三十一話:最強勇者は平和に暮らしたい⑩
魔物の咆哮があたりへと響く。こんな市内であんな数の魔物を放されてしまったら、ほぼ確実にこの街は壊滅してしまうことだろう。
それに、今アウドゥスが作り出した魔法陣から這い出てくるモンスターの中には、ここの冒険者ギルドに所属する冒険者では荷が重いモンスターも存在している。
……このまま放っておくわけにはいかない。それに、放っておけば、きっと多くの人が死んでしまう。
あってはならない結末だ。俺はそう思う。
このまま魔物に蹂躙されて、未来がかき消される。未来ある人々には、あまりにも似つかわしくない結末で、俺はそれを――どうしても止めたかった。
「……ヒョウゲツ、俺のわがままに付き合ってくれるか?」
「ええ、いいわよ」
力強い瞳で、俺のほうを見つめてくるヒョウゲツ。さすがの俺たちだろうと、数万の魔物を継続的に相手にして無事でいられるとは限らない。そんな危険な行為にもかかわらず、即答してくれたヒョウゲツに感謝しつつ。
俺は、剣を正眼に構える。
教会の敷地は広い。――しかし、それを覆い、あまつさえあふれかえりそうなほどに、魔物の数は尋常ならざる域に達していた。
剣を携えながら、隣のヒョウゲツへをちらりと見る。
表情が、少しだけ悲しみに染まっている様な、そんな気がした。
――ヒョウゲツは魔王である。遍く魔物を従える、万魔の王だ。
だからこそ、今の魔物たちの状況に思うところがあるのかもしれない。
「ヒョウゲツ」
「……ごめんなさい。大丈夫よ」
一言だけ、ヒョウゲツはつぶやく。
そして、深く息を吐いて、もう一度魔物たちへと視線を向ける。そこに、先ほどの憂慮はなかった。
言葉にしなくても、わかる。ヒョウゲツの表情が雄弁に語っている。
哀れに思うからこそ――今この場で、全てを打ち倒す。
「……さて、まずは教会の中にいる魔物を全部倒すか」
「ええ、そうね。さすがに、このまま放置してたらまずいでしょうし」
まだ教会の敷地内からあふれるほどの数になっていないので、市街地への被害は出ていないようなものだ。これが、教会の敷地からあふれ出るほどの数になってしまったら――一巻の終わり、といってもいい。
まずはそれを防ぐべきだろう。ヒョウゲツと俺は頷きあって、互いに背中を預ける。
「……ヒョウゲツ、ここはひとつ、競争としゃれ込まないか?」
「え? 何よ、唐突に。……まぁ、いいけれども」
「じゃあ、討伐した魔物の数で競争な」
東西に分かれて、教会の中央部からあふれ出す魔物を討伐する。討伐した魔物の数で、何らかの決着をつける――。
今この状況で、ずいぶんと余裕だな、と俺は心の中で思った。しかし、むしろこれくらい余裕を持っていたほうがいいのかもしれない。焦ってことを仕損じた例は、枚挙にいとまがない。
「……じゃあ、私が勝ったら、一回だけ、何でもお願いを叶えてくれる権利でも頂こうかしら」
「なかなかにエグいな、それ。じゃあ、俺が勝ったら、ヒョウゲツが何でもお願いを叶えてくれる権利一回をいただこう」
「ふふ、燃えてきたわね……! 一度試してみたいことがあったのよ」
「何をもう勝った気になっているんだ? ……勝つのは俺だ」
「いいえ、私よ――!」
互いに顔を突き合わせながら、嗜虐的な笑みを浮かべる。
きっと、魔物たちに言語中枢のようなものがあれば、今の俺たちの姿を見て恐怖の声を上げていたかもしれない。それほどに、今の俺たちの表情は恐ろし気で、魔物よりも”魔なるもの”らしかった。
「……じゃあ、カウントするぞ」
「ええ、いつでもどうぞ」
3、2、1――。
俺がカウントするたびに、魔物の増殖は加速していく。このまま数十分もすれば、この街を覆いつくすほどの数になるだろう。――現在数にして、約5000。
教会のキャパシティーが限界を迎えるまでの数は、どれだけ多く見積もっても、1000。それ以上はまずい。
……ならば、まずはあふれ出そうとする魔物を掃討するべきだろう。そして、じわじわと中央部へと進行していく。それが常套手段だろう。
そんな思考をしているうちに、カウントダウンは0へと至り――。
「ドンッ!」
「……ッ!」
俺たち二人は、弾けるように東西に別れた。爛々と、その目に狂気を湛えながら。




