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二十九話:最強勇者は平和に暮らしたい⑧

「……」


 天津も柊木も、その口から何かを言うことなく、ただ俺とヒョウゲツを警戒した目つきで注視していた。天津の両手には、武器らしい武器は握られておらず、大小さまざまなポーチが、運動性能を阻害しない程度に装備されている。

 腰に佩びている剣を含めて、ポーチの中にある何かしらが彼の武器なのだろう。先ほどの吹き矢だの礫だのは、おそらく天津の攻撃だろう。対して、柊木は、その手に小さな弓を持っている。たぶん、狩猟用の弓だろう。ないよりマシ、といった程度の武器だ。

 ……おそらく、ヒョウゲツが指す、強い光を放つ存在というのは天津のことだろう。柊木も、天津に引っ張られる形で冒険者ランクを上げたらしいし。そんなことを考えていると、不意に天津がポーチから何かを取り出した。

 先端がとがっている、金属製の針のようだ。それを天津は頭上に放り投げる。何故上なのだろう、と俺がそちらを注視していると、針が眩いばかりの光に包まれた。

 何かが来る。そこから何が出るかが予想できず、故に対処方法もわからない。とりあえずとばかりに、風魔法による障壁を体に纏わせ、贋作聖剣を召喚魔法陣から取り出し、魔力をまとわせた。

 次の瞬間、宙に浮かんでいた鉄の針は、天井を覆うほどの数に増えた。


「……いやいやいや、それはチートでしょ!」


 天津の手が振り下ろされ、鉄の針は俺とヒョウゲツへと降り注ぐ。俺はそれを贋作聖剣を振り回すことによって対処した。ヒョウゲツは頭上に氷魔法を傘のように五重に展開している。初撃は対処することができたが、果たして――。

 贋作聖剣を構えなおして、天津の方へと走る。しかし、天津は俺を近づけさせまいと、腰に佩びていた剣を取り出すと、光をまとわせた。途端に剣がいくつにも複製され、それがタイミングを若干ずらして俺へと飛来してくる。

 それを弾き、時に躱しで対処するが、その間に天津との距離は離されており、天津の得意とする距離になっていた。武器を構えなおそうとしたところで、風を切り裂く音と共に、矢が飛んできた。

 それを上半身を前に倒すことによって避ける。――が、そんな隙も逃さないと、矢が続けざまに五発、俺のほうへと飛んできた。

 それをバック転でよけ、火球を生み出して天津へと発射する。天津は土魔法で、地面を隆起させてそれを防ぐ。――瞬間、俺の頭上から、いつの間にか複製されていた鉄の杭が降り注いだ。


「……ッきりがない!」

「まぁでも、サトウ一人に構ってるので手一杯みたいね」


 そんな声が、柊木の方向から響いた。いつの間にか、ヒョウゲツは柊木へと腹パンを決めて気絶させていた。えげつない攻撃に、なんだか俺の腹までいたくなるような感触を覚えながら、飛来する鉄の杭を贋作聖剣で振り払う。

 ヒョウゲツも同じく鉄の杭で襲われているらしく、降り注ぐたびに砕ける氷の傘を作成しなおしているらしい。ついでに言えば、接近も許されていない。

 ステータスでも、おそらく十分の一くらいの天津と柊木が、俺たち二人にここまでの大立ち回りができるのは、正直異常以外の何物でもなかった。そしてそれは、洗脳に付随する効果ではない。天津と柊木本来の、ポテンシャル。

 正直ぞっとした。以前、ヒョウゲツと結ばれる前の夜に、”俺を超える勇者がでてくるだろう”なんていったが、それがきっと天津なんだろうな、と思う。――それほどに、天津の戦闘に関するセンスは高い。


「……洗脳騒ぎが終わったら、天津を鍛えてもいいかもな」

「へぇ、サトウにしては珍しい思い付きね。大体放っておくのに」

「気が向いた……というか、俺の代わりにいろんな討伐してくれそうだし、コイツに任せておけば、この世界の魔物騒ぎもどうにかなりそうな気がするし」


 これだけの戦闘に関するセンスがあれば、先ほどの大鳳と手を組んで、大陸中の軍隊を指揮し、先導し――最終的には魔物をこの世界から再び放逐することもできるだろう。

 つまり――俺は初期段階で手を打っておけば楽ができる。


「なんか変な顔をしてるわよ、サトウ――っと」

「はぁ。どうしようかねぇ」


 もう一度、極限魔法を放つか――などと考える。しかし、今の天津の前では、そんな隙すらなさそうだ。たぶん、詠唱時点で呪文を台無しにする、何かしらの策を打ってくるだろう。

 隷属に置かれてこれなのだから、本来の彼の戦闘の腕の冴えはどうなるのだろう。――そんなことを考えつつ、俺は天津へと氷の矢を50ほど放つ。天津は剣を複製し、それを迎え撃ち――ついでに、接近しつつあったヒョウゲツの足を落とし穴のようなもので遅くさせる。

 迎え撃たれた魔法は消失し、一瞬だけ足が止まったヒョウゲツは、剣の複製で距離を取らされた。


「……どうしようか」

「魔力切れを待てばいいんじゃないの?」

「まぁ、そうなるな。……いや、でも、一つだけ方法がないでもない」

「……何をするのよ」


 怪訝な表情のヒョウゲツ。俺はそんなヒョウゲツにウィンクを一つ送ると、魔法陣を編む。それは、いつぞやヒョウゲツが這い出てきた時の魔法陣と同じであり――つまりそれは、召喚魔法陣、その本来の用途として用いられる魔法陣である。


「――来たれ、我が忠実なるしもべたちよ。我が意、我が心は此処に在り」


 朗々と紡がれる呪文に、警戒感をあらわにする天津。先ほどの二倍ほどの剣を複製し、三百六十度――全方位から俺を攻撃する。

 しかし――遅い。


「来たれ」


 そして、俺の目の前に、光り輝く壁が完成する。それは俺を守る様に展開すると、鉄の杭のことごとくを弾き返した。次第にその壁が形を成し、俺の前へとその威容をあらわにする。

 石の巨人。俺の召喚魔法陣の中に、百体単位で収納されている低級召喚獣だ。しかし、それゆえに、物量だけは圧倒的だ。いくら天津が多面的な戦いができる、といえども――。


「物量には勝てんさ。だいたいどの戦いも一緒だ」


 圧倒的なまでの物量。百体の石の巨人は、光をまとって天津へと突進する。それを果敢にも、剣の複製やら爆発物の複製やらで対処していく天津だが、それでも数は一向に減らない。

 当然だ。減った分だけ俺が召喚しているから。故に天津は時間を経るごとにじり貧になっていき――約十分が経過したころには、遂に石の巨人が天津の三メートル以内まで押し迫るような事態になっていた。

 こうなれば、俺とヒョウゲツはお茶でも飲みながら、天津が石の巨人の手によって気絶させられる様を見つめるだけだ。

 ずしん。大きな地鳴りが響き、あたかも終戦を告げるラッパのような音を響かせる。そこには、心なしか悔しそうな表情を浮かべた天津が転がっており、なんだか俺はやるせなさを覚えた。


「……今度は、きちんと戦ってあげよう」

「ええ、そうね……。あれはちょっとむごいと思うわ」


 ヒョウゲツからも、あまり評判が良くない戦いであったらしい。次からはあまりしないようにしないと。いくら大正義だといっても、一騎当千のほうが夢があるしロマンもある。

 ……たぶんそんなころじゃないんだろうな、なんて思いつつ、俺は天津の体を、あえて一体だけ残しておいたゴーレムの手のひらの上へと乗せる。

 他の奴らとは違い、天津には何かと言わなければならない。万が一にでも逃げられないために、である。


「……確か、この次の部屋が大司教の部屋か」

「そうね。……そろそろ、この騒動の決着がつきそうで、私としても少しだけ安心するところなのだけれども……」


 ヒョウゲツの表情には、何か心残りがあるらしい。しかし、ヒョウゲツはあえてそれを口にしようとしなかった。きっと何か、ヒョウゲツの中で思うところがあったのだろう。

 ひつようになったら喋ってくれるだろう。その時まで俺は待つだけだ。

 そうして、俺たちはこの事態の、大元凶の下へと足を運ぶ。


 それが、あるいは旅の終焉になるとも知らずに。


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