俺にできることは多い。剣で魔物を打ち倒すこともできれば、召喚魔法で蹂躙することもできる。付与魔法で地力を上げることもできるし、錬金魔法で足止めすら可能だ。

 でも、そんな俺でも――いや、世界中の万能ともいえるどんな存在でも、死者を蘇らせることはできず、失った悲しみを真の意味で埋めることはできない。

 ……だけど、そんな事態が起こる前に、未然に防ぐことはできる。


「ふっ……!」


 一息に十体ほどの魔物を斬り捨てながら、壁の方へと意識を向ける。そこには、単体で壁を壊せなさそうな、弱い魔物しかいなかった。きっと時間が経過するごとに強い魔物が召喚される仕様なのだろう。

 現に今、俺が斬り捨てた魔物は、壁の近くにいる魔物よりもグレードが高い存在だった。冒険者ランクで言うと、およそDの上位くらいだろうか。つまりは、一般人では倒すことすらままならない存在。

――この調子ならば、壁際の魔物は放置しておいてもいいかもしれない。いざとなれば、土魔法で一気に討滅することもできる。

 そんなことを考えながら、再び湧き出てきたモンスターを一刀の下に斬り捨てる。剣に魔力を纏わせているせいか、切り口からは淡く光が漏れ出ていた。

 そのまま剣を振るい、魔法を唱え、湧き出てくる魔物のことごとくを討伐していく。しかし、いかんせんきりがない。確実に現時点で1000は打ち倒しているが、それでも数が減るような気配はない。寧ろ勢いと質は時間を増すごとに増えていき、確実に俺たちを殺そう、街を滅ぼそうといった目的が見えている。


「……クソ、反吐が出るな」


 一つつぶやき、俺の脇を抜けようとした虎の魔物を魔法で切り刻む。

 それに、時間が経過するにつれて、魔物に統制や戦術のようなものが生まれつつある。まるで、魔物を統括するような存在が後ろに控えているとでもいうようなその様子に、俺は知らず冷や汗を一つかいた。


「今は大丈夫そうだが、これから先はそうもいくかのお? 勇者よ」

「……るせぇ!」


 どういった原理かは知らないが、ホログラムのようなアウドゥスが煽る様に俺に言葉をかけてくる。それを斬り捨てて、そのままの勢いで贋作聖剣を真一文字に振るう。それだけで魔物が五体程斬り捨てられるが、増加率に比べると些細な減少率だ。

 ……もっと、もっと魔物を殺せるような手段を。もっと、もっと効率的な殺し方を――。


「我が僕よ――」


 召喚魔法陣が煌めき、そこには十体で小隊を組んでいる十組のゴーレムが現れた。それらに、単純明快な命令――魔物を討滅せよ――を入力して、魔物の群れへと差し向ける。

 俺はゴーレムよりも前に出て、主に風魔法で敵を切り刻んでいく。風魔法は鋭く、射程が長いものが多いため、湧いて即討伐、といった真似が可能になる。

 そんな風魔法だけで対処できないような数が一気に湧き出てきた時には、燃費は悪いが射程と攻撃範囲が広い氷魔法をつかって、敵を一気に葬り去る。


「氷の矢よ――」


 今も、数百体が一気に湧いて出てきた。それらを打倒するために氷の矢を四桁ほど呼び出して、それを射出される。一本一本が太陽光を浴びて煌めき、さながら光の矢のように敵へと降り注ぐ。

 土煙が立ち込め、敵影を覆い隠す。――そんな土煙の中に、ついでに殲滅力に優れた火魔法を放り込む。

 風魔法で土煙を強引に取っ払って、残った敵は剣で斬り捨てる。それだけで、数百体の敵はすべて血肉と化したが――消耗もそれなりに大きい。

 何せ、戦場がある程度広域だ。それらすべてをカバーして、その上で魔物を討伐しなければいけない。どう考えてもこの状態で万単位を殺すのは無理な話である。

 ならばどうしたらいいか。それは単純明快だ。


 魔物を一つに纏めれば簡単。


「……魔力が割と食われそうだなぁ」


 そんなことをつぶやきながら、魔力はすでに手のひらに集められている。

 仄かに輝きだす指を宙に走らせ、魔法陣を直接描く。魔力の光が宙に残り、俺が指先を走らせるたびにそれは氷雪系魔法の魔法陣へと形を変えていく。

 こうして、魔法陣を仲介して呪文を唱えると魔力の消費が抑えられるのである。むろん、こうして魔力をまとった指で描いた分の減少はあるが、それでもこれがあるとないとでは、大きな差がある。

 特に、今から使うような大規模な魔法は。


「……氷壁よ」


 完成した魔法陣に、思いっきり魔力を注ぎ込む。

 すると、先ほど宙に描いた魔法陣が眩いばかりに煌めいて、その数をどんどんと増やしていく。そしてその範囲は――東一杯に広がった。漏斗をイメージしたその形は、魔物が一か所だけ空いた場所を目指す様な構造だ。

 ……まとめて討伐することが難しいなら、各個撃破してしまえばいい。

 構成された魔法陣を拳で殴りつけ、魔法を発動させる。地面からは、突然に氷の壁が生えてきたように見えただろう。それほどに、一瞬で魔法は展開され、魔物たちは氷壁の中に隔絶された。

 いくら魔物が氷の壁に牙を突き立てようと、俺の最初に注いだ魔力が途切れない限りは自動修復される。半端に頭がいい魔物は、そんな氷壁を見て、諦めて別の場所を探す。――そして、見つけたら運の尽きである。


「……さて、ワンオンワンだ。正々堂々と戦おうぜ、魔物さんたちよぉ……!」


――結果として、一対一で俺に叶う魔物などいなかった。もう数なんて覚えていないほどに行った、召喚魔法陣への収納が、半ば無詠唱だと思るほどに素早くなっているのが、その結果の何よりの証明だろう。

 ……流石にヒョウゲツと俺のステータスを合わせたとしても、なかなかに堪えるような一幕だった。俺はどっかりと地面に座り込んで、大きく息を吸った。


「………はぁ、疲れたなぁ。にしても、ヒョウゲツは大丈夫だろうか……」


 途中から気付いていたのだが、俺のほうに比べてヒョウゲツの方は音に乏しい。まるで、その場に生物など誰もいない――とでも言うように。

 あり得ない話だが、そんな空間の中でヒョウゲツがもし倒れてしまっていたら――などと思うと、気がそぞろになってしまう。

 それでも、これは競争なのだ。競走中は相手のことをあまり気にしないほうがいい……とは誰の言だっただろうか。それはさておき。


「はぁ、最後の最後に大物ですか」


 そう言いながら立ち上がる。俺の目の先にあるひときわ大きな魔法陣から、大型のモンスターらしき気配が立ち上る。それは、ヒョウゲツ程とは言わないが、それなりに強い魔の気配が存在している。

 ……どこまでも性格が悪い召喚魔法だ。これが終わったらアウドゥスは幻惑系の魔法をかけて、街中で裸芸でもやってもらおう。その後に記憶を復活させて悶えさせた後に、今度は意識がある状態で、裸芸をやらなければいけないような状態になる魔法をかけよう。それがいい。

 そんなことを考えながら、剣を油断なく構える。


「……なんだ、人間が一人か。我を呼び出すには、些か矮小に過ぎる」

「なんだァ? いきなり人のことを矮小だとか人間だとか言いやがって」

「粗野な口調だ。しかしなんだ。人間とかいう矮小で塵芥のような下等生物にそのような言いざまをされるのは、業腹だ。……誇るがよい、人間よ。その弁舌と――運の悪さをな」


 あくまで尊大に、そう語りかけてくる魔物。魔法陣から召喚されたその姿は、悪魔と人間を混ぜたような歪な存在だった。肌は中途半端に黒く、まるで浸食されているようだ。

 頭からは不揃いな角が生えており、右足は以上にひょろ長い。それに何より、腹部が異常に膨れ上がっていた。まるでボールのようだ。

 まさしく異形と言える悪魔を前にして、それでも俺は心を落ち着かせたままだ。……動かなかった、といってもいい。

 だって、この程度の存在ならば、分で倒せるからだ。


「で、何の用だよ。わざわざ声なんてかけてきやがって。そのデカい腹でも自慢しに来たのか?」

「……貴様のような、矮小な存在を滅しに来たのだ。――恐れよ、人間。我こそは魔王。万魔の王である」

「――あ?」


 その一言に、ぶっちんときた。


「……あのな、魔王ってもんはそんなよわっちぃ気配出さねぇよ?」

「………もう一度言ってみろ」

「何度だって言ってやる。魔王はお前みたいな雑魚じゃない」


 本物の魔王は、どうしようもなくポンコツで、寂しがり屋で甘えんぼで――それでもどこまでも強者だ。例え、本物の魔王がその力を十分の一に落としていようと――コイツ程度なら簡単にねじ伏せることができる。

 そして、俺はそれを知っている。


「我の寛大さを見誤り、驕るなよ、矮小なる人間よ」

「そっくりそのまま、その台詞をお前に返すぞ。――驕るなよ、魔王。お前は魔王じゃなく、ただの雑魚だ」

「言わせておけば――!」


 瞬時に、偽魔王の背中からは闇色のレーザーが発射される。成程、詠唱時間がこれほどに短く、威力もそれなりにある闇の魔法だ。自分が魔王だ、と驕る気持ちもわからないでもない。

 ……それでも、まだまだ弱い。偽は偽のまま。


「ほーん。もはや雑魚っぽいな、その魔法」


 光をまとわせた贋作聖剣で、闇のレーザーを上空へと打ち払う。夜空に飲み込まれるようにして、レーザーは消失する。その様子を見ていた魔王は、まるであらかじめ熱されていたやかんの様に、声を荒げた。


「この程度で――ッ!」

「煽り耐性なさ過ぎ。それでも各種耐性を兼ね備える魔王かよ。面汚しにもほどがあるだろ」


 数百にも上る、闇の玉を光の弾丸で相殺していく。闇の玉を打ち抜いた弾丸は、そのままの勢いで偽魔王へと突き刺さる。だが、あまり痛みは感じていないだろう。せいぜいが、紙で表面をはたかれた程度の痛み。

 何故そんなにダメージが入っていないかと言うと――俺が手加減したからだ。

 そして、それはあからさまにしている。つまり、あの偽魔王は俺が手加減をして、舐め腐った態度で自分と向き合っていることを理解する。

 まぁ結果はわかり切っている。――激高した。


「この矮小な人間が――!」

「それしか言えないのか? 言語中枢もうちょっとばかし広げてこい。――もっとも、来世があるならば、だが」


 来世、と悪魔がつぶやくのを、俺は悪魔の後ろ側で聞いていた。そのまま、それがどうした、といいかけた悪魔は、数秒遅れて発露した、自分の異常に目を向ける。


「あ?」

「じゃあな、偽魔王。今度はもうちょっと各種耐性備えて来いよ」


 俺のその言葉を最後に、偽魔王は血に伏せた。……どこまでも弱い奴だった。もしかして魔物のレベルは、全体的に下がっているのか知れないな。


「ま、どうでもいいけど」


 俺は再び、地面にどっかりと座り込んで、召喚魔法陣から取り出した肉串をほお張るのであった。

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