二十七話:最強勇者は平和に暮らしたい⑥
投稿が遅れて申し訳ございません。今日から一日一回更新へと戻します。よろしくおねがいします。
俺のクラスメイトには、ラノベよろしく数人の何かしらの影響力を持つ人間が存在する。
例を挙げるなら、先日俺も家に訪ねてきていた天津なんて、その代表格の一人である。
……そして、そいつらは往々にしてクラスを引っ張り、クラスメイトを導くのだが――その為の能力が、どうやら今は備わっているらしい。
「……なかなかに厄介だよな」
「ええ、物量だとちょっと厳しいところがあるわね」
今俺たちの目の前にあるのは、まるで壁のような兵士たちの姿だ。基本装備は槍であり、どうもレンジを意識した戦法らしい。
そして、その後ろにいるのは、俺のクラスメイトである大鳳渚。
俗に言う歴女である彼女の、現在の役割を一言で表すならば――「軍師」、そして「扇動者」。
彼女の虚ろな瞳からは、まるで地獄の炎のような黒々とした赤が出てきていて、それらは、今壁のように立ちふさがっている兵士にまとわりつくように付与されている。
……それが、兵士たちの能力値をあげていることはおそらく間違いない。
「どうする?」
ヒョウゲツがそう問いかける。
一瞬だけ、俺は考えを巡らせて――。
「や、深く考えなくていいな。――ゴリ押すぞ、ヒョウゲツ」
「いいわね。血湧き肉躍る蹂躙は好きよ?」
「ああ、実は俺もだ」
俺たちの出方を待っているのか、最前列の兵士は槍衾を作っているだけで迫ってこない。積極性も何も無いが、多分戦法としては正解なのだろう。
俺とヒョウゲツの真の実力を、彼らは図りかねている。だからこそ取る戦法であり――それは、俺たちにとって、何者をも置き去りにするための準備時間を与えてくれる。
「ちょっと変な感じするかもしれないけど、耐えてくれ」
「ええ、いいわよ」
「いくぞ……! 《エンチャント・オールアップ》、《エンチャント・デュアライズ》、《エンチャント・バリアフォース》」
全能力値を爆発的に上昇させ、それをさらに二倍にする。その上で、物量・魔法共にかなりの耐久力を誇る障壁を生み出して、俺たち二人に展開する。
……だが、まだまだ足りない。俺たちからしても、大鳳の補助を受けた兵士たちの実力はわかったもんじゃない。
ならば力を――いくら相手が強くても、勝ち抜くことが出来る力を……!
「《エンチャント・スタン》、《エンチャント・ハームレス》」
絶対に人を殺さないように、スタンのエンチャントを施しながら。
「付与極術・誰為栄光」
付与魔法の極地、相互能力の共有――つまり、俺とヒョウゲツの能力値がそれぞれの能力値に加算される。
運以外はすべてカンストしている俺の能力と、ヒョウゲツの飛び抜けて高い膂力。そして、全能力値上昇分の加算された能力値が計上され――。
――――
筋力:9999(+12000)(+8000)
俊敏:9999(+8500)(+8000)
器用:9999(+8000)(+8000)
魔力:9999{+7500(-4500)}(+8000)
運:100(+300)(+8000)
――――
まさに、人外たる能力値が俺たちに宿る。
軽く足を踏みしめてステップすると、それだけで残像ができる程度の凄まじい速さ。軽く拳を振るうと、それだけで衝撃で先頭集団の髪の毛が激しく揺れるほどの風が発生する。火の初級魔法を試しに発生させると、太陽のような紅炎が生まれ、それを手のひらの上でエッフェル塔にすることすら可能であった。
一種万能感のような、言い知れない恐怖と興奮が、俺に宿る。……だが、それよりももっと俺の中で強く感じたのが――ヒョウゲツの、暖かくて、包まれるような感覚。
今俺は、ヒョウゲツと共に戦っている。……そう思うと、もうこの世界で負けることなどない……いや、どこであっても、負けという可能性はありえない。そう思えるほどには、力が吹き上がってくる。
……だったら、目の前の軍団がどれほどの強さであっても、俺たちが負けるはずもなく――だからこそ、俺はヒョウゲツの手を握る。
「行けるか?」
「ええ、サトウと一緒なら、いつでも、どこへでも!」
「――よし。じゃあ……行くぞ」
瞬間、足を踏み込んだ俺に追従するように、ヒョウゲツも足を踏み込んだ。爆発的な加速、まるで彗星のように、敵先頭集団へと拳による一撃を見舞う。
鉄の盾で守られていた彼らだったが、それでも俺たちの拳に耐え切ることは出来ず、千千となって吹き飛んでいく。一気に鎧姿の数十人が吹き飛んでいく様は、一種ファンタジーよりもファンタジーらしいとも言える。
俺達が残心していると、兵士たちは凄まじい反応速度で俺たちを取り囲んだ。動きも早く、その行動に淀みがない。きっと大鳳からの加護というものは、俺の《エンチャント・オールアップ》と《エンチャント・デュアライズ》の組み合わせのそれとさして変わらないものなのだろう。
きっと、平均ステータスが1000は超えているはずだ。……事実として、彼らはそれほどの動きを、今俺たちの前で見せた。
はっきりいえば、脅威である。ヒョウゲツが「光を放つ存在」と称するのもわかる。これが有用に使われれば、きっと世界平和の目標などすぐに終了する。さらにいえば、彼らはまだ成長の余地があり、強化倍率ももっと上昇していくことだろう。末恐ろしいことだ。
だからこそ、そんな力を、彼らの意志にそぐわない形で、無理矢理に震わせるわけには行かない。力を振るう時には、きっと覚悟が必要なのだ。
「ヒョウゲツ、サクッと行こう」
「いいわよ。……で、何をするの?」
「決まってるだろ?」
俺が魔力を体に循環させると、ヒョウゲツは何をするか察したらしい。同じく魔力を循環させながら、二人で呪文を紡いでいく。
「「氷よ、氷よ。全てを凍らせる、清冽なる氷よ。汝の姿は剣であり、盾であり、無形である。故に変幻自在、百貌たる氷よ。我が前に、永久たる凍土を。不知ず、凍てつき、停滞する世界を――」」
轟々と渦巻く魔力。俺の呪文の詠唱に追従するように、ヒョウゲツの呪文も紡がれていく。
凍てつく冷気が魔力から発生し、それは現象となってこの場すべての存在を震え上がらせる。それは絶対の氷結、絶対の停滞。――氷の本質、物質の停滞をその場に表す、極限魔法。それが輪唱で紡がれる。
隣のヒョウゲツに笑いかけ、呪文と魔力を解き放つ。ヒョウゲツが魔力を解き放った、その瞬間を捉えて、俺たちは言葉を紡ぐ。トリガーとなる言葉を。
「「氷月よ――遍く魂に、等しい時間の停滞を」」
瞬間、魔力が俺たちの天頂に集結する。流石にこれはまずいと思ったのか、兵士たちが次々と襲いかかってくるが――既に遅い。術式の構築は終了しており、故にその場は俺たちの手の中にある。
ヒョウゲツが手をひとつ振るうと、俺たちと兵士の間に氷の壁ができる。きっとステータスが1000程度あるなら、あまり長い時間は耐えきれないものではあるが――あくまでそれは、一枚だけの話である。
ヒョウゲツがもう1度、指をタクトのように振るうと、そこに十枚の氷の壁が発生した。それらは兵士たちの歩みを止め……そして一箇所に彼らを押しとどめる。
それが、悪手であるとも知らずに。
「停滞せよ」
俺が言葉を紡ぎ、天頂の魔力を一気に放散させる。透き通る空色の魔力は、しかし銀色の嵐となって兵士たちを、大鳳ごと包み込む。それはじわりじわりと彼らの体を包み込み、浸透していく。
声はなく、ただただ静かに。一面の銀世界が人の気配を奪うように、全ての存在を包み込んだところで――彼らは凍結した。
「……割とこれ、えげつない魔法のような気がするんだけど」
「えげつないぞ。だって発動させたら、そいつの時間を魔力量に比例して止めるんだからな」
「恐ろしいわね、それ……」
「まぁぶっちゃけ一人じゃ一発が限度だ。でも今は違うからな」
俺がひとつ笑うと、ヒョウゲツも笑った。流石に背景が氷の世界だとちょっとだけアンバランスさを感じないでもないが。
とにかく前に進まなければならない。時間はまだあるだろうが、早いに越したことはないだろうし。
俺は、ヒョウゲツの手を握ったまま、前進するのだった。




